ただの独り言
このメッセージはただの独り言。誰かが拾ってくれるかもしれないし、誰も拾ってくれないかもしれない。でも、それで構わない。なぜならこれは、私の、ただの独り言だから。
人は誰しも、後悔というものを1度は経験したことがある筈だ。私も何度も後悔をしてきた。そして今も後悔している。
あの扉を開いてしまったのは私だ。扉の中から現れたソレは、忽ち私達を飲み込み、私以外の全てを奪っていった。幸か不幸か、私は1人生き残ってしまった。それでもなお、ソレはあらゆるものを飲み込み続けた。空は黒く染まり、人々は黒い炎に炙られた。扉を閉じようとした者もいた。だが扉は閉じなかった。代わりに、そこには焼け焦げた人の死体が残された。この世界全てが飲み込まれるのも時間の問題だろう。
私の責任だ。私があのとき、興味本位で扉を開かなければこんなことにはならなかった。ただただ、後悔している。
私は見た。扉から伸びる影が人間を喰う瞬間を。あの扉の先にいるモノが欲しているのは人間だ。奴らにとって人間はただのおやつに過ぎない。
奴らは闇の中でしか生きられない。だから空から光を奪ったんだ。奴らは光のある場所には寄り付かない。私が生き残ったのは、私が持っていた携帯端末の光に怯えたからなのだろう。何度か私の近くまで奴が寄ってきたことがあったが、懐中電灯の光を当てたら逃げていった。奴らの弱点は光だ。だからこそ、今はこの辺り一帯だけで済んでいる。もし夜が訪れれば、奴らは世界中に広がり、我々人類は奴らに負ける。
時計を見れば、もうすぐ夜が来ることは容易に想像できる。こうしている間にも時間は刻一刻と進み、太陽は沈んでいく。終焉の刻はもう間近だ。
あの扉は、我々の生きる光の世界と、奴らの生きる闇の世界を繋ぐ扉だ。その扉を吹き飛ばす。そうすれば、二つの世界の繋がりは絶たれる筈だ。そのためには、まず扉を閉じなければならない。扉を閉じなければ、二つの世界は繋がったままだ。だが、扉は閉じなかった。私自身も何度も扉を閉じようとしたが、1度として閉じることはなかった。閉じる方法はないか、考えた。考え続けた。
1つだけ思い付いた。だが、これは賭けになる。あの扉を開いた時、簡単に開いたことを思い出した。特別な方法も必要なく、呆気なく開けてしまったのだ。それにもかかわらず、私達が扉を開くまで、あの扉は1度として開いたことはなかった。奴らには人間と同じような手があった。だから、奴らも扉を開こうと思えば開けた筈だ。だがそうはならなかった。それは何故か。恐らく、あの扉はこちらの光の世界からしか開くことができないのだろう。その逆はどうだ?
そう、私の仮説では、あの扉は向こうの闇の世界からしか閉じることができないのだ。つまり、あの扉を閉じるためには誰かが扉の向こうへ行き、扉を閉じるしかない。1度扉を閉じれば、二度とこちらへ戻ってくることはできない。
誰が扉を閉じる? そんなの決まってる。
今、こうしてメッセージを書いているのは誰だ? この計画を実行できる人間は?
私だ。私しかいないだろう。
私は昔から、好奇心はあっても臆病な性格だ。今でも恐怖で手が震えている。だからこうして、メッセージを書くことで気を紛らわせている。
もし失敗したら? もし仮説が間違っていたら?
そんな思いが頭の中を電流が流れるかのごとく駆け巡る。だが、もうこれ以外に方法は思い付かない。
時計の針がカチカチと音を鳴らしながら回っている。もう時間は無い。懐中電灯と、扉を吹き飛ばすための爆弾。間違いなく揃っている。
私はこれから、扉に向かう。そして、闇を払い、光を取り戻す。もし成功しても、世界を包んだ闇はただの悪夢に変わり、私が何をしたかなんて誰も知ることは無い。
でも、それで構わない。
なぜならこれは、
私の、
ただの独り言だから。