9 廃墟
急な傾斜を転ばぬように気を配りながら早いペースで下り、三人は半日をかけて野営をした分岐までたどり着いた。ここからウォルク村へは西へのびる道を進むだけなのだが、この三十年村へ向かうものがいなかったためか、道は途中で失われていた。
道がなくなってしばらくしたあたりで、地図と太陽の方角を確認したコウメイはアキラを振り返った。
「どうする? 一応地図はあるから、方角さえ間違わなきゃ先に進めるぜ」
「……悪い、今日はここで休ませてくれ」
登山は登るよりも下りる方が脚にくる。半日かけて下りの硬い岩にやっと慣れた脚が、枯葉の積み重なった柔らかい道に変わったことで、ガクガクと膝が震えるようになっていた。上手く動かない脚を何とか宥めつつ歩き続けていたがこのあたりが限界だろう。
「暗くなってきたし、どうせ今日中にはたどりつけねーんだからここで一泊しよーぜ」
シュウが見つけてきた場所に結界魔石を置き、コウメイはその端で火を焚くと、手早くスープを作りはじめた。シュウがロープを木に引っかけてスライム布で簡単なテントを作ると、アキラはその中にひっくり返った。
「なー、唐揚げ、まだ残ってるか?」
「夕食分くらいは、ギリギリな」
「ったく、俺が狩った岩鳥だっつーのに、あいつら一ミリも遠慮しねーし」
昨夜、シュウが持ち帰った六羽分の岩鳥を使い、コウメイはリクエストされた唐揚げを大量に作った。唐揚げ一羽分は台所と油の借り賃としてアーネストに進呈し、一羽分を夕食用に皿に盛りつけ、残りをスライム布で包んで平屋に持ち帰ったのだ。ところが、とっくに転移して帰ったはずの魔術師三人が待ち伏せていて、揚げたてホカホカの唐揚げを「土産にもらうぞ」とそれぞれ一羽分を強奪していったのだ。
「六羽も獲ったのに、一羽分の唐揚げしか残ってねーし!」
大量の唐揚げはアキラに冷凍保存させて、しばらく楽しむつもりだったのだ。食べ物の恨みは当分忘れられそうにない。
「スープできたぞ。アキ、起きて唐揚げ温めてくれ」
「……飯はいらない」
「ダメだ、食っとけ。明日も一日中歩きなんだ」
「レンチン頼むぜー」
のっそりと起き上がったアキラに冷凍魔術のかかった包みが押し付けられた。自分でかけた冷凍魔術を解除し、ほかほか揚げたてに近い状態まで温めてシュウに返す。疲れ切った身体に揚げ物はキツイと顔をしかめるのを見ていたコウメイが、湯気の立つスープの椀を手渡した。
「せめてこれくらいは飲んどけ。あとクッキーバーなら食えるだろ」
「……コウメイのは硬い」
「保存性を優先したんだからしょうがねぇだろ」
サツキのレシピをアレンジし、自分たちの携帯保存食としてコウメイが作ったクッキーバーは、味は良いのだが非常に硬くて食べにくい。冗談で二本を打ち合わせてみたら、硬質でいい音がした。これを噛んだら確実に歯が折れるに違いない。
「スープでふやかして食えよ」
「じーさんかよ」
「はぁ、サツキのクッキーバーが食べたい」
「町に戻ったらサツキちゃんのレシピで作ってやるから今は我慢して食え」
乾燥野菜と干し肉のスープに最後の鶏唐揚げ、そして硬いクッキーバーで夕食を済ませた三人は、火を囲んで食後のコレ豆茶で一息ついていた。
「遅くとも明日の夜にはウォルク村にたどり着けそうだな」
すぐにでもウォルク村を目指すことにしたのは、シュウがトマスから運び人の修業の話を聞いたからだった。
+
「明日にでもウォルク村に向かうことにしよう」
アレックスたちに強奪され、残された一皿分の唐揚げを囲んだ夕食時、シュウの話を聞いていたアキラがそう言った。
「俺はそっちがいいけどさー、調べものはどーすんだよ?」
「状況が変わったんだ、優先順位も変わる」
「状況? なんか変わったか?」
首を傾げるシュウに、赤芋の酢漬けを差し出しながらアキラが説明した。
「文献調査を優先したのは、アレックスの言葉以外にウォルク村に獣人がいた確証がなかったからだ。それに人が消える謎の問題もあった。跡地へ行って何もなかっただけなら無駄骨で済むが、俺たちが消えるのは困るからな。だがトマスさんから裏付けに近い有益な話が聞けたんだ。消える呪いとやらに引っ掛かっても、それが転移魔術だとしたら三人一緒なら、まあ……何とかなるんじゃないか?」
それにマーゲイトの資料室にも大した情報は残っていないようなのだ。すべての文献を読み終わるまで待てと言われても、シュウは我慢できないだろう?
