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終幕-2

 馬城のアバターが消滅し、気づけば彼のモノだけではあり得ない、無数の光の粒子が雪のように舞う樹海で、沙珱は大きく息を吐いた。


 髪と目の色が通常に戻り、鎌も消滅してしまうと、途端に支えを失ったように倒れ込む。慌てて気を確かに持ち直し、倒れている竜秋の元に急いだ。


 竜秋は、目から頬にかけて涙の跡をくっきりつけたまま、穏やかに目を閉じていた。気を失っている。全く無理もない話だ。もう意地だけで立っていたようなものだったから。


「……眠っていると、少し可愛いのね」


 普段の鋭いばかりにほとばしる存在感が嘘みたいな、あまりにあどけない寝顔がおかしくて、つい少し笑ってしまった。彼にも、桜クラスのみんなにも、本当に感謝しかない。竜秋だけでも守ることができて、本当に良かった。


 次の機会があれば、もう、私が、誰ひとり死なせない。


 ――雷鳴が鼓膜を貫いた。


「ッ!?」


 体が跳ね上がるほどの衝撃に身を固くしつつ、沙珱は反射的に竜秋の上に覆いかぶさった。聞いたことがないほど大きな音。たった百メートル圏内に、雷が落ちたのだ。


『通達。"鬼"が十名解き放たれました。参加者の皆様はお気をつけください。繰り返します。"鬼"が――』


 機械的なアナウンスを切り裂くように、またも近くで雷轟が弾ける。閃光、爆音、衝撃波。こんな大災害が――まさか、人の異能バベルだというのか。


『鬼が竹クラスを二名撃破しました。参加者を攻撃した鬼の情報を公開します。一年松組、神谷かみや 孔鳴こうめい異能バベル名――《雷神トール》。ランク『A:神魔級』。入学試験主席合格。マップ情報を更新しました』


 沙珱の眼前に展開したマップに、他のアイコンよりも一際大きい、"黒"のアイコンが表示された。沙珱と竜秋のいる位置から、百メートルほど西に離れた地点。――ここに鬼がいる。どうやら攻撃行動を取った鬼の位置情報と能力を公開するのがこの大会の仕様らしい。裏を返せば、それでようやく釣り合いがとれるくらい、鬼の強さは常軌を逸しているということ。


 冗談じゃない、と沙珱はすぐさま竜秋を抱き上げて立ち上がった。ふらつく体に鞭打って、一歩でも鬼から離れようと足を動かす。


 身を隠して、体を休める。二人とも回復し、万全の状態で共闘できたなら、相手が松だろうと鬼だろうと勝機はある。とになく今は逃げの一択だ。



「――みーっけ」



 進行方向正面に、黄金のいかづちちた。


 榴弾が炸裂したような衝撃に、沙珱は竜秋もろとも虫のように弾け飛んだ。どうにか竜秋を抱きしめ、庇いながら、沙珱は激しくゴロゴロ転がって、木の幹にしたたか激突してようやく止まった。


「いっ……つぅ……」


 ボロ雑巾のように横たわる沙珱に、ポケットに手を入れたままゆっくりと歩み寄ってくる、汚れ一つない制服姿の少年。


 柔らかい蜂蜜色はちみついろのスパイラルパーマヘア。前髪に少し隠れたターコイズブルーの瞳。まるで彼自身が、淡く発光しているかのような――非凡な輝きを放つ美少年である。首元に緩く巻かれた紺碧のネクタイ――塔伐科高校最優秀クラス、松組の証。


「やぁ。キミの戦い見てたよ。すごい異能チカラと練度だね。とっくに松クラスの水準だと思うけど、なにか理由があるのかな?」


 柔らかく、かつ、遥か高みから投げかけるような尊大な言葉。まるで、己は松クラスの水準など軽く飛び抜けた存在であると言外に語るような。


「鬼役はさ、松クラスの中から十人ずつ、出席番号順に三度に分けて放出されるんだけど。これって破綻はたんしちゃってるんだよね、ゲームとして」


 彼が沙珱本人に興味を持ったのか、単純に長い待機時間を待ち疲れて、誰かと話したかっただけなのかは分からない。饒舌な彼の会話に、沙珱は息を整える間を確保するためだけに乗ってやった。


