05 新しい入島者
毎週、島に定期船がやってくる。その日は住人が注文した物資の受け入れや、新たに島にやってきた冒険者の入島手続きでアキラは朝から忙しい。本日島に渡ってきた新たな冒険者は四名。パーティーの書類確認を済ませた後、個々に魔術契約を結んで初めて島に立ち入ることができるようになる。
「居住区における迷惑行為は禁止です。器物破損、人身傷害、どちらに対しても懲罰魔術が発動しますのでご注意ください」
熟練と思われる他の三人は、アキラの説明を聞いてすぐにペンを握った。仲間が契約内容をまともに読みもせずサインを終えたのに対し、見た目からして経験の浅そうな二十代半ばの青年は、しっかりと書面に目を通すと顔色を変えた。
「あの……この島、遺書が必要なくらい危険なんですか?」
「居住区と呼ばれる場所は、魔法使いギルドが魔物を完全に排除しておりますので安全ですよ」
「森の中は?」
「そこは大陸と同じですね」
いや、大陸よりも死亡率が高いのだから、同じとは言えないだろう。討伐し慣れた魔物を狙っていては、この島では稼げない。魔法使いギルドが必要とする素材は、彼らが討伐し慣れた魔物からは獲れないからだ。慣れない魔物との戦闘で命を失う者は多い。後々の面倒を回避するためにも、ギルドに対し一切の苦情異議申し立てや補償の請求をしない、と契約してもらわねばならない。嫌ならお帰りいただくだけだ。
「守秘義務まで……」
島で知り得た情報を、島の外では決して漏らさないことを誓う、という内容だ。この島は機密が垂れ流しになっているような場所なのだ、強制力のある口止めは絶対に必要だ。
「こんな危険な島だったなんて……」
青ざめる彼の腕に奴隷の輪がないことを確かめたアキラは、この青年は何のために島にやってきたのだと疑問に思った。死亡率や損害率は仲介人から聞いているはずなのだが、と。事前に届けられていた書類によれば、この青年の名はバートン、二十五歳の冒険者とあるが、どうにも素人臭い。
「危険度は大陸とそれほど変わりませんよ。むしろ狩場争いがない分、安全です」
獲物争い、狩場をめぐっての争いで血が流れることなど、大陸では日常茶飯事だ。しかし。
「島では狩場争いはほとんど起きていません。魔物だけを相手にしていればいいのですから、楽なものですよ?」
この島は、五十人ほどの冒険者たちが独占するには広すぎるし、なにより大陸の何倍も強くて凶暴な魔物がうじゃうじゃいるのだ、冒険者同士で争っていては生きて安全地帯まで戻ってこれない。むしろ冒険者たちが争うのは、安全区域で、飯や酒やくだらないプライドが原因によるものがほとんどだ。そういった争いは最終的に当事者以外の者を巻き込んだ乱闘に発展するのだ。ギルドは人員が不足しており、バカどもを見張り取り締まる余裕はない。だから契約魔術が必要なのですよとアキラが薄く微笑むと、バートンは脂汗をダラダラと流しはじめた。
「どうされますか? 大陸に戻るのならまだ間に合いますが?」
定期船はまだ桟橋にいる、今から乗船を頼めば大陸に戻れるとやんわりすすめたのだが、バートンは腹をくくったのか「僕は帰りませんっ」と宣言して魔術契約書にサインした。
「島にやってくるような凄腕には見えませんね……大丈夫か?」
ひょろりとした細い身体つきの青年は、契約魔術を目の当たりにして唇を震えさせ、腕に刻まれた刻印を確かめて半泣きになっていた。手続きが終わりカートに案内されて宿へと向かう後姿は、とても島にやってくる冒険者とは思えなかった。
「手のひらが柔らかかったぜ、あいつまともに武器を持ったことなさそうだぜ」
定期便によって搬入された物資の確認作業していたコウメイも、冒険者らしくないバートンが気になっていたようだ。
「ありゃ、すぐ死ぬぜ」
「……死体探しはやりたくないな」
「冒険者じゃねーのにこの島にやってきたんだ、あいつも訳ありなんだろーなー」
この島にやってくるのは、腕輪の有無にかかわらず、様々な事情を抱えた者ばかりだ。酒に酔って喧嘩はしても、他人の事情を詮索だけはしない男たちが揃っている。
「ウェイドさんに預けときゃいいんじゃねぇか?」
あの冒険者は何だかんだと面倒見がよくお人好しだ。管轄外だと言いながらも、青年の危うさを知れば黙っていないに違いない。
「気になるなら、顔を合わせたときに声をかければいいんじゃねぇ?」
それよりも、と。コウメイは定期船から運び出された大量の物資の選別に忙しかった。前にコウメイたちが島にいた時は、ギルド職員が注文を取りまとめていたはずだ。だが今は人手不足が影響してか、冒険者らが自ら注文票を書いているらしく、どれもこれも判別不能な伝票ばかりなのだ。
