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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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15 苦くて甘い約束



 彼は独りだった。

 隙間もないほど多くの魔物に取り囲まれていたが、さほど脅威を感じていない。何故なら彼の攻撃は簡単に魔物らの腹を割き、頭を砕き、魔石を握りつぶせるからだ。力など入れなくとも、魔物らは泥人形のように簡単に形が崩れ足元に転がってゆく。

 呆気ない。

 つまらない。

 手応えがない。

 もっと戦いたい。

 強い敵と戦いたい。

 身体の奥底から湧いてくる欲望に応えるかのように、魔物が集まってきた。

 ゴブリンにワーラット、ちょこまかとうっとうしい。ワームに大蛇、邪魔だ。オーガ、柔らかい。剣竜、硬い。

 踏み潰し、噛みちぎり、蹴り倒すさなか、赤い毛皮が視界の隅をよぎった。

 四本足の獣が隣に並び、援護するとでもいうように吠える。

『邪魔』

 剣竜の尾を避けられない獣の援護など不用だ。

 樹木とともに切り飛ばされた獣と入れ替わりに、ひ弱な人族が近づいてきた。

 爪を引っかけただけで終わる、脆くか弱い生きもの。

 ゴブリン以上に目障りだった。

 邪魔をするな。

 俺の獲物を奪うな!!

 その頭を食いちぎってやろう。


「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――っ!!」


   +


 跳ね起きたシュウは勢い余ってベッドから転がり落ちていた。


「ってー」


 腰がぶつかって板張りの床が軋んだ。仰ぎ見た天井には雨漏りの跡がある。ベッドの足に刻まれた傷は、以前に酔っ払って剣を振り回したときにつけたものに間違いない。


「……夢か」


 島の寝室だと認識した途端、シュウの全身から力が抜けた。緊張が解けると同時に噴き出した汗は、感情の高ぶりとともに火照った身体を急激に冷やしてゆく。


「夢で良かったー」


 エルズワースらと崖で狩りをしていたはずなのに、何故自分のベッドで寝ているのか。その疑問を追求する前に寝室の扉が勢いよく開いた。


「シュウっ!」

「目が覚めたか?」


 飛び込んできたコウメイとアキラは、床に寝転がったシュウを見て心配と驚きと呆れの混じった複雑な顔で近づいた。


「起きあがれるか?」

「身体はどうだ?」


 シュウは床の冷たさを堪能しながら自分の身体を探った。打ちつけた腰が少し痛むのと、全身のだるさ以外に異常はなさそうだ。伸ばされたコウメイの手を借りて上半身を起こす。


「スゲー疲れてんだけど、よく寝たーって感じがする」


 アキラが床に膝を突き、シュウの顔に触れ、探るような目で状態を確かめてゆく。血色はいいし視線の動きにも異常はない。呼吸も苦しそうではないし、多少汗ばんでいるが発熱しているわけでもない。


「実際よく寝てたぞ。丸二日もだ」

「そんなに?」


 時間経過を自覚したとたん、空腹を思い出したらしいシュウの腹が、飯を寄こせと主張する。


「つーか、崖っぷちででっけーの相手にしてたと思ったんだけどー?」

「……その後のことは覚えてないのか?」

「その後って、何かあったのか?」


 シュウの返事に素早く視線を交わした二人は、慎重に言葉を選んだ。


「結構な何かがあったんだよ。詳しいことは飯食ってからにしようぜ」

「そうだな、まずは完全に回復してからだ。かなり怠そうだぞ」

「食えば治るってこんなの……なー、俺なんでパンイチなんだ?」


 下着一枚で床に胡座をかいている己の状態に気づいたシュウは、服はどこだと部屋を見渡した。いつもベッドの足元に放り投げてるはずのシャツやズボンが見当たらない。


「それも含めて飯の後で説明する。当面はコウメイの予備を着てろ」

「えー、小せーよ」


 スタンピードで破れた狩猟服は修繕に出していなかった。予備を着ていたはずが、それも端布になってしまったと教えられた。面倒だからと管理を怠ったシュウの自業自得だ、と笑いながらにコウメイの予備を手渡される。

