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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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16 島を去る人々


 熊獣人たちにとって人族が多くいる島は居心地が悪いのだろう。ミシェルが作った幻影の魔武具を受け取ったエルズワースらは、その日のうちに島を去った。


「シュウ、通行証を渡しておこう」


 転移部屋に入る直前に、エルズワースは首から提げていたペンダントを外すと、見送りにきたシュウに手渡した。


「これを身につけていれば、俺たちの村のある領域に入ることができる」


 革紐にくくりつけられているのは獣の牙だ。彼の二人の仲間も同じものを身につけている。


「俺に渡したらあんたが村に入れなくなるんじゃねーの?」

「心配ない。それは自力で境界を越えられない半人前の頃に持たされる、鍵のようなものだ。今の俺はそれがなくても自在に出入りできる」


 これを持たずに境界を越えたために、幼いエルズワースは戻れず人族にさらわれることになった。鍵に頼らずに往来できるようになってからも、獣人たちはお守りのように持ち歩いているものだが、彼はこれを必要とするシュウに持たせたいと言った。


「いいのかよ」

「シュウは種族が違うからな、それがなければ訪ねてきても入れないのだ」


 彼の大きな手が覇気のないシュウの肩を優しく叩いた。

 エルズワースはシュウの葛藤を理解していた。獣人族はみな完全獣化を制御できるようになるまでの間、一族に見守られ助けられる。一人前になろうとする仲間を、肉体的にも精神的にも殺してしまわないように、一族総出で育てるのだ。シュウが故郷を持たない流れ獣人族だとアレックスから聞いていたエルズワースは、この狼獣人を育てる一族がいないのなら、自分がその役目を担おうと覚悟を決めたようだった。


「困ったことがあれば訪ねてこい」

「俺は……」


 獣人族であるエルズワースらの常識は、シュウには理解できないことも多い。だが本当に大切で守らなければならないもの、譲れない核となるものはたぶん同じで、そこが嬉しく、それに救われた。


「どうにもならねーってときは助けてもらいに行ってもいいか?」

「もちろんだ、遠慮はするな。心を殺す前に必ず来い」

「……ありがとう」


 シュウがペンダントを首に提げるのを見届けると、エルズワースは仲間とともにミシェルに送られ島を去って行った。


   +


「新しいサークレットは問題なく作動しているようね」


 ミシェルが作り直した魔武具は、獣人の力を増したシュウに合わせ、より強力な術式と魔石を使用している。何度目かの調整を終わらせ、これでしばらくは大丈夫だろうとミシェルが太鼓判を押したが、シュウは不安そうに額の輪を指でつついた。


「しばらくって、何か不安だなー」

「獣人族についてはわたくしもそれほど詳しくはないのよ」


 肩をすくめた彼女は、人族とは異なり、亜人族は常に変化する種族だからと苦笑いを見せた。


「シュウから採取した最新の情報にあわせて調整してあるけれど、今回のようにまた新たな変化があればそのサークレットも壊れるでしょうね」

「壊れたらどーすりゃいいんだよー」

「アキラに製法を叩き込んでおいたから、安心してちょうだい」


 シュウが目覚める前から、アキラは幻影の魔武具作りを手伝わされていた。アレックスやリンウッドが彼に応用ばかりを教えて困る、まず基礎を叩き込めと主張していた彼女が、自らの発言を投げ捨ててレシピだけを叩き込むことになったのは皮肉だ。


「いいかシュウ、絶対に壊すなよ」

「それって直せねーって事じゃねーのかよ」


 なんとかミシェルから「可」をもぎ取ったアキラは、精根尽き果てたとでもいうようにやつれていた。


「あのな……魔術式の転写だけでも神経を使う繊細な作業なんだ、それにシュウの状態に合わせた調整をかけるんだぞ、どれだけ大変な仕事か分かるか?」

「悪い、全然わかんねー」


 アキラは眉間に刻まれた深いしわを揉みながら無力感に唸った。


「アキは、ボール二個でリフティングしながら飯食って同時に買い物の代金を計算してるようなものだって言いたいんだよ」とコウメイがシュウにわかりやすい比喩で説明すると、彼は「ぜってー無理」と両手で×を作った。


