07 砂浜大運動会
素材集めはしばらく断ってくれと宣言したシュウは、アレックスの資材部屋の隅っこに座り込んで、何やら工作をはじめた。アキラが「整理整頓をするのなら、その部屋あるものは好きに使っていい」と弟子権限で勝手に許可を出したので、嬉々として資材の山をかき回している。
初日は食事とトイレ以外は資材部屋に籠もっていた。
二日目の夕食もうわの空で料理をかき込むと、ブツブツ言いながら二階に上がったきりだった。
三日目、工作がうまくいっていないのか、朝食の席でのシュウの表情は酷いものだった。目は血走っているし、寝ていないのだろう、隈が濃い。
「なに作ってるのか知らねぇが、睡眠不足は失敗の元だぜ」
「難しい顔してるが、手伝おうか?」
「……もうちっと頑張ってみる」
普段なら苦手なことは全部丸投げするシュウだが、今回は意地でも一人で完成させ、二人を驚かせたいらしい。
「ちょっと浜に行ってくる」
四日目の朝、夜の間に何か思いついたのか、機嫌良く朝食を食べ終えたシュウは、荷袋を持って飛び出した。そして昼前には大きく膨らんだ荷袋を担いで戻ってきたのだが。
「ココナッツジュースでも飲むのかよ」
ごろん、ごろん、と荷袋から転がり出たのは、大量のヤシの実だ。
「え、飲めんのか、これ?」
「飲むんじゃなきゃ何するんだ。タワシでも作るのか?」
「あー」
眉間にしわを寄せしばし考え込んだシュウは、ヤシの実を一つコウメイに投げ渡した。
「そんなに興味があるなら、ちょっと手伝ってくれてもいいんだぜ? 俺一人でも作れるけどな」
「素直に助けてくれっていえよ」
「助けてください、お願いしますっ」
高校の工芸成績は常に二、指先よりも足技が器用で得意なシュウにとって、ほとんど職人の領域のような開発と工程に八方塞がりだったらしい。
「もう素材が残り少ねーんだよ」
「素材って、この前の蛙の皮か?」
それとヤシの実でいったい何を作るつもりなのかとアキラが首をかしげる。
「ボール作れねーかなーって、思ったんだよ……」
弾力がありよく跳ねる素材だと聞いて、サッカーボールを作りたくなったのだとシュウは白状した。
「生き死にの心配しねーでいいスポーツがしたくなったんだよ」
魔物討伐でも身体は動かせるが、純粋に娯楽として身体を動かしたかったシュウは、砂浜でボールを蹴りたい願望に支配されてしまったのだ。
人食蛙の皮を巾着袋のようにして空気を入れ、口をかたく縛ると、ボールのように軽く跳ねたのだ。これはいけるぞとサッカーボール作りをはじめたのだが、綺麗な球状にする段階でシュウは挫折しかかっていた。
「皮を丸く縫い合わせるのができなくてさー」
最初の失敗で三枚がゴミになった。
「丸くして空気入れただけじゃビーチボールだろ?」
「ただ縫い合わせただけじゃ、空気が漏れるんじゃないのか?」
二人のダメ出しにもめげないシュウは、そこでコレだよとヤシの実を掲げて見せた。
「中に丸いモノ入れたらいいと思わねー?」
だからヤシの実なのかと、アキラはコウメイの持つ実を拳で叩いた。
コンコンと硬質な音がする。
「結構痛いぞ」
「コレ蹴ったら足の骨が折れるぜ」
「……だめかー」
ヤシの実を集めていたころから、うすうすは駄目そうだと思いはじめていたシュウだ。硬いし重いし、よくよく見れば完全な丸ではない。
あまりにも落ち込むシュウの様子に同情したのか、あるいは二人とも退屈していたからか、コウメイとアキラはボールの作り方を模索しはじめた。
「蛙の皮は素材としては悪くはねぇと思うんだが」
「何層かに重ねるのにヤシの繊維は使えるような気もするな」
「野球のボールなら構造は知ってるけど、サッカーはなぁ」
どこかで切断した画像を見た記憶はあるが、サッカーボールのそれは覚えがない。サッカー部員だったのだからボールの構造くらい知らないのかとシュウに話を向けるが、蹴ったことはあっても分解したことはない彼は首をかしげるばかりだ。
「バレーとかサッカーとかバスケとか、空気を入れるボールに芯はないだろ?」
「じゃあ中に頑丈なゴムボールみてぇなのを入れて、周りをヤシの繊維か何かで包む?」
「それだと重くならないか?」
「空洞は必要だな」
「表面をどうする? 弾力は?」
「そこは蛙の皮だろ」
「強度が不安だな」
板紙にボールの図面を描きながら話し合う二人の横で、シュウは嬉しそうに尻尾を振っていた。