「そりゃ行けるならいきてーけど、三十年もたってるのに、今さら何かが見つかる可能性は低いよな?」
あれほど村へ行くことを優先したいと思っていたのに、実際に行くとなると尻込みしてしまうのは、現実が見えてしまったからだろうか。三十年前にトマスらが探して見つけられなかったものを、今になって簡単に見つけ出せるとは思えない。シュウは期待を裏切られて落胆したくないのだ。
「シュウが諦めてどうする」
丸まったシュウの背中を勢いよく叩いて、コウメイはアキラにたずねた。
「アキは何かが見つかると思ってるんだな? その根拠は何だ?」
「荷運びをしていた村人たちの身体能力だ」
トマスの語った荷運びの青年は、シュウのように立派な体格で、見た目以上に腕力があり、身軽に岩道を往復できる脚力を持っていた、ということだった。今のシュウと同じ程度の身体能力、それらは人族の限界を越えている。間違いなく彼らは獣人族だ。
「同じ村に住んでいてこの身体能力差は隠しきれるものじゃない」
壊滅後に町に移り住んだ元村人に、人族からはみ出るような身体能力を持った人物はいなかったという。村に人族が住んでいたのは間違いのない事実で、アレックスやトマスの言葉からも獣人族が住んでいたのも事実。
「だとすると、ウォルク村の人族は、村内に獣人族が存在することを知っていたんじゃないかと思う」
「確かにな。村の外では隠せてても、同じ村で生活してるんじゃ無理だろうな」
「ああ、人族の村人も当然知っていたと考える方が合理的だ」
荷物の受け渡し程度の相手なら、帽子をかぶるとか、フードのようなものを常に被っているとかして、獣人の証拠である耳を隠せる。だが朝に夕に、ともに暮らし協力し合う村の生活では、姿かたちだけでなく身体能力も含め、とうてい隠しきれるものではない。
「幻影の魔武具を使ってたってことはねーの?」
俺みたいに、とシュウが額を指さした。
だが、マーゲイトへの納品記録を読んでいたアキラはそれを否定した。
「村人のうち何人が獣人だったのかわからないが、そんな高価な魔武具を手に入れられるほど村は裕福じゃなかったはずだぞ」
狩猟と荷運びで得た現金は、ほとんど町での買い出しで使いきる程度しかなかった。農耕での余剰の売却益のほとんどは毎年徴税役人にそのまま納められた記録も残っていた。
「そのあたりはさー、魔術師とのコネとか?」
「シュウも一応コネだったんだが、たっぷり支払わされただろう?」
「そーいえば身ぐるみはがされたなー」
「もしも魔武具を持っていたとしても、一つか二つだろう。獣人の村人全員に行き渡るはずがない。村を出て町に向かうときに使うくらいで、村の中では獣人のまま生活していたんじゃないかと思う」
それは人族と獣人族の共存を意味する。アキラの仮説を聞いたシュウの目が、希望を見つけたというように大きく開いた。
「スタンピード後に村を探したトマスさんが、誰の遺体も発見できなかった、と言っていたんだよな?」
「ああ、墓も作ってやれなかったって、すげー悲しそうだった」
村を破壊されただけでなく、逃げ遅れた人たちは骨も残らず、すべて魔物に食われてしまったのだろうと、トマスもペイトンの町も判断していたようだ。
それが根拠だ、とアキラは自信ありげに笑んだ。
「荷運びをしていた青年は、シュウと同じような力持ちで身軽だったんだろう? シュウはヘルハウンドに襲われて簡単に食い殺されるほどひ弱でノロマなのか?」
アキラに挑発するように言われ、シュウはむっとして応えた。