「食材のほとんどは金華亭だな。シュウ、あとで運んでくれよ」
「りょーかい。ところでこの『キャロライン二号』を注文したやつ誰だよー」
「伝票ついてねぇのか」
「字が汚くて読めねーよ」
異世界言語の自動翻訳も、汚い難読文字は翻訳不能のようだ。お手上げだとシュウが板紙をコウメイに投げ渡す。
「こりゃまた癖の強い字だな。えーと、島の、宿か?」
他の伝票の似た文字を探し、何とか宛名を読み取ったのだが。
「……共同購入」
宿に寝泊まりしているうちの、冒険者二十八名による連名の注文だとわかった途端、コウメイは板紙を手から落とし、がっくりと項垂れた。
「うわー、まじかよ」
「露骨すぎてなんだかなぁ」
キャロラインがキンキラの宿に運び込まれた後はあまり想像したくはない。
「絶対びょーき流行りそうな気がしねー?」
「……アキにアッチ系の錬金薬を作るように忠告しとくかな」
地の底から吹きあがってくるような、強烈に冷たく美しく恐ろしい笑顔が拝めそうだ。コウメイは人形の木箱の封を確認して、ロビーの隅に放置することに決めた。
「イヴォンヌの細手が、右手が三つと左手が四つあるんだけどー?」
こっちはどうするのかと問われ、人形と同じく放置を指示した。必要になれば注文主が取りにくるだろう、わざわざ運んでやるつもりはなかった。
「その芋袋とハギ粉に、砂糖はこっちだ」
追加したコウメイの注文は間に合ったらしい。自分たちの家に持ち帰る荷物を背負子にくくりつけ、他の荷物の引き渡し作業はハロルドに引き継いだ。
+
「本日の入島冒険者なのですが……」
四枚の契約魔術書を手にしたアキラが、眉間を寄せて難しい顔をしていた。事前の申請では四人一組のパーティーが入島するとあった。書類上も間違いはないのだが、どうにも気になった。
「バートンさんでしたか、彼が気になりますか?」
「ハロルドさんも?」
「ええ、ああいうタイプが送られてくるのは珍しいですね」
荷物の引き渡し騒動がひと段落し、閑散としたギルド内でアキラは冒険者情報を閲覧していた。
「彼だけ毛色が違うんです」
冒険者に見えないだけでなく、メンバーとの間にもよそよそしい空気が漂っていた。厄介事の予感しかない。
「森に入られると契約魔術は発動しない……人をつけるしかないか」
アキラはため息をつき、しばらくはコウメイかシュウに監視を頼もうと決めた。それを聞いたハロルドは、意外そうにアキラをまじまじと見た。
「我々の仕事は島の管理です、冒険者の管理は管轄外ですよ」
冒険者の管理は冒険者ギルドの仕事だ。冒険者の生死については、島に向けて送り出したあちらが責任を取る事であり、魔法使いギルドは関与しないものだ。
「それは分かっているのですが……気になるんですよ」
「アキラさんが興味を持つような、魅力的な人物とも思えませんでしたけどね」
バートン自身に興味を持ったのではない。彼に誰かの面影が重なるのだが、それが思い出せない。アキラは彼の特徴をあげていった。艶のある黒髪に、澄んだ青い瞳。細い顎に透けるような白い肌。
「ハロルドさん、彼、タラに似ていませんか?」
「……そう言えば、特徴に類似点が多い気がしますね」
雰囲気は全く違うが、色彩はとても良く似ている。ハロルドは金庫室に入り、タラが入島した時の契約魔術書を探し出してアキラに渡した。
「同郷のようですね。彼女の関係者でしょうか?」
親族が彼女を迎えにきたのだろうか。腕輪から解放されているタラを、意思に反して島に引き止めることはできない。唯一の潤いと料理人を失うのは大打撃だとハロルドは残念そうだ。
「タラの親族なら余計に目を離せませんね」
うっかり森に迷い込んで魔物に殺されてしまっては目も当てられない。やはりコウメイかシュウに陰ながら守らせようと決めたアキラだった。
+
「迎えにきたよ、タラ!」
最近ようやく施錠されなくなった扉が勢いよく開き、感涙をうかべた男が飛び込んできた。
「知り合いか?」
「……さぁ?」
タラの身体がびくりと跳ねた。芋とハギ粉と根菜の箱や大量の酒樽を積み上げていたシュウは、飛び込んできた青年から隠すように彼女を背中へ庇った。
「タラの名前知ってるようだし、故郷の知り合いじゃねーの?」
「私に故郷なんて……」
男の後ろから警戒するようなよそよそしい視線を向けられた青年は、カッとなったその怒りをシュウに向けた。
「誰だよ、そいつ!」
「お前こそ誰だ、ここで暴れると契約魔術に焼かれるぜ」
「待って」
