二日目、襲撃-2
翌日未明、午前四時半に、竜秋たちはアラームで目覚めた。
目を開くと眼前に、ジリジリ震動する目覚まし時計が添えられたパネルが展開している。そいつを指でつつくと、頭に直接鳴り響くような不快なアラームはぴたりと止まった。
「……もう、朝か」
「お早うたっつん氏。本日も共に健闘しよう」
まだ微かに白むばかりの暗い空の下で、一査だけが既に起き、ラジオ体操に興じていた。普段のメガネを外しているから、一瞬誰か分からなかった。
「……いつから起きてんだ?」
「いつもどおり、午後四時だ」
「ジジィかよ」
呆れて息を吐き、竜秋も身を起こす。同じ時刻にアラームをセットしていた級友たちも、続々とうるさそうに顔をしかめて寝袋ごとウネウネし始めた。
「叩き起こして回るぞ」
「御意」
二人は順に仲間を起こしていった。手こずったのがヒューと小町である。呆れるほど寝起きが悪い。五時には再び開戦するというのに、呑気なものだ。
「んー、寒ぅ……」
「熱帯林でも夜は冷えたね。寝袋をケチったクラスは地獄を見たかも」
「むにゃ……あと五分だけぇ……」
再び寝袋に潜ろうとするヒューを、竜秋が蹴り飛ばす。
どうにか全員が覚醒すると、竜秋と閃を中心に朝会が始まった。
「昨日は運良く、竹と梅がぶつかってくれたみたいで、オラたちは大勢とかち合わずに済んだだよ。でも今日は、間違いなくウチが狙われると思うだ」
「それでは、どうする。拠点を捨て、全員で固まってどこかへ逃げるか」
「いや、逃げるだけじゃ勝てねえ」と、竜秋が一査の提案を切り捨てる。
「――積極的に敵を倒す。たった一人倒すだけで、俺たちには梅なら九ポイント、竹なら十五ポイントも入るんだ。殺されても相手に入るのは一ポイントだけ。もう人数差は考えずに、強気に攻めるべきだ」
「賛成だぁよ。ただし、勝算のない勝負はダメだよ。今日から、正面から戦っていいのは竜秋くんと白夜さんの二人だけってルールにするだよ。竜秋くんには本部に待機してもらって、誰かが敵を見つけたら速やかに駆けつける。白夜さんには、昨日と同じく単独で動いてもらうだよ」
今日はきちんと輪の中にいる白夜が、こくりと頷く。仲間が近くにいる状態だと、白夜は能力を発動できない。結局、単独行動が最も彼女を活かす戦法となる。
本部チームに竜秋が入り、代わりに幸永が抜ける。幸永、小町、ひばり、ヒューは四人で固まって索敵。敵に襲われたらすぐに本部へ連絡し、竜秋が出動。駆けつけるまでの時間を各々の異能で稼ぐ。
「タツアキが来る前に倒しちまってもいいんだろ?」
「ヒュー、それ死亡フラグだよ……」
幸永が苦笑したその時だった。日が昇り、あけぼのの火が竜秋たちを明るく照らした。
『午前五時となりました。校内大会二日目――開戦です』
次の瞬間。
白夜が小さく呻いた。全員そちらを振り返って、我が目を疑った。
白夜の体が、地の底に沈もうとしているのだ。
彼女に踏んでいた地面だけが、突如泡に湯をかけたように崩れて、闇色に渦巻く空洞に変わっていた。既に腰から下までをそれに飲み込まれ、白夜は慌てて大地に両手をついたが、その大地も同じように崩れ、穴の外周を広げる。
「白夜!」
駆けつけようとして、竜秋はズボッと地面に足を取られた。なんだ、平坦なはずの大地が、突然沼のように柔らかく――足元を見て絶句する。
竜秋の真下にもまた、白夜と同じように大穴が口を開けていた。闇色にうねる穴の底へ、生クリームに沈むような速度で、白夜と竜秋が沈んでいく。
「敵の攻撃!!? いったいどこからだよ……!?」
「ふたりとも、手を!」
「ダメだ、引きずり込まれる! 来るな!」
あっという間に首から上だけとなった竜秋が、最後の猶予に顔を突き上げ怒鳴り――トプン、と一気に、頭の先まで闇池に沈んだ。
どちらが上で下かも分からない闇の中を、五秒ほど真っ逆さまに落ちた。落ちているという感覚もないくらいだった。
突然視界に光が差して、竜秋は、べちゃりと大地に投げ出された。突然のことに受け身もままならず腹這いに着地した竜秋は、刹那、緑と土の匂いから、自分がジャングルに戻ってきたことを悟る。
そして――自分が二十人を超える多勢に囲まれていることも。
「おはよぉ、タツミタツアキくぅん」
道路に張り付いて乾いたガムのような、粘着質な声が降り注ぐ。反射的に立ち上がるより早く、飛来した一本の"棘"が、竜秋の背中に突き立った。
瞬間、雷に打たれた。
「があああああああああッ!!!!?」
皮膚がめくり上がるほどの激痛と灼熱が、体の内側をかけずり回る。白目を剥いて悶絶する竜秋に、歓声が上がる。
竜秋に向けてトゲを放った背の高い少年は、一人だけ、ひどくつまらなそうな顔をしていた。――千本、棘……!
「竹組のアジトへようこそぉ、お二人さぁん!」
湿った黒土色の長髪をかきあげて、粘着質な声の少年が芝居がかった奇声を上げる。彼の言葉通り、竜秋を包囲しているのは全員、若竹色のネクタイをした少年少女。彼らの顔には一様に、はっきりと勝ちを確信したような侮りの色が見える。
――待て……"お二人さん"だと。
激痛を堪えて視線を走らせ、竜秋は最悪の予感を確証に変えた。
「ぅ……――」
三メートルほど離れた場所で、白夜もまた、深々とトゲに背を貫かれて力なく痙攣していた。




