01 ダッタザートの別れ
659年9月頃
1話目は「新しい人生のはじめ方/エピローグ」の「スタンピード」ご長寿サイドになります。
どこにでもあるような、特徴のない森。その奥で発見された殺人蜂の魔核を、三人の冒険者が取り囲んでいた。彼らは遠ざけていたはずの人の気配を感じ、警戒を強めた。
彼らがやっているのは火事場泥棒に等しい行為だ。ホーランの街の人々にできる限りの便宜を図ることで、後ろめたい思いを昇華していたが、やはり見られたくはないのである。
アキラは魔核から目を離さない。シュウが湧き出る殺人蜂の動きを目で追い、一番人当たりが良く機転の利くコウメイが、踏み込んできた誰かに対処しようとした、その時だ。
「コウメイさん、アキラさん、シュウさん……みなさんお元気そうで何よりです」
彼らの名前を呼ぶ、ここにはいないはずの懐かしい声。
弾かれたように振り返っていた。
「ヒロ……なんでここに?」
「スタンピードの応援ですよ」
いつも感情を奥歯で噛みしめていたような青年は、余裕と貫禄を感じさせる大人の男になっていた。
飛行能力のある虫系魔物のスタンピードは、被害が広範囲に及ぶ。そのためダッタザートからも討伐の支援部隊が送られたのだと説明したヒロは、彼らと魔核と結界の存在に目をやった。
「驚いたのはこっちですよ。まさかこんなところで会えるとは……みなさん、変わっていませんね。それに、なにやら曰わくありそうなことをしているようですが」
懐かしそうに目を細めるヒロを、シュウは屈託のない笑顔で、コウメイは後ろめたそうな苦笑いで、そしてアキラはどこか寂しそうに目を伏せながら、結界の内側に招き入れた。
「ヒロは、老けたな」
「渋くなったといってください。もう二十八なんですよ」
「貫禄でてるぜー」
「年齢相応に落ち着きましたから」
語りたいことはいくらでもあったが、次々と生まれ出る女王蜂狩りから目を離すことはできない。
「詳しいことはこれが終わってからだ、ちょうどいい、手伝ってくれ」
「きたぞ、女王蜂だ」
アキラの声の直後に、殺人蜂よりも一回り大きく、とても美しく透き通った翅をもつ女王蜂が出現した。これの翅を百組、それが三人に課せられたノルマだ。
「ヒロ、腹を狙え。翅は傷つけるなよ」
飛行系魔物討伐のセオリーを禁じられたヒロは、剣を握る手に力を込めた。
殺人蜂の女王は、その翅で風刃を作り出す。咄嗟に避けたヒロの頬を目に見えない刃がかすめる。頬に走った痛みに顔をしかめたヒロは、無駄のない動きで下から斬りあげた。スタンピードの応援部隊の責任者を任せられるだけあって、次々と湧き出る殺人蜂にうろたえることもなく、コウメイたちの目的にあわせ的確に立ち回っている。
「いつからホーランの町にいたんですか?」
「春、だな」
アレックスから目的である町の名前は教えられたが、具体的な場所までは知らされなかった。町に滞在し、五ヵ月近くもスタンピードの発生を待っていたのだとは言いづらい。
戦力が増えたことで余裕が生まれた。コウメイらは女王蜂を狩りながら、コズエやサツキの様子をたずねる。特にアキラはアレックスの意味深な言葉が忘れられないらしく、何か変わったことはないのか、健康でいるのか、と気もそぞろだ。
「それは自分の目で確かめてください」
ダッタザートに寄り、会ってくれと繰り返すヒロは、妻や幼なじみの動向をいっさい漏らさなかった。彼の表情や口調からは、コズエたちが困っていたり、健康を害しているようではなさそうだが、何かを隠しているのは間違いなさそうだ。
「こんななりで街に入るわけにはゆかねぇだろ」
自分よりも若い姿のコウメイを目の当たりにし、義眼の秘密を聞かされヒロなりに思うところはあったのだろう。だが彼は三人を連れて街に戻る意思を変えなかった。
「絶対にダッタザートに寄ってもらいますよ。フードで顔を隠して、俺が身元引受になれば身分証がなくても、偽名でも街に入れますから」
