惨劇の東京校-4
※前回公開した『惨劇の東京校-3』の前に入る予定だったエピソードを飛ばして投稿してしまったため、今回投稿した『惨劇の東京校-4』に前回のエピソードをそのまま移し、前回の投稿分を本来入る予定だったエピソードに書き換えています。
既に最新話まで追いついてくださっている読者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、まずこの一つ前のお話から改めて読んでいただけたらと思います。
今後ともよろしくおねがいします。
「――はあっ!」
天堂一査の蹴り出した長い脚が、仰け反った佐倉の鼻先を掠めた。
「いい蹴りだ」
軽やかにバク転で距離を取った佐倉が、ニヤッと笑いながら唐突にその場で跳躍する。直後、猛烈ダッシュで勢いをつけたヒューの足払いが真下を駆け抜けた。
「危ない危ない――お?」
上空へ逃げた佐倉の動きを先読みしたかのように、小さな羽を生やした黒い毛並みの生き物が、パタパタと目の前を飛んできた。
「今だ、デビ太!」
『キィィィィィィィィィィィィィィッ!!』
小さな悪魔の喉から放たれる、超高音の金切り声。黒板を思い切り引っ掻くような不快音を至近距離で浴びて、さすがの佐倉も一瞬硬直する。
「っと……【施錠】」
佐倉のとった選択は、辺り一帯の大気を振動しないように【施錠】し、無音空間をつくりだす技――【凪】。かつて講堂で生徒たちの混乱を鎮めた技である。途端にデビ太の絶叫はかき消え、一生懸命ふんばって叫んでいた悪魔の赤ちゃんは、突然の無音世界に不安になってしまったのか、半泣きで飼い主の幸永のところへ飛んで帰った。
デビ太に向けて幸永が叫んだなにかも、閃の周りへの指示も、口が動くだけで音にならない。このように【凪】は相手の連携を崩す使い方もできる、多対一の状況で有用な技。
しかし、実のところ、閃たちの連携には支障なかった。――【凪】を"使わせる"ために、デビ太をけしかけたのだから。
「――おっ!?」
着地した瞬間の隙を見事に狙い撃ち、佐倉の真横から無音で凶器の大群が飛来する。
大砲のような速度で飛んできたのは――無数の鉄骨。なんの気配もなく突然至近距離に現れたそれを、佐倉は間一髪、体をめいっぱい倒しながら旋回し全弾くぐり抜けた。
あぁん、惜しい! と口パクで叫んで拳を振ったのは、佐倉から十メートルほど離れたところにいる、何かを投げた格好の小町だった。
異能で砂粒サイズにした鉄骨の束を握って、佐倉めがけてぶん投げ、激突の直前で"大きさを元に戻す"――なるほど、えげつない。掠めた一発で切れた頬から、口元に滴ってきた血をぺろりと舐めて、佐倉が笑う。
小町の異能《運び屋》は今のような使い方が最もいやらしい。だが彼女がものを小さくするときと、それを元に戻すときは、どちらも独特な効果音と気配が伴う。それに気をつけていれば、不意打ちでも回避は難しくないはずだった。
しかし、自身の【凪】のせいで、小町による攻撃の気配まで消してしまった。【凪】は使ったのではなく、使わされたのだと気づく。
――相宮の策、か。毎度毎度、驚くような手を使ってくるな。
気の高ぶりを抑えつつ、【凪】を解除。――風を切り裂く音が、途端に佐倉の頭上で唸った。
「らぁッ!!!」
「っ!?」
とっさに掲げた腕ごと、馬鹿みたいな威力の蹴りが佐倉を上から叩きつけた。空から隕石のように墜ちてきたのは、もはや肉体そのものが研ぎ澄まされた刃のような、銀髪の少年。
「いつの間に上に」
「黙って死ね」
相変わらず口の悪すぎる教え子に苦笑しつつ、なおも浴びせられる重撃の雨を捌く。入学当初から完成されていたように思われた竜秋の体術は、なおも数日ごとに見違えて洗練されていく。その成長速度には、佐倉も脱帽するほかなかった。
「【施錠】」
佐倉は周囲の大気を【施錠】で固め、空気の防護壁を生み出す絶対防御の技――【殻】を繰り出した。竜秋の拳が防護壁の外殻に激突し、衝撃波を伴いつつ、太鼓をぶっ叩いたような音を響かせる。
