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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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10 海の大暴走 前編


 エルフの狩猟の監視が終われば、再びのんびりとした島での生活が戻ってきた。

 シュウはサッカー普及に情熱を燃やしている。月に一度はフットサルの大会を開き、冒険者らだけでなく、魔法使いギルドの職員やタラまで巻き込んでのお祭り騒ぎだ。浜辺に出した屋台では冷たい飲み物と手軽に食べられる料理が提供され、それらを手に試合を楽しむ。絶好の娯楽が提供されていた。


「あいつらも変われば変わるものだな……」

「どうしたんですか、寂しそうですね」


 桟橋で定期船の出港を見送るウェイドは、感無量とでもいうように目を細めていた。

 シュウのもたらした球技が、腕輪付きの冒険者らに良い影響を与えていた。ボールを蹴ることに夢中になった彼らは、試合を重ねるたびに協調と協力、そして規律を守ることを覚えた。そしてフットサルで身につけたそれらの経験を、討伐でも活かすようになったのだ。結果、負傷者が減り、成果が目に見えて上がってくると、彼らの意欲も高まってゆく。


「そりゃなぁ、手を焼かせてくれた連中が、予定よりも早く懲役を終えて島から出ていくんだぜ」


 これまで返済が進まず刑期が延長されることはあっても、繰上げ返済に成功して期間を短縮した例などなかったのだ。

 船上で手を振る元腕輪付きらの手には、シュウが餞別に贈ったボールがあった。故郷に戻ってもフットサルを続けたいとの彼らの言葉を聞いたシュウが、感極まって餞別を押しつけたのだ。きっと彼らが大陸中にフットサルを広めてくれるだろう。


「いつかこの世界でもワールドカップとか開けるくらいにならねーかなー」

「でけぇ夢だな」

「まあ、夢を見るのは自由だから」

「おまえら冷てーよな!」


 衣食住の「衣」以外のすべてを担当するコウメイは、金華亭の手伝いを主軸に気ままに過ごしている。ふらりと食材を求めて森へ入ったり海に潜っては、今までに食べたことのない魔獣や魔物を持ち帰る。はじめての素材をどう料理するか、試行錯誤を楽しんでいた。おかげで金華亭で提供される品目も増え、冒険者たちの胃袋も不満を訴えることはない。


「アレックスの素材部屋が、妙なんだよ」


 シュウのボール作りを手伝うついでに、ガラクタの棚卸しをしていたコウメイは、素材一覧に記録したはずの物が突然なくなっていたり、あるいは存在しないはずの物が増えているようだと言った。


「どうしたものかと思ってな」

「放っておけ。アレックスのことだ、夜中にこっそり出入りしていても不思議じゃない」

「こえーこと言うなよなー!」


 どれだけ厳重に施錠しようとも相手は神出鬼没の変態エルフだ、それくらいは想定内だとアキラは放置一択だ。何か見ても気づかないふりを貫けと念を押されたコウメイは、こめかみを掻きながらボソリと呟いた。


「何もねぇところから手が伸びてきて、素材を掴んで消える場面に鉢合わせそうな気がするんだよなぁ」

「待て、その具体的な例はなんだ?」

「まさか見たのかよー」

「いや、アイツならあり得るかもな、と」

「フラグ立てんじゃねーよ!」


 それ以来、シュウは素材部屋に近づかなくなった。ボールを作るときは素材を取ってきてくれとコウメイに頼み込んでいる。

 アレックスを見習って余計な仕事はしないと公言していたアキラだが、昼行灯のまねは難しいようだった。知的好奇心を刺激されると黙っていられなくなるタイプの彼は、そこをうまく利用され、ハロルドらでは魔力的に難しい仕事がいくつもアキラに押しつけられていた。


