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ワースト・クラス-2

 この少年の一番の才能は、身体能力でも胆力でもない。"修正能力"だ。


「その能力には花丸をやるよ。たつみ、お前ってプライドの塊に見えるけど、それでいて、自分の失敗や相手の実力を認めることには躊躇ちゅうちょがない。面白いな」


「別に、矛盾しねぇだろ」


 竜秋はわずらわしそうに佐倉を睨んだ。


「負けるたびに修正すんのは、『俺なら勝つだろ』って思うからだ」


 あぁ、本当に――"お前を取って正解だった"。佐倉はかすかに口角を上げた。


 無能力者の身で塔伐者を志し、塔棲生物に異能バベル以外の攻撃が無効と知れば、それに代わる武器を自ら開発すると言ってのけるような男だ。この少年は、よく分かっている。


 不可能を可能にするために、変えるべきは"自分"ではなく"手段"であると。


 だから、長年磨いてきたかただろうと簡単に捨てて、どんどん新しいことを試してくる。その、変化を恐れない心が、異常な速度で彼を成長させる。戦いの最中さなかでさえ――


「ボーッとしてんじゃねえ」


 視界から消えた竜秋の低い声が、頭上から降り注ぐ。佐倉が見上げたときには、もう彼のかかとが脳天に落ちてくる瞬間だった。



「――【施錠ロック】」



 和太鼓を打ち鳴らしたような爆音が、轟く。岩をも砕きそうな踵落としが――頭上を笑顔で見上げる佐倉のひたいスレスレで、見えない壁に受け止められたみたいに、ピタリと止まっていた。


「なぁ……っ!?」


「じゃあこっからは、異能バベルアリでやろうか。問題児」





 必中のタイミング、渾身のかかと落としを阻んだ見えない防護壁に、竜秋は空中で戦慄した。とっさに反動を利用して後方へ飛び、着地して距離を取りながら、分析する。


 ――今のが、佐倉の異能バベル……防御系の能力か?


 分厚いシリコンの塊を蹴ったような手応えだった。まだ足が痺れている。まずは能力の概要を探らなければ、話にならない。


 探るような竜秋の視線に微笑んで、佐倉は真っ直ぐ手を伸ばした。白く長い指が、虚空に触れる。その瞬間、水面に小石を投じたように、なにもない空間が佐倉の指先を起点として、脈打つように波紋を広げた。


「――【解錠オープン】」


 佐倉が、消えた。


「あ……?」


 目を疑って硬直した竜秋の肩に、ポン、と背後から手が乗せられる。


「【施錠ロック】」


 甘くささやかれた刹那、全身に電流が走って、竜秋は――完全停止した。


「……っ!?」


 声が、出ない。まばたきができない。頭も足も、指一本すら、どうあがいても動かせない。麻痺や金縛りという次元ではない。血液の流れも、細胞分裂も、心臓の鼓動も――まるで、自分の体だけ時間の流れを止められたみたいに、完膚なきまでに固まってしまっている。


 なんだ、何をされた!? コイツの異能バベルは防御系じゃなかったのか!?


 動けない竜秋の頭を背後から撫でて、佐倉は飄然ひょうぜんと竜秋の疑問を解消する。


「俺の異能バベルはそんなにすごいもんじゃないよ。《鍵師クラヴィス》――できることは二つだけ。"開かないものを開ける"【解錠オープン】と、"なにかに鍵をかける"【施錠ロック】。発現当初の査定はFランク"だった"」


 見えない壁で竜秋の蹴りを防ぎ、背後に瞬間移動し、一撫ひとなでで無力化するまでの一部始終を青い顔で見守っていた生徒たちが、その言葉にますます動揺する。


『F:便利べんり級』は、異能バベルの格付けでは下から二番目の査定。Gよりも利便性は高いが、G同様、第三者を傷つける可能性が極めて低い異能バベルがこのランクに該当する。


 裏を返せば、武力として使うには性能が足りないということだ。塔伐者のほとんどはD以上の強力な異能バベルの持ち主であることを、竜秋は事前に調べていたからよく知っている。


「今、お前の"思考"以外の全てを【施錠ロック】してる。だから息もできないし、心臓も止まってる。でも時を止めてるようなものだ。こうしていても死にはしないから安心しな。苦しい気がするかもしれないけど、それも思い込み」


「……っ、…………っ!!」


 どう足掻いても動ける気配がない。人智を超えた力だ。ふざけんな――こんなチート能力の、いったいどこがFランクだってんだ……!