「リフティングしながら飯食うのはよゆーだけど、計算なんかしたらぜってーボール落とす」

「そっちは余裕なのか……」

「脳筋め」


 シュウにとってボール二個はそれほど難しくはなかったらしい。例えが悪かったかと焦ったが、大変さは理解しているようなので良しとする。


 ミシェルはアキラの杖の再製作にもかなり細かな助言を与えていた。彼女の杖の多彩さが性に合うらしく、アキラから似たような杖を作りたいと乞われ、設計の段階からアイデアや経験を惜しげもなく放出した。


「いい杖ができあがったじゃねぇか」

「キラキラしてるとこなんか、スゲー似合ってるよなー」


 ベルトに引っかけてある出戻りの杖が不気味に色を変えたが、四人はあえて存在を無視した。


「元冒険者というだけあって、ミシェルさんの杖は実用的で面白いですね」

「非力なわたくしに直接攻撃の手段があるとは思わないでしょう? 油断を誘って不意打ち狙いだから、絶対に打ち漏らさないように巧妙に仕込まなければならないわ」

「仕込み杖とか、ロマンだよなー」

「あんまり物騒なのは勘弁しろよ」


 ミシェルとともに設計したアキラの新しい杖は、太陽に溶かした金に虹魔石の粉末を練り込み、鎧竜の鱗を研磨して魔術陣を刻み込んでいた。芯となる柄には守りの大樹の古枝を使い、魔石は少しばかり小ぶりなものを選んでいる。


「ミシェルさんのは蕾みてぇだが、アキのは新芽か?」


 木の枝そのものの形状をした金の杖の表面には、まるで樹皮のように鎧竜の鱗が貼られており、先端には春の新芽のような膨らみがあった。魔石は持ち手の、常にアキラの指が触れる位置に埋め込まれている。


「あんまり杖っぽくねーよなー」


 ミシェルの杖は丈が長く魔術を発動させている様子は錫杖のようだし、アレックス製の杖はステッキというのが相応しい形状だ。そして今回アキラが完成させた杖は、指揮棒(タクト)に近いコンパクトですらりとした杖だった。


「どうやって使うんだ?」

「……そうだな、試してみるか」


 コウメイらを連れて森に入ったアキラとミシェルは、木々のまばらな拓けた場所を選んだ。最初は障害物の少ない場所で慣らすつもりのようだ。


「まずは魔術を発動させる触媒としての使い方だ」


 木の枝を持つように構えたアキラは、タイミング良く襲ってきた縞小熊に向けそれを振った。新芽を模した鎧竜の鱗から風刃が飛び出し、縞小熊の首を跳ね飛ばす。


「魔力の流れはどう?」

「引っかかりはありませんが、もう少し反応が早いほうがいいです」


 水の槍、炎弾、土礫とよく使う魔術を試した結果、再調整が必要だと二人は結論づけていた。


「仕込みの武器を早く見せろよー」

「花でも咲かせるのか?」


 木の枝からの連想はそれくらいしか思いつかないというコウメイに、ミシェルは含み笑いで答えた。


「ではコウメイ、手伝ってちょうだいな」

「……なんか嫌な予感がするんだけど」

「作動確認だけだ、殺傷力は持たせないから安心しろ」


 アキラの言葉に余計に不安がつのったが、周囲に手頃な魔物の気配を見つけられないのだ。仕方ないとため息をついたコウメイは、一人離れた位置に立った。斬れるようなら斬ってもいいと指示され、片手剣を抜き構える。

 杖を握りなおしたアキラは、金の枝に魔力をまとわせた。練り込まれた虹魔石が光を放ち、剣竜の鱗がざわりと波うつ。先端の新芽にまで魔力が満たされたのを確かめたアキラは、杖を握った腕を高くあげると、コウメイを狙って振り下ろす。