ヒロは自分を探してやってきた仲間を、適当な理由で町へと追い返す。女王蜂を狩り、魔核の破壊を見届けても、三人のそばを離れようとしなかった。
+
ひっそりと街を出たコウメイたちは、街門が見えなくなったあたりでヒロを待った。三人を追ってきた空の荷馬車に乗り込み、ダッタザートに向けて馬を走らせる。
「討伐隊の責任者なんだろう? 隊を放っていいのか?」
「問題ありません、同僚に押しつけてきましたから」
「そんなのでいいのかよ」
「いいんです、もとから終わり次第、俺だけ先に帰ることになってたんです」
街にも周辺の村々にもほとんど被害がなかったこと、派遣されたダッタザートの冒険者の損害もゼロ、撤収の事務処理はヒロがいなくても大丈夫だから早く街に戻れと送り出されたらしい。
やはりサツキに何かあったのではと心配するアキラに「大丈夫です」と笑って返したヒロは、「心配したのはこちらのほうですよ」と顔をしかめた。
「アキラさんに渡した俺の銀板、ちゃんと魔石交換していますか?」
「切らしたことはなかったはずだが……?」
「少し前に、二ヵ月くらい反応が消えていたので、サツキがとても心配していたんです」
手紙を出そうにも住所はわからないし、アキラからの便りもここ一、二年は途切れがちだった。兄を心配するサツキは、ときどき銀板で位置を確かめていたらしい。反応が消えていた時期は、アキラがエルフ族の領域に拘束されていた頃だろう。
「……色々と厄介事を押しつけられて、あちこち移動しているんだ。守秘義務もあるから、今後も似たようなことがあるかもしれない」
アキラは言葉を選びながら、当たり障りのない説明をするしかなかった。普通に暮らす彼らが知るべきではないことだ。アキラは妹夫婦や懐かしい仲間を危険に晒すつもりはなかった。
「守秘義務ですか……それなら仕方ありませんが」
ため息をついたヒロは、馭者席から三人を振り返って言った。
「アキラさんたちがダッタザートに戻れない理由も、いろいろ面倒なことをやっているのもわかりましたが、突然の音信不通でサツキはとても動揺したんです。せめて手紙を書いて無事を知らせてください」
どこで何をしていると書けないのなら、元気でいるとひと言書いてくれるだけでいい。その日食べた料理を書いて送ってくれるだけでいい。
「サツキにはヒロがいるだろう」
「いますけどね、それとこれとは別なんですよ」
愛情は奪い合うものではない、夫婦の愛情と肉親への愛情は比較できるものではない。この世界で唯一の肉親だからこそ、その存在に意味があるのだとヒロはしかめっ面で義兄を睨む。
「……善処する」
「頼みます」
秋の近づく乾いた気候を、町々で馬を代えながら急いだ彼らは、二日かかってダッタザートに戻ったのだった。
+
フードで顔を隠した三人は、ヒロの身元保証で街に入った。荷馬車を降り、澤と谷の宿にたどり着いても、彼らはフードを深く被ったままだ。
「おかえりなさいっ」
家族専用である四階の扉から飛び出したのは小さな子どもだった。
柔らかそうな黒い髪と目鼻立ちのはっきりした幼児は、ヒロの肩越しに怪しげなフードの三人を見て目を丸くしている。
「……っ」
シュウは子どもの存在に戸惑い、コウメイはパパと呼ばれて自然に接するヒロに驚き、アキラは幼女に血縁の面影を見て息をのんだ。
ヒロは驚く三人にしてやったりとでもいうような表情で「娘のアカリです」と紹介した。
「かわいいなー」
「アカリちゃんって言うのか」
シュウもコウメイもメロメロだ。
「おかえり、ヒロくん……まさか?」
父親が戻ったと知り飛び出したアカリを追いかけてきたのだろう、玄関先に現れたコズエは、ヒロの後ろに立つ顔を隠した三人を見て、すぐにコウメイらだと察したようだった。
「ああ、ホーランの町にいたから、連行してきた」
笑いを含んだヒロの声に、コズエも笑顔で応えた。
「お帰りなさい。アキラさん、すごくいいタイミングだわ」
「コズエ?」