「よゆーで返り討ちにしてやるよ」
シュウの自信には根拠がある。ナナクシャール島では単身でヘルハウンドを狩った経験もあるし、それはアキラも知っていた。
「だろう? シュウと同等かそれ以上の身体能力を持っている獣人たちが、簡単に全滅するなんて不自然すぎる。彼らが生き延びたと考えた方が自然だ」
魔物たちに襲われて町に逃げてきたのは人族の村人だけで、獣人たちは逃げてこなかった。だから全滅したと考えるのは短慮すぎる。アレックスの言うように弱い個体で戦闘能力が低いとしても、シュウ程度には戦えるはずだ。戦えなくても逃げるだけの身体能力はあるはず。ならば何処に逃げたのか。
アキラの言いたいことを理解したコウメイが真顔になった。
「境界を越えて、獣人族の領域に逃げたってことか?」
「そうだ。二十歳になって修行のために村を出るというが、この世界の何処へ修行しに向かったんだろうな? 獣人族の領域で成人の試練というのを受けに行くと考えた方が、辻褄が合うと思わないか?」
アキラの仮説を聞き、コウメイも深く頷いていた。
「確かに。スタンピードから村人を逃がしたのち、自分たちは魔物と戦って、その後は領域に逃げ込んだ。死体が発見できなかったのは、食われたんじゃなくて逃げのびたから、か。そっちの方が納得できるな」
「じゃあ、ウォルク村に獣人たちが隠れて残ってる可能性もゼロじゃねーってことか?」
シュウの顔が期待にほころび、背筋が伸びた。
「今も隠れ住んでいるかどうかはわからないし、獣人族の領域への道が残っているのかも怪しいが、もしも魔術的な何かで隠匿されているのなら、コウメイの義眼で探せば見つかる可能性はある」
書物を漁って時間を潰すよりも、ウォルク村へ向かったほうがいい。何を探すべきかもはっきりしたのだからとアキラは言った。
「じゃ、明日の朝イチで出発でいいな?」
コウメイの確認にシュウは大きく何度も頷いた。
「人族と獣人族の共存か。今じゃ考えられねぇんだろうな」
「当時でもかなり珍しかったんじゃないか?」
「村人を町へ逃がすくらいだもんな」
「見てみたかったよなー、その村」
「そうだな」
「住み心地、いいんだろうなー」
王都で居心地の悪い思いをしてきたシュウは、三十年前のスタンピードによる壊滅が悔しくてならない。それさえなければ、今も獣人と人族が共存する村が存在していたに違いないのに、と。
「獣人族の領域への入り口、みつけてーなー」
「道を見つけても様子見だぞ、突っ込むなよシュウ」
アキラはシュウに釘を刺した。村を訪れた冒険者が姿を消したのは、何らかの偶然で彼らの領域に踏み込んだのが原因ではないか、と推測している。好奇心のまま飛び込んで突然の別離なんて御免だぞ、とアキラに念を押されたシュウは唇を尖らせて。
「分かってるって、ちゃんと『ごめんください』つってノックくらいするよ」
「こちらの声が伝わればいいんだがなぁ」
翌日、夜明けとともに、三人はウォルク村を目指しマーゲイトを出たのだった。
+
焚火の灯りで地図を確認していたコウメイは、テントから出てきたシュウに苦笑いでコレ豆茶をすすめた。
「すげぇ声だったけど、アキのやつ死んでねぇか?」
「死ぬわけねーだろ、ただのマッサージだぜ」
そのわりには断末魔の悲鳴か、悶絶の呻き声のようだったぞと、コウメイは心配そうにテントを振り返った。
「理学療法士直伝のスペシャルなやつだから、すげー痛いけど効くんだぜ。コウメイの脚も揉んどくか?」
