Color 1 始まりの光(1)
なのめ町の夜は静かだ。
夜空を切り抜いたような満月が、静かに寝静まった住宅や路地を照らしている。
陽光の温みを残した春風は、どこか甘い香りをはらませながら夜の中へ消え、そんな町の路地を一人の青年が、のんびりと、風の心地よさを楽しむように歩いていた。
知的で穏やかな印象を与える眼鏡と、口元に湛えられたのは、見るもの全てに安堵を与えるような穏やかな笑み。
しかし、その細い目の奥から、彼の胸中を伺うことは難しい。
適度な長さに切られた、細く黒い髪がサラリと風になびき、細身の白いシャツの襟が月光の下で輝く。
彼は右手でふんわりと包み込むように握っていた、一つの石を月明かりに透かした。
石は手のひらに収まるほどの大きさで、色は薄紫。その美しさは丁寧に磨かれ加工された宝石のようでありながら、内側から、人の目を引き付ける力強い力が感じられた。
月の光はその石の中を通ると、青年の額に同色の光を落とし、その淡く儚い光に、青年は僅かに唇を歪める。
そして春の風がさわりと吹き抜けたかと思うと、地面に落ちた濃い影の中から一つ二つと、人に似た黒い手が何かを求めるように這い出し、黄色い目玉のような光が点々と点る。
青年は眼鏡を外すと細い目をゆっくりと見開き、切れ長の涼しい眼差しでそれらを一瞥してから、眼鏡をかけなおした。
そして、日向で欠伸をする猫のように、細い目を更に細めて困ったように微笑む。
「これは困りましたね」
その笑顔の眼前を一片の薄桃色の花びらが舞って、通り過ぎていった。