「さっすがー、頭いい奴は頼りになるぜーっ!」
自分一人で完成させ二人の驚く顔を見たかったが、協力して作りあげるのもいいものだ。
「空気の補充はどうする?」
「ゴム、ねぇんだよなぁこの世界」
「似たよーな素材ねーのかよ?」
ココナッツジュースと塩クッキーを真ん中に頭を突き合わせた三人は、カートが「査定の時間ですよ」とアキラを回収しに来るまで、素材を引っかき回しなからサッカーボールの設計に熱中していたのだった。
+
「アキラさん、本部からスライムの廃液が届きましたが、これはいったい?」
転送室から荷箱を運び出したカートが、納品伝票を見てたずねた。
「付与効果のなくなった廃液なんて、いったい何に使うんですか?」
アレ・テタルで開発されたスライムは人造魔物だ。そのスライムから抽出した魔素を布や紙に塗布して特殊な魔道具を作る際に出る廃液は、再びスライムを作り出すために再利用するくらいしか使い道はない。だがアキラが大量に注文したことで、他に流用できる用途が見つかったのだろうかとカートは興味津々だ。
「魔道具作りならお手伝いさせてください」
「残念ながら、作るのは魔道具じゃないんだ」
サッカーボールである。
+
「コウメイさん、頼まれていたものなのですが、こんな感じで良かったでしょうか?」
金華亭の仕込みを終えて一息ついたところで、タラが裁縫箱から何枚かの袋を取り出した。
「できるだけ丸くなるように頑張ってみましたが、難しいですね」
「いや、綺麗にできてるよ。俺らは裁縫とかてんで駄目だからさ、助かった」
人食蛙の皮を縫い合わせてできた袋が五つ。そのどれもが空気の入っていないボールの形をしていた。
「あとでもう一回似たようなことを頼むけど、いいか?」
「私の知らないレシピと交換でしたら引き受けます。そうですね、以前ごちそうになった寒天の作り方を教えてください」
「寒天かぁ。あれ、俺のレシピじゃねぇんだよな」
チェリ海藻から作るデザートはサツキのレシピだ。ダッタザートで菓子店を開いている彼女のレシピを勝手に教えることはできない。そう断ると彼女は、ならばエビチリがいいと言った。アキラやシュウの口からときどき出る料理名が気になっていたのだという。コウメイは香辛料さえ手に入ればと約束し、ボールの仕上げ工程の手伝いを確保した。
「ところで、その袋、口が小さすぎて物を入れられないと思うのですが、何に使うのですか?」
「ボールだよ、ボール作ってんだ」
「鞠ですか?」
タラの知る球状の玩具は、やわらかな木材の芯に糸を巻き付けて作ったものだ。芯のない袋状の鞠なんて見たことも聞いたこともない。
「できあがったらタラも一緒に遊ぼうぜ」
完成を疑わない爽やかな笑顔で誘われた彼女は、戸惑いを払拭できないまま曖昧に返事を濁したのだった。
+
「そんな物、作れるわけねぇ」
空気入れのための針を作って欲しいと訪れた鍛冶屋で、ロビンに門前払いされかけた。
「できるって、あんたが使ってるソレの先みたいなのでいいんだよ」
コウメイが指さしたのは、金属の精錬などで火力を上げるために使うフイゴだ。ロビンが仕事で使うそれの先端には、確かに金属製の細いパイプが着けられている。
「空気が漏れねぇようにものすごく細いのが必要なんだ。あんたの腕ならできるって」
「毎日持ち込まれる武器の補修で手一杯なんだ、そんな細けぇ仕事やってる暇はない」
「そこをなんとか。あんたが欲しがってる鎧竜の素材と交換でどうだ?」
「……持ってるのか?」
「シュウが狩ってくるってよ」
大陸では絶滅した鎧竜が、島で稀に目撃されることがある。直近の目撃情報はつい先月のことだ。鎧竜の表皮は硬く、攻撃が通じないだけでなく、その尾はかすっただけで人体など簡単に二分割されてしまう威力がある。討伐できればミノタウロスよりも儲かる魔物だが、島にいる冒険者は決して近づこうとしない。
「……鎧竜一体分の革で手を打とう」
「商談成立だな」
その日からシュウは鎧竜を探して森に入った。
+
すべての材料がそろうと、三人はボール作りに取りかかった。
ボールの型紙を作ったのはコウメイだ。木の葉型の型紙を元にして人食蛙の皮を裁断し、球体の形に縫い合わせて袋を完成させたのはタラ。そしてアキラが調整したスライム廃液に袋を浸し、内と外をコーティングすることで空気漏れを防げることかわかった。ほどよく乾燥させてから空気を注入して膨らませ、硬めに調合したグミ状の廃液で空気注入口を封じる。まずはボールのベースが完成だ。