「遠慮する」
シュウがサッカー部時代に習得したマッサージ技術を駆使して、痙攣するアキラの脚を揉みほぐしたのだが、火の番をするコウメイのところまで聞こえてきた声は、本当にマッサージなのかと心配になるほどだった。
「明日、使いものになるのか?」
「ほぐした後に薬草みてーなよくわかんねーの塗ってたし、冷やせって言ったら魔術かけたから、明日の朝には何とかなってるんじゃねーかなー」
「唐揚げを冷凍保存するのとは違うんだぞ……」
コウメイはシュウの言葉と悶絶マッサージを信じることにした。テントの隙間から見えているアキラの脚はピクリとも動かないが、対処する手段を持たない自分が心配してもどうにもなるものではない。
「道が消えてんのに、地図見る意味あるのかよ」
シュウはコウメイから地図を奪い眺めてみたが、すぐに諦めてしまった。道や建物でわかりやすい町の地図と違い、山の形だとか、目印の岩や傾斜や川などが書かれている地図では、自分たちが野営するこの場所がどこなのかも分からない。早々に地図を返されたコウメイは、分岐からの道をなぞってここだとシュウに示して見せた。
「やっぱりわかんねーよ。村までどれくらいかかりそーなんだ?」
「地図上だと、ここから村までは半日もかからない距離なんだが、道がなくなってるからな、迷わないように慎重に進むことになる」
アキラの脚がどれだけ復活しているかにもよるが、一日はかかるだろうとコウメイは判断していた。
「俺が先行して探してきてもいいんだけど」
「やめとけ、単独行動で魔物に囲まれたらどうする」
「ここの森の魔獣も魔物もたいしたことねーのに」
「本当にたいしたことねぇなら、村は滅んでねぇんだぜ」
「……りょーかい。単独行動はしねーよ」
パチパチと薪が爆ぜる。結界魔石の内側は静かなものだが、その外は魔獣がうろつき、魔物が闊歩している。コウメイは結界越しに魔物たちを観察していた。
「ゴブリンに青銅大蛇、巨大コウモリに縞小熊に銀狼か。多様性はあるが、特徴のある森じゃねぇな」
どこの森にでもいる魔物と、その森にしかいない魔物というものがある。銀狼はどこにでもいるが、ヘルハウンドは限られた場所にしかいない。冒険者たちによく知られているのは、ヘル・ヘルタント国の北寄りの森と、オルステイン国の国境の森、そしてナナクシャール島くらいだ。
「ほんとにここにヘルハウンドがいるのかよ?」
周囲に意識を向けたシュウも、気配がしないと不満そうだ。
「さあな。ギルド長が襲われた経験があるから、いないとは言い切れないだろう。ただ村を襲った魔物を見たのは元住人だけみてぇだし、デカい狼に襲われたと証言したのを、冒険者ギルドがヘルハウンドだと判断したのかもしれねぇな」
「でけー狼ね」
結界の外を走る銀狼の大きさを見たシュウは「見間違うサイズじゃねーだろ」と呟いたのだった。
+++
森の朝は暗い。
木々に遮られ太陽の光が届かない薄暗い森を、三人は早朝から歩き進んでいた。コウメイが地形と地図を照らし合わせながら進行方向を定め、時にシュウが魔物を追い払う。拷問かとも思えるマッサージのおかげか、一晩の休息で回復したアキラの足運びは順調だ。
「このペースなら村には明るいうちにつけそうだぜ」
昼食のために火を焚いた場所で、魔鹿肉の串焼きを食べ終えたコウメイが、地図を取り出してそう言った。
「現在地がこの辺りだろ、村がここだから」
「……ここから先は傾斜もほとんどないようだな、正直助かる」
