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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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09 エルフの狩場


 町を守る結界を超えると、途端にピリピリと肌が痛みはじめた。


「こんな近くにもいるのか……」


 ずいぶんと虹魔石を持つ魔物が増え、冒険者たちの居住区近くまでやってきているようだ。アキラは二人を誘導し、冒険者たちが作った道から外れ、腰丈まで伸びた草を踏み分け、日の遮られた陰に向かって進む。


「その先だ、ごく微量だが感じる」

「島の中心部に追い込むんだぞ。討伐じゃねぇからな」

「わかってるって」


 エルフの上前をはねるなと念を押されたシュウは、獣人の覇気を茂みに向けて解放した。小物だろうからと控えめにしたのだが、強者の気配を感じた魔物の群れは三人が踏み込むよりも前に逃げ出していた。


「でけーウサギだなー」

「猪くらいの奴もいたぜ。あのでけぇのが虹持ちか?」

「いや、群れの最後尾の角ウサギだ」


 身体が大きいから、力が強いから、攻撃力があるから。そういった魔物として強力な個体に虹魔石を持つ場合が多いが、群れのなかで最も弱い個体が含有する場合もあり、その法則は謎だった。


 初日の三人は町と森との境界線をなぞるようにしてエルフの獲物を追い立てた。シュウの威圧でも怯まない魔物からの反撃もあったが、それほど難しい相手ではなかった。

 森の中心部へ向け進むと、木々の合間から淡い紫色の葉を茂らせた大樹が見える。こんもりとした丘の上にある大樹は、地面にたくましく根を張り、空を支えるかのように高くまっすぐにそびえ立っている。この木は数百年、いや千年以上もここでエルフたちの狩りを見続けてきたのだろうか。


 三人は大樹の根元に腰を下ろし、緩く広がる森を眺めた。

 足を投げ出して座ったシュウが「腹減ったー」とコウメイに手を突き出した。その手にクッキーバーを乗せた彼は、妙に機嫌の悪いアキラを宥めるように「食うか?」とたずねる。飲み物だけでいいと断りハギ茶で喉を潤したアキラは、傘のように広がる大樹の枝葉を観察して眉間に力を込めた。


「難しい顔じゃねぇか。なにか気になることでもあるのか?」

「……守りの強化をどうすればいいか、さっぱりわからないんだ」

「日記に書いてねーのかよ」

「ここにきて、見ればわかる、とだけしか書かれていなかった」

「うわぁ……」


 アキラの機嫌が地面を這っているのも当然だった。

 自分が傍観者の立場ならアレックスらしいと笑えるが、当事者として業務にあたらなければならない立場になると、初見かつ引き継ぎも説明も一切なしにいきなり本番の重大任務を押しつけられれば、確かに怒りしかわかないだろう。


「どうにかなりそうか?」


 若い紫の葉が風でさわさわと揺れ、日を受けてキラキラと眩しい。肉眼ではわからないが、義眼ならば見えるかもしれないと、コウメイは眼帯を外してアキラの視線の先を追った。


「若葉から魔力が放出されてるぜ」


 紫に色づいた葉から、キラキラと儚い輝きがにじみ出て、水蒸気が立ちのぼるように空に散り一帯を満たしている。大樹から放出される魔力が漂う、ちょうど丘の中腹あたりに大蜘蛛と毛ワームがうろうろしているが、魔力の影響下に踏み込んでくることができないようだ。なるほど、これが「大樹の守り」かと納得したコウメイだ。


「……以前よりも葉の色が薄い」


 紫は大樹の魔力の色。それが薄いせいで十年前よりも結界の範囲が狭いとアキラが指摘した。


「よく覚えてんなー」

「見ればわかる、か……なるほど」


 悔しいが、確かに一目瞭然だと、アキラはため息をついた。


「アキ?」

「大樹から放出される魔力の力も弱いし、量も少ない」


 以前のような満ち足りた力強い力を感じとれないと断言するアキラは、日記に何と書いてあったか、眉を寄せて読み流した文面を思い出そうとした。


「たしか、餌を与える……だったか?」

「餌?」

「肥料じゃねーのかよ」

「植物に与えるのは普通は肥料だろ」

「異世界言語の翻訳が壊れたのでなければ『餌』で間違いないはずだ」


 足下の大地から、盛りあがった根へと視線を移したアキラは、目を細めたまま何かを探すようにゆっくりと大樹の周囲を歩きはじめた。表面に手を当てると、脈動が伝わってくる。アキラは樹に身体をピタリと寄せた。押し当てた耳に届くのは、導管を流れる水の音というよりも、まるで心音のようだ。植物だと思い込んでいたが、もしかしてこの木はモンスターなのだろうか。


