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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
幕間1 漫遊記

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06 懐かしきナモルタタル 後編



「……まさか銀葉亭とはな」


 アキラはため息を隠すように口元に手をあてた。


「あの子、レベッカに似てねぇぞ」

「父親似なんじゃないのか?」

「コウメイにも似てねーなー?」


 言い終わる前に、渾身の一撃がシュウの鳩尾に入った。

 魔獣が踏み潰されるような奇妙な呻き声を聞いて、少年が三人を振り返る。そっぽを向きため息を吐く銀髪と、ニコニコと笑顔で仁王立ちの眼帯、そしてうずくまっている鉢巻を見て、彼は心配そうに駆け寄った。


「お客さん、大丈夫? 怪我してるのなら医薬師ギルドに行く?」

「気にするな、コイツは持病が出ただけだ。すぐに治る」


 冷たく仲間を突き放すようなコウメイの答えに、少年は咎めるような目で彼を見あげた。


「ちゃんと治療した方が良くないかな? 街の治療術士は腕が良いからおすすめだよ」


 脂汗を流して痛みを堪えるシュウに同情する少年の、非難の視線から庇うように、アキラがすっと前に出た。


「気にするな、少年。彼のは不治の病だ」

「不治?」

「一生、死ぬまで治らないって意味だ。ああ、そんなに悲壮な顔をする必要はない、たまに激痛が走るだけで、死ぬわけではないんだ」


 その証拠に、もう起き上がっているだろう、とアキラが微笑んでシュウを促す。

 立ち上がり、痛みを堪えてにっこりと笑顔を作ったシュウを見て、少年は安堵したようだった。


   +


「へー、ここがコズエちゃんたちが泊まってた宿かー」


 シュウが興味深げに建物を見あげている横で、少年は彼らを招き入れるように引き戸を開けた。一歩入ってすぐ左手に水瓶と杓子が置いてある。コウメイらはそこで手を洗ってから、内扉を押し開けた。一階が食堂なのは以前と変わっていない。厨房への入り口にあるカウンターで、少年が帳面を開いて顔をしかめていた。


「ごめんなさいお客さん。個室の空きが二つしか無いんだ……広めの二人部屋に予備のベッドを入れるけど、大丈夫ですか?」


 どうやら少年は先ほどのやりとりから、彼ら三人が仲の悪いパーティーであると誤解したようだ。部屋を分けた方が良くはないかと視線でアキラに問いかけている。


「大丈夫だ。とりあえず二泊で頼む」

「では、冒険者証かパーティー証をお願いします」


 コウメイに肘で突かれたシュウが、「あ、俺か」と役割を思い出してパーティー証を少年に渡す。帳面に書き写して二泊分の代金を受け取った少年は、三人を二階の広い二人部屋に案内した。壁際に置かれたベッドは二つだが、反対側に書き物机があり、その側がおおきく空いていた。


「すぐにベッド組み立てるから、ちょっと待っててください」

「手伝うぜ」

「お客さんにそんなことさせられないよ」

「いいのか? 下でベルが鳴ってるぜ?」


 カウンターに置かれていた呼び鈴だろう、チリンチリンと音が聞こえる。


「ベッドって、これだよなー?」


 部屋の隅の物入れから木材を取り出したシュウが、手慣れた様子で床に並べはじめている。少年の焦りに追い打ちを掛けるように、ベルが繰り返し鳴った。アキラが安心させるように微笑んで少年の背中を押し出す。


「お客さんを放置してはいけないでしょう?」

「すみません、すぐに戻ってきますから」


 少年が部屋を飛び出していった後、三人で簡易ベッドを組み立てた。木枠で長方形を作り床板を敷いて完成だ。袋状のシーツにハギ藁を詰めてマットレスにするのだが、藁はどこで調達すれば良いのだろうか。少年は忙しく動き回っており、手が空きそうにない。


「まさか子ども一人で宿を切り盛りしてるとかじゃねぇよな?」

「おじいさんの料理が美味いとか言っていたから、大人はいるはずだが」


 じゃんけんでベッドを決め、それぞれが荷をほどいていると、扉がノックされた。


「ベッドを作りにきました」


 現れたのは懐かしい面影のある、艶のあるブラウンの髪を結い上げた女性だった。組み立て終わっている簡易ベッドを見た彼女は「お客さんに手を掛けさせて申し訳ない」と頭を下げる。運び込んだハギ藁マットレスを重ねて敷き、さらにシーツでくるみ込んで素速くベッドを整えた。