「海洋の魔素濃度、ですか?」


 定期船から運び出された魔道具に興味を持ったアキラに、興味を引くチャンスだとハロルドが過去の計測記録を見せる。


「時期によって海の魔素も変化するんです、面白いですよ」


 観測魔道具に残された数値を読み取り、記録簿の新しいページに書き取ってゆく。


「そんなものを観測してどうするんですか?」

「海のスタンピードの予測ですよ、予測」

「……海にもスタンピードがあるのですか?」


 そういえば海の魔物がどう発生しているのか知らない。アキラはハロルドの説明を興味深く聞いた。陸の魔物は魔素だまりから発生するが、海の魔物も原理は同じだ。魔法使いギルドの長年の観測と研究により、海底にできた魔素だまりからサハギンや鮫系、鯨系、イカタコ系、その他雑多な魔物が生まれると分かっている。当然ながら魔素が濃くなれば魔物は溢れる。


「ちょっと待ってください。海底にある魔素だまりを攻略なんてできませんよね?」

「できませんね」


 海のスタンピードへの対処は、海岸線での防衛の他には手段がなかった。


「ですから魔素濃度の観測が重要なのですよ」


 ハロルドは記録簿の突出した魔素濃度の数値を指し示した。一定周期で平常時の五倍近くの魔素数を記録した直後に海のスタンピードが起きているということだった。


「我々はスタンピードの発生を予測し、それを大陸に伝えます。あとは各国が対策を取るだけです」


 夕食の席でアキラから海のスタンピードの顛末を聞かされたシュウは、砂浜フットサル場が壊されると慌て、コウメイは嫌そうに顔をしかめた。


「魔物がいるんだから、海にもスタンピードがねぇとは言い切れねぇよな、確かに」


 だが陸のスタンピードならば魔核を破壊すれば終わるが、海底はどうやって攻略するのだろうか。コウメイの疑問にアキラはハロルドの言葉をそのまま伝えた。


「海底で発生したスタンピードは、魔核が力尽きるまで放置します。海は広く、人は住んでいません。陸ほどの危険はありませんし、ある程度の制御は可能ですから、だそうだ」


 魔物が陸地に押し寄せてくるころには、海底の魔核はすでに力尽きているらしい。


「溢れた魔物って、上陸してくるんだろー?」

「海岸線が防衛線だそうだ」


 騎士も町兵も冒険者も総動員され、ひっきりなしに押し寄せる魔物を屠り続けるという。


「やりたくねぇなぁ」


 これまでスタンピードは何度か経験してきたが、どうも海のスタンピードの防衛戦は、最初に経験した時のような「いつ終わるともしれない耐久戦」のような気がするとコウメイがため息をついた。


「それでその魔素って、どのくらいだったんだ?」

「要観測の十八だ。二十五で各国に大暴走が近いと知らせることになっている」

「それ……平時はいくつなんだ?」

「五」

「……近々スタンピードが起きるんだな?」

「まだ七も余裕があるぞ」

「よゆーじゃねーよっ!」


 頬張っていた串カツを飲み込んだシュウがテーブルを叩いた。皿からこぼれた木串がテーブルを転がる。ナナクシャール島の海岸線は広い。そして島にいる冒険者は五十名もいないのだ。海の魔物が押し寄せてきたら、とても島を守りきれるとは思えない。


「ある程度コントロールできるらしいから心配するな」


 同じ恐れを口にしたアキラに、ハロルドは「大陸の拠点に呼び寄せる」と手順を説明していた。


「発生した海域にもよるが、ウェルシュタント国なら港町エンダンに集まるように仕掛けをしているそうだ」


 港町エンダンでは陸へと押し寄せる魔物を討伐するノウハウが確立されており、一種のお祭り騒ぎのようなイベントになっているらしい。


「前回のスタンピードで発生したサハギンはいい収入になったらしいぞ」

「そういや田舎の漁港にしては立派な冷凍施設があったな」


 海中では手も足も出ない魔物だが、陸に上がれば人間の方が有利だ。サハギンの大漁に湧いた町は、特注の魔道具を発注し、市場価格を見ながら冷凍保存したサハギンを出荷した。儲けた港町エンダンは、次のスタンピードもサハギンであって欲しいと願っているそうだ。