「ここにヤシの繊維と廃液を混ぜた物を均等に塗るんだ」
ヤシの実の繊維はしっかりと乾燥させ、細かく砕いてある。これを粘度を高めたスライム廃液と練り合わせることで、強度と弾力を作り出す。
「シュウは厚み一センチくらいで、コウメイは五ミリくらいで塗ってみてくれ」
完成時のボールの跳ね具合が予想できないため、繊維層の厚みを変えての試作である。
繊維層が固まったら、もう一度廃液でコーティングしたのち、表面に人食蛙の皮で作った袋をかぶせ縫いあわせて一応の完成となる。
「見た目がサッカーボールじゃねぇな」
「バスケのボールっぽい」
一番簡単な球体の展開図を描いたため、見た目はサッカーボールらしさからはほど遠い。
「けど大きさはサッカーボールだぜ! それにちゃんと跳ねるし!!」
完成したボールを膝に乗せたシュウは、顔のパーツが落ちるのではないかと思うほど笑み崩れ、楽しそうにトントンと蹴り跳ねさせている。
膝で数回転がした後、両足のつま先で交互に跳ね具合を確認する。スピンを着け、踵ではじいて額で受け、浮いたボールをまたぐ。そのままリズミカルに胸、額、膝、足先に踵と、シュウは瞳を輝かせてボールと戯れてた。
「さすがサッカー部」
「シュウ、こっちのボールも試してみろよ」
コウメイが繊維層の薄いボールを投げた。
シュウは額にボールを載せたまま、投げ渡された二個目を足先でキャッチする。足先で転がし感触を確かめ、つま先ですくいあげて弾み具合を確認し、両膝の間でリズミカルにボールを行き来させる。その間も額にボールは載せたままだ。
アキラが、自分が作っていた繊維層の最も薄いボールを投げる素振りを見せた。シュウは膝にあったボールを左肩に載せると、それも寄こせと手招きする。床に転がしたボールをつま先で止めたシュウは、バランスを取りながら三個目をすくいあげると、右足一本で器用に跳ねさせた。頭のボールも、左肩のものも落とさずに、だ。
二人は手を叩きながらシュウの華麗なボールさばきを見物した。
「すげぇな、さすがだ」
「見物料を取ってもいいレベルだぞ」
いつか金に困るようなことがあっても、シュウの大道芸があれば食いっぱぐれることはなさそうだ。
「どうだ、楽しめそうか?」
「ああ、すげーよ」
存分にボールと戯れ満足の息を吐いたシュウは、大事そうにその表面を撫でた。
「どれがいい?」
「全部っ」
にかっと笑って返されたコウメイは、苦笑いでシュウが抱え込む三つのボールを指さした。
「そうじゃねぇよ。どのボールがサッカーボールに一番近いんだ?」
「これだなー」とシュウが選んだのは、コウメイの作った五ミリ層のボールだった。シュウの作ったものは足で扱うには少し重すぎたし、アキラの作った最薄のボールは軽すぎるらしい。
標準ボールを決めた後は、すぐに量産体制に入った。空き時間に三人そろって作業をし、残った素材で五ミリ層のサッカーボールをつぎつぎに完成させていく。
「試合、してーなー」
ボールが完成すれば満足できると思っていたシュウだが、リフティングしているうちにドリブルで走りたくなった。ゴールに向けて思い切り蹴りたい。
「三人じゃ無理だな」
せっかくボールが完成しても、この島でサッカーを知っているのは三人だけだ。ドリブル練習やパスの相手はできても、さすがに試合は無理だ。チームにも足りないし、相手がいなければ試合も成立しない。
「島の連中を引っ張り込めねーかな?」
「冒険者たち、か?」
「連中がこういう遊びに興味を持つかねぇ」
コウメイは難しそうだと判断したようだが、アキラは誘導方法さえ間違えなければ飛びついてくるのではないかと考えた。
「娯楽に飢えているのは間違いないんだ、やり方次第だと思う」
基本的に単純な連中だ、興味を持てば向こうからやってくるだろう。健全な娯楽で発散させることができれば、泥酔することもなくなるだろうし、酔ってケンカもしなくなるかもしれない。
「どーやって興味を持たせるんだよー」
「それはシュウの仕事だな」
「勧誘すんのか?」
部員の勧誘とか苦手だったんだよなー、と困り顔のシュウに、アキラは「ギルドの入り口近くで遊んでればいい」と笑って言った。
「そのボールでリフティングして見せびらかせば、それで十分だと思うぞ」
