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死屍累々-1

 それが開戦の合図。右、左、前、後ろから、敵が異能バベルを全開にして沙珱たちめがけて殺到する。


「ヒューくん、竜秋くんだけでも抱えて逃げぇっ!!」


「わ、わかった!」


 小町の叫びに一瞬ためらいつつ、ヒューは足元の竜秋を抱き上げようと身をかがめて――ふわっ、と、彼の小さな体が宙に浮いた。


「わっ、わっ……?」


 わずか数センチ浮遊したヒューの爪先が、地面すれすれをかすめて空回る。敵の誰かの能力に違いない、そう分かったところで為すすべがなかった。


「とりあえず警戒すべきはあのチビの走力アシ――どんなに速くても、地面に足がつかなきゃ発揮できないでしょ?」


 スカートの短い少女が、遠方からヒューに向けて手のひらをかざし、キャハッと笑った。空中にハリツケになったヒューめがけて一気果敢に敵が群がる。


「くっ、くそっ! 逃げろコマチ!」


 彼の姿が敵群に飲み込まれる寸前、ヒューは足元に転がる竜秋の横腹深くに自分の爪先をひっかけて、小町めがけて蹴り飛ばした。


 柔らかい放物線を描いて敵の頭上を越え飛んできた竜秋を抱きとめ、小町が悲鳴混じりにヒューの名を叫ぶ。竹組の生徒たちが虫のように群がり、無防備に宙に浮くヒューを殴り、蹴り、異能が貫き――ものの数秒でヒューの肉体アバターは光の雪と化し、彼の脱落を告げるアナウンスが空から響いた。


「早川、く……」


 沙珱の声は敵の快哉にかき消された。仲間の死を、嘆く暇すら与えてもらえない。既に沙珱と小町、彼女の腕に抱かれた竜秋に向けて大勢が肉薄しており、ヒューを仕留めた一団もそちらへ舵を切り直した。幸永、ひばり、閃が馬城から逃げるようにしてコチラへ駆けつけようとしているが、あまりに無勢。


 ――私のせいで、早川くんが死んだ。あぁ、どうして、こんな私を、皆は命を捨ててまで守ろうとしているのか。やめて、もう……助けないで――


「沙珱ちゃん、ちょーっと辛抱しとってなぁ」


「え……?」


 沙珱の心中などお構いなしで明るく笑い、小町は沙珱の頭に手を置いた。


「泣かんでええよぉ。ウチらが好きで、やってるだけやからなぁ」


 沙珱の泣き顔を見てもう一度優しく笑ってから、小町は能力を発動させた。


 一瞬、何が起きたか分からなかった。目の前の小町が、地面が、森が、空が、みるみる巨大化したのだ。自分が小さくなっているのだと気づいたときには、小町の制服のポケットに、同じサイズになった竜秋と一緒に放り込まれていた。


「なんだ、二人が消えたぞ!?」


「あの女の能力か!?」


「まずアイツを殺せ!!」


 巨人のような太い蛮声が、深いポケットの外側から轟く。沙珱は身も凍るような恐怖で叫んだ。


「……や……――やめてぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」


 豆粒大のこの体では、きっと、誰にも届かなかった。


 激しい揺れに、沙珱はポケットの中で何度もひっくり返った。外でどれだけ激しい戦闘が繰り広げられているのか、それが物語っていた。


 雄叫び、怒号、罵声に混じって聞こえてくる、仲間たちが戦う声。閃の懸命な指示、悲鳴混じりに奮闘するひばりの叫び、デビ太の金切り声、幸永の激励、時折、ポケットに向かって囁かれる、小町の「大丈夫、大丈夫」――間もなく、一つ、また二つと聞こえなくなる。仲間の死を、機械の声が無感動にアナウンスする。




『竹クラスの二神ふたがみ 刃平じんぺいが、桜クラスの大俵小町を撃破。竹クラスに一ポイントが入ります』


 ごめんなぁ、沙珱ちゃん……頑張って――身を包んでいた布の空間が、光と、遺言とともに弾けて、沙珱は竜秋と外へ投げ出された。同時に小町の異能バベルが解けて、二人とも元の大きさに戻る。


 樹海は、一瞬どこか分からないくらい荒れ果てていた。戦いの凄まじさを物語る爪痕が刻まれた大地に、立っているのは二十六名の竹クラス。そして、沙珱と、気絶した竜秋の二人だけ。


 みんな、やられてしまった――


 黒い穴のような空洞の瞳で虚空を見つめ、沙珱はその場にへたり込んだ。


「おー、出てきた出てきた」


「これで桜は全滅。お疲れさーん!」


「チッ、たつみは寝たままかよ……張り合いがねェ」


 多少制服が汚れていたり、流血している者もいるが、竹はいばら以降誰一人欠けていない。全員が優秀な能力者で、三倍以上の人数差で――正面からぶつかれば一瞬で終わる、それは最初から、分かっていたはず。


 それなのに、あの閃までが、全員で沙珱たち二人を助ける決断をした。死ぬと、分かっていたはずなのに……――


「ぁ、ぁぁ……ぁぁあ……」


 こんなどうしようもない私を、皆、守ってくれたのに。なんで、なんで! みんなが死んでいくのを肌で感じながら、それでもお前は動けなかった!!?


 本当に、反吐が出る。こんな弱虫クソ虫が、塔伐者になろうなんて思い上がったのがそもそもの過ちだ。私さえいなければ、桜クラスの皆は、もっと、自分のために戦えた。


 どうにか立ち上がって、竜秋を背に隠す。それが沙珱にできる精一杯だった。手足が携帯端末のように激しく震えて、もはや自分の管理下にない。


「なんかめっちゃ泣いてるし、これじゃイジメじゃん。早く終わらせたげなよ、力彦」


「チッ」


 張り合いなさそうに嘆息し、馬城は両手をポケットに突っ込んでつかつか沙珱の前までやってきた。至近距離で見下ろす冷たい瞳。ここまでされても、体は鉄線が絡んだみたいに動かない。


 棒立ちの沙珱の腹を、馬城の膝が貫いた。


「ァ……ッ!!!?」


 腹に穴が空いたような衝撃で、足まで宙に浮く。血を吐いてうずくまった沙珱の髪を乱雑に鷲掴みにして、馬城は胸の高さまで引き上げた。


「仮にも塔伐者になろうって奴が、ビービー泣いてんじゃねーよ。お前見てるとイラつくぜェ」


 死ね。


 固めた拳を、馬城は躊躇ちゅうちょなく、沙珱の顔面に叩き込んだ。



 寸前に片手を差し挟み、ガッチリと受け止めた乱入者によって、それが沙珱に到達することはなかったが。



「――お前が死ね」



 至近距離で、ギロリと馬城を睨む、火竜の如き眼光。


 竜秋の戦鎚ハンマーのような拳が、唸りを上げて馬城の鼻面にめり込んだ。

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