【凪】と【殻】のように、同じ大気を対象とした【施錠】でも、解釈に変化をつけるだけで全く異なる事象を引き出せるのが、能力者として佐倉の最も傑出している点だった。
表裏一体の弱点として、絶妙かつ精密な異能のコントロールを常に求められている佐倉の戦闘スタイルは、能力を使うごとの消耗が常人よりも激しい。涼しい顔をしているが、そろそろ息が切れてきそうな感じだ。【殻】だって、本当は使いたくなかったのに。
佐倉の頭上で【殻】を殴った体勢のまま固まっている竜秋を仕留めようと、手を伸ばしかけたとき――彼の奥、蒼穹に浮かぶ白雲と同化して――白い鬼が、降ってくるのが見えた。
「巽くん、そこ、邪魔」
「あぁッ!?」
狂犬のように噛みつきつつも飛び退った竜秋の残像を、間髪入れずに振り抜いた鎌が、佐倉の【殻】ごと紙切れみたいにぶった斬った。
「やべ……」
体勢を崩した佐倉の周りで、粉々に割れた防護壁の破片が霧散する。はためく白髪、煌めく灼眼、思わず身震いするほどの闘気が、白夜沙珱の小さな体から放たれる。
ライフル弾でも余裕で受け止める【殻】を貫くような能力者は、沙珱を含めて数人しか佐倉の記憶にない。ましてや学生の分際で――ホント、面白いな、お前らは。
一回転させて加速した沙珱の鎌が、既に佐倉の肩口に突き刺さる寸前だった。佐倉は端正な口元を緩ませて――そこから十秒間だけ、五割ほど本気を出した。
✳✳✳
「だあああああっ、クソッ!! なんであれで勝てねぇんだ、死ねよチート野郎が!!」
放課後の裏庭。首から下を【施錠】され、竜秋たちは十人仲良く正座で並べられていた。絶叫する竜秋は、煽るように頭を撫でてくる佐倉に、自由に動く首だけでどうにか噛みつこうともがいている。
「いやぁ今回はマジで危なかった。強くなってるよお前ら。いい子いい子」
「恋! 通訳!」
「今回も全然余裕だった、ザコすぎお前ら、才能ないわ」
竜秋に呼ばれた《尋問官》が即応し、竜秋のこめかみに青筋が浮かぶ。
「うがああああ!! 殺す!!」
「流石にそこまでは思ってないって。こら噛まないの」
ガチンガチン歯を鳴らす竜秋の口から手を遠ざけて、佐倉は飄々と笑った。
「ガチな話、大俵の異能を中心とした攻めはけっこうよかった。鉄骨散弾より前に、あらかじめ巽と白夜を時間差で落ちてくるように空へ投げてたんだろ? いい奇襲だった、俺じゃなきゃ三回死んでるよ」
「もー、せっかく空きコマ利用して学校中の鉄骨集めてきたのになぁ。全部避けるやんかぁ」
「お前を背負って走り回ったのおれなんですけど……」
天を仰ぐ小町に、隣からヒューの突っ込みが入った。
「沙珱ちゃん、痛くなかった? ちゃんと麻酔効いてた?」
「えぇ、ありがとう、ひばり」
心配そうに顔を覗き込んでくるひばりに、沙珱が微笑む。
「一査の体術、サマになってたね。まるで竜秋みたいだった」
「あぁ? 俺をそいつと一緒にすんじゃねえよ幸永」
「もののたとえだよ」
「し、師匠の言うとおりだ、幸永氏。僕はまだまだ……せっかく師匠が一対一で稽古をつけてくれているのに……」
「一査、お前実戦になった途端に動きが硬えんだよ。稽古の時のが倍はキレてんだろが。さっき程度のデキで褒められて浮かれんじゃねえ」
「は、はい、師匠!」
一査が驚いた顔をほころばせる。その横で爽司が首だけでふんぞり返った。
「いやぁ、なんだかんだ、あと一歩? って感じだったし? オレたちけっこうイイ線まで来てる? もしかして?」
「荷物が喋んじゃねえ」
「荷物ってオレのこと!? ひどいよ! 遥か遠くに縮こまって隠れてたんだから、邪魔はしてないはずでしょ!? せめて空気って呼んでよ! 毒にも薬にもならない、ただそこにある美味しい空気!」
「ここまでプライドがねぇと清々しいな」
互いの呼び名が様変わりしたり、頭部以外をガチガチに【施錠】されたこんな状況でも軽口が絶えないくらいには、竜秋たちは長い時間を共に過ごしていた。
放課後でもまだ日は高く昇り、青々とした木々を灼熱の陽光が照らす。季節は――夏。
「校内大会から二ヶ月半。ちょっとは成長したね、お前ら」