「先生っ! もういいっしょ、勝負はついた! たっつん開放してくださいよ!」


「〜〜〜〜ッ!! っ、っ!!」


 表情筋一つ動かせないのに、生徒全員がその気迫にひるんだ。「まだ負けてない」という、血走るような竜秋の咆哮。


「十分頑張ったって、たっつん……そりゃ、オレらだけ落ちこぼれの寄せ集めみたいな扱いはムカつくけどさ……この学校の生徒には変わりないじゃん? 授業だって普通に受けれるんだろうし。ね、先生?」


 爽司に水を向けられて、「もちろん」と佐倉は笑った。


たつみ以外に戦意のあるやつはいないみたいだし、ここで終わりにしようか。授業はもちろん、学園の施設も全部自由に使えるし、桜クラスだからってお前らが困ることは特にないよ。他のクラスとの違いって言ったら、担任が超絶イケメンなことと、あとは強いて言うなら、このクラスにいる限り"一生【塔】には登れない"ってぐらいだから。まぁ仲良くやろうじゃない」


 のほほんと放った佐倉の一言で、竜秋以外の全員も、【施錠ロック】されたように固まった。


「……へ?」


 代表して、爽司が間抜けに目を見張った。常磐ときわ色の瞳孔が、動揺で細かく震える。


「塔に、登れない……? ははっ、嘘っすよね、先生。冗談きついっすよ」


「いやマジマジ。お前らみたいなザコ、塔に行かせても犬死にするだけ。他クラスの連中は秋には最初の塔に挑戦するけど、お前らはここで森林浴でもしてろよ」


 それまではまだ、どこか竜秋一人の暴走を他人事で観戦気分だった生徒たちの顔つきも、さすがに一変する。


 この学校に入学した理由は、誰もがたった一つ。塔に登るため――それだけは、決して犯されてはならない権利。竜秋は最初から、そのレベルの理不尽を半ば直感していた。だから戦いを挑んだのだ。この、悪魔に。


「だから最初から言ってんじゃん、全員でかかってこいって。俺を倒せたやつは、即松クラスに上げてやるよ」


 柔らかい笑顔から放たれる、ドス黒い殺気。その圧力に誰もが互いに目配せして、二の足を踏む。佐倉は高い鼻で嘲笑した。


「結局さ、お前らも何かしら、自分が落ちこぼれ扱いされる理由に心当たりがあるんだろ? だから怒らないし、ここまで言っても誰一人かかってこない。教師に勝てるわけないってハナから決めつけてる。――全員赤点だ。そんなんで、どうやって塔から帰ってくるつもりよ?」


 頭上から降り注ぐ言葉は、どれも竜秋に向けられたものではない。それでも竜秋は苛立ちで発狂しそうだった。


 ふざけるな。好き勝手、言いやがって。それを教えるのが、お前の仕事じゃねえのかよ!!


「さ……さすがにイケメンでも、それはナシだわ」


 ピンク髪の少女が片眉を怒りにひくひくさせて、進み出る。なおも彼女に続いて次々と戦意の火柱があがり、大炎たいえんとなって燃え上がる。爽司は「え、えーっと」と周囲の気迫に圧倒された様子で、燃え上がる生徒たちの後方へしれっと回った。


 空気が鳴動する。彼らの異能バベルが、次々と抜き身になる。大きな嵐のように一塊いっかいとなった生徒たちが突っ込んでくるのを、「若いねぇ」と笑って佐倉は迎え撃つ。


「あ、その前に、お前はもう気絶しとけ」


「!?」


 ポン、と頭を触られた瞬間、竜秋の意識はそこで途絶えた。

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