05 ハリハルタの宿
サガストからハリハルタまでは、休憩無しで飛ばせば半日でたどり着ける。ただし馬は潰す覚悟が必要だし、乗っている者の腰にもダメージが大きい。スタンピード討伐に向かうわけではないベルナルド商会の馬車は、さして急ぐ様子もなく、徒歩と変わらぬゆっくりとした速度で街道を北上していた。
「四つ足の速い獣がこっちに向かってきてるぜー」
ゴトゴトと揺れる最後尾の荷馬車から顔を出したシュウが、前方右手に見える森を指して銀狼の存在を指摘した。護衛責任者であるニコロは目をこらしたが、森と草原の境目にその存在は確認できないし、草むらが不自然に動く様子もない。
「どこにいるんだよ、嘘言うなっ!」
ニコロ少年が抗議しようと先頭馬車から身を乗り出したときには、すでにコウメイとシュウは馬車を飛び降りて駆け出していた。
「お、おいっ、どこ行くんだよ」
「銀狼です。少なくとも十頭はいます」
「だから、どこにだよ!?」
最後尾から馬車を飛び移ってきたアキラは、二人が走って行った方向を指し示した。ニコロの視線がそれを追って草原と森を何度も往復させたが、銀狼らしき存在は見つけられない。
「銀狼は足が速い。目視してから守りを固めたのでは手遅れですよ」
そう言うと、アキラは自動弓を構えて御者台の横に立った。
「数が多いと二人では食い止めきれません。馬を守ってください」
「俺に命令するなっ」
「ニコロ、指示に従いなさい」
「爺ちゃん!?」
「彼らはお前よりも経験も力もある冒険者だ。いい加減にその事実を認めて教えを請いなさい」
自分を商会の護衛責任者にしたのは祖父だ。その彼が下っ端の雇われ冒険者の指示に従えという。その言葉にショックを受けたニコロから、周囲への警戒が途切れた。
「馬車を止めてください」
マッティオの肩を叩いたアキラは、草原を裂くようにして近づく二筋の風に向かい引き金を引いた。馬車を目指していた一つの風がその動きを止める。だがもう一筋は速度を増して馬に迫っていた。
弓を投げ捨てたアキラは、脇差しを抜きながら御者台から跳んだ。
馬の腹に噛みつかんと姿を現した銀色の狼にその刃を振りおろす。
狼の身体をクッションにして地面に降りたアキラは、素速く立ち上がって銀狼にとどめをさした。
「本当に……銀狼がきた」
祖父に意識が向いており周囲への警戒がおざなりになっていたとはいえ、獣の気配を感じ取れなかったニコロは悔しそうに唇を噛んだ。しかも、戦力にならない薬草冒険者だと思っていた銀髪が、一切の無駄のない動きで銀狼を討伐して見せたのだ。
「まだ終わっていません、警戒を緩めないでください」
自動弓を拾って御者台に戻ってきたアキラが、ニコロを叱咤して広く周囲を見回す。負けてなるものかと、少年は剣を抜き丈の高い草に目をこらした。
森と草原の境界あたりで、コウメイとシュウが銀狼の群れと戯れているのが見える。この二頭以外に彼らが通してしまった銀狼はいないようだ。
「悪いな、爺さん。二人じゃ止めきれなかったんだよ」
コウメイとシュウが十一頭の銀狼の死骸を引きずりながら馬車に戻ってきた。
「ちょっと時間もらえるか?」
解体する間少し待っていてくれと頼み、三人は街道から距離を取った草むらで手早く銀狼の皮を剥いだ。老人たちの目から隠しながら、生い茂った草むらにアキラの魔法で穴を掘り死骸を埋める。十三枚の毛皮と魔石を持って戻ると、馬車はすぐに動き出した。
銀狼を相手に身体をほぐした三人のいる最後尾へ、ニコロ少年を連れた老人がやってきた。それぞれにくつろぐ彼らのそばに腰を下ろして「その毛皮を見せてくれるかね?」と頼み込む。
「いいけど、珍しくもねぇ皮素材だぜ?」
「じーさんが欲しいのって、珍しい魔物素材じゃねーの?」
「ありきたりな素材だからこそ、品質の差は解体の腕で差が出るんじゃ。そういうものを数多く検分することで目は養われるんじゃぞ」
二人は一枚一枚を丁寧に検分し状態を確かめると、老人は満足げに頷き、少年は悔しそうに唇を噛んだ。
「冒険者ギルドの査定は知らぬが、我々商人の買取基準では、九枚が最高品質の値付けになる。逆にこの二枚は最低品質じゃ、この意味はわかるかね?」