「俺はファンタジーには詳しくないんだが、植物の魔物を知っているか?」


 振り返ったアキラの問いに、二人はそれぞれに知っている植物系モンスターをあげていった。


「サボテンのモンスターとか、ゲームにはいたよなー」

「ドライアドとかトレントとかは精霊とかそういう感じだし、マンドラゴラとかは引っこ抜くときにあげる悲鳴で即死案件だとか、まあ色々あるみたいだぜ」


 樹齢はいったい何年になるのか、予想もつかないほど太い幹の周りを観察しながら歩く。大地に踏ん張るようにたくましく広がる根を乗り越え、岩を抱き込む樹皮の下を探りつつすすむと、突然足元から風が吹きあがった。

 ローブの裾がはためき、髪が乱される。


「でっけー穴」

「洞ができてるんだな。風が抜けるってことは、向こう側とつながって……ねぇな」


 腰を落としてのぞき込んだコウメイは、一筋の光も見えない闇を見て警戒を強めた。


「なんかさー、大口あけてる人に見えねー?」


 洞を縁取る樹皮の厚ぼったいヒダは、人の唇のようにも見えなくはない。

 再び風が吹きあがった。息を吐き出したかのような風は、複雑な洞の内で反響し、まるでうめき声のように不気味に響いた。

 風を避けるように飛び退いた三人は、それぞれ武器に手を置きながら洞を凝視している。


「なぁ、俺の気のせいだと思うんだが……ハラヘッタ、て聞こえねぇか?」

「俺はメシマダカーに聞こえたけどなー」

「奇遇だな、俺の耳にも聞こえるぞ、メシヨコセ、とな」


 どうやら幻聴ではなかったらしい。そして錯覚でもなかった。その洞は、何かを食むように動いたのだ。


「こいつ、トレントだったみてぇだな」

「世界樹だと思ってたのになー」

「もしかして肉食なのか?」


 アキラの問いに答えるように風が吹いた。


「チカラヨコセ?」

「えー、アキラが餌? 人食い木かよー」

「魔力をよこせ、じゃねぇのか?」

「魔石で勘弁してほしいんだが……」


 ぶほーっ、と喜びに震えるような風が足元の雑草を押し倒す。


「どうする?」

「シュウ、さっき狩った大蜘蛛の魔石を」

「ここに入れりゃいーのか?」


 巾着袋からつまみ出した小魔石を一つ、無造作に木の洞へと投げ入れた。

 地面に落ちる音も、洞壁にぶつかる音もしなかった。代わりに、パリン、と弾けるような音が聞こえる。

 ジャリ、ジャリ、シャリ。


「……食ってるな」

「食ってるぜ」

「美味いのかよー?」


 噛み砕くような音がしなくなるのと同時に、根元から枝の先へとキラキラしい光が駆け上がる。


「あのへんの葉っぱ、色が濃くなってねぇか?」

「魔力が強まったな」


 どうやら魔石を与えるので正解のようだ。


「そういやダッタザートでアキがハマってた屋上の薬草園、土にクズ魔石の粉末を混ぜ込んでたよな?」

「管理手引きに書かれていた通りにしていたんだが……」


 普通の畑ならば土を豊かにするため堆肥を混ぜるが、薬草園では痩せた土に魔石の粉末を混ぜ入れて薬草を育てていた。薬草にとっては魔石粉が肥料になるのかとこちらの不思議に驚いたのだが、どうやらこの大樹も同じ原理のようだ。


「この木が魔力を成長の糧にしてる植物系魔物だとしたら、薬草も魔物ってことにならねぇか?」

「えー、俺ら魔物の汁を飲んでんのかよー?」


 口を押さえて顔を歪めるシュウの肩を「今更だろ」とコウメイが叩いた。


「俺ら散々魔物食ってきたじゃねぇか。薬草が魔物だろうと変わりゃしねぇよ」


 オーク肉のステーキに羽蜥蜴肉のエビチリ風、キングスコーピオンのバーベキューにクラーケンのカルパッチョ。どれもこれも大変美味しくいただいた。


「もっと魔石が必要だな」


 吸いあげられた魔力が、根に近い低枝の葉を染めるにとどまったのを見たアキラが、二人を促した。


「この木のすべての若葉に魔力を満たす必要があるとしたら、相当な量の魔石が必要になるぞ」

「久しぶりの本格的な討伐だな」

「ここんとこサッカー中心だったから、こっちの腕はなまってそーなんだよなー」


 片手剣を抜いたコウメイは、包丁以外の刃物は久しぶりだと高揚しているし、背負っていた長剣を握って派手に振り回すシュウはすでに闘志が剥き出しで、今にも森へと駆け出したそうにしている。アキラも自作の杖を握り直して魔力を高めると、二人の後に続いた。