 コウメイのシャツは、袖を通せたが前のボタンはとめられなかった。ズボンのウエストは紐で調整できるが、腰回りと太ももがかなり窮屈だ。


「背はあんまかわんねーはずなのに、ズボン裾が長げーのってムカつくー」


 文句を言いながらもなんとか体裁を取り繕ったシュウは、裸足のまま寝室を出た。階下から食べ慣れたスープの香りがして、思わず喉が鳴った。


   +


 コウメイが用意したのは、二日間の絶食に配慮した胃に優しい料理ばかりだった。魚介ベースのスープの具はほとんど形をとどめていなかったし、パンの代わりに用意されているリゾットは、ハギ粒の形が分らないほど煮崩されていた。魚料理は刺激を少なめにしたシンプルな味付けが中心だし、蒸し野菜とともに出された肉料理は油を使っていない。


「うめーけど、物足りねーなー」


 もっとがっつりとした料理を食べたい。


「ステーキとか、煮込みハンバーグはねーのかよ」


 病み上がりだというのに濃厚な料理を要求するシュウの頑強な胃袋には、コウメイの思いやりは余計なお世話だったらしい。コウメイとアキラはコレ豆茶を片手に、飲むような勢いで料理を片付けるシュウが満腹になるのを待った。


「それで、俺が丸二日も寝てたのって、なんでだ?」


 食後のココナッツジュースを飲みながら、シュウは不安を押し隠すように明るい声でたずねた。


「討伐はどーなった?」

「エルズワースさんたちは目的の魔物を狩って必要な魔石を手に入れた。今は魔武具の完成待ちだ」


 心配していたので後で顔を見せてやるようにと念押ししてアキラは続けた。


「崖っぷちで何があったか覚えているか?」

「あー、そーいや何かでっけーのが這いあがってきてたよな」

「虹持ちのサイクロプスだ。あれを崖下に落としたとき、シュウも足を滑らせて落ちたんだよ」


 あの高さから落下して無事でいられたのは奇跡だろう。


「額を触ってみろ」

「なんもねーぜ」


 額には鉢巻きもサークレットもない。身につけていることに慣れているせいか、何も無いと妙に落ち着かない。普段なら枕元に置くのだが見当たらなかった。外してどこに置いたのかと問うたシュウに、アキラがリビングの棚から取り出したものを差し出した。


「今回ので壊れたんだ」


 テーブルに置かれたサークレットは、額部分の魔石がなくなっている。シュウの力を抑えきれず砕け散ったのだと説明された。


「俺の力?」

「崖下までおよそ百メートル。アキの風膜は間に合わなかった。普通なら即死だぜ。けどシュウは獣人の本能が目覚めたことで、無事でいられたんだそうだ」


 二人はエルズワースからそう聞かされていた。


「……なんか、すげー嫌な予感しかねーんだけど?」


 夢でみた映像が脳裏に蘇る。


「俺らが追いついたとき、シュウは完全な魔獣状態だった」

「やっぱりそれかー」


 あれは悪夢ではなく現実だったのだ。シュウは二人の視線から逃れるように両手で顔を覆い隠した。悪夢の中でコウメイを爪で斬り裂こうとし、アキラを噛み砕こうとしていた。こうやってそろっている状況を考えれば、二人が無事なのはわかる。だが無傷でことを終えたとは限らない。


「アキの水魔法で溺れさせて、やっと元に戻せたんだからな」

「素っ裸のシュウを背負って虹持ちだらけの森を抜け、ロッククライミングやったコウメイに感謝しろよ」

「ゴメーワクかけましたっ、サーセンッ!!」


 ゴンッ、とテーブルに打ちつけて頭を下げたシュウは、額をゴリゴリとこすりつけ二人の声を待った。だがいっこうに叱責もため息も聞こえてこない。恐るおそるに頭を持ちあげ、上目遣いに様子をうかがうと、コウメイは豆菓子をわざと乱暴に噛み砕くように食べながら、ニヤニヤとシュウを見ていた。その隣でアキラもからかうような笑みを浮かべつつ、優雅にコレ豆茶のカップを口元に運んでいる。


「……なんで笑ってんだよ」

「いや、土下座ってのは、するもんじゃなくてされるものだよなぁと」

「経験値が違う。土下座はコウメイの方が上手だぞ」


 もっと上手に謝れということかと再び額をこすりつけたシュウに、「そうじゃねぇよ」とため息が落ちた。


「崖から落ちたのも獣化したのも不可抗力だろう?」

「シュウの気持ちは分かるけどな、謝罪ばっかりだと俺らも謝らなきゃならねぇ気がしてくるんだよ」


 崖から落ちるまえにシュウを捕まえられなかった、魔法が間に合わず落下を軽減できなかった、それが原因でシュウが獣化したのかもしれない。シュウに謝られ続けていると、そんな風に自分たちの行動を責めてしまいたくなる、と。


