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一致団結、桜クラス-2

「あれ? 教室間違えた?」


 翌朝、始業三十分前に桜クラスの教室にやってきた爽司が、キョトンと目を見張って立ち尽くした。


 それもそのはず、昨日はホコリだらけだった教室の壁や床が、ピカピカに磨き抜かれているのである。


「遅えよ、そよ風」


 三角巾をかぶり、制服の上からエプロンを着て、頬をススで汚した竜秋が、鋭く爽司を睨みながらバケツの上で雑巾を絞った。


「おっはーソーシ。朝来たらさ、タツアキが掃除してくれてたんだぜ」


「朝は僕が一番乗りだと思ったんだがな。見上げた奉仕の心だ、尊敬に値する。微力ながら僕も力添えさせていただいた」


 ヒューと一査が雑巾片手に爽司へ近寄る。教室には既にあらかたの生徒が集合しており、めいめいが箒や雑巾を手に隅々まで教室の清掃をしていた。竜秋が一人で勝手に始めた掃除だが、気づけば一大行事になってしまった。


 爽司は飼い猫が食事を用意して待ってくれていたのかとでもいうぐらい、驚愕に目をかっ開いて竜秋を見つめた。


「た、たっつんが奉仕……?」


「あんだよ。こんなホコリ臭えとこで授業に集中できるか。自分の環境を自分で整えんのは当然だろうが」


 ビュッ、と鋭く投げつけられた雑巾が、ビチャッと爽司の顔面に直撃した。


「わぶっ!?」


「テメーも手伝え。全部拭いたら、仕上げにそよ風一発頼むわ」


「オレ空気清浄機!?」


 絶叫しつつ、爽司は腹の底から笑って、竜秋たちに加わった。





「――というわけでえ! 我らがエースたっつんが参戦してくれることになりましたああああ!」


 さて、見事に生まれ変わった始業前の教室で声を張り上げた爽司に、クラスメイトたちがどよめいた。


「本当なの!? ありがとう巽くん、君がいてくれるなんて心強いよ!」


 幸永がにこやかに差し出した手に反応せず、「仲良しこよしは期待すんな」とだけ吐いた竜秋の元に、脱兎のごとく爽司が駆けつける。


「ゆっきーごめんよたっつんは朝はちょっと低血圧で!? テンション低いだけなんだよね許したげて!! よーちよち、お掃除疲れちゃったんでちゅかねー!?」


「萌え袖。お前の"デビ太"は何ができる」


 端的に、用件だけを問う竜秋の眼差しに、飲まれかけながら幸永は答えた。


「……やれることは多くない。ただ悪魔を名乗るだけあって、嫌がらせなら得意だよ。黒板を引っ掻いたときの音を声で再現できたりとか、相手を"呪い"で下痢気味にしたりとか、体調が悪い人間を識別できたり……って、ごめんこんな能力で」


 恐縮したように笑いかけて、竜秋がノートまで開いて真剣にメモしているのに気づき、幸永は目を見張った。


「全員、異能バベルを使ってできることを、細かく俺に伝えろ。俺と閃で作戦を立てる」


「オラだか?」


「お前は異能バベル関係なく頭がキレる、当然だろ。さっさとこっち来い」


 ぶっきらぼうに手招きする竜秋に、閃の口元がはにかむ。


「じゃあオレからね! えー……、素敵な風を、起こせます」


「次」


「メモくらいとってよぉ!!」


 流れは爽司がつくった。傍若無人な竜秋の態度に二の足を踏んでいた生徒たちも、一人ひとり、竜秋のもとに言って自分の異能バベルの詳細を伝える。


「……あとは、アイツだけか」


 自分を含めた九人分のデータを整理した竜秋は、対岸の席をみやった。一人の少女が、我関せずと座って本を読んでいる。全員が竜秋と爽司の座る近辺に集合した結果、対角の彼女は意図せず孤立してしまっていた。


「ねぇ、白夜さんも……」


 れんがピンク髪を揺らして声をかけても少女は無表情のままかすかにこちらを向き、「ごめんなさい」とだけ言って、また本に目を落としてしまった。


「ほっとけ。今はな」


「?」


 何かを目論む竜秋に、れんが不思議そうに首を傾げた。




 始業時刻になると、憎き佐倉が今日も無駄に輝くオーラを撒き散らしながら現れた。朝会が始まる。佐倉に従わなければ三年間植物状態にされるので、皆大人しくしていた。


「今日から必修科目の授業が始まる。最初はガイダンスだから、準備物は特にない。必要なものは配られるだろうから安心しな。その学生証でメモを取ったり、板書を写メるのも自由だ」


 この学園の授業は、必修科目と選択科目の二種に大別される。必修科目は各教室でクラスごとに受講し、選択科目は、その授業を選択している生徒が決められた教室に移動して受ける。高等学校でありながら、どちらかといえば大学の形式に近い。


 入学してしばらくは、一学年全員が必ず履修する必修科目のみで時間割が埋められているから、竜秋たちはこの教室からどこかへ移動する必要はない。竜秋が朝五時起きで教室の掃除をしたのは、少なくともここ数日はこの教室が一日中竜秋の学び舎となるからだった。