老人の問いはニコロに向けられていた。少年は小さく頷いて大きく切り目の入った毛皮を指さした。
「商人が求めるのは傷のない綺麗な毛皮だけど、護衛の役割を果たしていない証拠だ。逆に値段のつけられないこっちのは護衛冒険者らしさがある」
護衛の役割は上質の毛皮を獲得することではなく、護衛対象を無傷で守り切ることだ。孫がそれを理解しているとわかって老人は嬉しそうだ。
「……俺ら、責められてんの?」
「毛皮、もったいねーし」
「お前さんらが護衛任務の経験が少ないというだけのことじゃ」
狩りのついでに護衛もしているコウメイたちと、護衛が本職で狩りはおまけであるニコロでは心構えが違うのだと老人が指摘する。
「儂が買取するだけの人間なら、この毛皮を喜んだかもしれんが、雇い主としては少々不満が残るの。まあ、全員が駆け出していかなかった点も含めギリギリの及第点というところじゃ」
雇い主の評価は意外に厳しかった。
「じゃがニコロは落第じゃ、わかるの?」
「……見えないからって、シュウさんの警告を無視したから、だよね?」
人間だって獲物を狩るときには、気配を消し、標的に気づかれないよう行動する。自分たちを襲おうとした銀狼も同じだ。商会の護衛隊長であるニコロは、シュウの警告を疑うのではなく、万が一に備えて守りを固めるための指示を出さなければならなかった。ニコロがくだらないプライドに意固地になっている間に、アキラがその役割を果たしたのだ。
「わかっておれば良い。次から同じ失敗は許されんぞ」
「はい」
神妙に、だが力強く頷き返事したニコロは、老人を残して警備に戻った。孫の成長がよほど嬉しいのか、ベルナルドは目を細めてその後ろ姿を見送っている。
「悪かったなぁ、爺さん。俺らもったいない精神が染みついてんだよ」
「素材を目的とした狩りばかりしてきたので、どうしても狙う場所を選んでしまう癖がついているようです」
「ゴブリンとかならそーいうのはねーんだけどさー」
獲物の群れは殲滅させるのではなく、品質の良い素材が取れる状態で屠り、逃げるものは深追いしない。それは彼らに染みついた戦い方だが、護衛としては失格である。勉強になるなぁとコウメイは頷くが、シュウは「攻撃は最大の防御だろー」と少しばかり不満そうだ。
「文句を言ったわけではないんじゃよ。両立できれば一番良いが、孫はそのどちらもできなんだ。地元で少しばかり評価されていい気になっておった鼻っ柱を、ちょうどいい案配に折ることができたんじゃ、礼を言わせてもらうよ」
「腹黒いなぁ爺さん」
「年の功というてくれ。あるいは深謀遠慮とな」
どちらにしてもこの老人には孫の成長を案じる愛情があった。
「次のハリハルタでは少し長く滞在するつもりじゃ。お前さんらは好きなだけ魔物素材を狩りにゆくといい。ただし、ギルドに売却する前に儂に見せてくれ。高く買わせてもらうよ」
検分したばかりの銀狼の毛皮も、老人がギルドへの卸値に色をつけた価格で買い取った。銀狼はどこでも手に入る素材だが、高品質のものを複数枚まとめて入手するのは難しいのだと、老人は満足のゆく商談を終えて嬉しげだった。
+
閉門の少し前にハリハルタに入ったベルナルド商会の馬車は、北門に近い大きな宿屋で止まった。
「宿はここか」
「懐かしいなぁ」
目を細めて見あげた建物は、十年以上の年月を経てもさして大きく変化した様子はない。
「泊まったことあんのか?」
「客室じゃなかったけどな」
スタンピード中の宿屋に個室などはなく、コウメイとアキラは納戸の荷物を整理して作った隙間で寝泊まりしていた。さすがに今回はきちんとした客室をとった。広めの二人部屋に予備のベッドを運び込んでもらったので少し窮屈だが、毛布にくるまって床に寝転がるよりはずっと身体を休めることができるだろう。
「ここって凄腕冒険者の町なんだろー? 生魔の森だっけ? スゲー強い魔物がいるんだよな?」
「らしいな」
「なんだよー、おまえらここで戦ってたんだろ、なんかスゲーのいないのかよー」
明日は存分に討伐を満喫できる、しかも強力な魔物を相手に発散できると張り切っているシュウだ。
