02 港町トルン
西回りの周回船が着岸したトルンの港は、大変なにぎわいを見せていた。乗客が次々と下船し、荷を背負った新たな乗客が船になだれ込む。船底からは大きな箱がいくつも担ぎ出され、荷車や馬車に積み込まれて運ばれてゆく。荷主と思われる商人らは、船から降りたばかりの者たちや港で待ち構えていた冒険者らに取り囲まれていた。
「こりゃ急がねぇと競争率が高そうだぜ」
積み荷とともに船を降りた商人らの大半が、冒険者ギルドを介して目的地までの用心棒を雇い入れる。そして旅費を節約したい冒険者らは、その職にありつこうと港で直接売り込みをかけるのだ。冒険者の人数をみれば、商人側の買い手が有利なのは間違いなさそうだ。
「先に護衛希望の応募票を出しとかねぇと、完全に出遅れるぜ」
「しかしこの荷物を渡さないことには」
アキラたちは大型船の着く岸壁から少し離れたところで、ナナクシャール島行きの定期船が到着するのを待っていた。集めた女王蜂の翅を船に載せてしまうまでは、ここを離れることはできない。
「なら俺がひとっ走りしてエントリーしてこよーか?」
「シュウがか?」
「なんだよ、護衛仕事なんだから一番強そーに見える俺が行ったほうがいいに決まってるだろー」
「いや、応募票はコウメイに書かせたほうが」
「バカにすんなよなー。俺だってそれくらい書けるって」
受付で申し込みの板紙をもらい、必要事項を書くだけだ。読み書きの苦手な冒険者のためにギルド職員が代筆もしているらしいが、シュウは不自由なく読み書きできるのだから何の不都合があるだろうか。
「じゃ、行ってくるぜーっ!」
「あ、おいっ」
「大丈夫なのか……?」
制止される前にと駆け出したシュウを見送ることになった二人は、一抹の不安を抱えながらも厄介な荷から離れることができず、ジリジリと焦りをつのらせるのだった。
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冒険者ギルドは多くの冒険者と、海の香りをまとった商人たちでごった返していた。広くはないロビーの一角に立つシュウが、周囲から頭ひとつ高い位置から、入ってきたコウメイとアキラを見つけて手を振る。芋洗い状態をかき分けて合流した二人は、心配げにシュウにたずねた。
「受付は終わったのか?」
「ああ、ちゃーんとエントリーしといたぜ」
「不備はねぇだろうな?」
「しつけーな、ちゃんと職員にチェックしてもらったよ」
それなら問題はなさそうだと安堵した二人は、ざわつくロビーで職員から呼び出されるのを待つことにした。
トルンの冒険者ギルドを訪れる旅商人の目的地はおよそ三つだ。ひとつはリアグレンから街道を東にすすみ、町や村を行商しながらダッタザートを最終目的地とする。そこから砂漠を越えてサンステンへ向かう商隊は少ない。
二つ目は真っ直ぐに街道を北上し、突き当たりを西へと進んでアレ・テタルからヘル・ヘルタントを目指すルート、そして三つ目はナモルタタルから東へ進みサンステンの北端を経由してオルステインに向かうルートだ。この二つはとても競争率が高い。トルンで護衛の職を求める冒険者たちの目的地は、そのほとんどがハリハルタだ。生魔の森での一稼ぎをもくろむ彼らは、北上ルートに詰めかけていた。
商人たちは冒険者を護衛として安く雇い入れたがっているが、直接の売り込みで雇い入れることはない。トルンの冒険者ギルドでは個人交渉を認めていないが、それは双方の利益を守るためだった。契約や勘定には疎い冒険者らは、商人に丸め込まれ不当な扱いを受けかねない。またギルドを通さないで雇い入れた冒険者は、雇い主を裏切り襲うこともある。そういったトラブルを回避するためにも、冒険者ギルドの斡旋が混み合うのだ。
「剛力兄弟のみなさん、いらっしゃいますか?」
「金色の曙のみなさん、指名が入りましたよ~」
ギルドは冒険者から提出された応募票の情報をもとに、商人の求める技能や経験を持った適切な者を選び出し、両者を仲介する。
「炎の剣士と盾、駿足車輪のみなさん、こちらへどうぞー」
商人のお眼鏡に適ったと思われる派手な名前のパーティーが次々と呼ばれ、契約のため別室へと消えてゆく。ロビーから冒険者らの姿が消え、閑散としてきてもコウメイたちが呼ばれることはなかった。
「……売れ残ったか」
「ナモルタタルまでって中途半端な条件がマズかったかもなぁ」
「どーする? 乗り合い馬車は嫌だぜー」
狭い座席に大きな身体を押し込めて窮屈な思いをさせられたせいか、シュウは乗合馬車は絶対に嫌だと言い張った。徒歩で旅をするには、ナモルタタルは遠すぎるのは確かで、商隊に同乗できないのなら馬車を借りるしかない。貸し出しを申し込もうと立ち上がったアキラに、ギルド職員が近づいた。
「あの、ホウレンソウさんたちですよね?」
