06 島の平穏な日々
今回はちゃんと平穏です
タープで作った日陰に横たわり、波の音を聞きながら本を読み、眠くなれば目を瞑る。これぞ南の島の休暇という午後を過ごしていたアキラは、ザクザクと砂を踏む足音に目を開けた。
「所長代理、どこにいるんですかー? アキラさーん?」
照りつける日差しでも黒いローブをきっちりと着込んだ魔道具師は、砂浜を歩き、木陰をのぞき込み、まさか木の上かと天を仰ぎ、声を張り上げて上司を呼ぶ。
「アキラさーん、本部から大至急の連絡ですよー、何処にいるんですかーっ」
呼びかけに応えるのは風と波と鳥の声だけだ。
「……どこに行ったんだよ」
呟きと足音が遠ざかると、アキラは再び目を閉じた。
+
「コウメイさん、アキラさんをどこに隠したんですか?」
正直に白状してください、とカートが勢いよく飛び込んできた。金華亭で仕込みの手伝いをしていたコウメイは、顔を上げて心外だと眉をしかめる。
「あんな目立つ奴、隠せるわけねぇだろ」
「でも砂浜にいないんですよ。日よけと敷き布と本を持って海岸に向かったって教えてくれたのはコウメイさんですよ」
「ビーチ以外の何処に行くんだよ」
魔物が闊歩する森に昼寝に行くはずないし、町の中には隠れる場所もない。波の音をBGMに読書と昼寝が最近の彼のお気に入りだ、絶対に浜辺にいるはずなのだ。そう断言したコウメイに、カートは大きく首を横に振った。
「砂浜にはテントもなかったですし、林の中にもいないし、木の上も探したんですけど何処にもいないんです」
連絡板の魔石が「至急返事を寄こせ」の赤い点滅を繰り返しているのだ。本部からの督促に焦るカートは、アキラを探してくれと懇願する。
「タラ、悪いけど抜けていいか?」
「大丈夫です、仕込みの大半は終わりましたから」
早く早くと急かされながらコウメイは金華亭を出た。カートには先にギルドに戻っているように指示し、彼はゆったりとした足取りで砂浜へと向かう。
眼帯を外したコウメイは、波打ち際から遠く、砂浜にせり出した一本の木、その根元で足を止めた。
「かくれんぼに結界魔石を使うなよ、カートが半泣きになってたぜ」
「夕方までは自由時間なんだ、死守して当然だろう?」
タープテントにもぐりこみ腰をおろしたコウメイは、不機嫌そうなアキラの手から本を取りあげた。
「なんか緊急だって言ってたけど?」
「ここに連絡を寄こすのはミシェルさんだし、彼女の緊急は明日にしてもいい程度の緊急だ」
島にきてまだ二週間ほどだというのに、ギルド長からの緊急連絡はすでに三回。機密扱いだという連絡文書を読まされたアキラが、毎回額を抑え唸っていたせいで、善良かつ真面目な魔術師師弟には、そうとうな難題なのだと思われている節があった。
「酒を送るからかわりに料理を寄こせ、だっけ?」
海の幸を使った料理を作らされたコウメイは、苦笑いだ。
これまで彼女からの伝達事項は全てが「アレックスの物置から希少素材を探して送れ」や「食材を調達しろ」といった業務とは全く関係のないものばかりだった。四回目も推して知るべしだ。
「今回は本当に緊急かもしれねぇだろ」
「本当にそう思うか?」
「あー、今度は何の料理作らされるんだろうな?」
コウメイ自身もミシェルの「緊急」は信じてない。だがそれに振り回されているハロルドとカートには同情していた。
「ギルドに戻ってやれよ。そろそろ早い奴らは戻ってくる頃だろうし、査定の準備してりゃいいじゃねぇか」
部下を困らせるところまでアレックスを真似る必要はないだろうと言う言葉に、アキラはムッとしてコウメイから本を奪い返した。敷き布を大きく振って砂を落とし、タープを降ろして畳むと、それらをコウメイに押しつけて、彼は唇を尖らせたままギルドに向けて歩きはじめた。
+
襟ぐりが広く、肩回りの袖がゆったりとしたシャツの、風を通し快適な着心地を気に入っている。だが完全リゾート仕様のアキラを見た魔術師二人は、困り切って顔を見合わせた。
「あ、アキラさん、そんな恰好で困りますよ」
「冒険者たちに示しがつきません、ローブを着てください、ローブを!」
「勤務時間になったらちゃんとします。それより、ギルド長からの連絡は?」