「たくましいねぇ」

「クラーケンが湧いたらどーすんだよ」

「陸に上がったタコなんて敵じゃないだろう」

「船に乗り上げたイカは強敵だったぜ」


 おそらく過去にクラーケンのスタンピードも起きているに違いない。今も町が存続しているのだから、当時の討伐隊が守り切ったのだろう。


「この島に来ねーのなら、気にすることねーよな」


 砂浜フットサル場を戦場にしたくないシュウはほっと息をつき、再び串カツに手を伸ばした。


「深海の珍しい魔物なら、二、三匹わけて欲しいな」


 食えるのなら食ってみたいコウメイは、魔法使いギルドに頼めば取り寄せできるだろうかとアキラにたずねた。「食えなかったらどうするんだ」と言いつつも、コウメイならば美味しく料理してくれそうだと期待して、ミシェルに連絡を取ることに決めた。


「しばらくは忙しくなりそうだが、魔素濃度と海流から発生地点を割り出す作業は面白そうだ」


 知的探究心をくすぐられたアキラは、ハロルドの思惑通りに観測記録とその分析にハマったのだった。


   +


「十一月八日、魔素濃度十九、深度三十二、潮流に異常なし」


 ハロルドが数値を読み上げ、アキラが連絡板に記入し本部に転送する。魔素の計測具に好奇心を刺激されているアキラだが、その操作や記録の読みとりは簡単にはゆかなかった。


「これの管理もあって私は島を出られないんですよ」


 海中の魔素を計測する道具を開発したのはハロルドの師匠だ。膨大な情報を圧縮して持ち帰るため、読み取る側にも訓練が必要な難解な魔道具だった。また特殊な設計の魔道具は日々のメンテナンスが欠かせないせいで、製法を継承したハロルド以外に扱える者がいない。弟子のカートは監視のもとで簡単な調整を任されていたが、深層部についてはハロルドしか扱えない。

 アキラは魔道具の設計構造よりも、膨大な記録の分析の方に興味が向いていた。過去のスタンピードと照らし合わせながら、楽しそうに魔法使いギルドに詰めている。


「じゃあいつ魔物が押し寄せるかは、まだはっきりしねぇんだな?」

「この島は安全ですよ」


 前回も前々回もナナクシャール島に上陸した海の魔物はいなかったとハロルドが断言するが、コウメイはその言葉を信じ切れないようだ。


「スタンピードに絶対はねぇんだぜ。ハロルドさんが経験した時はアレックスがいたんだろ?」


 あの腹黒が自分の平穏のためにこっそりと結界を張っていた可能性はゼロではない。前回と今回の大きな違いはアレックスだ。たった一人の不在がこれほど不安を煽るとは、いてもいなくても迷惑な奴だとブツブツ言いながら、コウメイはアキラとともに海のスタンピードの記録簿を読み返していた。


「周期はおよそ十年だが、一、二年くらいはズレることもあるようだ」

「毎年どっかで複数の大発生が起きてる陸に比べたら、海は平穏だな」


 前回はサハギンの大発生だったが、その前は一角鮫、その前は鯨の魔物であるケートス。


「連続して同じ魔物があふれた例はない、か」

「エンダンの港町は残念がるだろうな」


 一度大発生した魔物は、数十年はあふれることはない。ということは直近五十年の魔物を除外しピックアップすれば次の魔物はおおよそ絞り込める。星クラゲに一角鯨、そして。


「……クラーケンが湧いたらどうする」

「考えたくねぇな」


 だが最も確率の高い魔物はクラーケン、星クラゲ、雷鮫、幻惑魚だ。


「どれもこれも難易度の高い魔物じゃねぇか」


 ギルドの書庫をあさって海の魔物図鑑を引っ張り出してきたコウメイは、それぞれの項目を読み込んでいた。幻惑魚はカラフルな熱帯魚のように描かれていたが、ヒラヒラと揺れる胸ビレから幻惑系の毒を出し、標的を惑わせ戦意喪失させて襲う魔魚だ。海中で群れと遭遇したら毒にやられる前に逃げれば生存確率は高くなるそうだ。


