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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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13 海の大暴走 後始末


 ミシェルによって海のスタンピードの終結が宣言された。

 過去に類を見ないほどの最短で終わった大暴走は、歴史に長く残るだろう。その討伐に参加したことは誉れであり、大陸に戻れば自慢できると冒険者らは喜んでいたのだが。


「今回のスタンピードは異例が重なった偶然の結果であり、後世への記録として残すことはありません」


 次の大暴走時の討伐資料として残すには、今回の特殊すぎる事例は参考にすらならない。後世の人々を混乱させるだけだとの理由を告げられると、腕輪付きらは目に見えて落胆した。ウェイドらには波打ち際に打ち上げられた星クラゲの残骸を集め、海に廃棄する仕事が割り振られたのだが、彼らのやる気は砂浜を這いずっている。なんとかやる気にさせる方法はないかと、報酬や料理で釣ろうとしたがうまくはゆかなかった。


「砂浜をこのままにしとけねーだろ。フットサル場、使いてーだろ?」


 ところが、シュウのその言葉で、男たちは俄然やる気を取り戻した。夢中になっているフットサルを再び楽しむためだと思えば、廃棄物処理は押しつけられた義務ではなく、望む物を手に入れるための動機となる。フットサルに夢中な連中は率先して死骸を船に投げ込み、廃棄のため沖へと出て行った。


 すぐに本部に帰るかと思っていたミシェルは、熊獣人らとともに島に滞在するという。


「最低でも二十日はかかるつもりで準備したのよ。せっかくだから休暇を取るわ」


 島への到着が遅れたのはエルズワースらを待っていたのもあるが、彼女が本部を留守にするための手配が遅れたことが最大の理由だ。せっかく二十日の時間を作ったのだ、残る十三日間はゆっくりしたい。


「それに、あなたたちに聞かなければならないことはたくさんありそうだもの」

「俺たちじゃなくて、アキにだろ?」


   +


 捨てたはずの杖に襲われ眠りに逃避したアキラは、半日ほどで意識を取り戻した。手の中にある腹黒糸目作の杖を睨み、粉々に砕け散った自作の杖の残骸を痛ましげに眺めたアキラは、鬱憤をぶつけるかのように戦線に戻った。魔術師の杖だというのに、それを棍棒のごとく振り回して、物理で星クラゲを殴打攻撃し続けたのである。


「おい、止めろよコーメイ」

「無茶言うな」

「親友なんだろー」

「あなた以外の誰がアキラを止められるというの?」

「誰にも止められねぇよ、あれは」


 表情は凍りついているというのに、目だけがメラメラと燃えているかのように光っていて恐ろしい。熊獣人たちですら遠巻きにしているくらいだ。


 杖の端を両手で握ったアキラは、かつてコウメイに教わった剣術の基礎を無視した野球バット打法で、まるで誰かに見立てているかのように、襲いくる星クラゲを次々と打った。銀の指に支えられた魔石は頑強で、魔力を込めて殴りつけると魔物の硬い刺は簡単に折れる。上位種の表皮さえあっけなく打ち破る威力は、杖に備わっている力なのか、それともアキラの怒りが影響したものなのかは分からない。


「アキラ、魔石を叩き壊すのはやめなさい」


 星クラゲから得られる魔石が今回のスタンピードにおける唯一の収入源なのだ。だがそれを怒りのままに叩き割られては収支に影響する。


「苦情はアレックスにお願いします。この杖が勝手にやっているのですから」

「そんなはずないでしょう!」


 ミシェルの制止を無視しアキラは星クラゲを殴打し続けた。彼によれば暴れているのは杖だというが、ミシェルにすればどちらでも同じである。


「いや、案外マジかもなぁ。見てみろよ、星クラゲをぶん殴るたびに、杖の魔石がキラキラしてるじゃねぇか」

「あー、なんかエフェクトかかってるみてーな?」


 禍々しさというよりも、歓喜に打ち震え弾むような輝きが眩しく、余計にアキラの異常行動を強調して見せている。


「嬉しそーだよなー、あの杖」

「意思があって使用者を操る杖……」

「それ、ただの呪いの杖だろ」


 さすが腹黒陰険細目だ、はた迷惑で厄介なものしか作らない。コウメイとシュウは巻き込まれてはたまらないと距離をあけて戦っていた。


 己の杖を打ち壊したモノへの怒りを、そのまま諸悪の根源に返そうと頑張っていたアキラだが、どれだけ粗雑に乱暴に扱っても杖を破壊できないと気づき、そしてまた杖が喜んでいるようだと知ると、ストンと破壊意欲が抜け落ちた。