「雑魚は後始末が面倒だ、可能な限り大物狙いでいくぞ」

「了解」

「腕が鳴るぜーっ」


 走り出したシュウの覇気に気圧された虫系魔物が、慌てて逃げ道を空けた。


   +++


 ホブゴブリンの魔石が十個にオーガが八個、青銅大蛇が十二個にヘルハウンドが五個、仕上げに鎧竜の大魔石一個を与えてようやく大樹は満足した。若葉を濃い紫色に染め、さわさわと歓喜するように揺れながら、辺り一面に守りの魔力をまき散らしている。


「大荷物になっちまったなぁ」

「捨てるのもったいねーだろ」


 この島では魔石以外に価値のない魔物を選んで狙ったのだが、向こうから襲ってくれば返り討ちにするしかない。ヘルハウンドの皮も鎧竜の表皮も捨てるにはもったいない素材で、三人は久しぶりに解体手順の復習をすることになった。


「鎧竜の素材がこれだけあれば、防具を新調できるんじゃないか?」


 アキラは二人の古い革素材の防具を指さして「もっと防御力の高い物に変えるべきだ」と言った。


「鎧ガチガチのフル装備は嫌だぜ、かっこわりーよ」

「シュウはその飾りみたいな胸あてを、頑丈で軽い素材で作り替えるだけでも十分だが、コウメイはもう少し防御を固めてもいいんじゃないか?」


 動きやすさを優先したい気持ちは分かるが、身体能力の異なるシュウと同じ装備ではコウメイの負担が大きすぎるとアキラが指摘する。


「あんまりガチガチに固めると動きにくいんだがなぁ」

「コウメイは盾役が増えてきたし、もうちょっと固めてもいーと思うけどなー」


 三人の戦い方はシュウが攻撃専門、アキラが後方支援と遠隔攻撃、コウメイは指揮をとりながらアキラの盾という役割分担が確立している。守られる側から見ても彼の装備は貧弱で、身体を盾にする守られ方では安心できないと言われては折れるしかない。コウメイは諦めたように額を叩いた。


「あー、分かったよ。町に戻ったらロビンに相談してみるから」


 鎧竜の表皮を丁寧に剥ぎ取って荷造りし、ヘルハウンドの皮も畳んで背負い野営地に戻ってきた。

 大樹が満足するだけの魔石を与え終える頃には、空には星の川が流れていた。他には誰もいない丘の上、大樹の守りの下にテントを張った三人は、のんびりと星空を眺めながら過ごしたのだった。


   +++


 森に入って三日目の夜。焚き火の周りに置いた魔猪の串肉が食べ頃に焼きあがっていた。シュウが焼けるはなから口に運んでいる。コウメイから受け取ったハギ粉団子入りのスープを、口元に運ぼうとしていたアキラの手が止まった。夜空を凝視し、椀を手放し杖を持ち直す。アキラの視線の先を追ったコウメイは、以前は見ることのできなかった虹色の幕が夜空に広がるのを義眼で確かめた。


「アレか」

「ああ、現れたな」

「すげーな、オーロラかよ」


 興奮して立ち上がったシュウが、感嘆の声をあげ空を指さす。


「見えてるのか?」

「見えるだろー」


 どうやら獣人族の目には鮮明な虹の幕が映っているらしい。

 ゆらゆらと揺れる虹幕は島全体へと広がっていった。結界で遮られた町と、この大樹の守りの満ちた部分を避けるようにして、森のほとんどが虹の幕に包まれる。


「なーんか野外シネマ見てる感じがしねーか?」

「無声映画だけどな」

「でも臨場感はあるぜ」


 幕の向こう側には大勢の人影が映っている。武器を持ち、杖をかかげる彼らのシルエットは細身で、一目瞭然のエルフだ。指揮官と思われる人物が大きく剣を振ると、それを合図に彼らは一斉に虹持ちの魔物に向かってゆく。


