神童と呼ばれて-1
無能力者の主人公が頑張る異能学園バトルものです。ご感想など励みになるので、ぜひお願いします。
それでは、本編をお楽しみください。
Q.この世で最も強い人間は誰か。
A.俺。
Q.この世で最も賢い人間は誰か。
A.俺。
Q.この世で最も美し――A.俺!!
巽 竜秋とは、残念ながら、そういう男だった。
ズボンのポケットに両手を突っ込み、真新しい学ランを着崩して、まるで世界の中心を闊歩しているような顔で、肩で風を切って街を歩く少年が一人。
全方位に跳ねた棘のような銀髪の下、爛々と光る大きな猫目。滲み出る攻撃的な気配さえ彩りに変えるほど、眩いばかりに光を放つ美少年の存在感に、通行人も思わず道を空けつつ見入る。
巽竜秋。人は彼を、神童と呼ぶ。身体能力、頭脳、容姿――"性格"以外のありとあらゆる面で、非の打ち所がないせいだった。
竜秋は、自分が才能に恵まれたことを幸運に思いつつ、何をやっても上手くいく人生に、まだ充足感以外の何も感じてはいなかった。あまつさえ、他の凡百が《《巽竜秋に生まれなかった》》ことを憐れむ余裕があるくらい。
だから、欠片も疑ってはいなかった。自分が授かる《異能》は、きっとこの神童に相応しい、史上最強の代物だろうと。
「タッちゃん!」
誰も侵入する余地のない、竜秋一人だけの世界に気安く乱入したのは、のほほんとした中性的な声だった。
振り返ると、竜秋と同じ真新しい学ランに身を包んだ少年が、どんくさい走り方で追いかけてくる。
「熾人……お前、いい加減その呼び方やめろや」
竜秋がひとたび眉間に皺を寄せて不機嫌に凄むと、獅子も泣き出す迫力がある。
「えっ、ごめん。嫌だった?」
子犬のように純朴な目で不安そうに見上げられて、うっ、と途端に竜秋の威圧が霧散した。
「……別に嫌とは言ってねえだろ」
誰もが気後れして『巽くん』と腫れ物に触るように呼ぶ中で、この乾熾人だけが例外だ。家が向かい同士の幼馴染で、小さい頃から一緒に遊んでいたからか、気づいた頃には「タッちゃん」なんて馴れ馴れしく呼ばれていた。
「……他に人がいる前ではやめろ、いいな?」
「うん!」
熾人は笑顔でうなずいて、竜秋の横に並んだ。
「あっ、きゃぁっ、巽くんだ!」
前方、同じ学校の制服を着た女子生徒二人が、遠巻きから竜秋の姿に気づいて色めき立つ。
「……あれ、隣りにいるの、誰?」
女子の一人が、ようやく視界に入ったらしい熾人に眉を釣り上げた。もう片割れが、「あぁ」と声のトーンを落とす。その口の端に隠しきれない侮蔑の色を滲ませて。
「アタシ同小だったから知ってるよ。何やってもダメな陰キャでさ――」
竜秋が足元に落ちていた空き缶を蹴り上げると、缶は狙い通り、話の途中だった少女の頭の上スレスレを駆け抜けて生け垣を突き破った。「いひぃっ!?」と悲鳴を上げてうずくまる彼女を横切り、一瞥して一言。
「次言ったら殺すぞ、お前」
さあっと血の気が引いた少女の顔から目線を外し、なぜか彼女らに気づかわしげな熾人の背中を竜秋は「行くぞ」と蹴り上げた。
「タッちゃん、ああいうのやめてよ。僕は全然大丈夫だから」
「俺が気に入らねぇんだよ。お前のためじゃねぇ自惚れんな」
「そっか、そうだったね」
熾人は苦笑して、それ以上何も言ってこない。もう何度目かも分からないやりとり。
熾人は、背も低く病弱な上に、あらゆる才能に恵まれなかった。運動も勉強も、人の十倍努力して、やっと一般的な水準の半分に届くかどうか。対称的な竜秋とは幼少期から比べられ続け、今となっては誰からも、何ひとつ期待されていない。
それでも熾人は、人の十倍の努力を一日たりとも疎かにしたことがないし、弱音を吐いた姿なんて見たことがない。誰も妬まず、恨まず、むしろ誰よりも劣っているからこそ、熾人はすべての人間を心の底からリスペクトしているのだ。
竜秋はそんな幼馴染を、本人には口が裂けても言えないが――多少、尊敬していないでもない。竜秋がそんな殊勝な感情を向ける対象は、この世に熾人ただ一人だ。
「あっ、見てタッちゃん! 今日できたやつだよ!」
新しくオープンしたカフェでも紹介するような口調で、熾人が斜め前方、ガードレールの向こう側――封鎖された無人の街が一望できる方角を指さす。
――雲海を貫くような"尖塔"が、廃墟を突き破り、一直線に青空まで伸びていた。
「おぉ、噂の新しいのか。デケーな」
「七百メートル級だって。すごいよね、スカイツリーより大きいんだよ」
その塔は、かつては人で栄えていた都市の残骸を吹き飛ばすようにして地面から生えており、周囲五十メートルを更地に変えていた。夕日を浴びてオレンジ色に輝く外壁が鮮やかな、円筒形の巨塔である。学校でも噂になっていたが、あれは今日《《生えてきたばかり》》の新しいものだ。
【塔】――ひねりもなにもなく、そう呼ばれている。あれは一種の災害であり、恵みであり、今や人々の生活と切り離せない、気難しい隣人のようなものだった。
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