竹VS桜-1
驚異的な反応で直撃を避けたものの、何しろ岩を砕くほどの威力。キリモミ回転しながら盛大に数メートルも吹き飛んで、少女は木の幹に激突した。
「っ……!」
口の端を切った刀花が血を滴らせて起き上がるろうとするも、竜秋の追撃が速すぎた。矢のような飛び蹴りが彼女の細い胴の中央を撃ち抜き、背後の幹がひび割れる。
惨たらしい声を漏らして、少女の口から大量の唾液が吐き出された。――硬い手応え。ローブの下に鉄板のような鎧を着込んでいたようだ。武器だけでなく、防具の類も彼女の異能が生み出せる対象なのだと、この瞬間に看破する。
膝を畳んで下腿全体で少女の下腹部を圧迫し、膝で鳩尾を突き上げる。両手で少女の両手首を掴み、拘束。すぐ耳元にある少女の顔が、うめき声を上げる。
「よ……容赦ないっすね。自分、一応女子っすよ……」
「戦いに、男だ女だ関係あんのか」
鎧のおかげか、まだ喋る元気のある刀花に言い捨てる。同じ土俵で向かってくるからには、竜秋は幼稚園児だろうと手を抜かない。
「銃から手を離せ。このまま両腕も折るぜ」
「随分、まどろっこしいことするんすね……自分を生かして、なにするつもりっすかぁ?」
苦痛に潤む目を細めて、刀花が竜秋を見上げる。よく見ると整った顔立ちの少女だ。どこか扇情的な眼差しにも、竜秋の心は微動だにしない。
「竹クラスの情報を喋ってもらう」
背後から、恋が慎重に近づいてくる。刀花の両手はだらんと真下に下がっており、指も引き金にかかっていない。戦闘の意志はもうなさそうだが、万が一彼女こ手に一瞬でも力がこもったら、その時には迷わず殺す。
「あぁ、なぁんだ。別にいいっすよ。自分、あのクラス嫌いなんで」
あっけらかんと言って、刀花は後頭部を木の幹に預けた。恋は無反応。嘘は言っていないらしい。
「自分、マジでもう降参なんで、少しだけ足緩めてもらっていいっすかねぇ? ほら、ローブがめくれてけっこう恥ずかしい感じになってるし」
「そんだけ悠長に喋れるんならいいだろ」
「あーんエッチ。マジで苦しいんすよぉ。ほら、銃も捨てるし――」
宣言通り、刀花が両手の銃から手を離した。カツン、と落下した銃が――次の瞬間、光とともに変形する。
ピンが抜けた状態の、手榴弾へと。
「ッ!?」
サッと血の気が引く。ほんの一瞬硬直した竜秋の耳元へ、少女は蛇のように接近して、甘く囁いた。
「――どかーん」
大爆発。
肌を焼く熱風。黒煙一色の視界。鼓膜を貫く爆音で、耳がキーンと鳴る。
竜秋は仰向けに横たわっていた。……生きて、いる。まずその事実に驚く。多少の火傷はあるが、体にそれほど痛むところはない。死を確信したタイミングの爆発だった。
なぜ死なずに済んだのか、数秒後に理解する。今、自分に覆いかぶさっている少女が、竜秋に浴びせかかった熱と爆風と破片の全てを代わりに受けきったのである。
「お前……」
竜秋と刀花がいた木は煌々と燃えて、今メキメキと悲鳴を上げ、根本から折れた。爆炎を背に、竜秋を押し倒した格好で上に乗っているのは、血まみれで笑うピンク髪の少女。
「へへ……あの子の『もう降参』って言葉だけ、完全に嘘だったから。とっさに体動いちゃった。巽くん……私、自分の仕事、ちゃんとできてた?」
そう微笑んだ顔が、発光して、砕ける。同時に腹に乗った重みが消えた。炎色の樹海を、金色の雪が逆さに降る。
『竹クラスの弓月刀花が、桜クラスの桃春恋を撃破。竹クラスに一ポイントが入ります』
『桜クラスの巽竜秋が、竹クラスの弓月刀花を撃破。ボーナス三倍、桜クラスに十五ポイントが入ります』
死んだ。死んでいた。恋がいなければ、こんな序盤でゲームオーバーになるところだった。この大会で結果を残して、最短最速で階級30をクリアして、伊都から塔伐器をもらう――なんて息巻いておきながら、なんという体たらくか。
流れたアナウンスでは、自決したはずの刀花は竜秋の撃破扱いとなっていた。どうやら自決による緊急離脱は認められず、それまでに最もダメージを与えていた人間に撃破判定が出るらしい。
――認めねえ。認めねえぞ……こんなので俺の勝ちになるなんて、あり得ねえ!
情けなさを噛み殺して、竜秋は起き上がる。これほどの爆発があれば、大量の人間が様子を見に来るだろう。
個人の感情としては、全く暴れたりなかったが、傷も浅くない。そもそもたった一人に三人がかりで二人死なせる醜態を晒しておいて、自分にこのまま単身で次の戦いに挑む資格の、あるはずがない。
叫びだしそうなのを堪え、軋む体に鞭打って、竜秋は本部までの道を急ぎ始めた。