「あー、あれミノタウロスだよな?」

「一対一とかありえねぇだろ」

「八岐大蛇をひと突きか……」

「でっけー火の玉乱発してっけど、火事になんねーのかな?」

「狩り場を全焼させて困るのは彼らだ。消火くらいはするんじゃないか?」

「ああ、もったいねぇ。剣竜の背びれを折るなよ!」


 研げば薄くて頑丈で鎧竜の表皮すら軽々と斬り裂ける武器となる素材を、ゴミのように扱うシルエットに向けて、コウメイは思わず抗議の声を飛ばしていた。

 こちらとあちらを隔てる虹色の薄膜が、エルフたちの移動にあわせ、ふわり、ゆらりと美しいひだを作り三人を魅了する。こちら側に近づきすぎたエルフは、影ではなく色を帯びてほんのりと容姿が見て取れた。


「モザイクかかってんのに美人って分かるの、すげーよな」

「シュウ、言い方……」

「あんまり近づくなよ。こっちの声は届かなくても、向こうからも見えてるかもしれねぇんだからな」

「見えているようだぞ」


 そう囁いたアキラの全身が緊張で強張っていた。杖を握る手が汗で滑り、視線を逸らせられない。エルフの指揮官とおぼしき影は魔物と戦う同胞ではなく、膜を隔てて見物するアキラを向いていた。表情は見えないのに、その視線が間違いなく自分を射貫いていると感じるのだ。

 コウメイはアキラの前に進み出た。シュウは串を放り投げ長剣を抜く。アキラは震える手をゆっくりと持ちあげ、両手で固く杖を握りしめていた。


「アキ、方針は?」

「……こちらからは手を出すな」

「襲ってきたら?」

「逃げたいが……」


 どうあがいても逃げられそうになかった。向けられたのは、射貫くような鋭さと、圧倒的な魔力差を見せつけるような視線。それと目が合った瞬間に、アキラは全身を縛りつけられたように感じた。細く繊細でありながら、決して切れない糸に絡め取られ動けない。


「心配するな、抱えてでも逃げ切ってやるから」

「火の玉も、一発くれーならなんとかするぜー」


 コウメイはアキラの前に立ち、シュウは長剣をバットのように構え打ち返す気満々だ。だがエルフたちは数ヶ月ぶりの虹魔石狩りに夢中で、膜の外など眼中にない。もし彼らに気づいていたとしても、歯牙にもかけないだろう。

 その中で、指揮官の視線の先に興味を持ったのか、一つの影がこちらを振り返った。


「やばそうなのが来たぜ」


 その影は狩りの前線で巨大な火の玉を連射し魔物を屠っていた魔術師だった。くるりと方向を変え、前線からこちらへと向かってくる。

 越えてきたならば斬る、と殺気を向けるシュウに怯むこともなく、影は幕をかき分けてこちら側へ踏み込んだ。


「なんやの、恐い顔してからに」


 虹色の幕が外れ現れたのは、よく知る声と顔だった。


「あ、アレックスぅ!?」


 驚きに叫んだ声が裏返った。

 糸のような細い目に、含み笑いをしているかのような唇。

 彼の耳には赤い魔石のピアスはなく、長く尖った耳が黒髪の間からのびているが、間違いなくアレックスだ。


「てめー、そんなとこで何してんだよ」

「……職場を放棄して副業ですか?」

「睨まんといて。ワシかて好きで狩りに引っ張り出されたんやないで」


 雪山以来の腹黒陰険細目は、相変わらずひょうひょうとしていた。


「久しぶりに里帰りしたら手伝えて、酷いやろ? ただ働きしたないのに、カンニンしてほしいわ」


 その割に景気よくバンバン魔法を連射していたようだが。


「ところでアキラ、そのみっともない杖はなんやの。ワシがやったんはどないした?」

「雪崩で紛失しました。追われていたので身の安全を優先し回収できませんでした、すみません」


 アレックスは、全く悪いとも申し訳ないとも思っていない謝罪の言葉よりも、彼の持つ杖の方が気になって仕方がないようだった。


「もうちょい見栄えようならんかったん? 不格好やし、似合わへんわ」

「使い勝手は悪くありませんよ」

「そらワシの設計図元にしとるんや、性能悪いはずあらへん。せやのうて、杖っちゅうんは魔術師のシンボルやねんで、象徴や。それがこない不細工でみっともないんはあかんて!」

「性能が良ければ見た目はどうでも良いのでは?」


 アキラの返答を聞いたアレックスは顔をしかめ、同じ意見なのかとコウメイに視線で問う。苦笑いとともに首を横に振るのを見て「まあええわ」とため息をついた。


「そのうち戻ってくるやろ」


 誰が、と問う前に、アレックスは焚き火の周りに刺してあった魔猪肉の串焼きをつかみ取り、そのまま虹幕に手をかけた。


「ほなワシそろそろあっちに戻るわ」

「待ってください。ギルドの仕事はどうするんですか」

「ワシあっちで用事残ってんねん。ぱぱっと片付けてすぐに戻るし、もうちょっと留守よろしゅう頼むわ」

「具体的に、何日です?」

「すぐやすぐ。ほな、な」


 軽く手を振ったアレックスは、ひょいと幕を持ちあげた隙間から向こう側へと滑り込むと、何事もなかったかのように狩りに戻っていった。あまりにも簡単にあちらとこちらを往き来するのを見せられたシュウが、一歩二歩と近づいて手を伸ばそうとしていた。


