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ディメンション-Dimension-  作者: みなとたぬき
12/16

Color 2 花菖蒲(5)

明かりの少ない町外れの道は、昼間とは打って変わる。

草むらで鳴く虫の音や、木の葉がざわめく音。道端に転がる空き缶、時折ライトで道を照らしながら通り過ぎていく車。静まり返った世界では、些細な音も光の一つも、昼間のものとは異なるものに感じる。

その道をしっかりと踏みしめながら守護は歩き続けたが、『おばけ屋敷』の前に着くとその歩みを止めた。


不思議な高揚感が、胸の中に沸き起こっていた。期待とも不安とも言い切れないそれを追い払うかのように、小さく鼻を鳴らす。

守護は一歩ずつ、ゆっくりと『おばけ屋敷』の庭に踏み入った。

人工の明かりの無い、月明かりだけの境内の中で異彩を放つ屋敷にはどこか鳥肌が立つようなおぞ気を覚えたが、強引に目をそらして辺りを見回した。

もう一度確認しても、あの巨大なブレイムの攻撃を避けた際に、陥没したはずの地面には何の痕跡も残っていない。他にも、特に変わったところは無かった。

インクの染みのように、安堵と落胆がじわじわと広がっていく。ブレイムという化け物は、夢の中の存在だと思える。

しかしそれは同時に、手にしたと思った外の世界への手がかりが消えてしまったようで、胸のつかえが取れたような息のし易さと、穴が空いてしまったような複雑な苦味が口の中に広がった。

守護は大きく頭を振って広がる苦味だけを振り払うと、踵を返した。温みと甘い香りを抱いた風が、守護の白い髪を優しく揺らす。


「おや、こんばんは。お加減はいかがです?」

突然、背後から穏やかな声で話しかけられ、守護は身をひるがえした。

「誰だ!」

「誰だなんて、人聞きの悪い」

いつの間にか開いていた、屋敷の扉。そこに立っていたのは、柔和な笑みを浮かべた眼鏡の青年。

口元から忍び笑いを漏らす青年に、見たことがない顔だと、守護は瞬時に思った。

「どうもはじめまして。僕は、雪村夢田と言います」

夢田と名乗った青年は丁寧に、そして優雅に一礼する。月光を浴びて佇むその姿は、舞台に上った役者のようで、どこか現実味がない。

「あんたは……?」

「君が遭遇した黒い化け物……ブレイムを追ってきた者です」

守護の言葉をさえぎるように、夢田はにっこりと微笑む。

「ブレイムは、ヒトの負の感情。つまり心の闇が集まり、具現化したもの。しかし、心の闇の集合体である体は不安定。ブレイムは安定した体を得ようとヒトを襲い、心を喰らう。そして、その抜け殻となった身体を自分のものにしようする」

まあ、その抜け殻になった身体も時間が経てばブレイムになってしまうんですけどね、と夢田は世間話のようにさらりと付け加えた。

そして、頭の高さまで挙げた右手の平をキュッと握り、開くと、まるで手品のように薄紫色の石が現れた。

「今、ブレイムって言ったよな! てめぇ……何者だ?」

守護の問いに、夢田は再度、優しく微笑んだ。

「こことは違う世界から来た者……とでも、言っておきましょうか」

こことは違う世界。

その言葉に、守護の肩が無意識に小さく動いた。

「まあ、()()()素性など、話したところで仕方ないでしょう。君は力を得た。そのことは、君もよく分かっているはずです。こんなことをするのは、僕の本意ではないのですけれど……」

僕の、という部分を強調した夢田は、石を包んだ右手を顔の横へ伸ばした。そして、呟く。

「“花菖蒲(はなあやめ)”」

石と同色の色の光が指の間から漏れ、目が眩むほど強い光の中で石は形を変える。

薄紫色の長い針。その鋭い先端は、貫けないものなど無いと暗に主張しているようだ。

夢田は手首を微かに捻り、右手に四本、左手も四本とどこからか針を増やし、指の間に挟んで構える。そして、微笑んだ。


「ブレイムに対抗出来るのは、錬願石(れんがんせき)とその能力を引き出せる能力者のみ。君も石に選ばれたのでしょう? なら早速、君のチカラ、試させてもらおうかと思いまして」

守護が訊き返す間もなく、夢田は微笑みと共に腕を振った。開放された針は勢いよく飛び出すと、一組は守護の足元に突き刺さり、もう一組は、反射的に避けた守護を追うように地面に突き刺さる。

「なっ……、いきなり危ねぇな! 何が試すだ、この糸目!」

八本の針を避け、突然のことで目を丸くしたまま、守護は夢田に向かって怒鳴った。

「ははは。久々に言われましたよ、糸目って」

夢田は気に留める様子もなく、にこにこと笑いながら第二陣を仕掛けた。夢田の手元を離れた瞬間から意思を持って動くかのように、針は守護を追う。

守護もよく避けた。しかし、笑顔で放たれた針の一本が、守護の眼前に迫り、美しいまでに研ぎ澄まされた紫が、守護の目にひどくゆっくりと迫るように見えた。

刺さる。

そう悟った刹那、ザワリとしたあの感覚と共に、ふと守護の目の前が暗くなった。

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