自信のなさそうな気弱な声が三人に問いかける。
「はい、そうですが」
「ベルナルド商会から雇用契約についてお話が」
どうやら遅れてギルドにやってきた商会が冒険者を求めたが、残っていたのはコウメイたちだけだったらしい。ギルド職員が「折り合いがつかなければ断ってもかまいませんから」と申し訳なさそうな様子から、商人は売れ残りを押しつけられたと立腹しているのだろうと思われた。
「まあ、話だけでも聞いてみようぜ」
案内された小部屋に入ると、彼らを見た商人一行の三人が驚いたように目を見張った。老人と中年男性、そして少年の三人だ。小規模な商隊なのだろう。
「お待たせしました、この三人がナモルタタルまでの職を求めているホウレンソウのみなさんです。そしてこちらはベルナルド商会のみなさんです」
テーブルを挟んで向かい合ったが、老人と中年はすぐに商人らしいにこやかな笑顔を取りつくろったというのに、少年は魔物を見るような目でコウメイたちを睨んでいた。
「応募票に記されている方々とは違うようですが?」
困りますよ、と中年は職員に苦情を申し立て、少年の拳がテーブルを叩く。
「商人は信用第一なんだぞ、嘘つき野郎なんか雇えるもんか」
面接としては最悪のスタートだった。何が「嘘つき」なのか分らないが、決めつけられたシュウは不愉快そうに顔をしかめているし、苦笑いで誤魔化しているがコウメイも不快感を抱いたようだ。まだひと言も喋っていないのに、顔を見ただけでお断りされるほど自分たちは印象が良くないのだろうかと、アキラは首を傾げるしかない。
「いや、雇うことにしよう」
「親父?」
「じーちゃんっ!?」
それまで黙ってコウメイらを観察していた老人の一声に、中年と少年が驚き焦る。
「我々が求めているのは料理人と雑用係ですよ、護衛じゃない」
中年男の言葉に、ちょっと待てとアキラが割って入った。
「護衛の希望を出していたはずですが、いったいどういうことですか?」
「私たちがほしいのは旅の間の料理人だ。護衛は間に合っている」
アキラの問いに答えた中年男は、商人とは思えない立派な身体つきをしていたし、少年も腰に片手剣をさげており、風貌は駆け出しの冒険者のようだ。小規模な商隊ならば二人がいれば追加の護衛は不要というのもわからなくはない。
「料理人を求めている方々に、私たちを勧めてどうするのですか?」
ギルドの仲介担当の目は節穴かとアキラが責めるように振り返ると、老人が面白そうに笑って板紙を差し出した。
「職員さんを責めるのは筋違いだぞ。我らが騙されたと腹を立てるのも仕方あるまい?」
応募票を手に取り内容を確認したコウメイは、眉間に深いしわを刻んで唸った。
「これは、あれだ、うん、シュウに任せた俺らが悪いわ」
苦笑いで手渡された板紙を読んだアキラも、唇を噛んで目頭を押さえる。
「……シュウ、職員さんに確認してもらったんじゃなかったのか?」
「してもらったぜー。なんか間違ってたのかよ?」
「大間違いだ」
「ねぇよ、これはねぇわ」
応募板に書かれていたのは、目的地とパーティー名と構成メンバーの名前、そしてそれぞれの特技である。どうやらこれを点検した職員は、誤字がなければ良しとして受理してしまったらしい。
「間違ってねーだろ。俺はサッカーだし、コウメイは料理、アキラは薬草採取だろ」
「それが間違いなんだよ!」
「何故セールスポイントを書かなかったんだ、シュウなら怪力、コウメイなら剣技とかだ」
雇用主に売り込むための、いわば履歴書にあたる応募票に「料理が得意」と書けば、料理人が求職していると受け取られて当然だ。料理人を求めていた彼らが三人を見て護衛向きの人材だと判断し、話が違うと怒ったのも当然だろう。
居住まいを正したアキラは、老人らとギルド職員に不手際を詫びた。
「申し訳ありませんでした。お互いに条件が合わないようですので、今回の話はなかったことに」
「待ちなさい、儂は君たちを雇うと言ったんだ」
「……よろしいのですか?」
「料理はできるのだろう? それに君たちは面白そうだからな」
「面白そうって、親父、そんないい加減な理由で、こんな怪しげな冒険者を雇うのはやめてくれよ」
どうやら商会の主人である老人の決定には、中年も少年も逆らえないらしい。中年は苦々しい思いを無理矢理に押し隠しているが、少年は感情のコントロールが苦手なようだ。
「まったく、マッティオも人を見る目はまだまだのようだな。彼らが先日のホーランのスタンピード討伐に参加していたのはギルドが証明している。冒険者としての腕は間違いないのだから、料理の一環として食材調達も任せればニコロの負担も減る。お互いに良い条件だと思うがね」
どうだね? と問われ、顔を見合わせた三人はその条件で大丈夫だと返した。
