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僕は僕がわからない  作者: 古井 今日
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 恐る恐るカーテンを開いてみる。そこには見たことのない景色が広がっていた。ここはきっと高い丘の上にあるのだろう。町の広がりを一望できた。知らない場所にいるはずなのに、部屋にある家具は確かに自分のものだった。右掌には包帯が巻かれていた。ゆっくり、そっとめくってみる。掌の真ん中に傷があり、黒く硬い糸で不気味に縫われていた。足元に置かれていた教科書をめくる。少し右斜めに上がった字体で『相崎初あいさきうい』と書かれてた。確かに、自分のものである。

「一体、何が起きている・・・?」

 頭の中の整理ができないままただ茫然と立ち尽くしていると、部屋のドアがノックされた。

「初くん、起きてる?」

「へ!?」

 聞いたことのある声。しかし、それはいつも生活を共にしている母のものではなかった。

扉を開けると、そこには母の妹である、ゆかりさんが立っていた。ゆかりさんとは、同じ県内に住んでいながらもあまり会ったことがなく、最後に会ったのは祖母の法事の時だった気がする。


「おはよう。よく眠れた?」

ゆかりさんは、優しい眼差しでこちらを見ていた。僕は、一瞬迷った。なぜ自分がここにいるのか、母はどこなのか。問うべきなのか、このまま黙っているべきなのか。聞いてしまったら、自分に向けられたこの優しい眼差しが、一気に光を失ってしまうような気がしたからだ。1度呼吸を整えてから、僕は話し始めた。

「おはようございます。ゆかりさん、俺はアパートに母と2人で暮らしていたはずなのに、なぜ…なぜ、ここにいるのでしょうか…母はどこに…?」


数秒間の沈黙。ゆかりさんは目を丸くしていた。頭上にハテナが見えた。そこでやっと確信する。僕自身がおかしいのだと。

「初くん、覚えていない?ここに来ることになった理由…お母さんのこと…。」

「覚えて…無いです…。」

僕は近くの壁に掛けられたカレンダーに目を向けた。5月だったはずのカレンダーが1枚めくられて6月になっている。

「ショックな出来事だったものね。一時的に忘れているのかもしれない。」

ゆかりさんのその言葉で、母がここにはいない理由、そして自分がここにいる理由が想像出来た。震える手をぎゅっと握りしめた。



ゆかりさんは居間に僕を連れ、ここに来ることになった理由と母のことについて話してくれた。


母はもういない。ゆかりさんも詳しいことは分からないが、事故で亡くなったと。幼い頃に父を亡くしている僕は身寄りがなかった。そこで、母の妹であるゆかりさんの家族が、僕を引き受けてくれることになった。


母がいない。


実感がわかなかった。葬儀のことも思い出せなかった。なんて薄情なんだろう。自分で自分に落胆した。

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