19 口裏合わせ
※16 島を去る人々 のカートが島を出るエピソードの説明、内容修正しています。16の時点で「カートはまだ島を出ていない」となります。よろしくお願いします。
雷蜥蜴の蒸し焼きに茹でた丸芋を添えたメインと、乾燥野菜とハギ粉団子のスープで空腹を満たしながら、三人は互いの不在期間の情報交換に忙しかった。
「矢継ぎ早に喋る五人のアレックスに囲まれたみてぇなものか」
アキラの話を聞き、うんざりしたコウメイの比喩はあながち間違いではない。
「エルフの領域か……なんか俺らは絶対に踏み込みたくねぇな」
「すげー押しが強そうだし、話が通じねー感じ?」
「向こうが聞く気になれば通じるが、話す順番を待っていては一生口を開くことなく終わりそうだったな……寿命の割に短気な連中だった」
思い出すだけで疲れが蘇ってきそうだとアキラは頭を振る。
コウメイが引っかかっているのは転移者のエルフの事だ。聞く限りの想像だが、相当に精神的に参っているのではないだろうか。
「サカイさんの事が気になるが、どうしようもねぇよなぁ」
「彼を案じるエルフがいた、俺たちがお節介をする必要はないと思う」
彼が介添えしていた赤毛の老夫人は、サカイのためにアキラをあの場で救い出したのだろう。同郷の存在が多少の救いになるかもしれないと考えたのだろうが、残念ながらその期待には応えられない。
「アキがあっちにいたのは約半日なんだな?」
「ああ、島からあちらに転移したとき空は明るかった。エルフの領域を脱出したのは夜だ。彼らは黒の刻と言っていた」
「時間の流れが違うのか、厄介だな」とコウメイは後ろ頭をいらだたしげに掻いた。
「リアルに浦島太郎だった可能性もあるじゃねぇか」
「竜宮城のような歓待はなかったぞ」
「じーさんとばーさんが茶をおごってくれたんだろー?」
「いわれのない説教付きだったがな」
「誘われても行きたくねー感じだなー」
「行くなら三人そろってじゃねぇと、生きて再会できるかもあやしいぜ」
時間の流れが違いすぎる、あちらとこちらに分断されるのは危険だとコウメイは渋い顔だが、アキラはそれほど恐れていなかった。自分から近づかなければいいのだし、時差が生じた原因も把握している。
「時間がずれたのは、帰り道に仕掛けられた罠が原因だと思う」
サカイが「時間をかけるな」と繰り返したのは、こうなることを知っていたからだろう。人族に恨み辛みのあるエルフ族は、迷い込んだ者を追い返すだけでは溜飲が下がらず、罠を仕掛けていると言っていた。その罠がこの時間のずれなのだろうとアキラは確信していた。本当に底意地の悪い罠だ。
「往復に罠さえなければ、時間がずれる事はないと思う」
「何だよ、アキはあっちに行きてぇのか?」
「冗談じゃない、あんな気の休まらないところは二度とごめんだ。ただ、アレックスが行方不明な間は無関係でいられそうにないからな……」
「あいつ、あっちにもいねーのかよ」
いったい何処をぶらついているのだろうか。
「アキは、アイツの所在がはっきりするまでは、エルフ族が接触してくる可能性が高いと考えてるんだな?」
「ああ。彼らはアレックスの不在にいらだっているようだった。あの腹黒が本来はどういう役目を担って島にいるのか知りたくもないが、何としても居場所を特定したいという雰囲気だった。帰ってないんだろう?」
確信を持った問いかけにシュウが大きく頷いた。
「しかし、アレックスに役目ねぇ」
「あいつに任せること自体が大間違いじゃねーの?」
「だよな?」
「全くだ」
長期の不在が続けば、彼らは狩りのたびにアキラを引っ張り込んで「アレックスは何処だ?」と問い詰めようとするのは予想できる。なんとしても幕の向こう側に連れ込まれないようにしなければ。
「それで二ヶ月の間に何か変わったことは?」
アキラの問いにコウメイは「さぁ?」と首を傾げた。
「俺はずっとここでキャンプしてたからな」
「コーメイ、ぜってー動かねーんだもんなー。テントも毛布も鍋もタライも、全部俺が運んだんだぜ」
目の前からアキラが消えた夜、二人は少しばかり派手なケンカをした。シュウは魔法使いギルドに戻ってミシェルに助けを求めようと主張したが、コウメイはアキラが戻ると意思を伝えてきたのだからここで待つべきだと譲らない。
「ミシェルさんはアレックスと親しいだろ、立場的に向こう側である可能性はゼロじゃねぇんだ。やぶ蛇になったら取り返しつかねぇからな」