 朝会から二十分の休憩を挟み、最初の授業開始を告げるチャイムが構内全域に響き渡った。


 一時間目は――《異能学》。


「はい、とゆーわけで、《異能学》担当の佐倉でーす♡」


 朝会の風景から何一つ変わることなく、一時間目の授業が始まった。《異能学》。中等教育では学ばなかった未知の学問である。


「俺の授業では、発言は自由にしていいからねー。手とか挙げなくていいから。黙ってほしいときはそう言うし、まぁ、雑談形式で」


「じゃあ質問。《異能学》は何を学ぶ学問だ」


 間髪入れず口を挟んだ竜秋に、「お前みたいなやつがいるとやりやすいよ」と佐倉が笑う。


「そうだなぁ、簡単に言うと柱は三つ。『一、異能バベルとはなにか』『二、異能バベルを使いこなすには』、そして『三、異能バベルとどう戦うか』」


「一と二は分かるが、塔伐者に、他の能力者と戦う機会があるのか?」


「答えは『かなりある』、だ。なんせ【塔】の最上階にいるレグナントは、異能バベルを使うから。それも俺らより強力な」


 教室に激震が走った。


「レグナントが異能バベルを!?」


「レグナントってあの、入学説明会で見せられたでけーホログラムのやつだろ!? カマキリみたいな!」


「えぇーっ、あんなのが異能バベルまで使うって、やばくない!?」


「はーい、黙れ」と、佐倉が端的に命じた。静まり返った生徒たちを満足そうに見回して、続ける。


「もともと異能バベルは、【塔】発生を境にとつぜん子どもに宿るようになった能力だ。ルーツは【塔】の方にある。そのキングが異能バベルを使えないほうが、逆に不自然だろ」


「た……確かに」


「他にも、塔伐者は《反逆者レネゲイド》たちの制圧に駆り出されることもある。なんせ人類トップクラスの異能戦士だから、俺たち」


 反逆者レネゲイドとは、闇を生きる能力者の総称。具体的には、異能バベルを犯罪や非人道的行為に利用する反社会的人種を指す。中には巨大な暴力組織に膨れ上がっている反逆者レネゲイドの勢力もあり、警察でも手に余る存在となっている。


「そんなわけで、異能バベルを相手にするノウハウは学んでいて損ないよ。無能力者の巽でもね」


「よく分かった」と、竜秋は背もたれに体を預けた。


「じゃあ今日はガイダンス。自己紹介がてら、俺の異能バベルの話をしよう」


 息を呑んだのは、全員だ。竜秋はとっさに、視線を二つ右の席に座るれんに向けた。


 ――頼んだ。


 竜秋の視線を感じ取ったか、れんはこちらを向いて、顔を少し赤く染めて二回うなずいた。


 倒すべき相手が、自分の能力の詳細を自ら開示しようというのだ。ここは絶対に聴き逃がせない。


「いいね、お前ら。殺気立ってる」


 興奮をおさえるように唇を舐めて、佐倉は語り始めた。


「俺の異能バベル鍵師クロヴィス》は、前にも言ったけどF査定のザコ能力だった。なんせ、鍵をかけたり開けたりするだけの力だから。空き巣には重宝するだろうけど、人を傷つけるようなことはできない。……けど、今は違う。俺は指一本あれば、今からでも、地球上の生物すべてを一瞬で絶滅させられる」


 戦慄する、という次元ではない。竜秋はとっさにれんを見た。彼女は誰よりも青い顔をして、竜秋に向かって小さく首を振った。


 嘘を言って、いないだと……!?――伊都の、佐倉は日本に十人といないSランク能力者の一人だという話が思い出される。あれは、本当だったのだ。


「俺の異能バベルの現査定は『S:滅尽めつじん級』。まぁ、こんなふうに、異能バベルが使い方次第で全く違う査定に生まれ変わるのは、あまり知られちゃいないけど、割とある話だ。これを異能バベルの"進化"という。この三年間で、お前らはひとまずそれを目指せ。結果的に査定が上がらなくてもいい。お前らが持ってる武器は、最初から最後までその一本きりだ。真剣に向き合って、研究して、鍛えて、磨き上げろ。そのなまくらが、至上の業物わざものになるまでな」


 初めて見る、教師としての佐倉の顔だった。


「話を戻そう。《鍵師クロヴィス》の能力は【施錠ロック】と【解錠オープン】の二つ。俺はこれを――物質ではなく、目の前の"空気"に使ったらどうなるか考えてみた」


 佐倉が長い指を虚空に伸ばし、実演してみせる。


「この発想で、俺は大気を【施錠ロック】で固定して防護壁にしたり、空間を【解錠オープン】でこじ開けて瞬間移動できるようになつた。まぁ、モノにするまで血を吐くような努力は必要だったけどね。――いいか? 思い込みを捨てて、己の異能バベルの"解釈を広げろ"。皮膚の内側までが自分の体だという思い込みから脱却してから、俺は触れなくても周りの大気を【施錠ロック】できるようになったよ」


 《異能学》はこうして、あまりにも雲をつかむような話から始まった。

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