竹VS桜-2
赤い炎が、闇夜に沈んだ樹海をオレンジ色に照らしている。
校内大会一日目、夜。火炎が薪を喰む小気味いい音を聞きながら、桜クラス七名は焚き火を囲んでいた。
「あったかぁ〜。炎見てると、なんか癒やされるなぁ。ウチだけ?」
「ううん、僕も。一日の疲れが抜けていく感じするよね。火を起こしてくれてありがとう、閃」
「島でよくやってただ、お安い御用だぁよ」
「あっ、そろそろお肉焼けるよ!」
賑やかな拠点。ようやく訪れた弛緩した空気。ここに至るまでの経緯を説明するには、少々時を遡らなければならない。
――あのあと、竜秋が拠点に戻るより早く、閃は桜クラス全員に通話を繋ぎ、本部へ集合するよう指示を出した。爽司と恋の脱落がアナウンスされた時点で、一度態勢を立て直す必要性に迫られたからである。
竹クラスの一名を倒すのに、三人がかりで二人を失ってしまった事実は、閃たちを大きく狼狽えさせた。楽観視していたわけではないが、竹と桜の間にある大きな戦闘力差を、現実として突きつけられた。
桜サイドとしては、もう竜秋と白夜の飛車角二枚だけは絶対に落とされてはならなくなった。
意外なことに、白夜は閃の集合指示に従った。帰ってきた彼女の制服はあちこち汚れと傷まみれだった。そこから先は、全員拠点に集結したまま守りを固め、索敵とマッピングは一査のドローンだけに任せた。
幸いなことに、夜まで敵が拠点付近に接近することはなかった。どうやら、竹と梅が大々的に交戦したらしいのである。まず、梅クラスが竹を一人撃破したアナウンスが流れ、そこからしばらくして、立て続けに梅の撃破情報が放送された。遠く彼方から激戦の凄まじさが、空気の震動となって南端のこちら側まで届いてきた。
ラッキーだった、と閃は言った。散開していた竹クラスが、たまたま桜の拠点より先に、梅の大勢と接触してくれた。こればかりは少人数の利が出たと言えよう。一度接触した竹クラスの女を、二人の命を犠牲にしてでも直ちに撃滅できた竜秋の功績も大きかった。あそこで竜秋が負けていれば、竹の援軍に桜は拠点ごと潰されていたかもしれない。
竹梅の大規模交戦は、ほんの十分足らずで終結したらしく、ドローンの到着が間に合わなかったのは痛恨である。彼らの戦闘を観察できていればこれ以上ない収穫だっただろうに。
異能は肉体の一部。酷使につれ疲労を伴うのは筋肉や心肺機能と同様だ。一査も例外ではなく、ドローンの並列操縦はかなり体力を食うらしくて、ずいぶん働き詰めた彼は間もなく休ませなければならなくなった。
それは竹梅の生徒たちも同じだろう。ニクラスの交戦後、ほどなくしてジャングルは静まり返った。即ち、小康状態。竜秋も肩口に浅くない傷を負っており、白夜も顔には出さなかったが、単独での連戦で消耗は明らか。鬼役の松クラスがいつ来るかも分からない状況も鑑みて、桜クラスも休戦戦略を取った。
じっと拠点にこもり、周囲を警戒しながら息を潜めて――午後八時。ジャングル一面が闇に染まると、久方ぶりのアナウンスが夜空に響いた。
『これから夜明けまで、休戦時間となります。一日目、お疲れ様でした』
休戦時間――敵への攻撃が一切禁止される、束の間の安息のとき。一気に脱力した桜クラスの一同は、途端に空腹を覚え始めた。
『えー……皆さん、おはようございます。あ、間違えました、皆さんは今から夜ですよね……すみません、ちょっと寝てまして……』
八時間ぶりに聞く黒沼の声は涸れていた。この世界は現実の十二倍速だから、一週間不眠の黒沼が仮眠できたのはわずか四十分……さすがの竜秋も、なんだか不憫に思えてきた。
『皆さん、そろそろお腹が減ってきたのではないでしょうか……そう、この仮想世界は《DIVER》が摂食中枢に働きかけることで、時間経過につれ空腹感を覚える仕組みになっております。食事をとらなければ明日以降のパフォーマンスに影響します。睡眠も同様です。そこで――』
竜秋たちの正面に、一枚のパネルが展開する。
『《ショッピングタイム》です。食材、衣類から組み立て式テントまで、快適なサバイバルライフをサポートするアイテムを、現在稼いでいるクラスのポイントを消費して購入できます。また、明日以降の戦闘を助けるお助けアイテムも購入できますので、クラスで話し合って、計画的に購入してください』
パネルに指で触れてスクロールしてみると、肉や魚などの食材に、薪、ガスバーナーやら、一分間敵の位置がマップ上に表示される《レーダー》なんてアイテムまで、びっしり値段とともに並んでいた。
『……あ、ちなみに入浴や排泄は必要ない仕様となっておりますが、一応お風呂も購入できます』
「えーっ、お風呂!?」
「買わねえぞ!?」
目を輝かせた小町に釘を刺す。一つ三十ポイントもする五右衛門風呂なんて完全にネタアイテムだ。
『ここで、一日目の中間発表も同時に行います。生存者、桜クラス八名。梅クラス十四名。竹クラス二十七名。なお、竹クラスは当日の体調不良で一名欠席しているため、二十九人でのスタートとなっていました。それぞれのクラスに生存ポイントが入ります。竹と梅は人数分、桜クラスは三倍されて二十四ポイントです。これを合算しまして、中間結果は……』
一位、桜――八十四ポイント。
二位、竹――五十六ポイント。
三位、梅――十九ポイント。
『続いて、個人成績です。撃破ポイントの個人ランキングを発表します。なお、こちらは桜クラスのメンバーへの三倍倍率はかけていません』
竜秋の正面に、新たなパネルが重ねて出現する。
撃破ポイント個人ランキング――
一位――千本 棘(竹)。十八ポイント(撃破人数:六)
二位――白夜沙珱(桜)。十五ポイント(撃破人数:五)
三位――馬城 力彦(竹)。九ポイント(撃破人数:三)
ランキングのほとんどは竹クラスが独占。竜秋の名は刀花と梅クラスの一人と共に、五ポイントで同率五位だった。
『えー、桜クラスの白夜さんが一人で四十五ポイントも稼いでますね。これはすごい。しかし撃破数でいえば、竹クラスの千本くんが六人でトップ。竹クラスの襲撃を受けて、半分以下に削られた梅クラスはかなり厳しい展開になりましたね。今後の挽回に期待しましょう』