「雷鮫も同じだな、電撃攻撃し敵をしびれさせてからガブリとやるってよ」

「星クラゲ……これはヒトデじゃないのか?」


 数値を追い疲れたアキラが気分転換にコウメイの手元をのぞき込んで、星クラゲの絵図に首を傾げた。


「だよな?」


 コウメイの目にもその絵は緑色のヒトデにしか見えない。


「全長十五マールということは、大体百五十センチくらいか。でけぇヒトデだな」

「陸にあがると二足歩行になるのか……どれが足だ」

「さぁ?」


 巨大なヒトデの魔物については特に注視すべき点はなかった。食えない魔物に用はない。


「で、クラーケンなんだけどさ」

「……考えたくないな」

「ジョーンズだっけ? アレはかなり特異な個体っぽいぜ。一般的なクラーケンは全長五、六十マールだそうだし」


 五、六メートルのイカタコの大群と考えれば俄然討伐に力が入るというものだ。


「イカ煎餅にイカ団子、焼いても茹でても和えても美味いもんなぁ」


 前回は船上だったため手の込んだ料理が作れなかったが、金華亭の厨房なら調味料も道具もそろっている。


「クラーケン料理作りてぇなぁ」

「たこ焼き」

「イカ入りお好み焼きだろ」


 イカタコ論争で睨み合う二人を、ハロルドは微笑ましげに見ていた。どんな魔物が湧こうとも、この島には海のスタンピードはやってこないのだ。彼らの検討と対策は無駄骨に終わる。それが分かっていても口を差し挟まないのは、アキラがギルドの仕事に積極的な興味を示したからだ。このまま搦め手でコウメイ共々ギルドに縛りつけてしまおうという魂胆だった。

 ナナクシャール出張所は万年人手不足なのである。


   +


 海中魔素の数値はゆっくりと増加していった。警戒数値の二十五に達したのは十一月の中頃、本部の分析によれば、最も魔素の濃い海域はウェルシュタント国の東南沖とのことだった。


「エンダンの港で魔物の受け入れ態勢がはじまったようです」

「位置的にトルンの港の方が近いんじゃねぇのか?」

「単純ですよ、戦力と経験は圧倒的にエンダンが上なのです」


 海洋地図を指さして問うコウメイに、ハロルドは今朝回収したばかりの数値を分析しながら、地図上に魔石を置いてゆく。


「エンダンならば王都が近いため騎士団の協力が得られます。そしてアレ・テタルから最も近い港なので魔術師たちも対策が取りやすい。なにより王都の冒険者人口は他の街の何倍もいるのです」


 海のスタンピードは陸地のそれと比べても危険度が低いため、そろそろだと察した冒険者らが報酬目当てに各地から集まってくるのだそうだ。


「大発生するのは海の魔物ですからね、陸にあげてしまえばこちらの方が有利ですよ」


 海の魔物は海中にいてこそ無敵だが、所詮は水中に生きる存在だ。上陸した直後は脅威に違いないが、しばらくすればその戦闘力は半減する。弱るまで粘れば後はそれほど難しくはない。


