二日目、襲撃-3
竜秋と白夜を、南端の拠点から一息に竹クラスの拠点へ引き寄せたのは、一年竹組、片寄 集の異能だった。今しがた奇声を張り上げた、湿った長髪の少年である。
《収集家》――実在する任意のものを、生物、無生物問わず、自分の周囲に"取り寄せる"ことができる。収集家よりも怪盗が天職になりそうな彼の能力発動には、二つの条件があった。
①そのものの名前を知っている。
②そのものの居場所を知っている。
一日目に片寄が能力を使えなかったのは、条件を二つとも満たしていなかったからだ。しかし、一日目終了時、撃破ポイントランキングが公表されたことで、ランクインしていた白夜と竜秋のフルネームを知ることができた。
そして、十ポイントで購入した《レーダー》を開戦直前に使用することで、八名の敵アイコンが固まっている箇所――即ち、桜クラスの拠点と推測できる場所の位置情報を正確に掴めたのである。
現状、真っ先に潰すべきはトップを走る桜クラスのエース白夜――と、ついでに竜秋。開戦と同時に片寄は異能を発動し、竹クラス、二十七名が待ち構える本拠地のど真ん中に、竜秋たち二人を召喚した。
「男の方はまだ動くぞ、油断するな!」
「透の情報じゃ、身体能力強化系の能力者だって」
「力彦みたいな感じ? ヤバいじゃん、なんでワーストクラスいってんの?」
「透の情報がテキトーなんでしょ。体調フリョーで大会ドタキャンするようなヤツのこと、信じなくていいって」
「――……今、透のこと、悪く言った?」
棘の、独白のような声量の、それでいて刺し殺すような迫力の一言に、発言した少女はたちまち口をつぐみ、顔を蒼白にした。
――黒沼が言っていた竹クラスの欠席者一人とは、あの透明人間のことだったのか。一向に引かない痛みに痺れる脳で、竜秋はどうにか敵の会話から情報を拾い集める。背中のトゲを引き抜いても、痛みは欠片も消えない。背には皮膚どころか、服にすら穴一つ空いていないのに――やはり、棘の能力は、外傷ではなく痛みそのものにあると見える。
竜秋の推測は的中していた。
「……あまり、動かない方がいいよ。僕の異能は《拷問官》――"激痛"を与える力。その痛みの程度は僕にもコントロールできなくて……このトゲ一本で、大抵の人は立てなくなる」
呟くように、棘が力を明かす。彼の差し出した手のひらから、空気が渦を巻くような音を上げて、薔薇を守る荊棘のような、濃い緑色のトゲが一振り、剣のように顕現して、彼の手の上を浮遊する。
棘はそれを、無感動に眺めていた。灰緑色の長髪に隠れた美貌に、影のように憂いの色が挿す。
「これを誰かに"二本"刺したのは、昨日が初めて。半分が、気がおかしくなって死んじゃった。耐えた人も三本目で全員砕けた。仮想世界でも現実同様の痛覚が再現されていて、僕としては助かったかな。――現実世界では、間違っても誰かに二本以上刺しちゃダメだって知れた」
死んだ魚のような目で、棘は右手を振り上げる。その視線は真っ直ぐ、這いつくばって震えている白夜の背に注がれていた。
「ごめんね。酷い殺し方しかできなくて」
「白夜! 避けろ!!」
竜秋の叫びにも応じず、地べたへ人形のように転がるのみ。様子がおかしい。どんな激痛であろうと、竜秋が見込んだ白夜沙珱という女は、痛みごときで戦意まで失うほどヤワじゃない――
『倒すべき対象以外の誰かがそばにいると、もう私の体に、震える以上の何かは期待できない』
「――クソがァ……!」
己を詰る。昨夜、聞いたばかりではないか。虚ろな目に涙を浮かべて、小刻みに痙攣する白夜は、今や無力な幼子そのものに見えた。佐倉相手に修羅のような戦いをしていたあの女は、仲間が一人、近くにいるだけで、これほど弱体化してしまうのか。
「……一人目」
木偶のように転がる白夜の背に向けて、棘が右手を振り下ろした。