「あのときはゴブリンのスタンピード中だったからなぁ。ゴブリン以外の魔物の相手はしてねぇ」
「食料調達に角ウサギくらいは狩ったが……そういえば他の魔物はほとんど見かけなかったな」
おそらくスタンピードが影響して、他の魔物は森の奥へ追いやられていたか、発生が抑えられていたのだろう。
三人は洗い場で汚れを落とし、食堂で夕食を囲みながら、さりげなく周囲の冒険者たちを観察する。ウェルシュタント国ではもっとも魔物が強いとされる森が近いだけあって、見た目にも怪力、鋭利、凄腕、切れ者、威厳、謀略とバラエティ豊かな人材がつどっているようだ。
「なんかじろじろ、やな感じだなー」
「新入りが珍しいんだろ」
「こちらが見ているんだから、お互い様だ」
彼らもまた、コウメイたちを値踏みするように見ていた。ここはハリハルタでも高級な部類の宿屋だ、そこに長逗留するだけの稼ぎのある冒険者はほぼ固定されている。そこに商人の護衛とはいえ外から冒険者が入ってきたのだ、彼らもその力量が気になるのだろう。
「明日は進めるだけ奥へ入ってみるか」
「そうだな、魔物の分布を確かめながら、軽く討伐してみるか」
「どーせなら泊まりでもいいけどなー」
町まで戻るのが面倒だと言ったシュウの言葉に、聞き耳を立てていた冒険者たちが失笑する。
「なぁ兄ちゃんたち、ここはよその森とは違う。あんまり舐めてかかると生きて戻ってこれねぇぜ」
「面構えだけは一人前のようだがな」
「そんな細っこい身体で魔物が斬れるのかねぇ」
コウメイの眼帯を皮肉り、細身のアキラを哀れむように見る。脳筋冒険者に揶揄されるのに慣れている三人は、愛想笑いで「気を引き締めますよ」と返した。
「なー、あんたらのスゲー戦績、教えてくれよ。ここの森はどんな魔物がいるんだ?」
エル酒を差し出されながら問われれば悪い気はしない。人なつっこいシュウのあたりの良さもあってか、豪腕の口はなめらかに滑った。
「俺らのパーティーはヘルハウンド狙いだ。これまで五頭を屠ったぜ」
「へー、ここってヘルハウンドがいるのかー」
「ヘルハウンドは、ちょっとなぁ?」
「ああ、やりにくいな」
コウメイとアキラはチラリとシュウを見て首を横に振った。ナナクシャール島で完全獣化した彼の姿が重なるせいか、ヘルハウンドの討伐はどうにも気が進まない。襲われれば反撃はする、だが積極的に狩りにゆくことはないだろう。
「三頭大蛇もいるぜ」
あまり乗り気に見えない二人を、ヘルハウンドに尻込みしていると理解した切れ者が、それならばと大蛇狩りをすすめた。
「ワーラットを丸呑みする巨大な蛇だ、動きも速いし毒牙もある。ヘルハウンドより高値がつくから、狙うなら大蛇にしておけ」
そうすすめながらも、切れ者の台詞の後には「ヘルハウンドが無理なら大蛇も難しいだろうな」という声にしない言葉が聞こえたような気がした。
「安全に屠るなら、大蛇よりも吸血蝙蝠がいいぜ。あいつらは昼間ならそれほど難しい魔物じゃねぇからな」
「そうそう、寝てるとこを強襲すりゃ簡単だ。難点は数の多さだな」
「噛まれたら血が止まらなくなる、錬金薬は忘れるなよ」
自信のある冒険者らは未熟な者に教えを授けるのが好きだ。コウメイたちが頷きながら素直に耳を傾けたのも良かったようだ。
「明日、ギルドに顔を出してから何を狙うか決めようぜ」
「そうだな、まずは情報だ」
夕食を終えた三人は、食堂に居残っていた冒険者たちに礼を言って部屋へと引き上げた。
+
「こんなところにあったのか……」
朝食後、宿主に冒険者ギルドの場所をたずねたアキラは、周囲からの失笑の理由を理解した。ハリハルタ冒険者ギルドの建物は、彼らの泊まった宿の二軒隣だった。冒険者の町らしく、質実剛健なふうの建物を見あげたシュウは呆れ顔だ。
「知らなかったのかよー」
「前回はスタンピード専用の臨時受付があったしなぁ」
「それぞれの門に職員が常駐していたから、ギルドの建物まで足を向ける必要はなかったし……」
スタンピード中とはいえ、宿近辺を往き来していたのだから気づいても良さそうなものだ。灯台もと暗しにしては間が抜けている。
「俺ら、マイルズのおっさんらに連れ回されてただけだったもんな」
