デスマッチ-3
飛んできた方角を睨みつつ、貫通した矢を手から引き抜く。ビキビキと焼けるような痛みが、ここが仮想世界だと忘れそうなほど、鮮烈に走る。
「いってえな……クソがッ!!」
振りかぶって思い切り投げた矢は唸りを上げて一直線に飛び、狙った藪に突き刺さる。寸前でそこから転がり出た少女が、どうやら襲撃犯のようだった。
「――女の子を庇うなんて、優しいっすね」
全身をすっぽり覆う漆黒のローブを着た、灰色の髪の少女だった。指が見えないほど長いローブの袖から、物々しい弩が覗いている。
「巽くん、ごめ……」
「謝んな。お前はお前の仕事をしろ」
「私の……」息を呑んだ恋を背に隠し、竜秋は少女に問うた。
「この仮想世界に武器なんてあったのかよ。それとも武器を生み出すのが、お前の異能か?」
「さぁ、どうっすかねー?」
はぐらかした少女の言葉に、恋がすぐさま反応した。
「当たりだよ、巽くん」
背後からの囁きに、小さくうなずく。そうだ。その力で敵から情報を奪うのが、桃春恋の役目。
少女の素性は、後に判明することになる。一年竹組、弓月 刀花。異能《武器商人》――一定の知識さえあれば、あらゆる武器や防具を創造できる能力者。
「い……いきなり不意打ちなんてひどくない!? あんた一人!?」
「見てのとおり、一人っすよ」
「……嘘は言ってない」と、竜秋にだけ聞こえる小声で恋が伝える。
「でも、あたしが見てるおたくらのアイコンがマップに映るんで、すぐに仲間が来るかもしれないっすね。その前に片付けたいんで――おしゃべりはこれくらいでいいっすか」
刀花は真っ直ぐ腕を伸ばして、ローブの袖をまくり上げた。既に二の矢が装填された弩が、過たず竜秋の眉間に向けて据えられる。
竹クラスの単独行動――これは白夜と違い、作戦として理にかなっている。鬼役の松クラスがまだいない現状、このフィールドで最強は竹クラスの三十人だ。松に横取りされるより前に、竹が散開して獲物を狩りまくる展開は閃が予想していたパターンの一つ。
だからこの状況は、ある意味で狙い通り。問題は、彼女に勝てるかどうかだけだ。
引き金に細い指がかかる。ボウガンの矢なら、この十メートルほどの至近距離でも竜秋はかわせる自信があった。だが避けたせいで、背後の恋が被弾する憂いが残る。かといって集中は解けない。どうする――駆け巡る緊張が、ピークに達する、その瞬間。
彼女に構えるクロスボウが、光とともに突然変形し――機関拳銃、黒光りする凶悪なフォルムへと、一瞬のうちに姿を変えた。
「なっ……!?」
「ばん」
とっさに背後の恋を抱き寄せ、全力で真横の茂みへ飛ぶ。恋の悲鳴を切り裂く銃声の嵐。横殴りの雨のごとく弾丸が空を穿って、竜秋の残像を蜂の巣にする。
「なんでもアリかよ!?」
藪の中で恋を地面に押し付け、姿勢を低くした竜秋のすぐ頭上を銃弾が駆け抜け、熱帯樹の一本を破砕する。飛び散る木片、肩を掠めた弾丸が肉をえぐる。
「ここで転がってろ! 絶対頭を上げるなよ!」
「た、巽くんは!?」
「俺はあいつを、ぶっ倒す!」
再装填のためか銃声が止んだ一瞬の隙を突き、竜秋は制服の上着を脱いで表へ放り投げた。凄まじい反応、空中にバサッと広がったブレザーが間髪入れず穴だらけになる。
――武器を作れるだけじゃねえ、あの女、相当扱い慣れてやがる!
ブレザーを放ると同時、竜秋は身を低くして逆方向に駆け出していた。熱帯樹が生い茂る薄暗い樹林、緩い弧を描いて刀花の側面を突く軌道で、悪い足場を物ともせず獣のように疾走る。
それに気づいた刀花が、身を翻して銃を乱射する。片手で扱えるサブマシンガン。高い連射性能の反面、精確な狙いには若干の難があるか――看破するや否や、当たらないことだけを祈って竜秋は遮二無二加速する。デタラメに緩急をつけ、木の幹を交互に蹴ってジグザグに、稲妻めいた速度で。
「はぁ? バケモンっすかぁ?」
人間離れした竜秋の動きに目を見張りつつ、少女は楽しげに唇を舐めた。空いたもう片手にも同じサブマシンガンを生み出し、二丁を同時に乱射。倍に増えた弾丸がジャングルを掘削していく。
回り道を繰り返しながら、竜秋は少しずつ距離を詰めていた。残り八メートル。木を影にして一気に突っ込めば、半身を犠牲に一撃を入れられるか――
そのとき、竜秋とは反対側の茂み、こちらを向いている刀花の背後から、一人の少年がビビり散らした顔で飛び出した。
――常磐!?
心底驚愕したが、顔には出さなかった。それでも竜秋の視線の動きに明敏に反応して、刀花がハッと振り返る。
「んんんんんんんん南無三ッ!!」
半泣きで飛びかかった爽司のドロップキックが刀花を突き飛ばした。ぐらりと体勢を崩しつつ、少女は体操選手のように身をかわして、
「チッ!」
舌打ち混じりに爽司目がけて乱射した。空中で無防備の爽司を、無数の弾丸が直撃する。
「ああああああああああああああああああ!!!」
断末魔を上げて、爽司の体が中空で踊る。血まみれで地に伏せた爽司は、かすかに顔を動かし、一瞬ちらりと竜秋を見上げた。
「あと頼むわ、相棒」
ニコッと笑った爽司のアバターが、彼を塗りつぶすほどの眩い金色に発光し――粉々に砕け散って、光の雪を降らせた。
学園が用意した訓練用の仮想世界では、痛覚の再現レベルが現実と同様に設定されている。これは単純に実戦に備えて痛みに慣れるためであるほか、痛みがなければどうしても防御や回避の意識が疎かになり、捨て身の戦い方が体に染み付いてしまうためでもある。
ただし、"死亡判定"が出た直後からはその限りではない。死に至るほどのダメージには時として、計り知れない苦痛・激痛がつきまとう。それが脳に及ぼす悪影響を考慮して、仮想世界で死んだ瞬間からは、全ての痛みから解放される。
だから、ほぼ即死の爽司が感じた痛みは一瞬だったことだろう。そもそもここは仮想世界。死んでも講堂で目を覚ますだけのこと。それでも――目の前で一人、仲間が死んだ事実に竜秋は戦慄した。己の半身を、奪われたような思いだった。
この二週間で、あんな爽司でも、失いたくない存在になってしまっていたことに気づく。
「……勝手に――死んでんじゃねええええええ!!」
爽司が作った一瞬の隙。一息に肉薄した竜秋は、至近距離の銃撃を飛び越え、少女の顎を思い切り蹴り飛ばした。