「息子がすみませんでした。私はこの宿の主人でレベッカです。ようこそ銀葉亭へ」

「しっかりした息子さんでしたよ。客引きもなかなかのものでした」


 アキラが褒めるとレベッカは嬉しそうに顔をほころばせる。気の強かった彼女も、時間と環境の変化で角が取れ、やわらかな雰囲気を醸し出すようになっていた。


「二泊のご予定でしたね?」


 予定を確認しながら、彼女は息子が引き釣れてきた客を見極めようとしていた。コウメイの眼帯を見て少し驚いたようだが好ましそうに目を細め、アキラを真正面から見て思わずといったふうにため息をついた。シュウのたくましい身体つきと人なつっこそうな表情で安心したように頷いた。


「銀葉亭のレベッカ、さんだっけー?」


 シュウが荷袋から手紙を取り出した。


「ダッタザートで配達してくれって頼まれてさー。はい、どーぞ」

「まあ、コズエからだわ!」


 手紙の差出人を見た彼女は、目を輝かせて受け取ると、懐かしそうに眺めた後、懐にしっかりとしまい込んだ。


「お客さんたち、コズエの知り合いなのかしら?」

「泊まってた宿屋で、アレ・テタルに行くって話してたら、届けてくれって頼まれたんだよー」

「冒険者ギルドに届けるつもりでしたが、偶然にも宿が銀葉亭でしたので、直接お渡しした方がいいかと……」

「ありがとう、懐かしい友達なのよ。嬉しいわ」


 レベッカは後で洗い湯を運んでくると言い残し、上機嫌で部屋を出て行った。その背を見送りながら、コウメイとアキラはほっと息をついた。


「俺たちに気がつかなかったな」

「名乗ったらどうなるかわからねぇけど、まあ、一安心か」

「お前ら自意識過剰なんだよー」


 十年以上も会っていない相手が、歳も取っていなければ風貌も変わっている二人を同一人物だと思いつくことの方が異常なのだ。警戒しすぎだと呆れられ、それもそうかと二人は緊張をといた。

 八の鐘が鳴るころに少年が洗い湯を運んできた。大きめのタライにたっぷりの湯はさぞかし重かっただろうに、こぼした形跡はない。


「汚れた湯はタライごと廊下に出しといてください。みなさんが食事をしている間に片付けときます。あ、夕食は暴牛と丸芋の煮込みと、ガルバ豆と野菜のサラダです。この前仕入れた醸造酒がとても美味しいのでよかったら飲んでください。別料金ですけど」


 ちゃっかり酒を宣伝して少年は次の部屋へと向かった。なかなか将来有望な跡取りのようだ。

 交代で洗い湯を使い身支度を調えた三人は、一階の食堂に降りる。すでに大半の席が客で埋まっているのを見たコウメイとアキラが驚いたように目を見張っている。


「なんかあんのか?」


 空いているテーブルに着き、シュウが声を潜めて二人に問うた。


「客層ががらりと変わっているんだ」

「前はもっと、いかにも冒険者って感じの男どもがほとんどだったよなぁ?」


 店内に視線を巡らせたシュウは、言われてみれば女性客が多いようだと思った。男性客も多いがその風貌は荒事に携わるタイプではなく、商売や事務仕事を専門にしている系統に見える。


「なんか、俺ら、浮いてねぇか?」

「冒険者の男がほとんどいねー」

「……居心地は良いとは言えないな」


 むさ苦しい連中に囲まれるのも遠慮したいが、場違い感にいたたまれない現状も落ち着けない。周囲の客らにしても、一般的な冒険者とは毛色が違うコウメイらに興味津々のようで、視線が三人に集中していた。


「となり、いいか?」

「あ、どーぞ」


 ちょうど上階から降りてきた男たちが、コウメイたちを見てあからさまに安堵の息を吐き、隣のテーブルに回り込んで座った。女性客に囲まれるよりは、同業者の近くが落ちつくのだろう。


「本日の夕食だ。エル酒は二杯まで料金に含まれている。他の酒と三杯目からは代金と交換だ」


 見覚えのある男がテーブルに料理と酒を運んできた。むっつりとした顔つきは変わらないが、ふさふさしていた頭髪はすっかり禿げあがっているし、年齢のせいか少し身体が小さくなったように見えた。だが料理の腕は変わっておらず、旅立ちのときに食べた懐かしい味が思い出された。