「……喜ばせるのは癪だ」


 このままもっと暴れさせろと訴え、アキラの動きに魔力で干渉してくる傲慢さは許しがたい。不満を訴えるように魔石が深い色に変わるが無視だ。


「やっと正気に戻ったな」


 憑き物が落ちたような顔を見て安堵したコウメイは、ゆっくり休んでいろと補給地へと押しやり、討伐はシュウと二人で頑張った。


「あんま無理すんなよー?」

「無理はしていないし、魔力的にも余裕があるから大丈夫だ」

「いや、いいからアキはそこに座って見てろ。魔術攻撃はミシェルさんがいるから、な?」


 表面的には普段のアキラに戻ったように見えるが、杖を握りしめる手の甲に血管が浮き出るほど力が入っているのだ。何のきっかけでまたキレるか分からない。二人は言葉を選びながらもきっぱりと「待機」を命じたのだった。


 補給箱の横で座ってろと言われたアキラは、粉々になった自作の杖の残骸を拾い集め、補給箱を背もたれに腰をおろした。粉々になった魔石には魔力の色は残っておらず、銀は刻まれた魔術ごと溶け変形しており、折れた柄を接合したとしても耐久性や魔力抵抗値は戻ることはない。


「修復は無理か……」


 こぼれたため息は悲哀の色だ。素材を集め、自分の魔力との相性の良さを優先し、幾人もの魔術師に助言を貰って完成させた己の杖に愛着をもっていた。周囲からは見た目が悪いという評判だったが、アキラは自作の杖に満足していたのだ。

 かき集めた残骸を丁寧に布で包んで膝に抱え込んだアキラを、砂のうえに投げ出されたままの杖が寂しそうに見つめていた。


   +


 スタンピードの終結宣言が出された翌日、ギルドの転移室兼所長室で膝をつき合わせた四人は、今回の大暴走についての秘匿情報の取捨選択に忙しかった。


「クラーケン情報の一部は開示する必要があると思います」


 北の海域にいるはずのクラーケンが大陸南部の海にいるのだ、その理由はともかく事実は開示した上で、周回船の安全な航行に役立てるべきだとアキラが主張する。


「マナルカト国の観測員らは今ごろ慌てているでしょうね……」


 クラーケンの出現周期が乱れれば、周回船の混乱は大陸の経済にも大きく影響する。いつ現れるかとビクビクしながら運行するよりは、この海域にはしばらくいないと教えた方がいい。


「あっちのとこっちのが同じクラーケンだって説明は無理がねぇか? 根拠がなぁ」

「海洋巨大生物がエルフ族と関わり合いがあって知らされたなんて……説明できないわよ」

「エルフ族じゃなくてアレックス個人の知り合いだろ。アイツの人脈謎すぎだぜ」

「どっちも同じよ」

「説明しなければいいんですよ。マナルカトの海域でクラーケンが消えた時期と、ナナクシャール海域で出没した時期が一致する事実があれば、後は研究者と航路責任者が判断するんじゃないですか?」

「クラーケンについてはそれで押し通すしかないわね……」


 クラーケンが南下した理由が、落とし物の杖を持ち主に返すためだったと説明して誰が信じるだろうか。


「アキラ、あなた本当にあのクラーケンの言葉が理解できるの?」

「……分かりたくなかったですよ」


 珍味を堪能して満足したのだからさっさと北の海に帰ってくれと思うのだが、クラーケンは星クラゲの他にもマナルカトの海域では食べられない海の魔物を味わうことに楽しみを見いだしたようで、しばらくはのんびりすると言っていた。

 この海域から巨大海洋生物が立ち去るまでは観測し定期的に報告するように、とミシェルが命じた。クラーケンが北海に戻るのなら、あちらに注意喚起が必要になる。


「春になれば立ち去ると思いますよ」

「それも彼……彼女から聞いたの?」

「茹だったら防御力が落ちるので、海水温が上昇してきたら北に戻るつもりだと」

「美味いよなー、茹でダコ」

「イカだろ」

「どちらでもいいわよ。つまりクラーケンには火属性の魔術が効くという事かしら?」


 アキラは以前クラーケンに風刃を打ち込んだときのことを思い出した。攻撃魔術は魔力の固まりだ。風刃も炎弾も本質的には変わらない。


「炎弾もおそらく吸収されると思います」

「剣で斬れない、攻撃魔術も駄目。彼女は怒らせない方がいいわね」

「熱湯かけたらいけそーな気がするけどなー」

「どれだけ大量の湯を沸かさなきゃならねぇんだよ」

「客船や貨物船で大量の湯を沸かすことは無理だし、それをどうやってかけるかという問題もあるわ……まあ、参考情報程度にとどめて、あとはマナルカトのギルド判断にまかせましょう。アキラ、彼女から可能な限りの情報を聞き出してちょうだい」