 顔面を狙って飛んできた金色の何かを、コウメイは剣で斬り払った。


「なにっ?」


 確かに斬ったと思ったそれは、力を吸収するように柔らかく曲がり、そのまま剣に絡みついていた。アキラがくいっと手首を返すと、コウメイの手から剣が奪い取られていた。


「鞭かよ!?」


 波状にうねりながら剣を奪って逃げた金の鞭は、アキラの手元で枝の姿に戻る。


「動きは悪くないようです。細部まで魔力を満たせていますし、反応も悪くありません」

「剣竜の鱗はどう?」

「形状を保てていますから、不具合の心配はなさそうですよ」


 魔力によって鞭のように伸縮し動く杖の状態を検分する師弟を、コウメイとシュウは複雑で微妙な顔で眺め、ひそひそと隠れて言葉を交わした。


「鞭だぜ、どーする?」

「どうするもなぁ……頭痛ぇよ」

「すげー似合うし」

「似合いすぎだ」

「女王様?」

「やめろ、アキに聞こえたら」

「コウメイ、斬ったときの感触はどうだった?」


 こそこそと感想を呟いていた二人を振り返ったアキラは、コウメイに金の鞭への感想を求めた。頭を抱えていたコウメイは腹をくくると、表情筋を総動員した笑顔で首を横に振った。確かに間合いはとれるが、鞭を敵が掴んだとき、あるいは敵に掴まれたときのデメリットも多い。魔術師は遠隔攻撃が売りなのだから、余計な小細工をするよりも正統派の魔術師の杖を強く勧めた。


「俺としてはアレックスの作った杖の方がアキに向いてると思うぜ」

「……確かに、能力的に不足はないんだが」


 ベルトに引っかけたままの杖に視線を落としたアキラは、魔石の色の変化を見て眉をしかめた。この杖は制作者と同じで得体が知れず不気味だ。使い勝手はいいのだが、それを上回る精神的疲労感を押しつけられるので極力使いたくない。


「俺はさー、新しい杖にスゲー回復魔法とかを期待してたんだけどー?」


 サイモンの治療魔術を埋め込んだ黒檀の杖は、そこそこの戦闘でも使いどころが多く役に立っていた。新しい杖には上位の治療魔術を期待していたというシュウの言葉に、アキラは気持ちが揺れたようだった。


「俺らは攻撃力への偏りがひでぇだろ、持ち歩く錬金薬にも限りがあるし、やっぱりアキには治療系を習得して欲しいよな、な?」


 錬金薬での治療には安全確保、治療薬の準備、塗布という過程が必要だ。アキラが二人の負傷に治療魔術を飛ばせば、短期終結が可能になる。シュウの意見にコウメイが理論武装でバックアップしたのが功を奏したのか、アキラはパーティーが必要とする魔術を備える方向に意識を切換えたようだ。


「となると、この形状では治療魔術の埋め込みは難しいな」


 杖の作り替えの相談をはじめたアキラを見て、コウメイとシュウは背中で硬く手を握り合ったのだった。


   +


 アキラの新しい杖が完成した。

 剣竜の鱗に様々な魔術式を埋め込んだ治療特化の杖だ。攻撃魔術が行えないわけではないが、真価は治療魔術の多彩さと効率にある。負傷の大小や毒の有無、呪痕も即座に治癒してみせる杖は、大陸を放浪する彼らの助けとなるだろう。


 アレ・テタルを離れていられるギリギリまでアキラを教育し、ナナクシャールの視察を行ったミシェルは、ハロルドに人員補充を約束し、アキラにはアレックスが戻るまでの留守番を命じて島を去った。

 強引に連れてこられたブレナンも、久々の冒険者生活を堪能したようで、ミシェルとともに満足げに島を去った。


 島を離れるのは海のスタンピードで島にやってきた面々だけではない。真面目な討伐とスタンピードの働きによって腕輪から解放されることとなった懲役奴隷らも、定期船が着くたびに一人また一人と島を去ってゆく。

 島の住人が半分ほど入れ替わったころ、最後に巣立ったのはタラだ。


「長くお世話になりました」


 身の回りの品をまとめた彼女は、深々とハロルドに頭を下げた。両親の残した借金のために奴隷として島にやってきた幼い彼女を見守ってきたハロルドは、まるで嫁ぐ娘を見送る親戚のおじさんのような気分だと笑顔で送り出す。