「お客さんたち、静かねぇ。食事はもっと楽しく食べてよ」


 その声とともに、コウメイたちのテーブルにソーセージの皿が置かれた。太めのソーセージをこんがりと火で炙って焦げ目をつけ、粒芥子を添えた一品だ。注文した覚えはないと顔を上げたコウメイに、レベッカがウインクして「配達のお礼よ」と言った。


「友達の店で作っているソーセージなの。あなたたちこの街にきたばかりだから知らないでしょ、美味しいから食べてみてよ」


 そして気に入ったら友人の肉屋で買ってほしい、携帯食にもできてとても便利なのだとすすめる。

 カリッと炙られた表面、噛むとプリッといい音がして、肉脂が舌を流れる。


「……へぇ、香草を入れてるのか。それに、複数の肉を使ってるな」


 コウメイの表情が料理人のそれに変わった。ケイトに教えたのは魔猪肉を使った一番シンプルなソーセージだけだ。だがこれは角ウサギ肉と魔猪肉が、肉粒の大きさを変えて混ぜ練られていて食感が工夫されている。それに胡椒ではなく臭み消しの香草を使うことで風味も変えていた。ずいぶん試行錯誤をしたのだろう。


「おー、うめーな、これ」

「……お前の作った物より美味いぞ?」


 声を潜めたアキラの評価を聞き、コウメイは悔しさを飲み込むようにエル酒を飲み干した。

 シュウが「うめー、うめー」と繰り返す声に誘われてか、あちこちのテーブルでソーセージの追加注文が入っていた。


   +


 銀葉亭に泊まっているのは、女性冒険者グループが二つと、旅商人が数名、男ばかりのパーティーが一つ、そしてコウメイたちだ。客層が様変わりしたのはレベッカが宿を継いでかららしい。入店前の手洗いと、洗い湯の使用を義務づけたことで、身綺麗を信条とする客ばかりが集まるようになったらしい。


「そういや昔も『汚いのは嫌だ』って言ってたなぁ」


 父親が経営していたころは荒くればかりが泊まっていて、彼らに対する不満をよく聞かされたとコズエたちが言っていた。経営者が父親からレベッカに変わったことで、客の選り好みをするようになり、最初はずいぶんと経営が苦しかったようだ。だが女主人である安心感と、清潔さを求める女性冒険者たちの間に口コミで評判が伝わってからは、固定客をつかんでうまくやっているそうだ。


「カイはいつも客引きしているのか?」

「はい、少しでも空き部屋をなくしたいですから」


 レベッカの息子の名前はカイといった。朝の彼の仕事は朝食の配膳と、冒険者らを送り出した後の食堂の掃除だそうだ。従業員は雇っておらず、家族三人でなんとか回しているらしい。くるくるとよく働く少年を見ていると微笑まずにはいられない。他の宿泊客らも同様のようで、冒険者たちからは弟のようにかわいがられていた。