昼食休憩は最低限にとどめ、三人はウォルク村を目指した。森の中に拓かれた村だと聞いていたが、三十年も経っているのだ、元の森へと戻ってしまっている可能性も高い。それらしい痕跡を見逃さないようにと、周囲に注意を払いながら歩き進んでいた時だった。
「コウメイ、ちょっと待て」
「休憩か?」
呼び止められ、脚が限界なのかと振り返ったコウメイは、アキラが右手斜め前方を探るように凝視していることに気が付いた。
「アキ?」
「たぶん、あっちだ」
そう言って方向を変えたアキラの後を二人が追いかけた。
「自信満々じゃねーかよ」
「気配でもしたのか?」
「薬草だ」
「は?」
拓かれたような空の見える明るい場所で足を止めたアキラは、屈みこんで生えている草をいくつか手に取って確かめた。赤い葉、白縁の草葉、茶の斑点の散る葉、どれもこれもアキラには見慣れたものばかりだ。
「確かウォルク村が農耕で育てていた作物は、芋類と薬草だったはずだ。ここにはユーク草にセタン草、サフサフ草もユルック草もヤーク草もある」
「トラント草もあるな」
コウメイは黒縁の草をちぎり取ってその匂いを嗅いだ。最近は薬草採取をしていなかったのですぐに気づかなかったが、アキラの指摘のままに茂みを見てみれば、雑草に紛れるように数多くの薬草が面白いほど群生している。
「一か所に集まりすぎてるな」
「ここは村の薬草園だったんじゃないかと思う」
村が滅びた後、薬草園は森に還り、雑草に囲まれながらも子孫をつないできたのだろう。薬草園の跡地がここだとすれば、村もそう遠くはないはずだ。地図で方向を確認して、三人は木々の間を進んだ。
「……何かあるぜ」
足裏に感じる地面の感触が硬いと、コウメイは足で枯葉を払いのけた。
「石にしちゃ、不自然だな」
「へー、石が平たいぜ」
「加工された石だな。この辺りの枯葉をどけてみてくれるか」
コウメイが見つけた石を中心にほとんど土と化した枯葉をかき払うと、同じような平たく切り削られた石が、隙間なく敷き詰められている道があらわれた。横幅は一メートルもない狭さだが、足元から先へと続いている。
「こりゃキッチリ整備された道だぜ」
「ああ、この先がウォルク村か」
こんな森の奥深くに石を敷く理由は他にない。コウメイを先頭に硬い感触をたどって進んでゆくと、大きく拓けた場所に出た。
木々の空を切り取って、広がる空。
太陽の光を反射して、キラキラと風に揺れる雑草が眩しい。
「……ここが」
ウォルク村の、跡地だ。
森の中にぽっかりと開いた広い空間を、木々の陰から眺めた三人は、それぞれの想いのこもった息を吐いていた。
「何もねーのかよ」
所々にこんもりと盛り上がった部分もあるが、雑草に覆われているそこは、長い間、人は誰も踏み込んでこなかったのだとわかる。
「ここまで何もないとはな」
「建物の残骸も、何も残ってねぇんだな」
「三十年、だからな」
三人は探りながら雑草をかき分けて進み、広場の中央に立った。サッカー場より狭いなとシュウが呟いた。盛り上がった雑草を調べたコウメイが、ここに何かあるぞと二人を呼ぶ。
「ここにも加工された石があるぜ。道路っぽくねぇけど」
「建物の土台だな」
アキラが風魔術で周辺の雑草を刈り取ると、地面に半ば埋まった、等間隔に配置された石が出てきた。雑草に隠されていたのか、柱や屋根だったと思われる朽ちた木材もいくつも見つかった。苔に覆われ、草が生い茂るそれを触ると、ボロボロと土のように崩れる。
「盛りあがっているところは家のあった場所のようだな」