「何で俺が」

「意思疎通できるのはあなただけなのだから当然でしょう?」


 厄介事を丸投げされたアキラは、職場放棄も甚だしい腹黒陰険細目を胸中で罵った。


「ハロルドさんが大暴走を『呼び寄せる』って言ってたけど、それどうやるんだ?」


 ずっと疑問だったその手法を聞きたいとコウメイが話を向けるが、ミシェルは組織トップの顔でやんわりと部外秘の機密情報だと言った。


「今回はそちらの調査も必要なのだけれど……全く見当がつかないわ」


 公式記録に残せないのはそれも理由だった。これが大陸で起きたことならば調査員を呼び寄せるのだが、この島には秘匿すべきものが多すぎて都合が悪すぎる。ミシェルは休暇に当てるつもりの大半を、この調査に費やすことになりそうだとため息をついたのだった。


   +


 ミシェルに半ば無理矢理連れてこられたブレナンは、冒険者らの宿舎である派手な館の一室で寝泊まりしていた。ミシェルが島に滞在する間は諦めて護衛を務める契約だそうだ。


「あいつの攻撃魔術の威力は見ただろ?」


 現役を退いた冒険者が護衛する必要はないと思わないか、と愚痴を吐きながらテーブルに着いていた。


「へぇ、おっさん引退してたのかよ。そうは見えねぇ戦いっぷりだったぜ」

「老体にむち打って助けに来たんだ、せいぜい美味いものを食わせろよな」


 彼は飯時になるとコウメイを訪ねてきては料理をたかっている。金華亭へ行けと追い返そうとしたのだが「若い連中が一緒だと落ちつかねぇんだよ」と懇願されて粘り負けした。


「星クラゲの始末で忙しいんだ、手抜きで我慢してくれよ」


 魔猪の骨でとったスープに乾燥野菜とハギ粉団子を入れただけのスープ、肉はぶつ切りにして丸芋や赤芋とともに炒め煮しただけだし、添えたデザートもカットした果物だ。野営飯のような料理だとコウメイは謙遜するが、ブレナンの知る野営飯は乾燥させた木の実と干し肉だ。


「おまえら、野営でこんないい飯を食ってるのかよ」

「ふつーだろ?」

「普通じゃねぇよ」


 最近ではクッキーバーの携帯食が普及しているが、コストを考えるとまだ干し肉や木の実が強いだろう。


「最近は美味い飯屋が減ってな、飯を食うにも苦労しているんだぜ」

「美味い料理屋ならいくらでもあったじゃねぇか」


 コウメイはアレ・テタルにあるお気に入りの料理屋の名前をいくつか出した。春先に滞在していたころはよく食べに行った店だ。


「馬鹿野郎っ、俺みたいな隠居の貧乏人がそんな高級飯を食えるわけねぇだろ」


 珍しい異国料理の店を求めているわけではない。ブレナンは日常的に安くて美味い飯があり、ちびりちびりと酒を楽しめる店が知りたいのだ。


「若い頃から通ってた店は、終いをつけたり、代替わりしてなぁ。味が変わると足が遠のくんだよ」


 愚痴を言いながらもブレナンは料理を忙しく口に運んでいる。コウメイの料理もある意味「異国の料理」なのだが、彼の口には合うらしい。おかわりを要求するブレナンに、珍しく考え込んでいたシュウが真剣な顔でたずねた。


「前にコウメイが営業してたって店、今はどーなってる?」


 シュウと合流する前に、ギルドの頼みで十日間ほど料理屋を営業していたというのは話してあった。何を思ってそんな昔の話を引っ張り出してきたのかと、二人は不思議そうにシュウの横顔を見つめた。