「掃除のためにお部屋に入っても大丈夫ですか?」


 朝食を終え出口に向かうと、追いかけてきたカイが許可を求めた。


「空気の入れ換えと床掃除、シーツの交換だけです。荷物には触りません」

「書き物机と椅子に載せてある荷物は絶対に触らないでください。そのほかのものは移動させても問題ありませんよ」

「わかりました。夕方までにキレイにしておきますね。いってらっしゃい!」


 少年はアキラの伝えた禁止事項にしっかりと頷いて、すくすくと真っ直ぐに育った健康的な笑顔で三人を送り出した。


「カイって、なんか子犬みてーで、かわいいよなー」

「……シュウ、節操なさ過ぎだぞ」

「幼女の次は少年かよ」

「おまっ、そんなわけねーだろっ!!」


 カッとして振り返ったシュウは、向けられたニヤニヤ笑いでからかわれたと悟り、悔しさに足を速め二人を置き去りにした。


 からかわれた意趣返しをしてやりたいシュウは、思いつきを二人に邪魔されてなるものかと一足先に冒険者ギルドに飛び込んでいた。


「えーと、奥の方の端っこに座ってるって言ってたよなー」


 十年前と同じ場所にいるはずはないと思いつつも、シュウはエドナの定位置であるカウンターの端を探した。


「……いるじゃん」


 髪をキリッと一つにまとめ、背筋を伸ばして座る眼鏡の中年女性。


「うん、まんま教頭センセーって感じだ」


 確信を持って彼女に近づいたシュウは、「こんにちはー」と人なつっこい笑みで話しかけた。


「エドナさんですか?」

「そうですが……どなたから私の名前をお聞きになったのですか?」

「友達が昔お世話になったって言ってたからさー」


 不審そうに眉をしかめ、眼鏡の端を指先で持ちあげる彼女の動きも、話に聞いていた通りだ。楽しくなったシュウは、懐から手紙を取り出して彼女にたずねた。


「手紙を配達してくれって頼まれてさー、肉屋のケイト宛なんだけど、店の場所、教えてくれねーか?」

「配達はギルドの仕事ですわ、お預かりいたしましょう」

「いやー、できたら直接渡して欲しいって頼まれてんだよー」


 コウメイとアキラが絶対に案内しようとしない肉屋の彼女の顔を拝むため、シュウは堂々と嘘をついた。先ほどからかわれた報復ついでだ、先手を打って配達という大義名分のもとに、コウメイ狙いだった肉食女子を拝んでくるつもりだった。


「怪しげな物を持ち込まれては困りますわ」

「怪しくねーよ。ちゃんとした手紙だって」

「ならばこちらに」

「わざわざダッタザートから運んできたんだぜ、ちゃんと仕事は完遂してーだろー」


 大陸南部の国境の街の名前を聞き、エドナは顔をしかめた。冒険者が個人的に手紙の配達を請け負う届け先は、狩りのついでに届けられるような、一つ二つ離れた村か町あたりが一般的だ。遠く離れた街への手紙は、冒険者ギルドがとりまとめ、乗合馬車のルートで届けられる。ダッタザートからの手紙が個人に依頼されるなど滅多に無いことなのだ。


「差出人を確かめさせてもらえますか?」

「見るだけだぜー?」


 奪い取られないようにしっかりと持ったまま、シュウは宛名と差出人が見えるようにエドナの前に差し出す。身を乗り出して読んだ彼女は、驚いたように目を見開き、やがて穏やかな笑みを浮かべた。


「怪しい手紙ではないようですね」

「だから言っただろー。手紙に怪しいとかあるわけねーし」


 頬を膨らませて不満をあらわにしたシュウに、そうでもないのですよ、と彼女は苦笑いを浮かべた。


「ケイトの代になってからの店はとても繁盛していますからね、妬む同業者からの嫌がらせですとか、卸販売を断られた元冒険者から嫌がらせや脅迫を受けたこともあります」


 ソーセージの独占販売をよく思わない同業者からの妨害は酷かったらしい。自分のレシピではないのだから勝手に広めるわけにはゆかないと説明しても、独占したいがための主張だと受け取られ揉めに揉めたのだとエドナは語った。


「はー、そりゃ……警戒するのもしかたねーか」

「商業、職人、そして我々冒険者ギルドが仲介に入り協議した結果、レシピをギルドで共同管理することになりました」


 ソーセージを製造販売したければ、三つのギルドに申請をあげてレシピを買い取るしかなくなった。これでケイトの店は利益独占の恨みからは逃れられたのだとか。


「……食い物チートって、いろいろ面倒くさいんだなー」


 異世界で料理革命して大もうけ、なんてことをずいぶん昔に提案して、コウメイやサツキには断られたことを思い出した。ソーセージひとつでこれほどゴタゴタするのだ、割に合わないと面倒くさがるのも当然かもしれない。

 シュウはパーティー証を見せて身分を証明し、エドナから配達先の住所を教わると、コウメイとアキラが追いつく前にと、査定入り口からギルドを出たのだった。


   +


「いるか?」

「いや、見当たらねぇな。いったいどこに行ったんだよ、あいつ」


 冒険者ギルドの扉に身を隠しながら、中をのぞき込んでシュウを探す。今日の予定は冒険者ギルドに肉屋への手紙を預け、その後は街の見物だった。時間が余れば近場の森へ軽く運動に出るつもりだったのだが、二人がからかいすぎたせいでシュウが独走してしまったのだ。