「ちょうど今朝だったのよ、産まれたの」
「うまれたの。ママ、がんばったのよ」
二人の言葉を聞いたヒロは、三人に声を掛けることもなく大慌てで部屋の奥へと駆けていく。ヒロに代わってコズエが三人を室内に迎え入れた。
「どうぞ、中に入ってゆっくりして」
「コズエちゃん、産まれたって……サツキが?」
「母子ともに健康、安心してください」
ヒロの後を追いかけようとするアキラを止めて、コズエはソファをすすめた。
魔道ランプで明るく照らされた居間は、こぢんまりと居心地良く整えられていた。部屋の中央にダイニングテーブルがあり、壁沿いに布張りの大きなソファがある。汚れたマントのまま座るのは躊躇われるほど豪華な刺繍が施されていた。
アキラは意を決してフードを脱いだ。
「……羨ましいくらいに、若いままですね」
コズエの顔にあるのは少しの驚きと、懐かしさだ。畏れられていないと知り、ほっと胸を撫で下ろしたアキラに続いて、シュウもマントを脱いだ。最後まで躊躇っていたコウメイも、ゆっくりと灯りの下に顔をさらす。
「コウメイさんも……若いんですね」
「コズエちゃんは大人っぽくなったな」
「そりゃ、大人ですもん」
エルフであるアキラや獣人のシュウが歳を取っていなくても、それほど驚くことではない。だが人間であるはずのコウメイまでが昔と変わらない若さを晒せば、驚き以上に恐怖の目を向けられると思っていた。それも仕方がないと覚悟を決めていたというのに、コズエの反応はかわらない。拍子抜けだ。
「そんなにびっくりしないでください。何となくそうかなぁって、思ってたので」
コウメイらが年に一度だけしか戻ってこなくなったころから、自分とは違う選択をしたのだろうとコズエは確信していた。コウメイがアキラから離れるとは思えなかったし、その逆もだ。
「どういう魔術なのかわかりませんけど、コウメイさんもなかなか思い切ったことしましたね」
コウメイは気まずさをごまかすように前髪をかきあげた。
「あー、決めたときはあんまり深く考えてなかったかもな」
「思い付きですか」
「そんな感じ? けど後悔はしてねぇよ」
「それは良かったです」
コズエは三人にコレ豆茶を入れ、ジャムクッキーを添えて出した。ここまでの強行軍で疲れた身体に、焙煎の香りと甘いクッキーの心地よさが染み入るようだ。一息ついた彼らを見て、コズエは興味津々にたずねる。
「若いままってどんな感じですか? 歳を取ってないけど、身体つきは変わってますよね?」
落ち着きのある大人の女性の皮を脱いだコズエは、転移したころのように好奇心を隠さない。その変わらないところが懐かしく、コウメイらから屈託のない笑みがこぼれていた。
「不老不死って、時間が止まってる感じなんですか?」
「時間は止まってねぇかな」
ひげも髪も爪も伸びるし、鍛えれば筋肉もつく。ただ老いないだけなのだ。
「不調とか、違和感とかないんですよね?」
「健康で病気ひとつしてねぇよ」
「怪我はしているみたいですけど?」
彼女が修繕した跡のある狩猟服を指さした。
「それはまあ、な。こき使われてるから」
顔を見合わせた三人は、それぞれ苦笑いや冷笑や空笑いをうかべる。
「でもそれはちょっとひどい状態ですよ。新しい狩猟服を用意します」
「コズエちゃん、俺らそんなに長居できねぇんだよ」
ホーランで集めた女王蜂の翅の鮮度が落ちる前に、発注主に届けなくてはならないのだ。ダッタザートに滞在できるのはせいぜい二日だろうというと、コズエは「それなら間に合いますね」と胸を張った。
「仮縫い状態で止めてある狩猟服があるんです」
「それ、お客さんの服じゃないのか?」
顧客からの注文品を流用するのはマズいだろうと言うと、コズエは「コウメイさんたちのですよ」と笑って答えた。
「みなさんが戻ってくると思って作りかけていた狩猟服一式があるんです」
