真夏の校外学習-1
『午前七時になりました。"塔予報"をお伝えします。"発生区域東京"内の塔は現在五基、ステージ3相当のものはありません。本日から三日以内に、"発生区域東京Ⅲ"に新たな塔の発生が予想されます。近隣にお住まいの方は発生時の揺れや騒音にご注意ください』
朝のニュース番組を消して、竜秋は夏服に袖を通した。冬服のワイシャツは黒だが、夏は熱を反射する白色。
今日、竜秋は久しぶりに学校の外に出る。伊都の言っていた"裏ワザ"を使って。せっかくの校外だというのに制服を着たのも、この監獄のような学園から抜け出す"裏ワザ"に深く関係していた。
「おはようございます」
午前八時、正門前で夏服姿の伊都と落ち合った。白地に紺のセーラー服は、少し腹が立つくらい彼女によく似合っていた。竜秋に一歩近づいて、いたずらっぽく上目で見上げてくる。
「見とれちゃいましたか?」
「はぁ? 別に……」
「――うおおおお、式部先輩のセーラー服! えっぐ!! かっわ!! えっろ!!!」
竜秋の背後で、朝っぱらから元気な爽司のウザい声が響き渡った。
「たっつんマジでサンキューな! オレ、絶対式部先輩とお近づきになってみせるよ!」
「今心の底から、お前だけ声かけなきゃよかったと思ってる」
爽司だけではなく、他のクラスメートも皆時間厳守で集まってきており、各々が伊都に興味や憧れの視線を送っている。――全員集合。今日は桜クラスに伊都を加えた十一名もの大所帯である。
「式部先輩、今日はよろしくお願いします」
爽やかに走り寄って頭を下げた幸永に続いて、竜秋以外のクラス一同「おねがいしまーす!」と声を揃える。
「こちらこそ、よろしくお願いします。じゃあ――出発しましょうか、"校外学習"」
校外学習。それが裏ワザの正体だった。
学園の授業は通常、十六コマの講義を経て単位を得る仕組みだ。その枠から外れた特別な授業として、"集中講義"と呼ばれるものがある。
これは言うなれば短期間に凝縮した授業であり、数日の集中的な活動と引き換えに単位を得ることができる。土日を潰して行うものや、この夏休みなどの長期休暇を利用して行うものがあるが、今回の『集中講義:校外学習―発生区域見学―』はその中でも当別で――活動場所が校外に設定されているのだ。
つまり今から竜秋たちは、『学校正規の学習活動』という最強の建前で全身武装し、堂々と学校の外に出てやろうというのである。
今回の校外学習の内容は【塔】の強制発生場所となっている"発生区域"の見学。伊都は竜秋たちの引率役だ。ただ見て帰ってくるだけの簡単な活動とはいえ、教員の代役まで任されるなんて、彼女はよほど学園内で特別な立場にいると思われる。
「巽くん」
ひょこっ、と脇から顔を出した沙珱のボブヘアーがさらりと揺れた。
「ありがとう、誘ってくれて」
「塔を間近で見られるチャンスだからな。俺だけ抜け駆けはフェアじゃねー」
「あなたらしい。でも、式部先輩はよかったの?」
「なにが?」
「なにって、誘われたのは二人でってことだったんじゃ……」
「クラスの連中も誘っていいって、あいつから言ったんだぜ」
沙珱は「こいつ分かっていない」とでも言いたげに目を細めた。
「そんなことより、沙珱はランクマッチやらねーのかよ」
校内ランキングを下から遡っても沙珱の名前はなかった。今の所エントリーすらしていないということだろう。一度全力で戦ってみたいのに、と彼女を見下ろすと、沙珱は目を丸くしてこちらを見上げていた。
「……なんだよ?」
「う、ううん、下の名前で呼ばれたから、びっくりした」
「は? 恋たちにも呼ばれてるだろ」
「違うでしょ、女子に呼ばれるのとはっ」
わからん、と内心で首をひねる。竜秋は人間を男だの女だのと分けて見たことがない。その目には、ただそいつという人間が映るだけだ。
「前から呼んでなかったか?」
「たまに……でも校内大会までは名字だったし……基本おい、とかお前、とかだもん」
「俺は呼びたいように呼ぶんだよ。いやならやめる」
「い……いやではない」
沙珱は目をそらしてから、幼子のような顔つきで小さく首を振った。




