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塔の学び舎-3

 教室はやけに遠かった。マップの通りに歩くうちに、それらしい校舎棟は軒並み通り過ぎ、いつの間にか二人は、何やら深く薄暗い林の中に侵入していた。


 学園内とは思えないほど、好き放題に成長した木々が生い茂る大林である。竜秋の歩いた体感では、もうほぼ園内の西端に差しかかろうかというところ。整備が行き届いていないのか、それともあえて野放しにされているのか……こんな場所に本当に教室があるのか――?


「このナビぶっ壊れてんじゃねぇのか」


「いや、見えたぜたっつん!」


「誰がたっつんだ……――お」


 林を抜けた先に、ひらけた空間がある。そこに――木造の小屋が一軒、建っていた。


 二十一世紀も終わりが見えてきた現代において、あまりに時代錯誤なその建物は、まるで大昔から時が止まったようにそこにある。


 ところが近づいてみると、意外にそう古くない。築三十数年程度だろうか。それで、ここが【塔】発生後につくられた学園の中だったことを思い出す。改めて、別世界だった。


「すっげー、ここがオレらの教室!? 特別扱いじゃん!」


「そうか……? しばらく使われてた形跡もねぇ。屋根の裏、蜘蛛の巣張ってんぞ」


「うげっ!? ホントだ! あちこちホコリっぽいし……やっぱナビ壊れてんのかな?」


「入りゃ分かる」


「それな!」


 舎弟のように聞き分けよくついてくるチャラ男を引き連れて、竜秋は立て付けの悪い引き戸を開けた。


 その瞬間、室内に吹き込んだ風で、降り積もっていた大量のホコリが巻き上がった。


「うげっ!?」


「チッ……」


 白いホコリが、日に照らされて星のように散る。中は外と比較にならない、二十年は放置されていたような有様だ。ところが――そこは確かに"教室"だった。


 間取りなどない、玄関を開けてすぐ目の前に広がる二十畳ほどの空間には、十組の机と椅子が整然と並んでいた。その対面には大きな"黒板"。かつては炭酸カルシウム製のチョークなんて筆記具で書いていたという、映画やアニメの世界だけで見る深緑色の"アレ"がドデンと壁に打ち付けられている。


 ホコリまみれの教室内で、机と椅子、黒板だけが新品で、妙に浮いて見える。まるで放置されていた倉庫かなにかを、"つい最近教室にしました"と言わんばかりの光景――


「これが……オレたちの教室……? ハハ、マジ?」


 さしもの爽司も乾いた笑いを漏らすのが精一杯のようだった。学生証のハイテクノロジー具合と比較しても、確かに落差が凄まじい。


「入学早々イジメられてる? オレたち」


「だとしたら主犯をぶっ殺すまでだ」無感動に吐き捨てて、竜秋は後列窓際の席にどっかり座った。


「え、座るの?」


「当たり前だろ。俺はここに、学びに来たんだ。お前もさっさと座れ」


 隣の席を足で示した竜秋に、「は、はーい」と爽司も大人しく従った。ほどなくして、開けっ放しにしていた入り口からは続々と、これから級友となるらしき新入生が入ってきた。


 彼ら彼女らも、驚いたり怒ったり、全くの無反応だったりとめいめいの反応を見せたが、先に竜秋たちが座っているのを見つけると、なんとなく二人にならった。十名分全員の席が埋まったところで――


「おー、集まったね」


 まるでどこかで観察していたのかと思うほどのタイミングで、前方、黒板の横の扉が開いた。上部に『俺の部屋』と木札が打ち付けられた扉の向こうから現れた人物に、一人の女子が黄色い声をあげた。


「おはよ、桜クラスの諸君」


 少し眠たげな甘い声で微笑んだのは、竜秋でさえ思わず息を呑むような、美青年イケメンだった。


 百八十センチ近い長身痩躯でありながら、驚くほど頭が小さい。緩くウェーブのかかった髪は淡い桜色。透き通った白い肌。長いまつ毛に守護された、麗らかな春の風に揺れる湖面こめんのような、涼しい空色の瞳。


 色素の薄さと対象的に、存在感が半端じゃない。なんだこの神々しさ。ウザい、なんだこいつ、気に入らない。竜秋は目を凶悪にすがめて男を睨んだ。


「もしかして、担任の先生ですか!?」


 目をキラキラさせて、一人の女子が手を挙げて聞いた。明るいチェリーピンクのショートヘアが眩しい、いかにも恋愛脳と分かる少女だ。


「そーだよ。佐倉さくら けい。佐倉先生って呼んでね」


 甘い声とマスクとはミスマッチの、どこか感情の読みづらい気の抜けた喋り方をする佐倉に、きゃぁっと少女が色めき立った。


「よろしくする前に、聞きてぇことがある」


 背もたれにもたれてふんぞり返り、低く空気をぶった斬ったのは竜秋だ。


「桜クラスってのはなんだ。ガイダンスでもなんの説明もされなかったぞ。ここに集まったのはたった十人。他九十人が三クラスに割り振られたなら、バランスがおかしいだろうが。俺たちはどうして、他の奴らと違う扱いを受けてんのか、まずそれを説明しろや」


 クラス中の視線が桜髪の青年に向かったのは、竜秋の言い分が、口の効き方以外はまさに彼らの疑問を代弁していたから。佐倉はもっともな視線を一つ一つ見回して、「もちろん、今から説明するって」と手をヒラヒラさせた。



「まず、この桜クラスっていうのは――俺が、勝手につくったクラスのことです」



 にっこり指を一本立てた佐倉の一言に、全員が口を開いて固まる。


「つ、つくった?」


「うん、今年から」


「勝手にって……」


「許可もらうより先につくっちゃった。いやー、めっちゃ怒られたよ」


 悪びれるどころか楽しげに、いっそ誇らしげに笑うピンク頭を睨む竜秋の目から、更に温度が消えていく。


「そんなふざけたこと、なんのためにやった? 目的は」


 竜秋の端的な問いに、佐倉は面白そうに反応した。


「まぁ、簡潔に言うなら――いらないから」


「あ?」



「ここにいるお前ら全員、この学校にいらないから。だから提案したんだよ。そういうやつら、まとめて俺が引き受けますよって」



 春の教室が、吹雪く。絶句する生徒たちから放たれる冷気にも、男一人だけがまるで平気な顔で立っている。


「こんなナマいガキから百人も採るなんて、そもそも何考えてんだって話よ。三クラスだし、キリよく三十人ずつでよくね? てなわけで、お前らは俺が選んだ、今年の新入生の"俺的ワースト10"♡」


 派手な音がして、机が倒れた。机を蹴り倒した竜秋が、殺気をぶち撒けて立ち上がる。


「表出ろや。ガッコーにいらねえのがどっちか教えてやる」


 佐倉は赤い舌で唇を舐めて、「いいね」と笑った。

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