毎年十二月に帰ってくる三人のために、コズエはいつも新しい狩猟服を用意していた。滞在間は長ければ一ヵ月、短ければ数日だった。旅立つ彼らに新しい衣装を贈りたくて、コズエは前年のサイズを元に仮縫い状態のところまで仕上げ保管してあった。三人が帰ってくるのを待って仕上げるつもりだった物が、五年をすぎた今もそのまま残してあるのだと言った。
「狩猟服って、どうしてもサイズ的に他の人への流用が難しいんですよ。倉庫で埃かぶってますから、引き取ってもらえると助かります」
二度と戻らないつもりで、けれどそれを黙ったまま姿を消した。それを責められるか、恨み言や少しばかりの嫌みを覚悟していた三人だ。だがコズエは三人の負担にならないようにと言葉を選んで、五年越しの贈り物をしようという。
「仮縫いから仕上げまでだって、二日じゃ足りないんじゃないか?」
コズエに徹夜仕事を強いるわけにはゆかないと遠慮したが、今は専属のお針子を抱えているので十分間に合うと返されては受け入れるしかない。
「そのかわり、超特急料金を請求しますね」
三人の負担にならないようにと配慮までされては、ありがたく受け入れるしかない。
コズエはいつも持ち歩いている紐定規を取り出すと、さっそく彼らのサイズを測りはじめた。
「うーん、シュウさんは全体的に補正が必要かなぁ。コウメイさんも前のままじゃキツそうだし。アキラさんはほとんどサイズ変わっていない、かな?」
三人のサイズを測り終える前に、奥の扉が開いてヒロとアカリが顔を出した。
「アキラさん、サツキと息子に会ってください」
ヒロは娘をコズエらに託し、アキラとともに再び奥の部屋に消える。
「男の子かー」
「ヒロに似てるのかな?」
「それは会ってのお楽しみですよ」
コズエはアカリをコウメイに預けて立ち上がった。工房に狩猟服を取りに行くあいだお願いしますと言い残し玄関を出て行く。
膝の上に座った幼女が、コウメイの眼帯に手を置いた。
「いたい?」
「痛くねぇよ」
「ここだけキラキラなの、どうして?」
好奇心と心配のまじった幼女が首を傾げている。小さな柔らかい手は、額と眼帯をいたわるように撫でている。
「なんだよー、コーメイもキラキラなのか?」
「うん、ここから、キラキラがこぼれてるの」
どうやらアカリは義眼から漏れる魔力を感じ取っているようだ。
「いいか、これは誰にも言っちゃいけないんだぞ。秘密は守れるか?」
「しー、なのね?」
唇の前に立てた人差し指をまねしたアカリが、ママにもパパにもひみつ、と約束する。その愛らしいしぐさに、コウメイとシュウの顔はとろけたのだった。
+
産まれたばかりの甥っ子は、クシャクシャだった。
「……かわいい、な」
「猿みたいだって正直に言ってもいいよ?」
「いや……それは」
くすくすと、アキラの狼狽を楽しむように妹夫婦は笑う。
「アカリも産まれたばかりのときはシワシワだったのよ。でも私たちには世界で一番かわいいのよ」
抱いてくれと手渡された赤ん坊が、むずがるように顔をしかめた。泣くのかと慌てるアキラの緊張などお構いなしに、その小さくてあたたかな命は、もぞもぞと動いて胸にその頭を押しつける。そしてそのまま眠ってしまった。
「重い、な」
赤ん坊はせいぜい三キロ程度だろうに、自分が抱いた赤ん坊はそれよりも遙かに重く感じられる。ほんのわずかな間だけの自分と違い、妹たちは赤ん坊が成人するまでこの重みを抱えるのだ、尊敬の念しかない。
「銀板が反応しなかった事情はヒロさんに聞いたけど、あんまり危ないことはしないでね」
この世界に、散り散りに放り出されたときの、アキラの反応が消えて心が裂けそうだったときのことを思い出してしまったと、サツキは兄を見あげて釘を刺す。
「あのころよりも慎重になったし、強くなった。心配するな」
魔法も使えるし、攻撃力も盾も一緒だ。そう応えたアキラの表情を見て眉をしかめたサツキは、枕元の夫に「どうなの?」と視線を向けた。
「聞かされた話の中にはそれほど危険な事例はなかったが……」
我々には話せないことがあるのだろうと言外ににじませるヒロが頷いて応えると、サツキはアキラの袖を引いて言った。