「砂浜に打ち上げられた鯨が衰弱するみたいな感じか」

「あまり気負う必要はないということですか」

「エンダンの冒険者も漁師らも海のスタンピードには慣れています。むしろ十年に一度のお祭りのようなものです」


 本日の計測結果をまとめ上げたハロルドは、アキラに本部への転送を頼むと、島の結界の点検に出ていった。


「心配ねーって言うけどよ、そう都合良く誘導でききるものなのかよー」


 夕食の席での報告で話を聞いたシュウは半信半疑という顔だが、それはコウメイとアキラも同じだった。


「魔物を呼び寄せられるなんて聞いたことねぇよな?」

「失敗例とかねーのかよー?」

「調べた限りではなかった」


 だが海のスタンピードをコントロールしはじめたのはここ百年ほどで歴史は浅く、まだ九つの事例しか蓄積されていないのだ。


「だいたい海の魔物限定というところが不自然だ」

「だよなぁ。それができるなら陸でも応用してるはずだし」


 都合良くスタンピードをコントロールできるなら、大陸でその手法が広まっていないのはおかしい。ハロルドらは疑問に思わないようだが、コウメイたちは楽観できなかった。


「警戒は続けとこうぜ。あと準備できることはしておこう。突然方向転換して押し寄せてきても困らねぇようにな」

「コウメイの言い方、フラグっぽいぜー?」

「やめろ、縁起でもない」


   +


「呼び寄せが上手く機能していますね」


 十二月一日、魔素濃度は三十を越えた。すでにどこかの海底で魔物があふれているだろう。押し寄せてくるまで猶予はないと思われるが、ナナクシャール島は普段と変わらず平穏だ。ハロルドが地図に書き込んだ魔素の流れは、まっすぐに西方向へ向いていた。


「それなのですが、本部からは問い合わせが来ています」


 いつ魔物が押し寄せてもおかしくない魔素濃度だが、エンダン沖には魔物の気配がないらしい。本部の分析係が「数値の写し間違いではないか」と五回も問い合わせてきていた。大陸でも独自に魔物の動き観測していたが、餌に呼び寄せられていたはずの魔物の群れは、一度はエンダンの遠洋に向けて移動していたが、突如方角を南に変え、そこから北東のトルン方向へ移動したかと思えば、再び進路を変えまっすぐ南下しているのだという。


「トルンのまっすぐ南ってぇと……」

「この島ですね」

「そんなはずはない!」


 アレ・テタルからの分析結果の通りに地図を指でなぞると、突き当たるのはナナクシャール島だ。

 ハロルドは海から回収したばかりの観測魔道具を開けると、圧縮された記録を読みなおしたが、やはり数値は間違っていないと断言した。


「魔素の記録は正しいのですから、魔物がこの島に押し寄せるはずはありません!」


 コウメイは鼻息の荒いハロルドに背を向けると、アキラとシュウをギルドの外に連れ出した。


「来るよな?」

「来そうだよなー?」

「来ないほうが不自然だ」


 ハロルドが計測していたのは海中の魔素濃度と、魔素だまりの深度だ。その数値は確かに正しいだろう。だがアレ・テタルが観測していたのは魔物の群れの動きだ。その両者は全くの別物である。


「やっぱり呼び寄せ失敗じゃねーか」

「本部の分析だと、第一陣が押し寄せるまでの猶予は丸一日というところだそうだ」


 連絡板で頻繁にやりとりをするアキラは、島のわずかな人員でどうやって切り抜けるか考えはじめた。現実を認めようとしないハロルドは頼りにならなさそうだと人員から外しておく。


「ウェイドなら海のスタンピードの経験あるんじゃねぇか」

「王都に長いといっていたな」


 経験者がいるのは心強い。


「タラはどうする? この島に避難させる場所なんてねぇぞ」

「避難させるなら大樹だな。あそこは一種の結界だ」

「なら俺が連れてくぜー。護衛は任せろ」

「シュウは駄目だ。護衛は他の誰かにしろ」

「えー」


 アキラは不満の声を上げるシュウをひと睨みで黙らせた。ただでさえ戦える人間が少ないのに、最大戦力を後方に置いておけるわけがない。


「せめて魔物の種類がわかれば対処がしやすいのに……」


 陸にあがれば戦力は半減し討伐は難しくないと言うが、物資も足りず、冒険者は五十名ほどしかいない現状では気休めにもならない。


「とりあえず、防衛はこのあたりの海岸線だけでいいんじゃねぇか?」


 しゃがみ込み、地面にザックリとした島の外周を描いたコウメイが、森と町の結界を示して、森側の海岸線は放置でいいだろうと提案した。


「陸の魔物対海の魔物で勝手につぶし合ってくれりゃ助かるな。俺らは町の側を守りきればいいんだから」

「となると、地形的にこの湾からここの砂浜か。それでも厳しいな……」

「なー、ミシェルさんに救援頼めねーのかよ?」


 エンダンの防衛線に魔術師も待機しているらしいが、そっちの仕事がなくなったのだ、島に送ることは不可能ではない。その場で連絡板経由で要請を投げかけたアキラだが、帰ってきた返事は厳しいものだった。