これです、と手渡された連絡板は、追い立てるように魔石が赤く点滅していた。機密扱いで閲覧指定のかかった文面を読みはじめると、アキラの眉間に生じた皺がどんどんと深くなってゆく。不安そうに彼を見る二人に連絡板を返したアキラは、眉間にシワを刻んだまま口だけで笑った。
「心配することではありませんでした。さて、私は着替えてきますね」
無理に作った笑顔、強張った表情筋、苛立ちに燃える瞳。それらを見た二人はただ事ではなさそうだと顔色を変えた。
「我々が手伝えることはありますか?」
「一人で抱え込まないでくださいね?」
心底から案じる二人に何とか笑顔を取り繕って、アキラはギルドの玄関を出た。閲覧制限のかかった機密連絡の内容は、ハロルドやカートにはとても教えられない。オオカミ少年ではないが、本部からの指令を軽んじることになっては、本当の緊急事態に困ることになりかねないからだ。
「コウメイ、酒漬けのパウンドケーキを三十本送れ、だそうだ」
「緊急連絡?」
「そうだ」
着替えに戻ったアキラは、台所で下ごしらえをするコウメイにミシェルからの依頼を伝えた。
「四日後の会合で土産にするそうだから急げだそうだ」
「自分とこの料理人に作らせりゃいいだろうに」
菓子についてはダッタザートから取り寄せることもあるらしいが、蒸留酒をたっぷり使ったものはコウメイの味が気に入っているらしい。
「寝かせる時間が足りねぇんだがなぁ」
特製たれにつけ込んでいた魔猪肉を手早く片付けたコウメイは、貯蔵庫をのぞきこんで材料を確かめた。蜂蜜に漬け込んだ木の実とドライフルーツは先週作ったばかりだ。本当ならば酒に漬けこんだドライフルーツを使いたいが、今から作っても間に合わない。酒はタラに融通してもらうことにしよう。
「アキ、シュウに今夜の飯は金華亭だと伝えといてくれ」
魔術師のローブに着替え、自分で作った杖を手に降りてきたアキラに伝言を頼むと、コウメイはミシェルの無茶振りに応えるべく腕まくりしたのだった。
+
「こちらのクズ魔石は一つ五十ダル、小魔石は赤いものが二百ダル、青は百五十ダルです」
「こんなクズ石に五十ダルも値をつけて大丈夫なのかよ」
アキラの査定結果を聞いたウェイドは、大陸では一個一ダルにもならないのにと不思議そうだ。
「心配は不要です。ここでは魔力の含有量で査定していますから」
ナナクシャール島で得られる魔石は特殊だ。クズサイズの魔石に小魔石にも劣らない濃い魔力が含まれているのは当たり前だった。
「こんな小さい石は魔道具にも使えないだろ?」
「魔石の用途は他にもあるんですよ」
主に魔術師たちの研究用として使われている。他にも魔武具製作では同じ魔力含有量ならば小さい石の方が望ましいとされているのは、やはりその用途から小型化が求められているからだろうか。
「アキラ、これの査定も頼むぜー」
ドンとカウンターに載せられたのは、人食い蛙の皮と脂の入った樽だった。
「多すぎるぞ、シュウ」
本部が採取を指示してきたのは三十枚分の皮と脂だが、目の前に積み上げられた束は、どう見ても五十枚近くはある。
「大は小を兼ねるんだろー」
「意味が違う!」
カートが枚数を記録し、余分の十八枚の買取をどうするか本部に問い合わせはじめた。
「蛙の皮なんて何に使うんだよ」
「何かの家具を作るらしいぞ。弾力があるし、防水効果はスライム布よりも上らしい」
「へー、弾力か……」
ギルド本部からの返事は、十枚を追加で引き取ることは可能だとの事だった。残った八枚はアレックスの物置に入れておけばいいだろうと考えていたのだが。
「ちょっと思いついたことあるんだ、俺が引き取ってもいーだろ」
「それは構わないが、何をする気だ?」
「ヒ・ミ・ツ」
茶目っ気たっぷりにウインクしたつもりのようだが、シュウは両目が閉じていた。思わず笑いそうになったのを堪えたアキラは、口元を押さえながら四十枚分の代金と余った蛙の皮を彼に渡した。
+
ミシェルからの緊急依頼という名の酒ケーキ作りに専念するため、その日から数日間の食事は全て金華亭でとった。
「今日のメインは魔猪肉のカツレツ、パンの代わりにすいとん汁です」
コウメイのレシピだなとアキラたちは安心して手を付けたが、冒険者たちは初めて供された料理に目を丸くしている。