「お兄ちゃん、この子の名前を一緒に考えてちょうだい」
コウメイとシュウも一緒に名付け親になってほしい、少しでも責任やつながりを自覚できたら、命を賭けるような無茶はできないでしょう、と。
「……コウメイはともかく、シュウに名前を考えさせたらとんでもない事になるぞ?」
「そこはお兄ちゃんの手腕でどうにかしてください」
「自分の子どもの名前なんだぞ、丸投げするな」
苦虫を噛みつぶしたような顔の兄を見て、サツキは楽しげに微笑んだ。
+
「やっぱりコウメイさんのご飯、美味しいです」
大浴場を堪能し、客室に案内された三人は、宿泊代金を支払おうとした。だがヒロは休業中を理由に、決して受け取ろうとしない。ならばとコウメイは台所に立ち、腕によりをかけて食事を作ったのだ。
「茶碗蒸し、なめらか~」
「赤芋とボウネのきんぴら、最高です」
「レト菜とピリ菜の木の実和えもいいですね」
「魔猪肉の蒸し焼き、さっぱりしてていくらでも食べられそうですよ」
四階は澤谷家の占有で、コズエは外に部屋を借りているらしいが、ヒロがスタンピード討伐に出るのと入れ替わりに、階下の客室に滞在していた。
小さく切り分けられた料理を口に入れたアカリが、大人たちのまねをする。
「ひみつのおじちゃん、おりょうりじょうずだねぇ」
「ひみつ?」
「秘密ってなんだ?」
不思議そうに首を傾げるヒロとコズエ、そしてコウメイを不審の目で見据えるアキラに、アカリは指を立てて口に当てると。
「ひみつなの、ねー?」
とコウメイに満面の笑みを向けるのだった。
食後にはコズエが工房の倉庫から運んできた狩猟服の試着だ。仮縫い状態の服に慎重に袖を通してゆく。
「あー、やっぱりシュウさんは全面的に補正が必要ですね」
「デブったのか」
「ダイエットしろ」
「太ってねー、ムキムキになったんだよ!」
「動かないでくださいっ」
プチプチとしつけ糸が切れる音がして叱られたシュウは、しょんぼりと肩を落とした。まち針をさしながらコズエはため息をついた。
「身長も伸びてるし……シュウさんはちょっと成長しすぎですよ」
「たんまり食って暴れまわってたっぷり寝てるんだ、そりゃ育つよな」
「何時まで成長期続けるんでしょうね。もうすぐ三十歳ですよね?」
獣人族の成人年齢は人族よりも早い十歳だ。だがそこから老年期に入るまではずっと成長期であるらしい。
「熊式じゃなくて、狼式の鍛え方に変えるべきじゃないか?」
「せっかくの俊敏さが活かしきれねぇのはもったいねぇよな?」
シュウの仮縫いを見物しながら、コウメイとアキラは育成計画を練りはじめた。
「コウメイさんは微調整ですみそうです」
身長は変わらずだが、全体的に薄く筋肉の層が増えた程度だったので、成長を見込んで作ってあった仮縫いでほぼ問題はなさそうだった。
「成長なしかよ、かっこわりーぜ?」
「筋肉はデカけりゃいいってものじゃねぇからな、質だよ、質」
意外にも補正が必要だったのはアキラだ。
「……アキラさん、筋肉減ってません?」
「あ、やっぱりそうだよな」
脇や腰にまち針を入れながら問うたコズエに、コウメイが同意し、シュウも頷いて。
「アキラさー、ほとんどデスクワークだろー」
「たまに討伐に出ても、魔法しか使ってねぇし」
「いや、しかし」
特にナナクシャール島では隠す必要がなかったせいで、思う存分魔法に頼った討伐ばかりしていた。だが移動に歩いていたし、魔物を追って走りもしていた。筋肉が落ちるはずがないとアキラは頭を振る。
「ビーチで毎日昼寝してたしー」
「製作三昧で引き籠ってたしな」
「シュウさんを見習えとは言いませんけど、コウメイさんの半分くらいは身体を動かさないと、中年太りまっしぐらですよ?」
「ちゅ……っ」
硬くくっきりと筋肉の割れたコウメイやシュウとは異なり、たるんではいないがやわらかい腹筋を指でつつかれたアキラは、真剣に筋トレ計画を練りはじめた。
