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松組殺し-1

 澄んだ空を映す湖面のような淡い瞳を細めて、佐倉が嘆息する。


 音とは空気の振動である。裏を返せば、どんな大爆発が起きてもそこに震える空気がなければ、音は発生しない。宇宙空間が無音と言われるのはそのためだ。


 相変わらずやることが規格外。その効果は絶大で、全員すぐに大人しく自分の座席に座った。事切れた二人の座席周辺だけは、さすがに空けられている。


「いい子だ。【解錠オープン】」


 佐倉の一言で、空調の音、百人分の生徒が立てるわずかな気配が講堂ホールに戻ったが、もう誰も口を開く者はいなかった。


「手短に話す。今から約三分前、仮想空間にダイブ中だった松クラスの生徒二名が、何者かに喉を刃物のようなもので突かれて殺された。俺たち教員はもちろん、その時刻までに校内大会から脱落してログアウトしていた全生徒が、嫌な話だけど要するに――殺しの容疑者ってことになる」


 ざわめきが波打った、その時、前方の座席から金色こんじきの火柱が上がった。


 誰もが息を呑む中で、炎に包まれた少年がゆっくりと立ち上がる。熾人である。おびただしい出血の跡を残す首の傷が、炎に癒やされるように、みるみるうちに塞がっていく。やがて炎が消え、薄く目を開けた熾人は、不思議そうにあたりを見回した。


「あれ、僕は……」


「ええっ、生きてたの。勝手に殺してごめーん」


 講堂中が震撼する。あの佐倉でさえ多少動揺させたこの光景は、後に"不死鳥伝説"として広く触れ回ることになる。なにせ熾人は養護教諭赤羽によって、一度確実に、死亡が確認されていたのだから。


「赤羽センセ、一応彼を医務室へ。黒沼君はもうひとりの子を。こんな大勢の前に晒し続けるのもかわいそうでしょ」


 佐倉の指示で、熾人は赤羽に連れられ退室していった。突然現れておいて仕切り出した佐倉に黒沼は一瞬複雑な顔をしながらも、なにか諦めたように嘆息して、孔鳴の亡骸に白いシーツを被せ、黙々と外に運び出していった。


 残された生徒たちを見回して、佐倉が口を開く。


「自己紹介が遅れたね。知らない人が多いと思うけど、一年桜組担任の佐倉慧さくらけいでーす、以後お見知りおきを。……さて――刺された二人の座席付近には、次の出動に備えて残り二十人の松クラス生徒が待機してた。脱落した生徒たちも同じように講堂ココにいた。それら大勢の目がありながら、生徒も教員も、彼ら二人が声もなく血を噴き出して死ぬ瞬間まで、誰ひとり異変に気づけなかった。間違いなく、これは異能バベルを使った殺しだ。今から学校保管のリストを参照して、全員の異能バベルを細かく確認する。誰であろうと、"暗殺できる可能性のある"異能バベルの持ち主には尋問にかかってもらう」


 凍てつくような殺気に、生徒たちは一様に震え上がった。桜クラスの面々でさえ、戦慄した。あんな威圧感を放つ担任を見たことがなかったから。


「……なんてね。かくいう俺も、容疑者の一人だ。偉そうな物言いはここまでにしよう。ビビらせて悪かった。一つだけ、お前らに約束しよう」


 佐倉は演台から飛び降りて、ステージの先まで歩み寄ると、強張る生徒たちの顔一人ひとりを見回して微笑んだ。


「俺がここにいる限り、もう二度と、誰も殺させやしない。だから安心して。……ああ、それから、今どっかで紛れて、何食わぬ顔で俺の話を聞いてる犯人。――お前、必ず殺すよ」


 ぶち撒けられた吹雪のような殺気に、凍りつく。


「つーわけで、震えて眠ってくださーい♡ とりあえず、今の今まで仮想空間にダイブしてた人たちはアリバイ確定なんで、解散していいよー」


 佐倉に促されても、沙珱はすぐに動けなかった。


 桜クラスの中で、孔鳴が死んだ瞬間にダイブしていたのは――佐倉の言葉を借りれば、アリバイが証明されているのは――沙珱と竜秋だけ。


 沙珱は不意に、周りの座席に座る級友たちを見回した。


 ひばり。ヒュー。小町。閃。幸永。一査。恋。爽司。全員が、沙珱の方を見ていた。


 この八人には、アリバイがない。


 言いしれぬ不安が、沙珱の胸に巣食った。この気の良い人たちまで、あるはずのない嫌疑をかけられてしまうことが、たまらなく落ち着かなかった。それに――


 いや、よそう。そんな救いのない想像は。


 沈んだ顔をしてしまっていたのか、爽司がカラッと笑いかけた。


「心配しなくたって、オレらもすぐ解放されるっしょ。沙珱ちゃん、たっつんのこと任せていい?」


「あ、うん……」


 沙珱は眠ったままの竜秋の頭から《DIVER》を外して、彼を引き上げて背負った。皆に手を振られて、退室していく生徒たちの波に乗って、そのまま講堂をあとにした。

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