「まずは一切れ食ってみろよ。美味いぜー」
「物足りなかったら魚醤をかけてもいいし、その特製ソースもおすすめだぜ」
「ピナはないのか?」
唐揚げにはレモン派のアキラは、豚カツにもソースではなくピナ果汁を要求する。うめー、うめーとシュウが貪り食う様子を見て、恐るおそるに口に運んだ男たちは、そのまま無言で食べ続けお代わりを要求までした。
「最近のタラの料理は珍しいものばかりだな」
「酒にもあうし、最高だ」
「どうやって考えたんだい?」
なじみの男たちに問われ、彼女は笑顔でコウメイを振り返った。
「全部コウメイさんに教わりました。島にいると新しい料理を覚える機会がないので、とても楽しいです」
「タラはのみ込みが早いから教えがいがあるぜ」
「コウメイさんのレシピは面白い食材の組み合わせも多くてワクワクします」
金華亭の厨房で着々と良好な師弟関係を構築しているらしい二人に、島の若い男たちは悔しさを噛みしめているようだった。特に魔道具師のカートは、彼女の手前笑顔を取り繕っているが、その瞳はコウメイを刺し貫かんばかりに鋭い。そしてシュウまでが剣呑な笑みで隣に座るコウメイを睨みながら、アキラから許可を取ろうとする。
「なー、コウメイがタラに手ぇ出したら、ぶっ殺すけどいーよな?」
「好きにしろ」
「俺は料理の先生なの、殺される筋合いねぇよ」
「ホントーかよ? コウメイのタラシ癖が出てるしー?」
お前昔っから好意を向けてくる女の子を突っぱねるの苦手だっただろ、と十年以上も前の己の所業を蒸し返されたコウメイは、エル酒を気管に詰まらせてゴホゴホと激しくむせた。
「おまっ、こっちくる前の事は関係ねぇだろっ」
「人間の本質はそうそう変わらねーっていうぜ?」
「シュウこそタラに惚れてんじゃねぇのか? 珍しく気にしてるじゃねぇか」
「こーんなちっせー時から知ってるんだぜ、妹だろ、いもーと!」
ウェルシュタントの王都に残してきた少女の面影を重ねて見ているらしいシュウは、彼女の代わりにタラを守り幸せにするのだとの気合が空回りしている。
「心配しなくても、コウメイは彼女の眼中に入ってない」
そう言ってアキラがお代わりのすいとん汁を配膳する彼女を指し示した。たっぷりとそそがれた汁物の大椀をトレイごと冒険者たちに差し出すタラは笑顔だ。だが魔法使いギルドの若手にだけはトレイではなく椀を手渡している。その表情は冒険者たちに向けたものとは違う。はにかんだような、照れているような、そんな甘さの滲む笑顔だ。
「へぇ、あの二人想いあってるのかよ」
「見たところ両片想い、というところだ」
先日タラの従兄が押し掛けてきた直後から、カートは彼女に対する思いを隠さなくなったようだ。まだ手探りで少しずつ好意を表に出しながら様子をうかがっている段階のようだが、見ていて微笑ましいとアキラとハロルドは見守っていた。
「……へー、あの若造がねー、ふーん」
「見た目はシュウの方が若いんだぞ」
「実年齢は俺の方が上だよ」
「威嚇するな、邪魔もダメだ。タラはまんざらじゃなさそうなんだから」
そこが気に入らないとシュウは唇を尖らせている。いくら妹のように可愛がっているからと言ってシュウが口出しする筋合いはない。彼女は自立した一人前の大人なのだ。
「あいつちゃんと稼げてんのか? へっぽこ過ぎてタラが食わせるようになるんじゃねーだろーな?」
プハっとコウメイが堪えきれずに噴き出した。
「アキみてぇなこと言うなよ」
「何で俺だ?」
「いやだってさ、サツキちゃんがヒロと結婚する時、今のシュウと似たようなこと言ってただろ」
唯一の親族に報告してから結婚したい、転移してから苦楽をともにした仲間に祝福されて式をしたいと望んだ二人は、アキラたちが年越し蕎麦を食べるために帰省するのを待っていたのだ。そして妹の「ヒロさんと結婚します」という宣言(伺いを立てるのではなく、あれは決定事項の通知だった)に、笑顔を貼りつけ祝福の言葉を贈りながらも、アキラはヒロを威圧していたではないか。
「……」
あの頃のヒロは、アキラからの無言の重圧のせいでいつも胃の辺りを押さえていた、とコウメイは懐かしそうに目を細めた。
「妹が幸せになるかどうか心配して何が悪い」