+
一晩たって落ちついたころ、コウメイとシュウも赤ん坊と対面した。
アキラと同じくほとんど齢を取っていないコウメイを見て、サツキがもの言いたげに兄を振り仰いだが、開きかけた口は全てを飲み込むようにすぐに閉じられた。
「名前か、責任重大だなー」
「澤谷家の伝統に従わなくていいのか?」
「戦国武将じゃないんですよ、あれは父の趣味で伝統なんかじゃありません」
ヒロも含めた三兄弟に、全員「永」のつく名前がつけられたのは、父親が自分の名前の一文字を息子たちにもつけたかっただけだ。ヒロにはそういったこだわりはない。
「アカリちゃんの名前って、灯火からか?」
コウメイの問いかけにヒロとサツキは微笑んで頷いた。
「子どもたちの未来は、常に明るくあってほしいですから」
「やっぱさ、子どもの名前は二人がつけるべきだと思うぜ」
「でも」
「アキに紐をつけておきたいって気持ちはわかるが、赤ん坊への最初のプレゼントは両親がするべきだろ」
「紐をつけておきたいのはコウメイさんにもなんですよ?」
「もちろんシュウさんもです」
二人の気持ちはわかるが、そのために名付けの権利を両親から奪いたくはない。アキラは妹夫婦が考えていた名前をたずねた。
「まだ決めていなかったのよ、だからお兄ちゃんたちに」
「だが候補はあるんだろう?」
二人は困り顔で視線を交わしたが、自分たちが考えていた名前を口にしようとしない。
「よく考えてみろ、罹患したままのコウメイとシュウに任せたら、どんな名前をつけられるかわかったものじゃないぞ」
見た目が若いままなのに引きずられるように、精神年齢も中二病を煩ったころから大して成長していないのだ、そんな連中に名付けられたら後悔するに決まっている。
「いくつか候補があるのなら、そこから俺たちが選ぶ……それでいいだろう?」
アキラの脅しと折衷案が効いたのか、二人はうなずき合ってから自分たちが考えていた名前を言った。
「ノゾミかユウキ、そのどちらかにしようと考えていたんです」
希望と勇気。
苦境に陥ったとき、前に進むためにはどちらも必要で、だからこそ決めきれなかったのだという。
「どっちもいい名前だよな」
「俺はユウキがいいなー」
コウメイは決めかね、シュウは主人公っぽいからと「ユウキ」を推す。
「お兄ちゃんはどっち?」
「ユウキ、かな」
窮地で何かにすがるのではなく、心に強く意思を持って立ってほしいと思う。
「ありがとうお兄ちゃん」
「ユウキにします」
サツキの横で眠っていた赤ん坊は、名付けを喜ぶかのようにぷふぅと息を吐いたのだった。
+
二晩を澤と谷の宿で過ごした三人は、集めた素材が劣化する前にとダッタザートを発つことにした。
街門まで見送りに出られないサツキとは、彼女の寝室で、兄妹二人きりで別れをかわした。
「大陸中を移動しているし、時には明かせない場所に長期滞在することもあるが、俺は大丈夫だから、サツキは家族を第一にしなさい」
そう言った兄の言葉に、彼女はくすぐったそうに、申し訳なさそうに微笑んで。
「あのね……私の一番は結婚を決めた時からヒロさんで、今は子供たちも含めた家族が一番なの。お兄ちゃんは二番目ね」
いつまでも兄が一番ではないのだとはっきり宣言されたアキラは、突き放されたような寂しさを感じたが、不思議と喪失からの悲しさや辛さは感じなかった。妹が兄離れを果たしたように、自身も知らぬ間に妹離れができていたのかもしれない。
「だからお兄ちゃんも私を二番目にしてちょうだい。ちゃんと一番を見つけて、ね?」
「……善処する」
サツキと赤ん坊に見送られて澤と谷の宿を出た三人は、コズエがお抱えの針子を総動員して完成させた新しい狩猟服を着ている。サツキの菓子を詰めた箱を持たされ、身元を保証するヒロとともに街門へと向かう。
二日間の間、シュウにたくさん遊んでもらい、コウメイの美味しい料理を食べ、キラキラに一目惚れしたアカリは、三人がいなくなると知って駄々をこねた。ずいぶん懐かれたものだと苦笑いのコズエが、三人に手紙を差し出した。