「みなさんがブレナンさんに口利きしてくれたと聞いています」

「アレ・テタルで食堂経営か。いろいろと珍しい調味料が手に入る街だ、楽しめると思うぜ」

「お守りだ、効き目はミシェルさんのお墨付きだから安心していい」

「何かあったらブレナンのおっさんに守ってもらうんだぞー」


 コウメイからは食材店のリストを、アキラからはネックレスタイプのアミュレットを、シュウからはボールを贈られたタラは、それぞれに感謝を込めて礼を言い、別れを告げた。


「できれば私がおばあちゃんになる前に、一度くらいはお店に食べにきてくださいね」


 タラが島を去った日から異動の申請を出し続けたカートは、増員の魔術師と交代で島を離れることが決まった。ハロルド曰く「タラを追いかけていった」のだそうだ。師匠の元ではなくアレ・テタルの魔術学校に編入して修行は続けるつもりらしい。

 金華亭は新たな料理人が着任するまでの間、コウメイが厨房を預かることになった。料理に文句はないが潤いが足りない、そう不満を口にしつつも、冒険者らは毎晩の料理と酒を楽しんでいる。


 最後の腕輪付きを見送ったウェイドが、自らも島を出ると挨拶にきた。


「王都で冒険者に復帰することにした」


 役所の雇われ仕事はこりごりだと言いつつも、大陸ではとうてい経験できない時間を過ごした島での日々は満足のゆくものだったようだ。


「アキラたちはずっと島にいるのか?」

「いや、俺は代理でここにいるだけだから、本職が戻ってきたら島を離れるつもりだ」

「ならば王都に拠点を置かないか?」


 シェラストラルは豊かな穀倉地と森に挟まれ、南は大海という恵まれた立地から、食にこだわりのある三人には住みやすい場所だと誘った。


「あんたらの腕前ならすぐにでも王都で名を挙げられるだろう」


 顔を見合わせた三人は、苦々しく切ない記憶の地を少しだけ懐かしく思ったが、ウェイドの誘いは断った。諸悪の王族の心配はなくなっているが、まだ十年だ、戻るのは早すぎる。


 ナナクシャール島で変わらないのは、鍛冶職のロビンとギルドのハロルドだけになった。新たに島を訪れた冒険者は、船から眺める巨大海洋生物に腰を抜かし、入島手続きをするアキラに見とれ、砂浜フットサルに夢中になり、金華亭の料理と酒で一日を終える生活にすぐに馴染んだ。


 残り少なかった十一月が終わり、十二月に入った。

 南洋の孤島は冬だというのに日中はマント不用の暖かな日々が続いている。


   +++


「……帰ってきませんね」

「アレックスの『少し』は我々の数ヶ月ですからね」


 再びエルフの狩猟日が近づいていた。ロビンに発注していた剣竜素材の剣が間に合って安堵したコウメイは、数日分の野営準備を整えた。アキラは二本の杖を持ち、ミシェルから譲り受けたローブを身にまとう。シュウの背負子に食材とテントを積み込んで準備は万端だ。


「それではしばらく留守にします」


 三人は再びエルフの狩りの監視に森へと入った。大樹に魔石を与えて守りを強化し、腰を据えて見物する準備を整える。


「向こう側にアレックスの野郎がいたら、何としても捕まえるぞ」

「責任は責任者に取らせるべきだからな」

「それ無茶振りじゃねーの?」


 アキラ(部下)の失態に責任を取るのはアレックス(上司)の仕事である。不在を言い訳にはさせない。まともな引き継ぎもなしに長期間行方不明の細目が悪いのだ。島の南端の地形が少しばかり変わってしまったことをエルフが見咎めたときの保険として、アレックスの身柄はなんとしても確保したかった。