「一人で街の見物に行っちまったのかもな」

「案内なしでか?」

「あいつの足と鼻なら迷うことはねぇが……まさか、な」


 嫌な予感がしたのか、コウメイが言葉を濁した。どうしたと問うアキラに、冷や汗をかきながら応える。


「直接配達しに行ったとか、ねぇよな?」

「いくら猟犬並みに鼻が利くとはいっても、地理に疎いんだ、無理だろう?」

「だよな?」

「……誰かに道をたずねて突撃している可能性はあるが」


 考えたくないとコウメイは頭をガシガシと掻いた。


「冒険者ギルドは個人情報を漏らしたりしねぇよなぁ」

「身分証を確認した上で私がお知らせいたしました」

「っ!!」


 背後から、淡々とした口調の落ちついた女性の声が割り込んで、二人は飛び上がるほどに驚いた。


「……アキラさんかしら、それともアレンさんとお呼びした方がよろしいかしら?」


 眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、射貫くような鋭さで見つめるエドナの、確信を持ったその言葉に、彼は深いため息をついて覚悟を決めるしかなかった。


「アキラでお願いします……アレンの名前はどこで?」

「六百四十九年の、シェラストラルで開催されたギルド長会議でしたわ。あの場でアキラさんの兄弟だというあなたが、血に汚れた冒険者証を差し出すところを見ておりましたから」


 そういえば、彼女はアキラがウサギ獣人ではなくエルフであると知っていた。あの場にいたというのなら、多少色彩が変わった程度では、別人だと主張しても誤魔化されてくれないだろう。

 エドナは「ここは出入り口ですから」と二人を裏口からギルド内に招き入れた。

 職員専用と思われる階段をのぼり、実用一辺倒ではあるが細部に女性らしさの漂う執務室に通される。椅子をすすめられた二人は、遠慮がちに腰をおろし彼女と向き合った。


「懐かしい方にこうして再会できるのは嬉しいですわね」

「嬉しい……ですか?」


 いつもしかめっ面で彼らに対応していたエドナが、ほころぶように笑み、喜びを顔に出すのは珍しいことだ。二人は何か含みがあるのかとつい身構えてしまった。


「エルフというのはそういう種族なのでしょうね」


 街を離れた放浪冒険者と再び相まみえることはないのがこの世界の常識だ。ましてやエルフは異なる時間軸を生きる存在だ。彼らにとって人族など、流れゆく木の葉のようなものなのだろう。

 エドナにとってアキラとは、ただのギルド職員と放浪の冒険者というには複雑な付き合いのあった関係で、生死を公にできない存在の安否を、彼女なりに気にかけていたのだ。


「これでも案じていたのですよ」


 暗に「薄情者」といわれて言葉を詰まらせたアキラの背を、コウメイがしっかりしろと小突いた。過去のエドナとのやりとりはコウメイが受け持っていたが、彼女が過去の自分たちと結びつけているのはアキラだけなのだ、ここはアキラが頑張るしかないのだから。


「先ほどケイトさんの所在を求めてきた方は、アキラさんの仲間なのでしょう?」


 確信を持った強い問いかけに、何故分かったのかとの疑問が表情に出た。


「コズエさんからのお手紙でしたもの」


 手紙の配達を個人で請け負う冒険者や旅商人はいるが、紛失や破損、配達先間違いといった事故が多く問題になっている。高額ではあるが、遠方への手紙は冒険者ギルド間の定期便を利用するのが最も安全で確実だ。それを知るコズエからの手紙は、いつもギルド便でナモルタタルへ届けられていた。

 それなのに今回は、手紙が行方不明になりかねない個人に配達を依頼している。そこがコズエらしくないとエドナは疑ったのだ。


「コズエさんから手紙を委託されるほど信頼された冒険者と、エルフであるあなたがここに現れたこと、偶然とは思えませんでしょう?」


 目尻に増えたシワを濃くして、彼女は笑みを深めた。


「ええ、街を離れた後で合流しました」

「では『ホウレンソウ』の最後の一人は……コウメイさん、あなたね」


 笑んでいたはずの目が鋭さを取り戻し、眼帯と変わらない容貌に向けられる。どう誤魔化したものかと思案する二人は、「エルフと魔法使いギルドにかかわりあるのだから、不思議ではありませんわ」とのひと言で言い逃れを封じられていた。