「では我々はナモルタタルまで君たち三人を馬車に乗せよう、その代金として旅程での食事を任せることにするよ。ああ、食材調達も君たちの仕事だ」
町に滞在する間は宿で食事が出されるため、コウメイが料理を担当するのは野営や村で泊まるときだけだ。
「魔獣の素材は俺たちがもらってもいいんだな?」
「かまわんよ。取り引きによっては町に数日滞在することもある。町での滞在費は出せんからな、その間は好きに稼いでくれて結構だ。ああ、稀少な素材が手に入ったなら、ギルドに売る前に儂に見せてくれ。良い物があれば買い取ろう」
なかなかに好条件だが、即答できなかった。何がひっかかるのだろうかとアキラは内心で首を傾げた。
「そうそう、もしも旅の途中で魔物の大群に襲われて、この二人では手に負えないときは、少しばかり手伝ってくれると助かるよ」
いざというときはタダで戦力を寄こせとは、ちゃっかりしている。だが老人に人を見る目があるのは間違いなさそうだ。護衛契約などなくてもコウメイやシュウならば、目の前で老人らが魔物に襲われれば、よほどの強敵で無い限り見捨てることはないだろうと見抜かれている節がある。即答できなかったのはこれかとアキラはため息をついた。
「冒険者は自助が基本です。命の危険を冒すためには、動機が必要ですね。契約外の仕事についてはその都度話し合うということでいかがですか?」
アキラとて雇い主をむざむざと見捨てるつもりはないが、無料でというのはむしが良すぎるだろうと返す。
「ふむ、君は冒険者とは思えないほど抜け目がないね」
「この程度、ほめられるほどではありませんし、商人には敵いませんよ」
にこやかに笑みを交わす老人とアキラを見て、コウメイとシュウはやれやれと肩をすくめ、マッティオとニコロの親子は渋面を噛みつぶし、ギルド職員は職務を果たせたと胸を撫で下ろしたのだった。
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ベルナルド商会はオルステインの田舎町にある商家だ。家族経営の小さな店でありながら、他国の珍しい品を取り扱うと近隣では有名であり、他の町からわざわざ客が訪れるほど賑わっている。それも店主自らが大陸各地で仕入れを行っているからこその繁盛だった。オルステインの特産品を大量に持ち込んだ彼らは、訪れる町々の取引先から様々な品を仕入れ、陸路で故郷に戻るのだ。
「荷馬車三台に、馬四頭か。すげぇな」
幌付きの馬車の側面には、濃紺の布が旗印のように張られていた。商会名の頭文字とデフォルメされた糸巻きの絵が抜染されている。
「この規模の商隊がわずか三人というのは、不用心すぎないか?」
荷馬車一台につき護衛以外の複数従業員が目を光らせるのが普通だ。一人一台、しかもその一人は七十を超えたと思われる老人だ、余計なお節介だが心配になる。
「俺ら、どこに乗ればいーんだよ?」
コウメイたちの前にいるのはベルナルド老人の孫であるニコロだ。行商の見習いであり冒険者でもあるとのことで、ナモルタタルまでの安全管理は彼が責任者だった。
「あんたたちの荷物は真ん中の荷台に積んでくれ。乗るのは一番後ろだ。見張りくらいはやれよな」
ニコロの表情も声も尖っており、一方的に旅程の説明を終えると、先頭の荷台にむかって去ってしまった。
「嫌われたなぁ」
「なんであんなにツンケンしてんだろーな?」
「シュウが彼のプライドを虚仮にしたからだろう?」
「俺が? おぼえねーよ?」
身のこなしもわるくはないし、武器の扱いにも慣れているようだが、ニコロはまだ少年といってもいい年齢だ。身体は成長しきっておらず、どこか危ういところがある。冒険者としての経歴もそれほど長くはないだろう。反対にシュウは見た目からして経験豊富な冒険者だし、荷運びを手伝ったときに見せた強力は目を見張るものがあった。そんな凄腕の冒険者が「球遊び」や「料理」を面に出して求職してきたのだ、商会が侮られていると受け取られても仕方がないだろう。そう指摘してやると流石のシュウも反省するしかない。
「たまには苦手な書類仕事もやらなきゃなーと思ったんだけどなー」
「積極性は買うが、今後は俺かコウメイが添削できるときにしてくれ」
「りょーかい」
港町トルンを出発した馬車は、ゆっくりとした速度で街道を北上しはじめた。切り拓かれた街道沿いは見通しがよく、三人からは水平線が一面に広がって見えている。
手綱を握るのはベルナルド老人の三男で、仕入れの旅を引き継がせる予定のマッティオだ。彼は三台連ねた荷馬車の動きを読みながら、巧みに馬を走らせていた。彼の息子のニコロは一台目の荷台の後ろで周囲を警戒し、店主の老人は真ん中の荷台で休んでいる。
最後尾の荷台に腰を下ろしたコウメイたちは、遠ざかる潮の香りに寂しさを覚え、キラキラと眩しい海を眺めながら、心地いい馬車の揺れに身を委ねたのだった。




