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学園生活、始動!-3

「うわっ、もうこんな時間!?」


 時を忘れてゲームに熱中していた六人は、ふと端末を開いた爽司の絶叫で我に返った。時刻は午後五時二十分を回ったところで、気づけば三時間近くもぶっ通しで遊んでいたことになる。


「トランプって色んな遊び方があるんだね。こんな楽しいなんて知らなかったよ」


「オレらの世代で遊びと言えば、オンラインゲームだもんなぁ」


 幸永と爽司が感慨深そうに言う間で、「はらへった!」とヒューが幼い顔をふくらませる。


「確かにヒュー氏の言うとおり、そろそろ夕餉ゆうげの時分だ。僕も少々、空腹感を禁じえない」


「おれ、もう食堂はやだよ! タダだけどマズいもん!」


「じゃあどっか食いいこーぜ、校内SNSに色んな店の写真アップされてる」と爽司が端末を操作し始める。


「なんだ、お前ら昼はここの食堂で食ったのか」


 全員がうなずく。伊都によれば、寮の食堂は味を保証しない代わりにタダで食事を提供しているという。それならば、彼らはまだ知らないのだろう。竜秋は伊都から聞いた話を教えてやった。


「いっ、一ヶ月千エン!?」


「うっわマジだ、端末見てみろ、千エンしかチャージされてねえ!」


「あまりに酷い仕打ちだ……」


「オラは毎日食堂でも大丈夫だぁよ。島の虫に比べれば美味しかっただ」


「閃ちん普段なに食ってんの!?」


 端末のポイント残高を確認して絶望するメンバーに、食堂の味を知らない竜秋は「今日はひとまず食堂でいいだろ」と提案した。


「いやー……正直ちょっと、ね」


「味噌汁ほとんど水だし」


「米も火が通りきっておらず、砂利のようだった」


「おかずなんて、コゲた野菜炒めだけだぞ!」


 閃以外の四人が口々に悲惨な顔で言う。そうは言っても、初日からなけなしに千エンに手をつけるわけにはいかない。


「食えるだけありがたいと思え。嫌なら別に誘わねえよ」


「オラはいくだよぉ」


「待て待てっ、オレらも……あぁっ!?」


 なにかにすがるように端末をスクロールしていた爽司が、不意に頓狂な声を上げた。


「みんな、これ見てくれ、これっ!」


「あん?」


 爽司の突きつけた端末の画面を覗き込む。それは校内SNSのページらしかった。画面いっぱいに、和牛のステーキが乗ったカレーライスの写真が表示されている。


「んなもん高くて食えるかよ」


「違う違うっ! これ、ココの食堂のメニューなんだって!」


「なにぃ!?」


 途端に全員が画面に食らいつく。


「昼と夜でそれぞれ限定十食! しかもタダ! 早いもの勝ちだってさ!」


「おい、夜のオープンは何時からだ!?」


「えーっと、午後五時半……って、あと一分じゃん!?」


「ダッシュだ!! 場所を教えろ!!」


 大慌ての爽司と竜秋の間に割り込んで、ヒューが元気よく手を挙げた。


「おれにまかせろ!」


 言うや否や、ヒューはおでこの飛行眼鏡ゴーグルを目に装着すると、小さな体を折り曲げてクラウチングスタートの姿勢を取る。


「――よーい、どんっ!」


 爆風が吹き荒れた。


「おわぁっ!!?」


 エントランスの端から端を二秒足らずで駆け抜け、螺旋階段を竜巻のごとく駆けのぼっていき、もう見えなくなってしまった。早川飛遊はやかわひゆう異能バベル飛脚ランナー》――速く走れるとだけ聞いていたが、想像以上のスピードである。


「あの戦闘機乗りみたいな飛行眼鏡ゴーグルは、向かい風を防ぐためのもんだったのか……」


「あれなら間に合うかも! 食堂は三階だ、追いかけようぜ!」


 ヒューを追いかけて五人も食堂へ向かう。螺旋階段を上がって三階に到着すると、なるほど『食堂 ただ屋』と看板のかかったガラス戸が開いている。そこをくぐると五十メートルほどの長い廊下があって、走りきった先に百名ほどが座れそうなダイニングスペースが広がっていた。


 半分むき出しの厨房と隣接したダイニングは、オープンから間もないこともあってまだいていたが、既に十人ほどがバラバラに座っていて、例のカレーは売り切れてしまっていた。


「おーいっ、みんなこっちこっちー!」


 一角にヒューが座って、手を降ってきている。合流すると、彼の目の前にはすでに、湯気をもうもうと立てる和牛カレーが一皿、燦然と輝いていた。


「いぇーい、おれ、一番乗りだったぜ!」


「いや俺らの分は!?」


 まかせろ、と豪語して突っ走っていったヒューが、まさかの自分のカレーだけ調達して座っている現実を受け入れられない一同。


「それがさ、一人につき一食しか頼めなくてー」


「そうか……よく考えりゃそれもそうか」


「それは仕方ないね。わざわざ走ってくれたのに、ごめん」


「みんなのぶんの学生証を持ってくればいけるみたい。次からはそうしよーな!」


「ヒューくんは優しいだなぁ」


「んじゃ、オレらは今日はコゲ野菜炒めで我慢しますか」


 厨房に向かいかけた爽司に、ヒューがカレーの乗ったおぼんをテーブルの中央へ押す。


「一人だけ美味いもん食っても楽しくないから、みんなで分けっこしよ! おれ、そのために食べずに待ってたんだぞ」


 無邪気に笑うヒューに、「あれ……天使?」と爽司が目をこする。この日の夜は、六人で一食分のカレーを分け合った。施しを受けるのが嫌いな竜秋も、爽司になんだかんだと言いくるめられて食べた。昼もカフェでカレーを食べたが、これは少し別格の美味さだった。ヒューには礼を言って、次のカレーのとき自分の肉を半分分けてやる約束をした。


「授業が始まってエンを稼げるようになるまでは、この十食カレーをオレたちで勝ち取り続けないとな」


「しかし、本日はまだ初日で、新一年生に情報が出回っていなかった。明日以降は一気にライバルが増えるだろうな。夜はともかく、昼は我々は西端の教室にいる。他の生徒より距離では不利だぞ」


「おれが走るからだいじょーぶだって」


「頼りにしてるだぁよ」


 日進月歩、体を作らなければならない竜秋にとって、タンパク源の確保は死活問題だ。タダで食べられるこのカレーは毎日死守したいところ。現状、ヒューに頼る以外に確実なアイデアが思い浮かばない。


 カードで閃に負け、足の速さはヒューと勝負にもならない。自分にできないことを、できるやつがいる――それは、なかなか認めがたい現実だった。

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