「あのへんから向こう側へ行けそーな気がしねー?」

「やめとけって、あいつの罠かもしれねぇぞ」

「その幕は一種の結界だ、むやみに触れたら一瞬で雷に打たれかねない。絶対に触るんじゃないぞ」


 触るなと言われたら触りたくなるものだ。シュウは焚きつけように集めていた枯れ枝のなかから太い一本を取り出すと、アレックスが出入りしていたあたりにむけて投げつけた。

 ジュウッ、と。

 枯れ枝は幕に触れた瞬間、跡形もなく焼け散った。


「うわー、灰も残ってねーよ」


 こちらからは侵入不可だがあちらからは可。不公平だがこの島はエルフの狩り場なのだから、あちら側に都合の良い結界で当然だろう。


「アレックスのせいで気が抜けた……」

「何かあったらあいつに全部押しつければいいだろ、ちょっと寛ごうぜ」


 放り出したままの夕食を食べながら、無声シルエットシネマを楽しむくらいの感覚で構えてようぜとアキラを励ました。


「あーっ!!」


 悲鳴のような絶叫に振り返ると、シュウが焚き火の前でしゃがみ込んでいる。


「あの細目、串肉全部持って行きやがったーっ!!」


 残っているのはハギ団子スープと未処理の生肉だけである。


「ちゃっかりしてんなぁ」

「シュウ、肉はまた焼けばいいんだから」

「飯の恨みは恐いんだぞ、覚えてろよー」


 魔猪肉を改めて焼き、冷めてしまったスープを温め直して夕食を再開した三人は、エルフたちが魔物を蹂躙するシルエットムービーを、アレコレ好き勝手な解説を加えながら最後まで見届けたのだった。


   +


 アレックスの「ちょっと」が数ヶ月、下手をすれば年単位だと思い知ったのは、エルフらの狩りを見届け町に戻ってからだった。


「ちょっと用事を片付けてくる、と出て行ってなしのつぶてが現状ですよ」


 ミシェルに呼び出されたアレックスが一度島に戻ってきたときに、ほんの数日というニュアンスの言葉を残し再び島を出ていったときのことをハロルドから聞かされたアキラは、虹幕の向こうに消えた細目が言った「すぐ」も間違いなく数ヶ月単位なのだろうと腹をくくった。


「一、二年は島にいることになりそうだ」

「のんびりできていいんじゃねぇか?」

「留守番してりゃいいんだし、こき使われるよりましだろー」


 島にいても、やれ魔物素材をあつめろだの薬草を送れだのと、細かな依頼はひっきりなしだが、すべて島の中で完結する分、大陸中を移動させられるよりは負担も少ない。ここにいれば周囲の視線を気にする必要もないことから、気を緩めて暮らせる利点もある。


「あの細目、もういっそ帰ってこなくてもいいんじゃねぇか?」

「居たら居たでかき回されて面倒が増えるだけだし、現状は何も困っていないな」


 自分たちが島に腰を据えるなら、腹黒陰険細目エルフは不在でいてもらった方が心の平穏を保てるというものだ。

 三人は数年ほどゆっくりと島暮らしを楽しもうと決めたのだった。



おまけ(映画鑑賞しながら好き勝手しゃべるの楽しいですよね)


「派手にぶっ放すなぁ」

「どう計算してもオーバーキルだ」

「うおー、あっちのエルフの剣さばき、はえーよ、スゲー」

「……あいつだな」

「こっちに気づいたぞ」

「知り合い?」

「まさか、知らねぇな」

「シルエットで個体判別は不可能だろう?」

「けど手振ってるぜー?」

「……金色だな」

「気のせいだ、気のせい」

「いいかシュウ、絶対に振り返すなよ、いいな」

「お、おう……?」

「コウメイ、あいつ怒ってるみたいだぞ」

「派手に両手振り回してるけど、アレは無視できねーよ?」

「無視だ、無視!」

「あ、こっち向かってくる」

「逃げようぜ」

「誰かに止められたみてーだ」

「黒い……あれはアレックスだな。引きずって行ったぞ」

「良くやった細目!」

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