だからアキラが自力で脱出してくるのをここで待つことにしたのだとコウメイは笑って言った。
二ヶ月間、一度もこの場を離れることなく、帰還を信じて待ち続けたその信頼が嬉しくもあり、くすぐったい。照れくささを隠すようにアキラは憎まれ口で返した。
「……酔狂だな」
「ほっとけ」
「仲いーよなー、ホント」
ニヤニヤ笑いながらシュウはコウメイに空になった椀を差し出した。ハギ粉団子入りのスープはこれで三杯目だ。
「町の方はけっこー人が入れ替わったな」
コウメイとハロルドの連絡役を務めていたシュウから町の状況を聞いた。
「アキラがいなくなってすぐに新しい魔術師が三人来たぜ」
ミシェルが手配した補充人員だそうだ。黒級の薬魔術師に白級の魔道具師、そして黄級の攻撃魔術師だ。契約魔術を使える黄級が、しかも冒険者らに意見の言える攻撃魔術師が着任したことで島の治安は落ち着いているらしい。
「タラが出て行ったあと、コウメイまで帰ってこなくなっただろ、金華亭の料理人がいねーって大騒ぎになってたんだよ」
冒険者らは疲れた身体で食事を作りたくないし、下手な野営飯では食が楽しくない。なにより労働のあとの一杯を飲めないのはつまらないと不満が爆発した。
「ハロルドさんたちも錬金薬は作れても料理はできねーし」
「シュウがこっそりデリバリーしてたんだぜ」
コウメイが作った料理をこっそり配達していたが、いつまでも続けられない。本部に窮状を伝えて新しい料理人を探してもらい、ちょうど一ヶ月前に金華亭の営業が再開されたのだそうだ。
「こんな辺境で商売をしたがる料理人がいたのか」
「さすがに儲けの期待できねぇ店なんか誰もやりたがらなかったらしくてさ、やってきたのは元料理人だっていう借金奴隷らしい」
「けっこー美味い料理だぜ」
だが冒険者らには不評の声もあがっているらしい。
「潤いがねーってさ」
タラは契約魔術に守られた不可侵の存在だった。だが一日の疲れを酒と彼女の静かな笑みに癒やされていた男たちにとって、腕に入れ墨の入ったむさ苦しい料理人のしかめっ面を眺めながらの食事は、いくら料理と酒が美味くとも楽しみが半減するのだそうだ。
「コウメイが料理していたときと大して変わらないと思うが?」
「癒やしにはならねーけど、アキラがそれなりの潤いになってたらしーぜ?」
「……」
己のあずかり知らぬところで妙な役割を担わされていたと知ったアキラは、憮然とした面持ちで頭を抱えたのだった。
「他に変わったのは、腕輪付きたちだなー」
ウェイドが去った後は懲役奴隷の冒険者は一人もいなかったのだが、先日新しい腕輪付き冒険者の二十名が島に上陸している。
「ウェイドさんは役目を降りたんじゃなかったか?」
「あ、監督役も入れ替わったんだぜ、今度のはすっげームッキムキの女の人だ」
「……大丈夫なのか?」
女性の中にも凄腕や二つ名持ちの冒険者はいる。だが二十人もの犯罪奴隷は並大抵の力では押さえ込めない。ベテランのウェイドですら苦労していたのだ、女性の身で……と心配するのも当然だろう。
「あー、大丈夫だと思うぜ。一対一の勝負でジーニーに勝てる奴はいねーよ」
「そんなに強いのか?」
「ダッタザートにすげーのいただろ、ああいうタイプだ」
コウメイが負けそうになった女冒険者に似ていると言ったシュウの台詞に、アキラは両手に痛みが走ったような気がして守るように胸に隠した。
「まさか、赤毛じゃないだろうな?」
もしも燃えるような赤毛のマッチョな女冒険者だったとしたら、と考えるだけで寒気がしてくる。コウメイも死闘を思い出したのか苦々しい表情だ。
「真っ黒な爆発したみてーなチリチリの髪だぜ」
どうやらグウェンでも、その血縁でもなさそうだと安堵した二人だった。
「アキラが戻ってきたらハロルドさんが喜ぶだろーなー」
「ギルドの手は足りてるんじゃないのか?」
「港に居座ってるヤツはアキラじゃなきゃどーしよーもねーだろうって頭抱えてたぜ」
「港?」
「でっけーイカ」
「タコだろ」
「……まだいたのか?」
あと一ヶ月もすれば春、海水温が上昇しはじめる時期だ。あれほど茹だりたくないと騒いでいたのに何をのんびり居座っているのか。
「先月からクラーケンが港にいることが多くなってさー、定期船が入ってこれなくなってんだよ」