「エルフにかかわる案件ですもの、二人のことは口外しないと約束しますわ」

「悪いな、厄介なのにつけ込まれたくねぇんだよ」

「人族のはずのコウメイさんが不老を手にしたと知られれば、いろいろと面倒ですものね」

「あんたもその面倒な一人になりそうなんだよなぁ」

「とんでもない。つけ込むのでしたら十一年前にしておりますわ」


 アキラがエルフ族であることを隠そうとするコウメイの欺瞞を見逃したのは彼女だ。他の職員や冒険者らから信頼されている彼女だったからこそ、ウサギ獣人などという大嘘がまかり通ったのだ。


「あのときは助かりました」

「そういや俺ら、いろいろ世話になってたなぁ」


 世界に戸惑いながら手探りで懸命に生きていたころが懐かしい。ほろりと緊張が崩れたその瞬間を、エドナは逃さなかった。


「あの頃の借りはまだ返していただいていませんが、利子をつけてもかまいませんか?」


 キラリと、眼鏡のレンズが光った。

 ああ、こういうところは変わってないのだなと、二人は顔を見合わせて笑い合う。


「怖ぇなぁ、おい」

「支払いはコウメイが責任を持ってしますので」

「当事者はアキだろ」

「無茶振りを主張したのはコウメイだ」


 責任の所在を押しつけ合う二人の様子を懐かしそうに微笑んで見ていた彼女は「副ギルド長の立場で脅迫はしませんよ」と二人を安心させた。


「実は少しばかり魔法使いギルドに口利きをお願いしたいのです」

「あいにくと、私は魔法使いギルドでは下っ端ですから、お役に立てるとは思えません」


 あら、と。エドナは眉を大きく動かしてアキラを見つめた。その視線は、エルフが人族の使い走りをするわけがないと決めつけている。


「困りました、利息は請求するつもりはありませんでしたのに」

「脅迫はしねぇんじゃなかったのかよ」

「利息の請求は正当な権利ですよね?」

「……あくまでも要望を伝えるだけになりますが」

「ええ、結構ですわ」


 約束はできないと言ったアキラに、それでもかまわないとエドナは頷いた。


「実は街にいた魔道具師が高齢を理由に引退してしまいまして」


 現在ナモルタタルにいる魔術師は四人。一人は昨年試験に合格し攻撃魔術師になったばかりの青年、二人目はギルドが錬金薬を発注している黒級の薬魔術師で、三人目は医薬師ギルドの治療魔術師。そして四人目が灰級の高齢魔道具師だ。


「彼が引退してからというもの、街で使用されている魔道具の修繕を引き受ける者がいなくて困っているのです」


 庶民の家にはほとんど普及していないが、貴族の館や富豪の自宅には当然のように魔道具が備え付けられていたし、商店などでは設備機材として魔道具が必要不可欠なところもある。もちろん冒険者ギルドでも、複数の特殊な魔道具がギルド運営に力を発揮しているのだが。


「わざわざアレ・テタルまで修理に出すとなると、時間も費用もかかります」


 すぐに新しい物を買い直せる貴族や富豪はいいが、中古の魔道具をなだめなだめ使っている商店主は、修理できる魔道具師がいなくなっただけで商売ができなくなるのだ。


「その魔道具師は弟子を取っていなかったのですか?」


 洗礼で魔力判定を受ける六歳児のおよそ三割が魔力を保有しているのだ。その中から有望な者を弟子にとって後継者にすべく育てるものなのだが。


「資格試験を受けにアレ・テタルに向かったきり、故郷に戻ってこようとしないのです」


 アレ・テタルは魔術師にとってよほど魅力的な街なのでしょうね、とため息まじりに呟やかれ、アキラは曖昧な笑みを作った。彼にとってアレ・テタルはさほど魅力的な場所ではないが、駆け出しの魔道具師には刺激的な街なのは確かだ。便利だし、同業者も多く、自由な発想で魔道具を開発する環境が整っている。


「靴下ひっくり返す魔道具とか、作ってなきゃいいんだがなぁ」


 アレ・テタルは研鑽に向いた街ではあるが、魔道具師としての方向性が狂いかねない場所でもある。田舎の誠実な魔道具師の弟子が、キテレツ魔道具師になっていないことを祈るしかない。


