二日目、襲撃-1
静寂の闇の中、炎が薪を喰らう音だけが、増幅したみたいだった。
「それ以降、どうしても……できなくなった。仲間の近くで、力を使うことが。周りに人がいなければ、普通に発動できるのに、倒すべき対象以外の誰かがそばにいると、もう私の体に、震える以上の何かは期待できない。……ごめんなさい。だから、あなたたちと一緒に戦うことはできない。足手まといになるだけだから」
白夜は、自分の爪先を見つめたまま、浅く荒い呼吸の合間に、どうにかそこまで言い切った。足を取られるような、重い沈黙。――それを吹っ切るようにして、ひばりが白夜に抱きついた。
「っ……!?」
白夜は立ち尽くしたまま、自分を抱きしめる小さな少女の温もりに、ただ黒い目を見開くことしかできないでいた。
「ありがとう……そんな辛いこと、話してくれて……ありがとう……!」
「なぜ……あなたが泣いているの……?」
「分からない、ごめん……お門違いなの分かってるけど、我慢できなくて……」
おそらくは、白夜がその小さな体に抱えていた、隠し通してきた秘密。誰にも見られたくなかった傷口。今、その一端を吐露するだけでも、どれほど苦しい思いだったか。
ひばりの思いに報いるために、腹を切るような思いで告白してくれた白夜が、ひばりは愛おしかった。
「戦わなくっていいよ……私、ただ……白夜ちゃんと一緒に、ご飯食べたいだけだよ」
顔を離して向かい合ったひばりの微笑に、白夜はその白磁のような肌を、うっすら赤く染めた。
「何が食べたいか、白夜ちゃんが決めて? 今日のヒーローなんだから」
白夜は長いこと沈黙して、目をそらし、目の下あたりを朱に染めて、消え入るような声で言った。
「………………………………お肉」
そういうわけで、桜クラスは『焼肉セット十人前』を十五ポイントで購入した。『携帯食料十人前』の五倍値は張るが、誰一人文句を言う者はいなかった。何しろ白夜は一人で四十五ポイントも稼いだのだから。それどころか、「肉だーーーー!」とお祭り騒ぎになる始末。
焚き火の上に焼肉セットについてきた網を固定して、じゅうじゅう焼いていく。仮想のソレとは思えない脂の良い香りがあっという間に拠点に充満して、竜秋たちの腹を刺激した。
「肉焼けたよー!」
付属のタレを小皿に注いで、全員で焚き火を囲みながら肉を食べた。歯が肉を断つ感触、弾ける肉汁で口の中がいっぱいになる感覚、どれをとってもここが仮想世界だなんて信じられなかった。爽司がいたなら、「オレ、ここに住む!」とか言いそうだ。
他に購入したものは、『寝袋十個セット』(五ポイント)と、《レーダー》を一つ(十ポイント)。全部で三十ポイントの消費だ。食事で少し贅沢をしてしまったが、明日のパフォーマンスを良いものにするための投資と考えれば高くない。
それに、最大三十人の他クラスに比べて、桜クラスは食事や寝具類の費用が抑えられる。これはもしかしたら、運営側にも見落とされていた桜クラスの思わぬアドバンテージかもしれない、と竜秋は思った。
竜秋は肉を周りに譲り、自分はほとんど食べようとしなかった。大して戦力になれなかった後ろめたさがあったからだ。結局「竜秋くん、食べんとおっきくなれんよ!? ウチの肉食べっ!」「はいカルビ、こっちハラミ。ホルモンも食べれる? あ、タレ足すね」と、小町と幸永の『オカンコンビ』に世話を焼かれまくって無理やり食べさせられてしまったが。
騒がしい食事だったが、夜も更けて。疲れには勝てなかったのか、桜クラスはめいめいが寝袋に入り込むと、ものの数秒で寝入ってしまった。
火を消した、深夜の樹海。竜秋は寝つけず、仰向けになって、木々に丸く切り取られた星空を眺めていた。近代化のあおりを受けて、東京ではもう、こんな美しい星空は画面の向こうでしか拝めない。
十分ほどそうしていただろうか。ふと、寝袋の一つが身じろぎして、中から小柄な少女が、蛹から孵ったみたいに立ち上がった。白夜である。闇に消えた彼女を、思わず竜秋は追いかけた。
「……巽くん? ごめん、起こしちゃった」
並んで寝ている皆から、二十メートルほど離れた林の真ん中で、白夜は竜秋に気づいて振り向いた。「いや、起きてた」とだけ言って、彼女に追いつく。
「心配しないで。別にどこにもいかない。ちょっと、散歩」
「……眠れないのか、お前も」
こくり、と頷く。相変わらずの無表情だが、少しだけ、とっつきやすい色になった気がしないでもない。ほんの少しだけ。
「悪かったな」
「え?」
「お前がデカい何かを抱えてることは気づいてた。それを分かって、俺は狙って地雷を踏んだ。佐倉を倒すために、お前が絶対に必要だと思ったからだ。……悪かった」
ずっと心に引っかかっていた部分だった。「佐倉との戦いを盗み見た」と伝えたとき、初めて白夜は人間らしい表情を見せた。強い怒りに燃える瞳が、震えて、今にも泣き出しそうに――あんな傷ついた顔をさせるとは思っていなくて。白夜の抱えるトラウマの、想像を遥かに超える重さを知った今にして、手段を間違えたと思う。
頭を下げた竜秋に、白夜は黒い目を少しだけ見張った。
「意外と、素直なのね。別に気にしてないわ。むしろ……あなたのことが、少しだけ羨ましい」
「は?」
顔を上げた竜秋に白夜は背を向け、満天の星月夜を仰いだ。闇に同化して消えてしまいそうなほど深く黒い彼女の髪を、白銀の月光が淡く照らす。
「もう戻りましょう。明日も早いわ」
「お、おう……」
自分の何が羨ましいのかについては、はぐらかされた。振り返って拠点までの帰路を歩く白夜が、竜秋を追い越す。
「……お前、明日も一人で戦うのか」
「えぇ。私にはそれしかできないもの」
「そうか。分かった。じゃあよ、よく聞け」
竜秋は、怪訝そうに振り返った白夜を真っ直ぐ指さして、口元だけで笑った。
「――ぜってぇ負けねー」
対抗心剥き出しの、宣戦布告。白夜は呆気にとられたように硬直して――一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女が笑った気がした。