巨大海洋魔物が港にいる間、定期船は安全な沖で停泊するしかなく、予定通りの運行ができなくなっていた。数鐘待たされるくらいならいいが、長いときは二日も港に入れず大変だったらしい。
「早く戻ってきてアイツを追い払ってもらいてー、ってのが最近のハロルドさんの口癖なんだぜ」
「手に負えねぇ案件は全部アキの担当になっちまってるなぁ」
「……夏までここでキャンプしないか?」
いっそ茹だってしまえばいい。
「ハロルドさんの胃がもたねぇって、さっさと帰ろうぜ」
二ヶ月ぶりにベッドでゆっくり寝たいと苦笑いのコウメイだ。振り返ってみればテントには随分と多くの生活用品がそろっていた。鍋に調理器具に皿だけでなく、枕に毛布に着替え、風呂と洗濯兼用のタライにボールと数冊の本まである。
「本当に、二ヶ月も経ったんだな」
島の変化を聞いても実感はわかなかったのだが、二人の伸びた髪や、しっくりと馴染んだテント生活の風景に、ようやく知らない間に冬が過ぎてしまったのだと受け入れることができた。
「アキのいない間に、サツキちゃんから誕生日プレゼントの菓子が届いてるんだぜ」
「サツキから?」
そういえば失った時間には自分の誕生日もあったのだと気づいたアキラは、妹からの贈り物を受け取り損ねたと悔しがった。
「心配するな、誰も横取りしてねぇよ」
「ギルドの金庫で保管してるぜー」
「……さすがにもう腐っているだろう?」
久しぶりに妹の菓子を堪能したかったのに、これも全てエルフ族のせいだ。アレックスの行方さえ分かっていれば、余計な足止めや嫌がらせも無かっただろうと思うと、恨みつらみは全て腹黒陰険細目の昼行灯に向かう。姿を現せばひっ捕まえて顔面に一発入れてやると誓ったアキラだ。
「大丈夫だぜ。魔術保管箱ってヤツに入って届いたけど、それ半年はよゆーで生もの保存できる優れものらしーから」
「……かなり高額な魔道具じゃないのか?」
とても個人で購入できる魔道具とは思えないと顔色を変えるアキラの肩を、コウメイがなだめるように叩いた。
「定期的にミシェルさんが菓子を注文してるだろ、そのルートでアキ宛てのプレゼントが届けられたらしいぜ。さすがに行方不明だとは言えねぇし、戻ってきたときにがっかりするだろうからって、特別に魔術保管箱を貸してくれるってさ……レンタル料はふんだくられそうだけど」
そのうち請求するそうだぜ、との伝言を聞いたアキラは頭を抱えた。サツキの菓子は大枚はたいてでも死守したいが、ミシェルの要求が金銭とは限らない。
「また何か厄介事を押しつけられるのか……」
「島暮らしも休暇とはほど遠いしなぁ」
「リゾートライフって、普通はもうちょっとのーんびりだよな?」
春の終わりに島にやってきてから八ヶ月、多少は休暇のような日々も過ごせたが、大半は何かしらの面倒事の防止や解決や後始末に奔走していた三人だ。
「ギルドに人員が補充されたのなら、俺がアレックスの代理を務める必要はないな」
表で最も重要な入島者の管理と契約魔術は、新しく着任した魔術師で間に合うのだ。
「隙を見て島を出よう」
「いいのか? エルフどもはどうする?」
「アレは職場放棄している細目の仕事だ」
正直言って、魔法使いギルドとエルフ族の間にどういう密約があるのかも、彼らが島をどのようにあつかおうとも、アキラの知ったことではないのだ。
「ならさー、迷宮都市ってトコ、行きてーな」
「山の中だぞ?」
大陸の真ん中にある山脈に囲まれた冒険者の街だ。鉱山跡ではないはずなのに、その名の通り複雑な迷路のような構造の遺跡がいくつもあり、そこを半分は観光施設として、もう半分は冒険者らの狩り場となっていると噂で聞いていた。
「俺はのんびりしてぇなぁ」
「どこかに引きこもって読書三昧がいい」
「おめーらインドア過ぎ!」
目的地はともかく島を出るという意思を確認した三人は、どうやって脱出するかを話し合うのだが妙案は出てこない。
「転移はできないぞ。あれは魔法使いギルドの承認が必要だ」
「ふつーに船に乗ればいいんじゃねーの?」
「定期船は密航できるほど大きくねぇぜ?」
乗船にはギルドの承認が必要だし、荷物と少人数の乗客を乗せればいっぱいになる小さな船だ、隠れる場所などありはしない。
「……アキがイカに話つけるのはどうだ?」
コウメイがクラーケンに大陸まで送り届けてもらえるよう交渉できないだろうかと問うた。
「いーね、おもしろそー」
「海中に潜ったら溺れ死ぬぞ」