「俺らの失敗を許してくれるならさ、謝罪よりは感謝の方がありがたいぜ」

「コウメイは失敗なんかしてねーだろ」


 そういえばまだ一言も礼を言っていなかったと気づいたシュウだが、改めて言葉にしようとすると妙に気恥ずかしい。そわそわと尻尾が揺れ、耳がぴくぴくと震える。泳いでいた視線が二人と合うと、自然と言葉が出ていた。


「ありがとう」


 獣になった自分が二人を噛みちぎる前に止めてくれたこと、見捨てずに奈落から連れ出してくれたこと。


「どういたしまして」

「貸しにしとくぜ?」 

「おう、倍返ししてやるから楽しみにしてろよなー」


 笑顔で差し出されたコレ豆茶のカップに、シュウは自分のカップをカツンとぶつけた。


   +


 室内で身体を動かし回復状態を確認していたところに、修繕したシュウの狩猟服とミシェルに託された魔武具を持ったタラがたずねてきた。


「シュウさんのその姿は懐かしいですね」


 ケモ耳を見て目を細めた彼女は、新しいサークレットと服を手渡し、「目が覚めたお祝いにご馳走を作りますから、今夜は金華亭に食べにきてくださいね」と三人を招待して仕込みのために戻っていった。

 フットサルチームの冒険者らも心配していたと聞いたシュウは、大急ぎで着替え、新しいサークレットを額にはめると、ボールを持って飛び出した。

 冒険者たちは森で討伐にいそしんでいる時間だ、砂浜コートは無人だが、シュウはすぐにボール蹴りに没頭した。

 砂浜を走って足の動きを確かめ、ボールを蹴って筋力を比較する。


「……俺の身体だ」


 どんなに踏ん張ろうとも、悪夢のような跳躍力や破壊力はこの身体では出せない。そう確かめたシュウは、何本目かのシュートでようやく気持ちを落ち着けることができたのだった。


「おぉ、目が覚めたのかよ!」

「シュウが魔物にやられたって聞いたときは嘘だと思ったぜ」

「何日も寝込むなんざまだまだ修行が足りねぇぞ~」


 討伐から戻った顔見知りの冒険者らが、砂浜でボールを蹴るシュウを見つけて嬉しそうに声をかけ手を振る。


「快気祝いだ、美味い酒をおごってやるよ」

「俺が酒に弱いって知ってるだろー。どーせなら飯をおごってくれよ」

「借金持ちにタカル気か?」

「おごるつったのてめーだろ?」


 そろそろ腕輪が外せそうだという男らとど突きあいながら町に戻り、金華亭での酒宴になだれ込んだのだった。


   +++


 その夜の金華亭には、島の住人が勢揃いしていた。シュウの快気祝いを口実に、いつもより大量の酒を浴びるように飲んでいる。普段なら監督役のウェイドが止めにはいるのだが、シュウの復帰を喜ぶ彼らの気持ちを否定できない。杯を重ねる冒険者らを見て、明日は使い物にならなさそうだとため息をついた。


「ごちそー、ありがとうなー」


 美味い飯はたらふく食った、オゴリだと注がれた酒は許容量ギリギリだ。閉店時間はとっくに過ぎたのだ、自分がいては飲んだくれらを追い出せないだろうと、三人は引き留めようとする男たちを振り切って金華亭を後にした。


「飲み足りねーだろ?」


 タラに特別にわけてもらった小さな酒瓶を見せながら、シュウは「落ち着いて飲もうぜ」と二人を誘った。にぎやかな金華亭の酒宴も楽しくはあるが、コウメイもアキラもじっくり静かに味わうタイプだ。


「タラに秘蔵のをわけてもらったんだぜー」

「うわ、百年物じゃねぇか」

「よく譲ってもらえたな」


 三人は酒瓶を拝むようにして座った。シュウが二人のカップに感謝を込めて貴重な酒を注ぎ入れる。シュウのカップにはコウメイが甘茶を注いだ。


「「「乾杯っ」」」


 長い年月をかけて熟成した酒は、舌先に甘く、喉を通り抜ける時は痺れるほどに熱い。


「旨いっ」

「……いい酒だな」


 ひと口ひと口を舌の上で転がすように味わうコウメイ。それを横目で見ながら静かにカップを置いたアキラは「つまみを取ってくる」と席を立った。台所へ向かう後ろ姿に「塩豆は棚の上段だぜ」とコウメイの声が追いかける。