「はじまったぜー」


 夜空に虹色の薄幕が出現した。

 幕越しに見えるシルエットが森を走り回り、虹持ち魔物を次々と屠ってゆく。

 エルフの一軍は森を南下し、奈落の手前まできて動きを止めた。前回との差違に気づいたのだろう。数名のエルフを残し一軍は奈落へと狩り場を移した。


「どうやら、見逃してはもらえないようだ」


 崖の上に残った数人が、アキラたちを目指して戻ってきた。立ち上がったコウメイはアキラの横に並ぶと、その手を剣の柄に置いて余計な力みを抜いた。シュウはサークレットを外すと、いつでも獣化できるようにと身構える。


 アキラはどちらの杖を持つか迷い、相手がエルフならばと腹黒細目製の杖を選んだ。

 エルフは五人、こちらは三人。

 こちらとあちらを隔てる薄幕越しにしばらく探り合っていた両者だが、先にしびれを切らしたのはエルフ側だった。中央でふんぞり返ってる人物に指示され、端にいた一人がゆっくりと幕をかき分けた。


 境界がつながり、色と形が鮮明になる。

 藍色のくせ毛を束ねた背の高いエルフだった。黒い瞳でアキラをまじまじと観察し、頷いて背後の仲間を振り返る。


「……間違いあらへん、アレックスの系譜や」

「なら説明してもらわなな」

「顔貸してもらおうか」


 薄幕が、風になびき、アキラの顔面に貼りつくように視界を覆う。

 カーテンを扱うかのように幕をつかみ、顔から引き剥がした。


「ここは……」


 アキラは一歩も動いていなかった。だが彼がいるのは、武装した老若男女のエルフらが立つ、幕の向こう側だった。しかもこちら側は昼間のように明るい。

 振り返ると、虹幕越しに焦り慌てるコウメイとシュウの姿が見える。

 コウメイの手が幕をかき分けようと宙を掻いた。魔術攻撃を警戒したシュウがコウメイの肩を羽交い締めにし抑えている。二人とも声を張り上げて何かを叫んでいたが、その声はこちら側には届かない。


 退路を求めて幕をかき分けようとしたアキラの手が、藍色のエルフに掴み止められた。力が込められているように思えないのに振りほどけないのは、彼の魔力がアキラを縛り付けているからだった。抵抗するように手を引くと、途端に藍色の魔力が針のようにアキラを刺した。


「……つっ」


 この痛みは知っている。アレ・テタルの地下で経験した、あの痛みと同種類のものだ。

 藍色の彼だけではない、老エルフも栗毛の女性も、金の短髪のエルフも黒髪の青年もだ、彼らからは自分とは比較にならないほど大きく強い力を感じた。ここで抵抗しても無駄だ。地力に差がありすぎる。自爆覚悟で刃向かったとしても、彼らの攻撃を防ぐことも、逃れることもできそうにない。


「時間あらへんのや、早よし」

「……用が済めば、私をあちらに帰していただけるのでしょうね?」


 幕の向こう側でこちらに入り込もうとあがく二人を横目で見た藍色は、鼻で笑ってアキラの腕を引いた。


「アレックスといいジブンといい、あっち側の何がええんや? 理解でけんわ」


 老エルフらはすでに形を変えた崖のあたりまで移動済みで、アキラがたどり着くのを待っている。


「コウメイ!」


 アキラは声を張りあげ、虹色の幕越しに呼びかけた。

 声は届かなくとも、輪郭が虚ろだったとしても、こちらの様子を見て取れるはずだ。


「コウメイ、シュウ!」


 大きくはっきりと口を開け、繰り返し呼んだ。

 剣に水の魔力を込め、反撃の炎ともども虹幕を斬り破ろうとしていたコウメイは、アキラが何かを言おうとしていると気づき剣をおろした。

 幕越しに、確かに視線が合う。

 藍色の引っ張る力に抗いながら、アキラは唇を大きく動かした。


「必ず戻る」


 それを言うだけの時間しかなかった。

 届いたのかどうかはわからない。

 だが藍色に強く引かれて幕から離れる寸前に、アキラは視界の隅に、応えるように突き上げられたコウメイの拳を、確かに見たのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  鞭が似合いすぎる女王様は、なぜ自らそちらの方向性を探ったのでしょうね(笑) さりげなく軌道修正してくれる友人達のありがたみを知る時が来るのでしょうか。  使い(振るい)方の違いが、杖の形…
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