コウメイとアキラは魔法でなんとか呼吸を確保できても、シュウは確実に溺れるだろう。それにあのぬるぬるの吸盤に絡め取られるのは気が進まない。
「もーさぁ、船が出るときに飛び乗っちまえばなんとかなるんじゃねーの?」
船が島に引き返そうとしたら、船長を脅して命令すればいいとシュウは言いきった。
「シュウ、それ犯罪」
「島にUターンする理由つくってどうすんだよ」
「なら他に何かいい脱出方法があるのかよー」
「こうなったら船を作るしかねぇな」
材料は森から切り出してくればいいのだ、イカダくらいなら簡単に作れるだろうと言うコウメイに、アキラは「漂流する未来しか見えない」とダメ出しをする。
三人は再会の喜びもあってか、荒唐無稽な島からの脱出方法をアレコレ論議しながら、夜を楽しく過ごしたのだった。
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狭いテントに横になり、互いの寝相に文句を言いながら眠りに落ちた三人は、翌朝しっかりと寝過ごした。太陽が高い位置にのぼるころにようやく起き出すと、簡単な食事をとった後、テントを畳み、二ヶ月分の荷物をまとめあげる。
町へと向かう森で見覚えのない冒険者数人と顔を合わせた。彼らはシュウと気安げに挨拶を交わして「また荷運びかよ」と笑い、コウメイを見て「とうとう森を出るのか」と驚き、アキラに気づくと目を丸くして言葉を失う。
「……おまえら、どこから美人をさらってきたんだよ?」
「俺らの仲間だよ。ちょっと事情があって隠れてただけだ」
コウメイの曖昧な言い訳とアキラの愛想笑いで彼らを煙に巻き、街を目指して足を速める。
森を抜け、まっすぐにギルドに向かった。久しぶりに顔を出したアキラは、見知らぬ魔術師に奇異の目で見られた。
「どちらさまで?」
船が着いたわけでもないのに新顔が現れたら、警戒するのは当然だ。刺々しい声を出した黄ローブの魔術師をなだめ、ハロルドが出迎えた。
「無断での長期不在は困りますね」
「……ご迷惑をおかけしました」
何らかの事情があるのだと察しているらしいハロルドは、叱りつけるような言葉とは裏腹に、アキラの帰還を満面の笑みで歓迎し、その肩を叩き無事を確かめると、そのままがしりと掴んで桟橋へと押し出した。
「早速で申し訳ありませんが、あのクラーケンをどうにかしてくださいますか?」
十一月から沖あいに住み着いていた巨大海洋魔物は、湾の出口を塞ぐようにして浮かんでいた。
『もぉっ、やあっと帰ってきたのね! 待ちくたびれたわよぉ~』
待ち人を発見して興奮したせいか、それとも上昇しつつある海水温の影響か、クラーケンの全身がほのかに色づいているように見える。桟橋の端に立ったアキラに向けて、嬉しそうに海面を叩く。勢いよくおし寄せる波は桟橋の上まで達し、引き潮がアキラの足をさらっていきそうになった。
『見てよっ、あんまり遅いからアタシが茹だっちゃうところだったじゃないの!』
赤みがかった表皮を見せつけるようにその脚を振り回すと『故郷に帰る前にお礼をしたかったのよ』と言った。
「お礼?」
『いっぱいご馳走してもらったじゃない、遠慮しないで受け取ってちょうだい、ね?』
全身をしならせるクラーケンは、まるでウインクをしたかのように見える。『ちょっと待っててね』と力をため込むように身を縮め、その反動で何かを吹き出した。
「なっ」
「危ねぇっ!」
顔面に向けて何かが迫っているが、目が捉えきれない。避けられそうにないと半ば諦めかけた瞬間に、コウメイに押し倒されていた。二人の髪を弾いて通り抜けたそれは、シュウのみぞおちを直撃する。
「っでぇーっ」
頑強な肉体を持つ獣人族でなければ、とても無事でいられなかっただろう。鍛えあげた筋肉に弾かれたそれは、ゴトリと重い音を立てシュウの足元に落ちた。
「……またこれかよーっ!!」
腹をさするシュウが、腹立ち紛れに蹴ったそれを、コウメイがキャッチしアキラに手渡す。
「虹魔石……」
『またねぇ~』
ひらりひらりと何本もの脚を振りながらクラーケンは海中に沈み消えた。
「……また遊びにくるそうだ」
「断ったんだろうな?」
「そんな暇があったと思うか?」
海水温が下がる冬までの間に、何としてもこの島を脱出しよう。三人は魔術師たちの視線から隠れるようにうなずき合ったのだった。
次の話で第4章は終了です。




