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ランクマッチ-2

「よっ!」


 両者の間合いは約十メートル。南は右手をぐっと内側に折り畳むや、持っていた双剣の一振りを手裏剣のごとく投擲とうてきした。


 予期していた竜秋は、高速で回転しながら飛来したそれを手元の如意棒で弾き返した。高々とかち上げられた《飛燕》のかたわれは――空中で風を捕まえたように突如息を吹き返し、くるくる回りながら持ち主の手元へ戻る。


「珍しい武器モン持ってるね。棍棒かな? 貰い物? スキルは?」


 巣に戻る鳥のように帰ってきた短剣を器用にキャッチして、南が無邪気に聞いてきた。誰が教えるか。背丈より少し高い一七〇センチで固定しているデビュー戦の相棒を、ブンブン振り回して背中に添わせるようにして構える。


 塔伐器は、必ず《スキル》と呼ばれる特質を持っている。異能バベルの仕組みを解析、踏襲とうしゅうし、【塔】の遺物いぶつを素材に使うことで武器へ組み込んだもので、塔伐器は言わば"異能バベルを覚えた武器"だ。だからこそ、異能バベルしか効かない塔棲生物エネミーにもダメージを与えられる。


 《飛燕》のスキルは《帰巣本能きそうほんのう》――今のように、投げようが敵に奪われようが持ち主の元へ帰る。飛燕という銘の由来だ。


「それに、避けずに撃ち落としたのは正解。じゃ……これはどうかな!」


 南が交差した左右の手を勢いよく振り抜くと、水平方向に発射された二振りの飛燕が、竜秋の両側面を抉るように弧を描きながら迫る。


 二つは同時に撃ち落とせない。突進すれば《帰巣本能》で背を撃たれる。後退さがるのが正解だ。――違う、"誘導されるな"。


「あら」


 両翼から迫る飛燕を追い越し、竜秋は真っ直ぐ南へ爆進した。竜秋の後退を見越して前がかりに踏み出していた南の脳天に、もうコンマ一秒で如意棒が到達する。


「死ね」


 振り下ろした如意棒が叩き割ったのは、南の頭ではなかった。


 火花を散らして竜秋が弾き落としたのは、"短剣"。一瞬にして、目の前にいたはずの南が、飛燕の一振りに変身した。――いや、"入れ替わった"。


「チィッ!!」


 背後の南目がけて、竜秋は振り向きざまに如意棒をぶん回した。


「おっと」


 弾ける金属音。如意棒の一閃を受け止めたのは、南がキャッチしたもう一振りの飛燕。大きく吹き飛ばされつつも、空中で余裕の受け身を取って、足から綺麗に着地する。


 それを見る間もなく、竜秋の背後に落ちていた、先ほど叩き落とした方の短剣が、焼き栗のように弾けた。めいっぱい身をよじった竜秋の脇腹をかすめて、飛燕は南の空いた右手へ。両翼が揃ったつばめを器用にジャグリングしながら、「うーん、今の外すか」とオッドアイを細める。


「俺の異能バベル、知ってたの?」


「ここしばらく、上位ランカーの試合は観覧席でずっと見てた」


「なるほどね。知ってても初見で対応できるもんかなぁ」


 やや悔しそうな南の表情。彼の異能バベルは《交換人トレーダー》――"入れ替え能力"だ。


 彼は特定の物体同士の位置を瞬時に入れ替えることができる。入れ替えられる対象は自分自身と、事前に南が"登録"したものに限る。登録されている物体には、交差する矢印のようなデザインの紋様が浮かぶため、識別は容易だ。


 登録に必要な条件を竜秋は知らないが、これまで観戦した全試合を通して、南が"対戦相手の位置を入れ替えた"ことは一度もなく、何かしらの制約があるのだろうと推測できる。自分が入れ替えられる可能性を頭から排除できるだけでもありがたい。