さっそく中に入った三人は、魔物素材の買い取り価格を確認した。昨夜の冒険者たちが言っていたように、ヘルハウンドの皮には高値がついていた。色によって値段が違うのはその希少性によるのだろうか。
「黒の倍だってよ」
「白いヘルハウンドなんているのか?」
「一月前に目撃情報があったらしーぜ」
どうやらヘルハウンド狙いの冒険者らは、日夜白毛皮を探して探索を続けているらしい。
「まぁ、俺らは狩らねぇけどな」
「大蛇か蝙蝠あたりが無難そうだな」
「なー、ここ鎧竜も出没するみてーだぜ」
シュウの見つけた掲示物には、森奥深く進んだ先の、山脈の麓あたりで鎧竜が目撃されたと記されていた。
「日帰りできないほど遠くまで行くつもりはないぞ」
生魔の森は広大だ。ハリハルタから西に人の住む集落や村は存在しないため、鎧竜を狙おうとすれば、往復の安全確保や討伐要員を揃えた討伐隊を編成するのが一般的だ。シュウの脚ならば日帰りも可能かもしれないが、ここはナナクシャール島ではないのだ、目立つ行動は互いに止めあうしかない。
「久しぶりにゴブリンでもいいんじゃねぇか?」
あの頃を思い出しながらの討伐も悪くないぞと、コウメイが森の地図を指さした。過去に発生したスタンピードとその魔核の位置が×印で表示されている。コウメイの指は、彼らがスタンピードで消した位置を指していた。その周辺で活性化した魔素だまりが複数発見されているらしく、ゴブリンの討伐が推奨されていた。
「魔物素材は扱いが面倒だし、魔石と証明部位だけのほうが気が楽か」
「じゃあさー、競争しよーぜ。どっちがたくさん討伐できるか」
「いいぜ。女王蜂はシュウに負けたが、ゴブリンならこっちのものだ」
「俺が負けるかよー」
「ぬかせ、経験が違うんだよ、経験が」
二人は子どものように言い争いながら、我先にとギルドを出て行った。
「……まったく」
アキラは額を抑えながら二人の後を追った。
「公平な条件で競わせないと、後で絶対に揉めるに決まっている……」
二人を野放しにするのではなく、手綱を握るべく追いついたアキラは、制限時間と討伐方法、禁止事項を決めさせてから生魔の森に入ったのだった。
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八の鐘が鳴り終わる寸前に町門をくぐり抜けたコウメイたちは、それぞれがスライム布の袋を持っていた。アキラの袋はそれほどでもないが、コウメイとシュウのものはパンパンに膨らんでおり、見た目にもずっしりと重そうだ。
「査定、頼むぜ」
「別々に計算してくれよなー」
「お手数をおかけします」
締め切れなかった袋の口から漂う異臭は、紛れもないゴブリンのものだ。魔物慣れしている査定職員だが、平時にこれほど大量の証明部位が一度に持ち込まれるのははじめてのことだと表情を強張らせている。量も多いし、魔石も証明部位も同じ袋に詰め込まれているせいで、査定には少し時間がかかるといわれ、三人は引換証を預かって先に宿に戻ることにした。一日中ゴブリンを追って森を駆け回った汗と汚れを洗い流してすっきりしたいのだ。
「早く服洗いてー。ゴブリンくせーんだよなー」
「返り血を浴びたのか? 下手だな、それくらい避けろよ」
「攻撃以外に余計な動きしたくねーんだよ」
「動線を考えない力押しを誇るな」
「討伐にくらい頭を使ったらどうなんだ?」
「うるせーっ」
じゃれ合いながら洗い場に向かう三人を見ていた宿主は、あの様子ではたいした成果をあげてはいないだろう、期待外れだと評価を下した。その日の稼ぎが良ければ、冒険者らは夕食に料理の追加を注文し、酒を何杯も重ねる。冒険者らが稼がねば、宿は儲からないのだ。
彼らの後から宿に戻ってきた常連らは、今日も獲物の返り血とともに膨らんだ財布を握って戻ってきた。そのままテーブルにつき、酒と料理を注文する男たちに、宿主は愛想笑いを向けたのだった。
宿泊冒険者らの酒盛りを横目に見ながら宿を出たコウメイたちは、冒険者ギルドに戻ってきた。閉店間際のギルドは閑散としており、彼らが最後の客だったようだ。
「引換証五十三番、ゴブリン四十七体、魔石と討伐報酬の合計額は一万三千百六十ダルです」
