惨劇の東京校-2
簑田透は、検視の結果、死亡から半日以上経過していると判定された。前日の夜中には死んでいたことになり、これによって、松組殺しの容疑は完全に晴れた。
翌日から二日間、全校の全日程が中止された。
生徒たちは自室に鍵をかけ、一切外出しないように言われた。食事は一日二回、校内の宅配システムをフル稼働して一人ひとりの部屋に届けられた。本来ならば、エンを一割増しで支払うことで、《シティエリア》の各商品を自室まで宅配してもらえるサービスのためのシステムだった。
生徒たちは、宅配サービスの呼び鈴にすら怯えるほど、不安な二日間を過ごした。
竜秋は自室でトレーニングと自学自習に励みつつ、気が向くとグループチャットに顔を出した。入学初日に爽司によって無理やり入れられた桜クラスのグループである。
メッセージのやり取りも当然可能だが、この二日間に限っては、桜クラスのグループでは映像電話機能を使っていた。
各自室のテレビが簡単に言うと学生証端末の大画面版になっていて、タッチ操作で学生証とほぼ同様の機能を利用できる。端末をずっと手に持って生活するのも面倒なので、皆テレビからグループ通話にアクセスしたようだった。
いつ覗いてもまず間違いなくいるのが爽司と恋で、次点で幸永とヒュー、小町、ひばり、閃と続く感じだった。竜秋はあまり発言することはなく、彼らのやり取りをBGMのように聞きながら生活した。
意外だったのは、沙珱もたまに参加してきたこと。二日間のうちに二回ほど、桜クラス十人全員がチャット内に集結するタイミングがあって、大いに盛り上がっていた。
映像で繋がっていたかったのは、皆、不安だったのだろう。いつ、誰が、突然、透たちのように殺されてしまうか分からない。ましてや、仮に、万が一――クラスの中に犯人がいたら。
その不安は、竜秋も例外ではなかったのかもしれない。思えばこんな時間の無駄のような、生産性のカケラもないグループ通話に顔を出すこと自体、今までの自分にしてみれば考えられないことだった。
二日目の夕方。オンラインで、全校集会が開かれた。
テレビ画面に映し出された校長は、例のうさぎの着ぐるみ姿だったが、黒装束で喪に服していた。こんな事態でも素顔を晒せない事情が、彼にはあるというのだろうか。
内容はまず、亡くなった二名の一年生、神谷孔鳴と簑田透に表する哀悼の意。
『彼らは共に、勉強熱心であり、その胸には大志を抱き、輝かしい将来が約束された、才能に溢れた生徒でした。そんな金の卵たちが、このような、悲惨な最期を遂げてしまったことが残念でなりません。また、彼らを守れなかった我々の無力さを、これほど呪ったこともありません』
宇崎校長はいつになく精悍な声を、激しい怒りに震わせて語り、黙祷した。
『この件は、対反逆者特殊部隊――《執行者》と連携し、解決に向けて動いています』
着ぐるみの動かない口から飛び出したのは、とんでもないビッグネームだった。
異能を悪用した凶悪犯罪に立ち向かうべく、およそ二十年前に設立された国家最高戦力――《執行者》。切り札を意味するその名は伊達ではなく、プロの塔伐者と双璧をなす最強能力者のみで構成されている。
本来は反逆者による大規模なテロや国家規模の事件にのみ出張ってくる存在だ。二人死んでいるとは言え、これはあくまで学校で起きた、小さな殺人事件に過ぎないのではないのか。
『つきましては、生徒の皆さんには、明日から通常通りの生活に戻っていただきます』
おかしい、と、竜秋だけでなく誰もが思ったに違いない。
普通は全生徒を一旦実家に帰らせ、警察と連携して地道に解決へ向けて時間を費やすはずのところ。あまつさえ、今回の事件はネットニュースにすら上がっていない。情報の全てが、完全に校内の高い壁の内側までで止まっている。
遺族はまさか、息子が校内で死んだ事実すら知らないのではないか?
去年まで、竜秋はこの壁の外側にいた。壁の中で何が行われているかは全くの謎に包まれていて、とんでもないスパルタ教育が行われているだなんて、まことしやかに言われていたものだったが――そんなかわいいレベルでは、ないのかもしれない。
竜秋は、小さく呟いた。
"ありがてぇ"、と。
この学校に来てから一ヶ月足らず、既にそれ以前の十五年間まるごとに匹敵するほどの、膨大な知見を得ている。もう一ヶ月前の自分とは全くの別物になれた感覚でいる。
これほど変化できる環境を、危うく失いかけるところだった。
竜秋の目標は、ただ一つ。最強の塔伐者となること。それを目指す最高の環境がここであると確信している以上、そこに深い闇が垣間見えようが、殺人鬼が潜んでいようが些末なこと。
「これまで習ったとこ、見返しとくか」
全校集会の続きを聞き流しながら、竜秋は上機嫌で机について、教科書とノートを広げ始めた。