「仕事を依頼していい?」
超特急で完成させた狩猟服の代金として依頼したいと言われれば断れない。コズエに渡されたのは、ナモルタタルの友人たちに宛てた手紙だった。届けるのは簡単だが、あの街ではずいぶん長く暮らしていたし、まだ十年ちょっとしか経っていない。自分たちを知る者に怪しまれたらと躊躇する二人に、コズエはカラッと笑って言った。
「心配ありませんよ。二人とも、あの街に居たころとは風貌が変わってますから」
コウメイは眼帯だし、アキラは髪も瞳も銀色だ。何のヒントもなしに、十年前の彼らと同一人物だと気づく者などいない。そうコズエとヒロは太鼓判を押した。
「コウメイとアキラのはじまりの街かー、おもしろそー」
「はじまりの街じゃねぇぞ……けど、懐かしいぜ」
「ああ、いいかもな」
ナモルタタルまでの間には、サガストやハリハルタの町もある。必死にあがいていたころの思い出をたどるのも悪くはなさそうだ。
「三人とも、サツキとした約束はちゃんと守って、無茶は控えてくださいね」
「善処する」
「そんな曖昧なんじゃなくて、きっぱり約束してくださいよ!」
コズエがアキラの背中を叩いて叱りつけると、アカリもまねをしてコウメイの肩をペシペシと叩く。
「約束すべきは俺じゃなくてコウメイだろう」
「なんで俺?」
「俺は死にそうな場面に自分から突っ込んで行かないからだ」
「いやそれは俺じゃなくてシュウだろ」
「てめーら、俺に投げんな。アキラだってしょっちゅう魔力切れしてるじゃねーか」
「三人とも大人げないですよ」
ため息をついたコズエとヒロによって、三人は西向きの乗合馬車に押し込められた。
「十年後でも、二十年後でもいいですから、必ず会いにきてください」
そう言って手を振る二人に、アキラは無言で手を振り返した。
本日から連載再開します。いつものように月・水・金の更新です。
短い連載ですがよろしくお願いします。
++++++
【リサイクル】本文からカットしたシーン(半分プロット状態です)
アカリ、シュウの尻尾が見えるらしく、つかまえて遊ぶ。
振り回されながらも嬉しそうに幼女に奉仕するシュウ。
「うわぁ、デレデレじゃねぇか」
「やはり幼女趣味が」
「変態みてーに言うなっ!!」
父親よりも背の高い大人に抱っこされてはしゃぐアカリ。
もっと喜ばせようとシュウは中庭に出て、アカリを空高く放り投げる。
台所の窓の外(4階)にアカリの姿を見てコウメイ絶叫。
「シュウ――っ!!」
サツキの部屋にいたアキラは、駆け出したコウメイの後を追いかける。
「何やってんだーっ!!」
「え? 高い高いだけど」
「四階まで投げるなっ。あぶねぇだろ!!」
「俺が落っことすわけねーだろー」
「そういう問題じゃねぇっ」
自由落下のエネルギーなんて計算しなくてもわかるだろうが、とシュウに説教しても無駄だ。
「アカリ、大丈夫か?」
アキラがシュウから姪っ子を奪い返した。
目を大きく開けたまま、小さな口を開いて固まっている。よほど怖かったのだろう。慰めようとしたそのとき、衝撃から覚めたアカリが手を伸ばした。
「……お、そら」
「アカリ?」
「おそらいっぱいっ」
目をキラキラとさせたアカリは、伯父を押しのけシュウに手を伸ばす。
「すごいね! もっとおそらいっぱいできる?」
「おー、気に入ったか?」
「うんっ! くもにのりたいの。くもまでとべる?」
期待を込めた幼女の眼差しと、その後ろから氷のような冷たい目に見据えられたシュウは、返答に困った。
「雲かー、雲はちょっと無理かなー」
「えぇーっ」
「ごめんなー」
夕食の席で。
「パパ、アカリをおそらにぽーんてできる?」
昼間の出来事を聞いて笑顔を引きつらせたヒロは、「魔術師になったら空を飛べるかもしれないね」と誤魔化した。
なおアカリの魔力はサツキ寄りの水属性なため、空を飛ぶことはできません。