「どうだったかな。俺がギルドの役を降りた頃はまだ空いてたぜ」

「じゃあさー、そこ、タラはどーだろ?」

「金華亭の彼女か?」


 突然何を言い出すのかと、コウメイとアキラは驚きに目を丸くした。ブレナンは金華亭の味を思い出し「あの飯なら悪くはない」と頷いたが、すぐに表情を引き締めた。


「だが彼女は腕輪付きだ、島を出られないはずだが?」

「借金の返済は終わってるって聞いてるぜー」

「俺らもそう聞いてるし、腕輪も外れてる」


 コウメイがシュウの言葉を肯定すると、ブレナンは「一考の余地はあるな」と酒杯を置いて考え込んだ。


「島にいる荒くれどもに慣れているなら、アレ・テタルの冒険者なんて子供みたいなもんだ。問題はここのような身を守る魔術がないことなんだが……」


 島にいる間は、タラに対して不埒な行いをすれば契約魔術が罰を与える。だがこの島を出れば、己の身の安全は自身に全責任がかかってくる。


「その辺はさー、ミシェルさんに頼んでみたらどーよ?」

「簡単に言うがな、魔術の買い取りはものすごく高いんだぞ」


 いくら知人価格でもおいそれと出せる金額ではない、場合によってはタラは再び莫大な借金を抱えることになりかねないのだ。


「俺も割引お願いしてみるかー」

「待てシュウ、勝手に話を進めるな」


 確定事項として話が進みはじめたのをコウメイが慌てて止めに入った。


「その話、タラ本人の希望なのか?」


 アキラに探るような眼で見つめられ、シュウは気まずげに視線をそらせる。どうやらシュウの独断だったようだ。


「おまえなぁ、勝手に話を進めるなよ。まずは本人希望だろ」

「けどさー、ずーっとこの島にいるのは良くねーよ、絶対!」


 借金に縛られている間ならば仕方がないが、解放され自由なのに、いまだに島で暮らしている彼女をこのままにしておけないとシュウは訴える。


「金を貯めて大陸で料理屋をしてーって言ってたし、だったらコネのあるところで初めてもいいだろー」

「それは相談されたときに紹介すればいいことであって、本人の意思を無視してシュウが勝手に決めていいことじゃない」

「タラがもう決めてたらどうするんだよ、根回し終わってる話なんて持ち込まれたら断れねぇだろ、困らせるだけだ。余計なお節介は嫌われるぜ」


 二人に先走るなと叱られたシュウはがっくりと肩を落としてうな垂れた。さらに説教が続きそうな様子に、ブレナンが間に入って二人を宥める。


「まあまあ、そんなに叱るなよ。善意しかないまっすぐさは今どき貴重だぜ。それに金華亭の料理がアレ・テタルで食えるなら俺は大歓迎だ」


 奴隷ではなくなっているのなら丁度いい、こちらから声を掛けてみることにするとブレナンは言った。しがらみのないブレナンの提案なら、既に計画があろうとなかろうと彼女は断りやすいだろう。アレ・テタルで開業する気になってくれればブレナンが保証人にもなるし、便宜を図るつもりだと言った。


   +


 スタンピード終結宣言から五日後。

 ようやく星クラゲの死骸をすべて撤去し終えた冒険者らは、二週間ぶりの砂浜フットサル場に集合していた。みなスタンピードの疲れを感じさせない精力的な顔つきで、ボールを持ち目をキラキラと輝かせている。


「……第何回だって?」

「知らね」

「チームリーダー、集合ーっ。くじ引きするぜー!」


 コウメイとアキラの目から見ても一番張り切っているのはシュウだ。冒険者らが結集していると聞いて「反乱か?」と慌てて駆けつけたブレナンは、腕輪付きらが玉蹴り遊びに夢中なのを見て顎を落としかけた。彼の知るナナクシャール島は、もっと殺伐とした荒地だったはずなのだ。


「いつの間にこの島は、こんなほのぼのとした場所になっちまったんだよ」


 一つのボールを奪い合う際には他者との衝突や接触も、転倒も当然のようにある。乱闘になるならば止めに入らなければと身構えたブレナンは、一瞬怒りを顔に浮かべた彼らが、すぐにそれを飲み込んで耐え、立ち上がって再びボールを追いかけるのを見て絶句する。


「……なんなんだ、これは、何が起きてるんだ?」


 感情を抑えることを不得手とし、規則を守れないからこそ犯罪を犯し、その結果この島に懲役奴隷として送られたはずの彼らは、爆発する感情を自ら抑え込み再びボールを追いかけている。懲役奴隷の実態を知るブレナンにとって、それはあまりにも衝撃的すぎる光景だった。


