神童と呼ばれて-2
約四十年前、世界各地で、前触れなく【塔】は出現した。
それは大地を突き破って生えてくるようにも、天から突き刺さるように降ってくるようにも見えるらしい。どちらにせよ、出現の瞬間は尋常ならざる天災の光景である。
塔は出現の衝撃で半径数十メートルを吹き飛ばしてしまうため、塔の発生自体が第一の巨大災害と言える。
だが、塔の発生場所をコントロールする技術がほんの半年で開発されてからというもの、塔は人のいない安全な場所でのみ出現するようになったのだから、科学の力とは凄まじい。それまで"塔被害"に遭った街は封鎖され、緊急時に塔の発生を逃がす避雷針的な役割を果たしている。
突如現れた未知の建造物、【塔】――半分は危険がないかどうかの調査、もう半分は知的好奇心で、ほどなく探索隊が組織された。特殊部隊や専門家で編まれた精鋭である。
そうして塔に登った彼らは――一人も帰ってこなかった。救助隊も、その救助隊も、あまねく塔に呑まれた。
それから四十年。数多の犠牲によって、現在【塔】について分かっている事実が五つある。
一つ目。【塔】内部は階層構造となっている。
二つ目。【塔】内部には"怪物"がいる。
便宜上、各階層に大量に棲息している塔悽生物を《兵隊》、必ず"最上階"で待ち受けているものを《王》と呼んでいる。
三つ目。センチネルもレグナントも、【塔】から自発的に外に出てくることはない。よって、人間が自分から【塔】へ入らない限り、実害のない怪物であると言える。
ところが、四つ目。【塔】は一定期間で"自壊"する。その瞬間、棲家を失った怪物たちは外界に解き放たれ、人を襲う。
今まで、【塔】の自壊が起きてしまった最悪の事態が世界で十六件。対策が追いつかなかった最序盤のケースがそのほとんどを占める。そのたび外界は凄惨な地獄と化し、夥しい屍が街に積み重なった。
五つ目――その最悪を阻止する唯一の方法。
自壊の前に【塔】を登って王を討伐すれば、【塔】は安全に消滅することが判明している。この現象を【塔】の"攻略"という。
そうして、危険を顧みず【塔】の攻略に挑む、その名誉ある職業は生まれた。曰く――《塔伐者》。
攻略された【塔】は、偉業を成し遂げた塔伐者とともに様々な"報酬"を吐き出す。より正確には、道すがら塔伐者が採集していた、【塔】内部の有益な資源のことだ。万病に効く薬草、宝石を吐き出し続ける花など、既に数え切れないほどの宝が塔伐者たちにより持ち帰られている。
故に、災害であり、恵み。【塔】によって多くの人間が死んだのも、【塔】によって飛躍的に文明が発達したのも、どちらも否定しようのない事実なのだ。
「あそこにも、塔伐者さんたちが行くのかな」
「いずれはな。自壊まで数年はあるだろ。優先度はまだ低い」
「じゃあ……――タッちゃんが攻略しちゃいなよ!」
竜秋ならば数年で塔伐者としてその域に達していると、疑いもしない純粋な笑顔に、竜秋は鼻を鳴らした。竜秋もまた、自分が数年後には最強の塔伐者になっていると確信している。
今や塔伐者は子どもの憧れる職業ぶっちぎりのナンバーワン。竜秋も当然その例に漏れなかった。
ただし、漠然とした憧れとは全く違う。竜秋には塔伐者を志す、明確な理由がある。
――塔伐者は世界一カッコイイ仕事だ。俺が名乗るに、相応しい!
「タッちゃんなら、今にものすごい異能を授かって、あっという間に最強の塔伐者になっちゃうよ!」
「当たり前のことばっか言ってんじゃねー。お前はどうなんだ? 熾人」
「えっ、僕?」
「ならねえのかよ、塔伐者」
竜秋の問いに、熾人はその少女めいた顔立ちを萎縮させた。
「なり……たいけど、なれるかな、僕でも。異能もどうせショボいやつだし……」
「どんなザコ異能でも関係ねー、俺がいる」
遠くの【塔】を見つめて豪語する竜秋の横顔を、熾人は眩しげに見上げた。
「俺は中学卒業したら、塔伐科高校にトップで入る。だから熾人、今のうちにしっかり勉強しとけ」
まるで未来でも見てきたかのように竜秋は言う。彼が言うと、本当にそうなるように思えて、熾人は仕方がない。
だから憧れてしまう。ずっと、彼の背中を追いかけ続けたいと思ってしまう。
「うん! 僕、頑張るよ!」
そして、本人は怒るだろうから、口が裂けても言えないけれど。不遜にも――いつか、彼を守れるくらい、強くなりたいと、そう思う。
異能――【塔】の出現と同時期から、人類に宿るようになった特異能力の総称。
未解明な部分の多い現象ではあるが、いくつか分かっていることがある。
まず、異能を授かるのは【塔】出現以降に生まれた世代のみ。俗に"第二世代"と呼ばれる彼らは、運動能力や感覚器官などの平均値が従来の人間を大きく上回っていることで知られる。その中でも戦士として優れた一握りが、【塔】で戦う塔伐者となれる。
そして、異能は必ず、第二世代が十四才になるまでに発現する。
その個人差は第二次性徴と似ているが、十四歳以上で異能を授かった例は一度もない。
竜秋も熾人も、共に十二歳で異能未発現。この時期になると、だいたい同年代の三割近くが異能を授かっている。ここから秋ごろまでにかけて、また一気に"ブーム"が来る。
「帰るか」
「うん!」
桜が舞う。さっさと歩き出した竜秋の半歩後ろを、ニコニコしながら熾人がついていく。ずっと変わらないと思っていた。
――それから一年と数ヶ月。同級生の中でまだ異能を授かっていないのは、竜秋と熾人二人だけとなっていた。