「そーだよ、タラが幸せになるって確信が無きゃ、俺は許さねーからな」
「……めんどくせぇな、シスコンどもは」
二十代のいい年をした男女の初々しい光景を肴に、三人はたんまりと食い呑んだのだった。
+
アキラが魔法使いギルドナナクシャール出張所の所長代行を務め、コウメイは金華亭で料理人助手として働いていたが、シュウは連日暇を持て余していた。暇な時には身体を動かす、それが高校生時代からの習慣だ。彼は運動のし過ぎによる故障を心配する必要のない身体を存分に使い、日々討伐に明け暮れていた。腕輪つきの冒険者らと違い、シュウは強い魔物素材も難なく狩ってくるため、本部では彼が島にいる間にと希少素材の注文が相次いでいる。
「シュウ、今日は毒大蛇の牙を十個頼む」
「それ急ぎか?」
「いや、二十八日までにとのことだが」
「なら一応引き請けるけど、これからしばらくは断ってくれよ」
退屈なのは我慢できないから依頼を寄こせと言っていたシュウが、手のひらを返したように断れとは、悪いものでも食べたのだろうかと眉をしかめたアキラだ。
「んー、ちょっと作りたいものがあってさー」
「作る? シュウがか?」
長い付き合いだがシュウが何かを手作りしようとするのははじめてだ。
「へへー、完成したらアキラにも使わせてやるから、楽しみにしてろよー」
妙にご機嫌なシュウの様子に、何を作るのか分からないが「楽しみにしている」とエールを送ったアキラだった。
+
「代理所長、本部からの緊急連絡が入ってます」
心地よい海風と静かな波の音を子守歌にのんびりとうたた寝を堪能していたアキラは、カートの声で目を覚ました。
「アキラさん、連絡板の魔石が赤く点滅してますよ」
緊急連絡といってもどうせ食材の調達か料理の依頼かアレックスの資材部屋での捜し物なのだ。急ぐ必要などない。放っておけば日暮れ前にコウメイが起こしに来るだろう。魔石の査定に間に合えばいいのだからとカートの声を無視して再び目を閉じようとした。
「代理所長、そこに居るのはわかってるんですからね」
確信を持った強い声色に、なに、と思わず声にしかかったアキラは慌てて口を閉じた。カートに結界魔石を見破れるほどの魔力はないはずだ。
「黙っててもわかりますよ。出てこないのなら、強制的に踏み込みますが、よろしいですか?」
「ま、待て」
アキラは慌ててタープから出て結界魔石の外へ踏み出した。
「何でわかった?」
「コウメイさんが目印着けてくれたんですよ」
彼が指さしたそこには、手作りの小さな手旗が刺さっていた。ちょうど四つの結界魔石の一つを埋めた場所だ。
「頻繁にアキラさん探しに引っ張り出されたら、金華亭の仕事がおろそかになると言って、昼前に目印を立ててくれたんです」
「……コウメイの奴っ」
「さあ、お仕事ですよ。本部への対応は代理所長の仕事なんですから」
カートは渋るアキラの腕をしっかりと掴み、ぐいぐいと引っ張ってギルドへ向かう。
「あまり本部からの連絡を最優先にする必要はないんだぞ。急いでいるのはあっちの事情で、ここはここのやり方があるんだから」
「ここは出張所なんですよ、本部の意向を蔑ろにはできません」
「出張所には自治が認められているんだ、言いなりになる必要はない」
「この島で何かあったときに頼れるのは本部だけなんですよ、少しは上の意向をくんで強力なコネを作っておいてください。それも所長の大事な役目なんですからね」
砂浜から石畳に上がったところで彼は「子供みたいに駄々こねないでください」としかめ顔でアキラを振り返った。
「アキラさん、やっぱり所長のお弟子さんですね。理屈をこねてサボろうとするところとか、そっくりです」
「なっ……」
絶句し抵抗を忘れた隙に、アキラはギルドに連れ戻された。
「コウメイさんから預かっています、これに着替えてお仕事よろしくお願いしますね」
カートの言葉が染みこむに従って表情を失っていったアキラは、虚ろなまま転移室の片隅で魔術師のローブに着替え、無表情で連絡板に対応し、戻ってきた冒険者たちの魔石を淡々と査定した。
腹黒陰険細目昼行灯エルフとそっくりだと言われたのがよほど嫌だったのか、その後のアキラはカートらの呼び出しに素直に応じるようになったのだった。




