デスマッチ-2
なにかを絞るようにゆっくり虚空を握った閃の不気味な圧力に、全員が息を呑む。要は、白夜を囮に使うということである。
「そのために、まずは敵をたくさん探すだよ。三十人がまだ固まっているとは考えにくいだ」
「それなら、僕の力が役に立つだろう。ドローンは同時に三体まで並列操作することができる。しらみつぶしに捜索していけば、そのうちマップを丸裸にできるぞ」
勇んで手を挙げた一査に「お願いするだよ」と笑う。
「とりあえず、この九人を三つの班に分けるだよ」
かくして――
「やったぁー! 巽くんとおんなじ班!」
「やったぁー、たっつんと一緒だ! 一番安全そう!」
「……大丈夫かよ、こいつら」
探索班①――竜秋、爽司、恋グループ。
「よろしくなぁちびっこ二人! ウチのこと守ってなぁ。ウチも二人のこと守ったるから!」
「おー! まかせとけ!」
「が、がんばる……!」
探索班②――小町、ヒュー、ひばりグループ。
「この二班はジャングルに入って、マップを解放しながら地形の確認や索敵をしてほしいだよ。くれぐれも、あまり深くまでいかないこと。通話を繋げたままにして、逐一状況を本部に報告するだよ」
「僕のドローンで君たちとは別の方角を探る。これでマッピング効率は多少上がるだろう。人数の不利は覆しようがないが……」
「危ないと思ったら、すぐに帰ってくるんだよ! 怪我したらすぐに呼んでね!? 忘れ物してない!?」
「オカンか!」
本部――閃、一査、幸永グループ。探索班からの情報を吸い上げて、場面に合わせて指示を出す役回りだ。
竜秋は改めて、桜クラスのまともな戦闘員の少なさを実感した。塔伐者を志すだけあって、基礎体力は全員そこそこの水準だが、それは全生徒に言えること。とにかく戦闘向き異能所持者の少なさが致命的だ。
「基本的に敵に遭遇したら逃げの一択だぁよ。でも、竜秋くんのとこだけは、いけそうだったら倒しちゃってもいいだよ。だけどできればとどめを刺さずに無力化してほしいだ」
「あ? なんでだよ」
「相手の情報を聞き出せるかもしれないだよ。そのために、竜秋くんの班に桃春さんを入れてるだぁよ」
なるほどな――一度は竜秋も、納得したものだった。
現在、ジャングルを歩きながら、猛烈にそれを後悔していた。
「ねーえ、巽くんは髪長いのと短いの、どっちが好きぃ?」
「……」
ジャングルを黙々と歩く竜秋。そのすぐ後ろをついてきて、延々と質問攻めする恋が、うるさくてしょうがない。爽司は関わりたくないのか、何かいらぬ世話を焼いているのか、十メートルほども竜秋たちの後ろを離れてついてきていた。
タチが悪いのが、この女に一切の嘘が通用しないことである。そのため竜秋は、無言を貫いていた。
「好きなタイプは? 芸能人でいうと誰?」
「……おい、うるせぇぞ」たまりかねて竜秋は振り返った。「集中しろよ。いつ敵に出くわすか分からねえんだぞ」
「うん、ごめぇん、そうなんだけど。巽くんと二人きりになれたの初めてだから、嬉しくてつい」
恋が悪びれもせず小悪魔っぽく笑う。どうやら爽司はもう完全に空気扱いらしい。
「……この際だからもう聞くけどよ。お前、俺が好きなの」
「うん、好きだよ」
あまりに明け透けに真っ直ぐ目を見て言われたので、竜秋の方が圧倒されてしまった。異性に告白された経験はあっても、こんなに堂々としたのは初めてだ。
「俺たち、そんなに話したことねえじゃん。なんで?」
「うーん、まずは顔。顔が好き」
「あっそ……」
なんだこいつ、マジで。
竜秋の問いに、恋は間髪入れず、最も飾らない本音の言葉を選んで返してくる。嘘を見抜けるこの少女は、人に嘘をつかないのだろうか。
「巽くんは、私のこと現時点でどう思う? 好き? やや好き? どちらでもない? やや嫌い? 嫌い?」
「アンケートか!」
竜秋はなんとなく、この少女に負けている気がして腹が立ってきた。これほどなんのしがらみもなく心をさらけ出せる彼女が、何か特別な人間に思えて、悔しい。
「……お前のことは、別にどうも思ってない。俺は基本的に自分のことしか考えてねえし、この学校に来てからは特に、周りを見てる暇がなかった。ただ――」
竜秋は素直に言葉を選んだ。昔から、竜秋もまた、嘘なんてまどろっこしいことは抜きに、本音で語るタイプだった。ただ本音をぶつけるほど近しい相手が、あまり多くなかっただけだ。
「俺が無能力者だと佐倉が暴露したとき、お前だけ俺を見る目を変えなかった。それは、今も印象に残ってる」
長いまつ毛を震わせて、恋は形の良い目を目を見張った。胸にそっと手をあてて、何かその奥に去来した感情に戸惑うように、ぎこちなく笑顔を作る。
「あ……あははっ、ありがとう! なんだろ、真っ直ぐな言葉に慣れてないから、なんか焦る!」
「はぁ? お前自分ではさんざん明け透けにモノ言っておいて……」
会話は、ここで中断となった。
茂みの向こうから高速で何かが飛来して、真っ直ぐ恋を襲ったからだ。
「っ!?」
いち早く気配に反応した竜秋が、とっさに右手で恋の顔をかばう。瞬間、手の甲に鋭い痛みが走った。伸ばした右手の甲を貫いたのは――カーボン製の矢。手のひらから突き出した血塗れの鏃の鋭さに、恋が声にならない悲鳴を上げる。
「巽く……!」
「チッ……おい常磐ァ、閃に連絡!」
「かしこまり!」
既に後方の物陰に隠れていた爽司が藪から親指を突き出す。まったく呆れた遁走本能だ。