「お代わりあるぜー」

「全部飲んじまうの、もったいねぇ」

「タラがお祝いに譲ってくれたんだし、俺の感謝の気持ちなんだから全部飲みきってくれよなー」


 シュウは笑いながらコウメイの空のカップに注ぎ入れた。二杯目もゆっくりと堪能し終えたコウメイは、台所の方を向いて唇を尖らせた。


「アキ、遅ぇ……な」


 つまみを探すのに手間取っているのだろうか。こんな旨い酒は一緒に楽しまなくてはもったいない。迎えにいくかと立ち上がろうとしたコウメイの身体が、ふらりと大きく揺れた。

 どれだけ飲んでもほろ酔い止まり、深酒で寝落ちなどしたことのない彼の手から、カップが抜け落ちる。テーブルにぶつかる寸前に掴み取ったのはアキラだった。


「……アキ」


 ツマミの皿を持つアキラを見あげ笑ったコウメイの身体が、ぐにゃりと脱力してテーブルに突っ伏した。アキラは穏やかな寝息を確かめると、シュウへと視線を移した。


「さて、どこで話をする?」

「話し声で起こしたくねーし、外にしようぜ」


   +


 温暖な島ではあるが、十一月も終わろうという時期の海風はさすがに少し肌寒い。昼間は熱い砂も、夜はひんやりと底冷えしている。穏やかな波の音を聞きながら、二人は砂浜をゆっくりと歩いていた。


「前にもこーいうのあったよなー」

「あのときはコウメイがこっそり後をつけてきていたな」

「今日は大丈夫だって。薬が効いてるし……あれ、後遺症とかねーよな?」

「俺がそんな粗悪品をコウメイに盛るとでも?」


 アキラに睨まれてシュウは首をすぼめた。眠り薬を頼んだのはシュウだが、予想以上に急激に眠ってしまったので、ほんの少しだけ心配になったのだ。


「それで、何の話だ?」

「獣の俺が殴り飛ばしたのに、ケガしてねーって、嘘だろ?」

「……覚えているのか」

「思い出した」


 足を止めたシュウは波打ち際に腰をおろし、海面に映る月を見つめてぽつりとこぼした。


「俺が完全に獣化した理由ってやつ、エルズワースさんから聞いたんだよ」


 奈落の底へと落下した際にシュウの中にある獣人の本能が目覚め、命を守るために暴走した結果だろうと説明された。これで一人前の獣人族だ、とも。エルズワースは「めでたいことだ」と嬉しそうだったが、シュウにはとても喜べることではない。


「獣化して暴れていたときに意識は……あったのか?」

「……あった」


 隣に腰をおろしたアキラの問いに、シュウは悔しそうに顔をしかめて頷いた。

 自分の意思とは無関係に身体が動き、襲いくる魔物を喰いちぎり叩き潰していた。防御本能、あるいは生存本能が、視界で動く物体すべてを敵だと認識し攻撃していた。それはコウメイとアキラが現れてからも変わらなかった。