「エンダンからアレ・テタルに戻るのに四日かかるから難しいそうだ」

「最悪の場合は色々覚悟決めなきゃならねぇかもな」


 自分たちだけ逃げるのなら簡単だ。だが島の住人を見捨ててゆくことはできないし、フットサルで親交を深めた冒険者たちも他人とは思えなくなっている。出し惜しみしていては後悔する結果になりかねない。獣人族の力を出しきろうとすれば、シュウは変態するしかないし、アキラはピアスを外すことになるだろう。


「……この島で助かったかもな」


 契約魔術は「島で知り得たあらゆる事柄の口外を禁じる」となっている。獣人族とエルフの存在がバレたとしても、島を出れば絶対に口外できないし、島の中でも悪事を働こうとすれば懲罰魔術が発動する。


「そー考えると、この島って俺ら向きなんだなー」

「だな。いっそ定住するか?」

「アレックスと近所づきあいするのか?」

「……それはちょっと」


 不在の間だけでも色々と面倒を押しつけられているのだ、ご近所付き合いするようになったら今以上に厄介事を投げられそうだ。

 同時に三つのため息がこぼれた。


「とにかく、この島の海岸線は崖や絶壁がほとんどだ。コウメイの案をウェイドさんに相談して、早急に対策を取ろう」


 空が茜色に染まった頃、腕輪付きの冒険者らを引き連れて戻ってきたウェイドを捕まえ、海のスタンピードがこの島に向かっていると伝えた。


   +


 冒険者たちの大半は、海のスタンピードがこの島にやってくると聞かされても信じなかった。ウェルシュタント国なら港町エンダン、サンステン国ならカラセルテの港街に魔物を誘き寄せていると知っていたからだ。


「魔法使いギルドの本部の見解なら信憑性は高いが」


 チラリと横目でハロルドを見たウェイドは、ギルド職員間で意見が分かれたことに不安を感じているようだ。


「一流の冒険者なら、最悪の事態を想定しておくべきではありませんか?」


 前回の海のスタンピードを経験しているウェイドは、押し寄せる魔物の大群がどれほどであるか身をもって知っている。三交代制で二十日間、海岸線で魔物を押しとどめる戦いは過酷だった。騎士団の三百名と冒険者五百名、そして漁師たちの後方支援があってようやく全てを討伐できた戦いだった。もしこの島に魔物が押し寄せれば、わずか五十数名で対抗しなければならない。誰一人生還できないかもしれないと、ウェイドは青ざめている。


「もちろん来なければそれでいいんです。だがもし魔物が押し寄せたら、この島にいる人員だけで対処しなくてはならないんです。死にたくないのなら『もしも』を考えて準備しておく必要がある」

「逃げるという選択肢はないのか?」

「どこへ逃げるのですか?」


 船はなく、高台は森の中。戦う相手が海の魔物から森のそれに変わるだけだ。


「確かに森は危険だが、大樹のあたりは比較的安全だろう? それに森と町の間には結界があるじゃないか」

「あれは森の魔物をこちらに入れないためのものですから、こちら側から森側への侵入は止められませんよ」


 陸に向かってくる魔物たちの勢いを知る冒険者らが、アキラの説明を聞いて顔色を変えた。

 ウェイドの腹は決まったようだ。


「魔物はいつ押し寄せてくるって?」

「猶予は明日一日だそうです」


 明後日の早朝か、遅くとも昼頃だろうというのが本部の見解だとアキラが伝えると、ウェイドは首を振って。


「早まることを考慮するべきだ。俺の経験した二回とも、予想より早くはじまった」


 となると明日の深夜を目安に準備を整えなければならない。


「冒険者側のとりまとめは俺がやろう。アキラは魔法使いギルドに増援を頼んでくれ」

「本部詰めの攻撃魔術師をかき集めて貰うことにします。戦線の場所でしたらコウメイに案があります、打ち合わせしてください」


 未だ楽観視する面々を無視して、アキラたちは海のスタンピードに向けた対策に取りかかった。



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