終幕-1
全長二・二メートル。取り分け先端の刃部が目を奪われるほどに大きく、長く、肉厚である【鬼ノ鎌】は、重心が著しく先端に偏っており、【憑鬼】状態の沙珱の筋力でも気を抜けばふらついてしまうくらいに重く、扱いが難しい。
操縦の肝は"遠心力"だ。右に左に振るのではなく、最初の一振りの勢いを殺さず、方、腕、肘、手首、ときには体そのものを支点に回し続けて、刃をぐんぐん加速させることによって、少ない力で脅威的な威力を生み出せる。
裏を返せば、一度攻撃を始めると、沙珱は止まれない。生半可な腕では近くの仲間どころか、うっかり自分の足を斬り落としてしまいかねない、暴れ馬のような武器だ。事実、この凶刃に姉を巻き込んでしまっている。
――だからこそ、死ぬほど、積んできた。
「ラァッ!!!」
乱立する悲鳴ごと斬り捨てる。接近してくる連中を飛び越えて、ヒューもやられた警戒すべき"浮かせる"女を真っ先に殺した。着地して、休む間もなく鎌を背後へ。円運動の慣性に逆らわず、鎌に引っ張られるようにしてバレリーナさながら上体を反らし、背後に迫っていた一団の先頭を薙ぎ払う。
大丈夫。体はまだ、震えるけれど。動く。戦える。もう二度と、この鎌に誰かを巻き込むような下手はしない。
塔伐者になると決めたときから今日まで、鬼ノ鎌の鍛錬を欠かしたことはなかった。沙珱は今にして確信を得た。
あぁ、この力はとっくに、私の手足も同然だったのだ。
沙珱は、凄惨な戦いを繰り広げ続けた。《白鬼》発動中は、心臓が普段の十倍速で鼓動する。呼吸もままならず、肺は張り裂けそうになり、骨と筋肉に走る激痛は時間経過に伴って加速度的に増していって、沙珱の動きを鈍らせる。
歯を食いしばって代償に耐え、群がる敵を斬り捨て続ける。大気を鳴動させるほど唸りを上げ、高速で円運動する巨大鎌を、まるで体の一部のように操る白い少女の戦闘は、人と呼ぶにはあまりに凄絶で、鬼と呼ぶには美しすぎた。
十人と少し斬ったところで、立ち向かってくる者はいなくなった。気づけば残りは散り散りに潰走して、あとは竜秋の頭を踏んだまま間抜けな顔で立ち尽くしている、馬城ただ一人。
やはりまだ、この姿で竜秋の近くにいくことを体で拒絶しているのか。どうしようもなく足がすくむ。
「なんだ……なんなんだよ、テメェ……なんなんだよォッ!! 最強は……俺だろうがぁぁぁァァァァァッ!!!」
絶叫した馬城を、爆発的に湧き出た赤い光が包み込む。彼の突貫に合わせ、沙珱もまた、最後の力を振り絞って地を蹴った。
苛立ちに血走りながらも、力強く見張られた馬城の目は、ひと目見て、極限の集中状態に落ちていると分かるものだった。人となりはどうであれ、この男もまた、積んできた者。恐らくは、誰かに対する強烈な劣等感を糧として。
互いの突進から衝突まで、一秒にも満たない一瞬の肉薄の中で、沙珱は完璧にタイミングを合わせた。馬城の拳は届かず、沙珱の刃だけが彼に届く間合い、そこに馬城が侵入する刹那を狙い澄ませ、下から上へ斬り上げる。漆黒の鎌が地面を豆腐のように抉りながら突き上がり、前のめりに驀進する馬城の喉元を貫く――寸前。
「――っとォッ!」
馬城が、急制動をかけた。地を削りながら減速し、大きくのけぞった拳闘士の上体スレスレを掠めて、鬼ノ鎌が空を斬る。
「ハハァッ!! 鎌ってのはなァ、近づかれたら弱ェんだよッ!!」
犬歯を剥き出しにして叫び、馬城は鎌を上へ振り上げて無防備な沙珱の土手っ腹に潜り込むように、再び突進を敢行した。
彼の、言う通りだった。鎌の刃部は先端のみであり、それより手前の部分は殺傷能力がほとんどない。いざ鎌の間合いの内側に入り込まれたら、取り回しの悪さも相まって一気に為す術がなくなる。それが鎌の、この白鬼の弱点。
――だからこそ、対策しないはずがない。
鎌を斬り上げた体勢で、懐に侵入を許した沙珱は、"鎌から手を放した"。
「あ……!?」
ぽーん、と手から離れた鬼ノ鎌は、くるくる回転しながら真っ直ぐ沙珱の真上へ飛んでいく。直後、眼前に迫った馬城の拳を紙一重でかわし、その伸びた腕の上側と、彼の脇あたりに空いた両手をそれぞれ添える。
馬城の凄まじい突進の勢いを殺さず、支点を定めて流し、円運動に変える――沙珱が第二の武器に選んだ合気の技は、奇しくも、長く重い鎌の扱いと通ずるところが多かった。
「ふっ――」
鋭く息を吐いた沙珱の細い腕に、まるで絡め取られるようにして、ぐるんと目まぐるしく円転した馬城の背中が大地に叩きつけられた。
「がは……ッ!!?」
したたか背を打った衝撃で、肺の空気がすべて抜ける。苦悶する馬城は――回転しながら落ちてくる漆黒の鎌を、今しがた後ろ手で掴み取った、美しい白鬼の表情を見上げて、思わず一瞬、あらゆる感情を忘れた。
玉の汗を浮かべ、荒い息を繰り返す死に体でありながら――長く体を蝕み続けた猛毒が、ようやく抜けたような、あどけない笑顔。
するりと柄の上に手を滑らせて、沙珱が短く持ち直した鎌が、馬城の首を過たず刈り取った。