「俺は止めろって言ってんのに、身体が全然いうこときかねーんだよ」


 牙がコウメイの剣を噛み砕いた歯ごたえも、爪先がアキラの肩をひっかいた感触も、すべて伝わっていたのに、自分の意思だけが伝わらない。


「自分の中の、手に届かねーとこにさ、スイッチがあるんだよ。触れねーから安心してたのに、知らねー間に誰かがそれを押してて、俺が暴れてるわけ」


 スイッチを切りたくても手が届かないから、電池が切れるか、誰かに止められるまで暴れ続けるしかない。


「慣れたら制御できるようになるつってたけど、どれだけかかるかわかんねーし」


 エルズワースから受けた説明では、片手の指ほど場数を踏めば自在にコントロールできるようになるとのことだった。


「場数か」

「あと五回も崖下に落とされたくねーけどな」


 制御できるようになる前に、暴走した自分が二人を襲うかもしれない、そう考えるだけで獣人の本能が厭わしいとシュウは砂を握りしめた。


「コントロールできねーの嫌だから、奈落チャレンジはするつもりだけどさー」


 波で歪んだ月を見つめていたシュウが、ゆっくりと振り返ってアキラと目を合わせた。


「もしもお前らと一緒の時に暴走したら……そん時はさ、殺してくれねーか?」


 シュウの言葉を予想していたのか、それとも怒りと驚きが過ぎてて反応できないのか、アキラは表情を動かすことなく静かに返した。


「……親友なんだろ、コウメイに頼め」

「親友だからさ、わかるんだよなー。コウメイは俺を殺さずに止めようとするだろ」


 獣の本能は容赦しないだろう。コウメイが己の手で死にゆく場面は見たくない、シュウは泣きそうな顔で「頼む」と繰り返した。


「俺、ヤなんだよ、コウメイとアキラを殺したくねーよ」

「俺が喜んでシュウを殺めるとでも?」

「そーじゃねぇけど、でもアキラはさ……大事なものを守るために躊躇しねーだろ」


 アキラは悔しそうに唇を噛んだ。


「俺もシュウを大切な友人だと思っているんだが、シュウは違うのか」

「そーいうんじゃねーよ」


 拗ねるなとシュウが砂を投げた。


「アキラならさ、俺とコウメイが相打ちになるのをほっとかねーだろ。一番いいのを選べるし、実行できる」


 それくらい信頼しているのだと言うシュウに、アキラはわずかに目を伏せて彼の視線から逃れた。

 コウメイは己と他人ならば迷うことなく他人を切り捨てるが、シュウやアキラならば迷いながらも最後は己を犠牲にするだろう。

 その点、アキラは違う。


「それはシュウにとっての最善だ」

「でもアキラにとっても最善だろー?」


 完全獣化したシュウとコウメイ。両方を救えればそれが最良だ。だがシュウが獣化後の自分を制御できず、今回のように運良く止められなければ、どちらを選ぶことが最善かは明らかだ。

 シュウを選べば、今後も獣化に伴い被害が出るだろう。そのたびに誰かを犠牲にしてシュウを選ぶのか。

 アキラの答えはNOだ。

 犠牲者も、その機会も、最も少ない選択をするだろう。


「コウメイはさ、頭でわかってても実行できねータイプだろ」

「あまりコウメイを見くびるなよ。あいつは何だかんだあっても、ちゃんと実行できるぞ」


 アキラの嘘をシュウは笑って受け止めた。


「……俺がさー、コウメイがボロボロになるのを見たくねーんだよ」

「俺なら平気だと?」

「そんなつもりはねーよ。あーもー、いじめんなよなーっ」


 随分と身勝手で非常識で残酷な頼みごとを押しつけようとしている。その自覚のあるシュウは、困り切って頭を抱えていた。そんな彼を見るアキラの目は言葉とは裏腹にやさしく穏やかだ。


「本当に、シュウはコウメイを侮りすぎているし、自分自身も低く見過ぎている」


 ゆっくりと立ち上がったアキラは、砂をはたき落としながら言った。


「コウメイはシュウにとどめを刺せないだろう。けど、絶対に諦めないぞ。あいつはしつこいからな」

「……」

「それとシュウは完全獣化しても俺たちを襲うこともない、絶対に」

「何で絶対なんて言えるんだよ」

「だってシュウが最初に半獣化したのは、俺たちが危機に陥ったときだったじゃないか」


 ウォルク村で狼獣人たちに食い殺されそうになったときに、半分とはいえ初めて獣化した。今回だって命の危機がなければ、本能に支配されることはなかったはずだ。


「俺たちを助けるためとか、生き延びるためとか、ちゃんと動機のある獣化は、恐れなくても大丈夫だ」


 仰ぎ見たアキラは、まるい月の淡い光に同化しているように見えた。影になってその表情はわかりにくいが、シュウには彼が微笑んでいるように思えた。


「ちゃんと殺してやるから、安心して奈落に落ちてこい」

「お願いしまっす!!」


 砂浜に正座し直したシュウは、コウメイに勝るとも劣らない土下座をしたのだった。


   +++


 深酒の翌日、島の住人らはそろって寝過ごした。

 予定よりも鐘一つ遅くに討伐に向かう冒険者らを窓から見送りながら、コウメイは久しぶりの熟睡感に気持ちが凪いでいた。朝日の差し込む寝室では、アキラは頭からシーツをかぶって丸くなっていたし、身体の半分をベッドの外に投げ出したシュウは大口を開けて軽いいびきをかいている。


「口開けっぱなしで寝てて、喉が渇かねぇのかな?」


 喉を潤す用にココナッツジュースを用意しておこう。二人とも酒の影響が残っているようだから、朝食もあっさりとしたものが良いだろう。そんなことを考えながら、コウメイは寝室を出て階段を降りた。


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