「魔道具師の派遣を命じてほしいなどと無理は申しませんが、できれば故郷に帰る気になるように働きかけていただけると助かりますわ」

「強制はできませんが、それでもかまいませんか?」

「十分ですわ」


 そう応えた彼女の表情には期待の色が滲んでいる。魔法使いギルド長の秘書をつとめるくらいだから、アキラの地位はギルドでも相当に高いと思われているようだ。誤解なのだが、それを解くのも厄介だ。確約はできないとはっきり伝えているのだから、それで良しとしよう。


「そろそろ行こうぜ」

「もう少しゆっくりしてください。お茶も出していませんでしたし」

「遠慮しとくぜ。これ以上昔話してると、利払いのお代わりがきそうだ」

「そろそろ仲間を迎えに行きませんと……彼はこの街がはじめてなので、迷っているかもしれませんから」


 二人はシュウをだしに話を切りあげた。


「この街にはどのくらい滞在する予定ですか?」

「宿はもう一泊しかとってねぇよ」


 エドナは残念そうに彼らを裏口まで見送った。


「あなたたち二人に再会できて嬉しかったわ」


 十一年前に街門を出る姿を見送ったとき、エドナは彼らとは二度と会えないと思っていた。それまでも、そしてその後も、彼女は多くの冒険者たちを見送ってきた。戦いを生業とする彼らの生存率は高くはない。ましてや離れた土地に再び戻ってくることもない。どれほど気心が知れた相手であっても、その消息は生涯知ることはないのだ。そんな覚悟で見送ってきたからこそ、この思いもかけない再会は本当に嬉しかったのだ。


「私が生きている間に、もう一度会えることを願います」


   +


 シュウは肉屋の前でソーセージを買い食いしていた。


「それ何本目だよ」

「五本目?」

「食べ過ぎ」

「けど美味いんだぜー」


 ほれ、と差し出された焼き色の入ったソーセージを、コウメイは大きめにかじり取った。


「ピナ入りか。あうもんだな」


 ほのかな酸味と塩が魔猪肉の脂っぽさを感じさせない美味さだった。

 ケイトの肉屋は、隣の家を買い取って肉料理の販売専門店を作っていた。冒険者や独り身の男たちが集まるテイクアウト専門の店だ。


「それで、ちゃんと配達は済ませたんだろうな?」

「おー、赤毛の女店主にちゃんと渡したぜ」


 宛名を見て目を潤ませた彼女は、お礼にと焼いたばかりのソーセージをくれたらしい。食べてみたら宿で食べたものとまた風味が違っていて美味しかったため、そのままテイクアウト料理を順番に購入し、食べながらコウメイとアキラが追いつくのを待っていたのだそうだ。


「銀葉亭の女主人はナイスボディだし、肉屋の女店主は笑顔がすげーいいし、モテモテだよなぁ?」

「どっちも亭主がいるんだぜ、余計なこと言ってんじゃねぇよ」


 コウメイは苦笑いでシュウの背中を小突く。アキラはソーセージを挟んだパンを三人分購入し、まとめて荷袋にしまい込みながらシュウにたずねた。


「これからどうするんだ? 街の見物か、それとも運動か?」

「そーだなー、ちょっと食い過ぎたし、腹ごなしが必要かもなー」

「何を狙うかな」


 数を稼ぐなら魔物だが、街の冒険者らの狩り場を荒らすのは気がすすまない。魔獣も一度に狩りすぎては色々な相場が狂う。さてどうしたものかと悩むコウメイは視線を感じて振り返った。店の従業員らしき中年男が、コウメイの眼帯をまじまじと見つめていた。 


「何か?」

「あ、すまん。知り合いに似てるような気がしたんだ」

「そうなのか?」


 男の視線はアキラに移った後、再びコウメイに戻ると不思議そうに首を傾げた。何となく覚えがある顔だが、誰だったろうか。もう少しで思い出せそうな気がしたが、焦れたシュウの声でぼんやりと浮かびかけていた記憶が消えてしまった。


「おーい、早くしろよなー」

「せっかちだよなぁ」


 この街には旧知の者が何人もいるが、旧交を温めにきたつもりはない。誰もがエドナのように理解があるわけではない。下手に思い出されて妙な騒ぎになるのを避けようと、コウメイはアキラを促して、先を歩くシュウを追いかけた。


   +


 暴牛二頭をギルドに納品したホウレンソウの三人は、その足で翌朝出発の西向き乗合馬車の席をおさえたのだった。


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