広場から見て北西に四、五軒ほど、北東の端の方にやはり数軒分の家の残骸があるようだ。
「村の中央が畑で、囲むように家が建つ配置か」
雑草の中に咲く紫色の花は白芋の花ではないだろうか。少し離れた場所には丸芋の葉とよく似た雑草が群生している。
「じゃあ真北にあるでっかい煉瓦の壁は、村長の家だったのかもな」
「ほんとーに壊滅してたんだな……」
シュウの声は深く沈んでいた。自分の目で朽ち果てた村を見たことで、ようやく実感が湧いてきた。村は滅びたことになっていても、実は獣人族たちだけは生き残ってひっそりと隠れ暮らしているのではないかと、そんな期待を持っていたのだ。だが目に見える範囲からはそのような気配は微塵も感じ取れない。
コウメイは力づけるようにシュウの背中を叩き、手がかりを探そうぜと励ました。
「アキ、全部の雑草を切り払えるか?」
ぐるりと見渡した村は住人三十人にしては随分と狭い。
アキラは腰のベルトからミノタウロスの杖を取って地面に突き立てると、村の広さに合わせて魔力量を調節し、風刃の魔術を地面に沿わせて撃ち放った。彼を中心に風刃が雑草を切り払い広がってゆく。刈り払われた雑草を風魔術でかき集め、広場の一部にまとめて積み重ねて置いた。
「全自動芝刈り機は便利だなぁ」
ザシュ。
風刃が小石で跳ね返り、コウメイの足先に突き刺さった。
「危ねぇだろ、アキ」
「全自動だ、俺のせいじゃない」
「じゃれてねーでさっさと調べようぜ」
シュウは朽ちた家屋に立ち入っては、廃材を退かし、割れた瓶や錆び朽ちた鍋釜を取り除き、何か手掛かりはないかと目を凝らしている。
廃屋とも呼べないほどに変わり果てた残骸からは、かつての住人らをうかがえるものは見つけられなかった。当然獣人族の領域への手掛かりもだ。
「魔力的な隠蔽っぽいもの、何も見えねぇんだよな」
眼帯を外して廃材の下や石の影までも入念に探したのだが、コウメイの義眼には隠匿された魔術は映らない。
「残るは北の一番でかい家屋跡だな」
村の役場か村長宅と思われる家屋は煉瓦造りだった。天井は崩れ落ち壁も腰のあたりの高さで打ち砕かれていたが、わずかに壁や柱が残っていた。
「玄関に台所に、居間かな? 奥の広い部屋は寝室か」
「コウメイ、見えるか?」
「いや、ここにも何もねぇな」
残された煉瓦の壁にも、柱の跡にも、朽ち落ちた床板の下の地面にも、どこにもそれらしいものは見つけられない。
「何か気になることがあるのか?」
「気になるというか、何か引っかかるんだ……なんだろう?」
アキラはしきりに首を傾げながら煉瓦や柱石を確かめている。
散らばる煉瓦を拾っては投げ、手掛かりを探していたシュウは、諦めたように息を吐いた。
「ちくしょーっ」
シュウは悔しさを、拾った煉瓦に託してそのままぶつけた。
投げつけられた煉瓦が、地面から突き出ていた柱石に当たり砕ける。勢いのままシュウはその柱石を蹴った。
「危ないじゃないか」
「八つ当たりはやめろよな」
跳ね返った破片がアキラの手をかすり、コウメイの頬に当たっていた。傷になっていないかと頬に手をやったコウメイは、義眼に映る視界の隅に、陽炎のようなゆがみをとらえた。
「シュウ、足元だ!」
コウメイの声と同時に、シュウの立つ地面から魔力の光が滲み浮かんだ。
「は、え、えぇーっ?」
「魔術陣!」
アキラが魔力の光を読み取り、その正体を察した時にはすでに遅かった。
柱石を中心にして展開された魔術陣が、三人を囲い込むように広がっていた。