「おしい、五十に届かなかったか」
コウメイは悔しそうに現金を受け取った。よほど自信があるのか、シュウはニヤニヤと余裕の笑みである。
「引換証五十四番は、ホブゴブリンが二体、ゴブリンが四十六体、合わせて一万四千百八十ダルになります」
「よっしゃー、俺の勝ちだーっ」
握りこぶしを高く上げ勝利宣言をしようとしたシュウの手を、コウメイがつかんで引き下ろした。
「待てよ、ゴブリンの討伐数を競ってたんだぜ。ゴブリンとホブゴブリンは別だろ」
一つとはいえ俺の方が多いと主張するコウメイに、当然シュウは「ホブゴブリンもゴブリンだ」と反論する。討伐競争をはじめる前にルールを徹底していたというのに、全くもって無駄骨だったとアキラはため息をついた。職員は困り切った顔で「受け取りはどうするのでしょうか?」とアキラにたずねた。
「現金でお願いします。ああ、私の引換証はこれです」
「五十五番ですね。ゴブリンが十二体、吸血蝙蝠が九体で六千六十ダルです。それと納品いただいた薬草の明細がこちらで六百七十ダルでした」
明細をチェックしたアキラは、全体的に買取価格が低いようだと思った。これなら医薬師ギルドに卸した方が良さそうだと判断し、アキラはさりげなく職員にたずねた。
「売店で販売している錬金薬は、やはり医薬師ギルドから仕入れているのですよね?」
「いいえ、専属に雇った薬魔術師がおりまして、彼がギルドで販売する錬金薬を作っているんです。この町には有料の医院はありますが、医薬師ギルドはないんですよ」
腕に自信のある冒険者たちが生魔の森で稼ぐために集まり、この地に作られた小さな野営地が、集落となりやがて町として認められたのがハリハルタだ。無料診療に縋らなければならないような稼げない冒険者はこの町にはいない。
「……町そのものが脳筋なのか」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、何も」
にっこりと笑顔で誤魔化したアキラは、料理の美味い店をたずねた。宿の食堂は混んでいたし、なによりアキラたちをからかおうとする熟練たちに囲まれていては、ゆっくり食事を楽しめない。
「食事だけの店と、女性とお酒を飲める店とありますが?」
「女性はいなくて結構です」
「それでしたら……」
彼らがたんまり稼いだことを知っている職員は、珍しい酒と異国の料理を楽しめる、少しばかり値の張る料理店をアキラに教えた。
コウメイとシュウはまだくだらない言い争いを続けていた。シュウの報酬を投げ渡したアキラは、店じまいの邪魔をするなと二人を止める。
「いい加減にしろ。くだらないケンカで時間をつぶして食いっぱぐれたいのか?」
「くだらなくねーよ」
「勝ち負けは大事だろ」
「異国の美味い料理と珍しい酒よりも、勝敗の決着が大事だというなら、一晩中路上でやってろ。俺は腹が減っているんだ」
そう言い捨てると、アキラは二人を放置してギルドを出て行った。
飯と酒と聞いたとたんに、コウメイの喉が鳴り、シュウの腹が音を立てる。
「酒だよ、酒」
「美味い飯の方が大事に決まってんだろー」
あっさりと手のひらを返した二人は、慌ててアキラを追いかけたのだった。
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運ばれてきた朝食を受け取りながら、コウメイは宿主に「魔獣肉は買い取ってもらえるのか」とたずねた。
「魔獣かね……魔猪か魔鹿ならば買い取るが、角ウサギはいらんぞ。それと下手な処理のものは無料でもいらん」
それなら大丈夫そうだと返した三人に、ベルナルド老人が「ゴブリン討伐に張り切っておったんではなかったか?」と苦笑いを向ける。
「あー、なんかしっくりこねーっていうか」
「もうゴブリンはいいかな、と」
一つの魔物ばかりを討伐し続けるのは、効率は良いが単調で退屈だ。金に困っているわけではないし、戦いを楽しめるほどの大物もいない。ならば身体がなまらない程度でいいだろう。他とは異なる成り立ちの町を見物し、出発までゆっくり過ごそうと決めた三人だった。