「サッカーつってな、俺らの故郷にある集団運動(スポーツ)競技なんだよ」


 暴力禁止、ルール厳守、得点を競う運動だと説明された彼は、そんなに面白いのかとボールの行方を目で追いかけている。


「奇妙な訓練だな」

「面白いことを考えたものね」


 これから討伐に向かうといった出で立ちのエルズワースとミシェルが、コウメイらの背後で感嘆まじりに見物していた。


「砂浜を走り回るのは、足腰鍛えるのにちょうど良いぜ。踏ん張りが効くようになったおかけで、攻撃がぶれなくなって討伐での失敗が減ってる」

「なるほど、一族でも取り入れることを検討してみよう」


 そんじょそこらの魔物では太刀打ちできない強さを誇る熊獣人が、これ以上に強くなろうとするのかと呆れ顔になった二人を無視したエルズワースは、高めた覇気をフットサル場へと投げつけた。目に見えない強烈な殺気を浴びた冒険者らは、怯えと焦りに震えながらもなんとか臨戦の構えをとり振り返る。


「ほう、人族は役立たずばかりではないようだな」


 ゴミを見るような目をしていたエルズワースは、己の覇気に反応した数人への認識を改めたようだった。覇気を覇気と感じ取れなかった多くの者たちは、突然試合が止まってしまったことに戸惑っている。


「熊のおっさーん、邪魔すんなーっ」


 エルズワースの覇気をものともせず、熊獣人に対する畏れも感じないシュウは、せっかくの試合を邪魔するなと駆け戻ってきた。


「シュート決めるいいところだったんだぞ。空振りしたじゃねーか」

「残骸処理は終わったと聞いた、行くぞ」

「は、うわっ」


 エルズワースの大きな手がシュウの後ろ襟を掴んで持ちあげた。頑強な熊獣人は片手でそのままシュウを持ちあげると砂浜に背を向け歩き出す。


「までっでー、ぐる、じぃ……っ」


 シュウの足は完全に宙に浮かんでいる。自重で絞められる喉に、指を差し入れなんとか気道を確保しているが、その顔色はだんだんと怪しくなっていた。


「それではシュウが窒息します、下ろしてやってくれませんか?」

「ああ、すまんな。急いでいたから気づかなかった」


 解放されたシュウは大の字になり、呼吸の素晴らしさを堪能している。さりげなくシュウを庇うように立ったアキラは、先日のスタンピードのときと同じ完全装備の二人に状況説明を求めた。


「どこへ何をしに行かれるのです?」

「決まっている、狩りだ」

「それに何でシュウが引っ張り出されるんだ?」

「シュウだけじゃないわよ、あなたたちにも同行してもらいます」


 否を聞くつもりはないという笑顔でミシェルがパチンと指を鳴らした。ギルドの扉が開き、アキラたちの装備一式を持ったハロルドが、それぞれに武器や防具を渡してすぐに立ち去った。


「これ、家に置いてあったはずだぜ?」


 必要だから運ばせたのだと無断侵入を認めたミシェルは、エルズワースをチラリと見て肩をすくめた。


「海の大暴走への救援を彼らに要請する交渉は大変だったのよ……わたくしとあなたたちでなければ支払えない物を要求されてしまったから」

「この島は魔法使いギルド所有でしょう、組織が負担すべきです」

「あいにく、ギルドにはそれを支払うだけの権限がないの」


 いったいどんな条件を提示したのだとアキラはエルズワースを振り返った。


「ミシェル殿には魔武具の製作を条件とした」


 それだ、とエルズワースがシュウの額を指した。鉢巻きの下に隠されているサークレットと同じものを、ここに派遣した人数分作ることを条件に彼らは駆けつけたのだ。


「特殊な魔武具だから個々に合う素材を集める必要があるのよ」

「我々は獲物の相手で精一杯になる。シュウは案内人の護衛を任せたい」


 そういう理由なら協力するのもやぶさかではないが、先に説明しておいて欲しかったと一言チクリと返した。


「それで、案内人って誰だよ」


 飛び跳ねるようにして起きあがったシュウは、辺りを見回した。ここにいるのはエルズワースとその仲間たちに、ミシェル、そして自分たち三人だけだ。


「アキラ、案内を頼む」


 二メートル超える位置にある頭を目線まで下げて頼み込むエルズワースの真摯な迫力に、アキラは顎を引いてのけぞるように身体を反らした。


「……どこへ、案内して欲しいのですか?」

「決まっている、エルフの狩り場だ」



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