「……なにが?」


「最初の十人に、かなり強いのが偏っちゃってるんだよ。具体的には、参加者の位置を全部、完全に把握できる【千里眼】の使い手と、この学年の主席と次席が揃ってるんだ。まぁ、主席ってのはボクなんだけど、要するに――もうこの大会は終わりだよ」


 彼が言い終わると同時に、今度は梅クラスの脱落情報が矢継ぎ早にアナウンスされ始めた。


 【千里眼】と呼ばれた、鬼の一人が持つというチート索敵能力によって、この広大なジャングルに散らばっている参加者たちの居場所はすべて筒抜けであり、あとは残りの九名が、通話で【千里眼】の指示を受けながら"掃除"に回るのみ――彼の言う意味を理解して、沙珱は盤面の"詰み"を悟る。


「最終的に、松以外の生存クラスが一つだけになれば大会は終わりって話だ。桜クラスの生き残りは、君たち二人だけだよね? けっこう頑張ってたけど残念、最初に全滅するのはどうやら君たちだ。手を抜くなって言われてるんで、悪く思わないで」


 殺気に立ち向かうように、沙珱は《白鬼》を発動させた。


 一度の連続使用時間の限界をとっくに超えている。その代償か、鬼に変貌した瞬間こめかみに焼けるような痛みが走った。それでも気丈に鎌を構え、竜秋を背に隠して臨戦態勢をとる。


「いいね、かっこいい。この状況でもまだ仲間を守ろうとするんだ? その子、無能力者なんでしょ? 見捨てて君だけでも逃げた方が、戦略としてまだマトモだと思うけど」


 無視する。敵の攻撃方法は雷。出方が全くの未知数な以上、今の沙珱に狙えるのは先手必勝のみ。既に沙珱は、鎌をぐるんと大きく横薙ぎに振り抜いていた。――届く!


 少年の虚を突くほどの速さとリーチ。凶刃が彼の首筋に届く――そう思ったときには、沙珱はいかづちに撃ち抜かれていた。


 声も出ないほどの衝撃に貫かれ、全身為す術なく硬直する。激痛、明滅する視界、鼻孔を刺す、焼きすぎたレバーみたいな匂い。


「強すぎる力は、退屈だよね。ボクもそう思う」


 超然と微笑む少年。沙珱が鎌を呼び出し、全身を駆動させて振り抜くまでの間に、彼がしたのは指を鳴らすことだけだった。その瞬間、亜光速で指先から迸る電流の弾丸。防御や回避なんて思いもよらない。


 あぁ、本当だ。破綻している。こんなのに勝てるわけがない。


「バイバーイ」


 倒れ込んだ沙珱と竜秋、二人の頭上。遥か高空こうくうで、バチバチと放電しながら浮いていた雷轟らいごうの塊が――弾けた。


 まるで神の裁きのように、悔しさを感じる暇も与えず、雷が二人を一瞬にして飲み込む。



「――【飛焔ひえん】」



 天空から斜めに滑空した黄金こがね色の炎が、雷槌いかづちを撃ち落とした。



 超エネルギー同士の衝突による大爆発が、轟音と衝撃波を生んだのち、濛々《もうもう》と黒煙を巻き上げる。何が起きたかも分からず、生きた心地すらしないまま、沙珱は呆然と顔を上げた。


 ふわりと、沙珱と竜秋の前に降り立つ――燃える翼を持った、炎の化身。


 黄金色こがねいろに煌々と燃える火炎を、まるで友のようにまとった、黒髪の少年だった。胸元には雷使いと同じ紺碧のネクタイ。沙珱が辛うじて理解できたのは、今、鬼役であるはずの彼に助けられたらしいということだけ。


 孔鳴は、両目を眇めて少年を見つめ、詰問するように彼の名を呼ばわった。


「……なんのつもりかな? ――熾人おきと

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