 それでなくても、警戒すべき事象が多すぎる。


「タネがバレてんなら仕方ない」


 言って南は、ジャグリングの合間に腰から更に"三振り"の飛燕を抜き放つと、計五本の短剣を曲芸師のように体の前で投げ回す。


「全開で、押し潰す」


 飛燕を三組同時に使う、六刀流――ここからが、北空南の真骨頂。


 まさしく翼を持つように、五羽のつばめが波状的に別々の軌道で飛んでくる。残り一振りは南自身が握っている。五つの飛燕を対処しつつ、南本体がいつ、どの飛燕と入れ替わっても迎撃できるように常に警戒しなけれらばならない。


 一本を弾いた瞬間に、死角の一振りが南に化けた。この瞬間、対処しなければならないのは南本人だけではない。剣の帰る場所である南の位置が変わったことで、空中を踊る五羽の飛燕もまた、《帰巣本能》の軌道を一気にアクロバット変更する。目まぐるしく変化する刃の道筋。かわしきれない燕の群れが、竜秋の体に一つ、二つと傷をつけていく。


 恐るべきは南の熟練度。飛燕のスキルはあくまで《帰巣本能》、ただ南の元へ戻るだけで、好きに軌道を操れるわけでも追尾性能があるわけでもない。はずなのに――縦横無尽に高速で飛び回る刃の嵐は、まるで一振り一振りが独立した意思を持っているかのように、正確に竜秋を狙ってくる。


 投げ方、角度、回転プラス自身の座標移動によって、的確に飛燕を操っているのだ。最初は帰ってくる飛燕を受け止めることすら難しく、手がズタズタになるなんて話をよく聞くが――相当、練習したんだろうな。


 皮膚が切れる。肉が抉れる。刃物が風を切る音がひっきりなしに飛び回る。常に死と隣り合わせの斬撃の雨の中で、竜秋は血が沸騰するような高揚感を覚えた。


 異能バベルを授からなかった運命を呪った日もあった。強い異能バベルに恵まれたやつが羨ましかった。


 だがこの学校に、異能バベルに恵まれた"だけ"のやつなんていない。


 これほどの強敵たちと、毎日、何度でも戦える。高め合える。そりゃあ、ここを卒業した佐倉があんなに強いのも納得だ。


 先の見えない努力は苦しかった。今は違う。確信がある。ここでなら――俺はまだまだ強くなれる。


 ダン、とスタジアムが揺れた。竜秋が脚力全開で跳躍したのだ。十メートルも舞い上がってようやく刃の包囲網を抜ける。


 上空で体をひねり、如意棒を担ぎ直すと、南めがけて急降下。南は帰ってくる飛燕たちを次々にキャッチしては、竜秋目がけて真上へ飛ばしていく。


「――伸びろ!」


 体の前で回した如意棒が、巨大な白銀の円盾ラウンドシールドと化した。突然倍近く肥大した棍棒に飛燕を全弾弾き落とされ、南がオッドアイを見開く。


 上体を旋回させて振りかぶり、解き放たれた神速の一振りが南を捉える寸前、彼の姿がかき消えて、代わりに短剣が出現すた。また入れ替わった。


 ――ぐるん、と。如意棒を振り抜いた勢いそのままに竜秋は背後を振り返った。ピンポイントで睨んだ座標に飛んでいた南と、バッチリ目が合う。驚愕に揺れる左右の瞳に映る、銀髪の悪童。


 戦闘中に、一つだけ看破したこと――オマエは自分と入れ替える短剣の方に、一瞬目線をやるくせがある。


「死ィ――ねェッ!!!」


 叩き込まれた如意棒を、南は手元の短剣で間一髪受け止めた。鼻先スレスレで拮抗する如意棒と飛燕。直後――


 爆炎が炸裂した。


 大砲のような衝撃と破裂音。重い手応えを伴って、竜秋の如意棒が南を弾き飛ばす。黒煙を突き破って鞠のようにすっ飛んだ南は、そのまま闘技場の外壁に突き刺さった。


 着地した竜秋は、プスプスと黒い煙を上げる如意棒を空中で切り払った。――起爆する切っ先。如意棒のスキルは《金剛如意こんごうにょい》。変幻自在なのは、形状だけではない。


『勝者――たつみ竜秋』


「悪ぃな。初見殺しの一勝、もらっとく」

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