アキラの言葉通り、森から戻ってきた冒険者たちは、華麗なボールさばきを見せるシュウのリフティングとボールに魅了された。興味津々に近づき、初めて触ったボールの弾み具合に驚き、シュウを真似て蹴りはじめる。
「手を使わずに、足だけでボールを取ってみろよー」
数人がかりでもシュウからボールを奪えなかった男たちは、球蹴り遊びに夢中になった。
それまで深酒による怠いコンディションで討伐に向かっていた彼らは、ボールを蹴る時間を捻出すべく、酒量を抑え、日々の討伐に励んだ。その日のノルマを早々に達成して町に戻り、シュウに師事してボールと戯れる。
酔っ払い同士のケンカもなくなり、チーム同士で連携を高めようと話し合うようになり、連帯も高まった。それは討伐にも良い影響をもたらしたようで、腕輪付きたちの損害率が減ってきたと、ウェイドは嬉しそうに語っていた。
「気持ち悪いくらい健全になったな」
「タラには文句言われたぜ。酒量が減って売上に響いてるってな」
「それは申し訳ない」
損害はコウメイのレシピを追加提供することで許してもらった。
+
ナナクシャール島には障害物のない平地は存在しない。居住エリアにあった唯一の開けた土地は、冒険者らの宿舎が建てられており、サッカー場を作るのに適した場所はみあたらない。
「どうせ簡易ルールなんだから、砂浜でいいんじゃねぇか?」
一チームの人数はフットサルを基準にし、ルールも簡素化した。反則は三つだけ、手でボールに触れること、人体への攻撃、審判への妨害行為、これだけだ。
「細かなルール決めてもあいつら覚えねーんだよ」
サッカー布教に精を出していたシュウだが、ルールの徹底には苦労していたらしい。何故手を使ってはいけないのか、どうして妨害してはいけないのか。たった一つのボールを奪い合い、ゴールに打ち込んで得点を争うのだから、使えるもは使わずしてどうするのだと主張する冒険者たちに、手を使ったら別のスポーツになると説明しても通用しない。これでは試合なんて無理だぞと頭を抱えるシュウに変わり、冒険者になじみのある事例をあげて強引に納得させたのはアキラだ。
「ダッタザートの武術大会はご存じですか?」
大陸各地から集まった冒険者たちの間でも、かの街の武術大会の知名度は抜群だった。
「あなたたちがサッカーで手を使う行為は、体術部門に出場して剣を使うのと同じなんですよ」
禁止されている武器を使っての勝利は勝利と認められないだけでなく、卑怯者だと断罪される。
「サッカーは足を使ってボールを奪い合い点数を重ねる規則です。規則を破った卑怯者は試合場から追放される、そういうルールなのですが、おわかりになりましたか?」
審判の存在を絶対的な存在とし、わずか三つの禁止行為を守る簡単な規則なのだから、冒険者として実績のある皆さんなら当然ご理解いただけますよね、と契約魔術を発効したときと同じ笑みで言い聞かせたアキラだった。
「社会ルールが守れずに腕輪付きになった連中を、いとも簡単に転がす手腕はまねできねぇな」
「……嫌みか?」
「素直に取れよなー」
着々とフットサル場の整備は進んだ。ゴールポストを発注されたロビンは、報酬のおかわりを要求し、ボールの量産のためにタラも裁縫作業にかり出された。大黒蜘蛛の糸袋から紡いだロープを黒く染めてライン代わりに張り、同じく網を編んでネットも作った。
「……俺の憩いの砂浜が」
そうしてアキラの寛ぎスポットであるビーチは、簡易ルールのフットサルを楽しむ冒険者らに占拠されたのだった。
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砂浜フットサル場が完成した翌日、朝から砂浜に町の住人が勢揃いしていた。チームごとにそろいの色の鉢巻きをしめ、整然と列を作って整列している。どの顔も闘志に燃え輝いていたが、魔物を相手にしたときのような殺気ではなく、健全なスポーツに熱中する少年のように瞳をキラキラと輝かせていた。
七チーム、総勢三十五名が整列する前に立ったシュウは、一同を感慨深げに見渡した後、大きく拳を突きあげた。
「第一回ナナクシャール島砂浜フットサル大会、はじめるぜー!!」
「「「「「「「ウォオオーッ!!」」」」」」」
野太い雄叫びが砂浜に響いた。
主催者兼チーム「藤枝」リーダー シュウ
審判 コウメイ
得点係 アキラ
(※藤枝 コウメイとシュウの通っていた高校の名前。アキラの通っていたのは桃山堂学園)