殴りかからんばかりの青年との間に割って入った彼女は、その顔をまじまじと確かめているうちに、顔色を変えた。震える声を絞り出して問う。
「まさか……バートン、なの?」
「酷いよ、僕を忘れるなんて」
彼女の口から自分の名前がでてよほど嬉しかったのか、青年は両手を広げ再会の喜びを分かち合おうと迫った。するりと避けたタラは、シュウの横に立つと、青ざめたままの硬い表情で彼を見据えた。
「ええ、すっかり忘れてたわ」
その顔には怒りと悲しみと嫌悪が浮かんでいたのだが、浮かれたバートンは気づいていないようだ。彼が歓迎できない旧知だと理解したシュウは、タラの盾をするかのように前に出た。
「何しにきたの?」
「迎えにきたに決まってるじゃないか! 返済は終わったっていうのに街に帰ってこないし、心配したんだよ」
「……悪いけど、仕込みの途中で忙しいの。店の営業時間まで客は入れない決まりよ、出て行ってください」
「そいつはいいのかよ!」
「俺はこの店の手伝いだからいーんだよ」
「な、ならに僕も手伝いを」
「あんた料理作れんのかよ。そこの酒樽担いで運べんのか?」
彼の傷ひとつない手は、ひょろりとした身体つきは、労働をしたことのない人間のものだ。
「この島にいる冒険者はタラの邪魔をしちゃいけねーんだよ。ほら、契約魔術から火が出そーだぜ?」
手の甲に刻まれたばかりの契約紋を指さされたバートンは、ほのかに色が変わってゆくのを見て震えあがった。
「あ、後でまたくるよ!」
紋章からチリチリとした痛みと熱を感じ取った彼は、シュウを睨みつけ、タラには媚びるような笑顔を向けて金華亭から飛び出していった。
「後でくるって、さ」
「……シュウさん、今日はお店に食べに来てもらえないかしら?」
コウメイの料理に満足している彼らが金華亭に食事にくることは滅多にない。だが今日は、今夜だけは店に居て欲しいと縋るように見あげられてシュウは即座に頷いた。
「いいぜー。コウメイとアキラも一緒がいいんだろ?」
「無理を言ってごめんなさい」
「遠慮するなって。女の子ひとりで野郎どもの飯をまかなうのは大変だろーし、コウメイは暇してるんだから手伝わせりゃいーよ」
ついでに護衛もさせればいいのだ、遠慮なくこき使えといったシュウの言葉に、タラは安堵したように小さく微笑んだ。
「お酒、サービスしますと伝えてください」
「あの二人は喜ぶだろーけど、俺は?」
そういえば彼は酒に弱かったなと思い出し、シュウの喜びそうな料理をと考えたが、コウメイによって舌の肥えた彼が満足する品を用意できる自信はない。質で勝負できないなら、量で攻めるしかない。
「ではシュウさんには魔猪肉の串焼きを食べ放題ということで」
「いーのかよ? 俺けっこー食うぜ?」
「昨日コウメイさんから一頭頂きましたからご心配なく」
笑顔のもどったタラを見てシュウはほっと息をついた。
詮索はタブーだが彼女にとって招かれざる人物が島の住人となったのだ、素性くらいは確認しておきたい。ギルドの役職を務めるアキラなら知っているはずだ、あとでこっそり聞こうと決めたシュウは、タラの手伝いに戻ったのだった。
+
その夜の金華亭はいつになく繁盛していた。
「オルソンが飲み負かされるなんて、あり得ねえだろ」
「賭けは俺の勝ちだな。ご馳走さん」
「おい、起きろよっ、てめー島一番の酒豪じゃなかったのかよ!!」
酒がまわり血色がよくなっていた顔が、襟首を掴まれ揺すられている間にだんだんと血の気をなくしてきた。震える手が口元を抑えている。
「おい、あんまり乱暴に揺すると」
悲惨なことになるぞ、と言おうとしたコウメイの言葉は、オルソンが胃の中のものをリバースしたことによって遮られた。
「うわーっ」
「汚ねっ」
「てめぇ、俺の飯にゲロぶちまけてんじゃねーっ」
顎から胸を自らの吐瀉物で汚した男は、白目をむいている。彼の仲間は語気を荒げる酔客らに謝りながら、オルソンを引きずって逃げるように退散した。
「なぁ、アキ。掃除する魔術とかねぇのか?」
「魔術をくだらないことのために使わせるな」
「いや、でもさ、これ片付けるのタラだろ? かわいそうじゃねぇか」
酔客の吐瀉物の始末など慣れたものだが、コウメイはあえてアキラに「魔術で」と話を振っていた。荒々しく豪快な冒険者たちの飲食風景に脅え、店の隅に縮こまってチラチラとタラを目で追っている新入りに、島一番の権力者の実力を見せて脅しておきたかったのだ。
「……くだらない」
そう言いつつも、アキラはコウメイの意を汲み、黒檀の杖を仰々しくかざして見せると、派手なエフェクトを散らしながら水を出現させた。くるくると杖の先を回して水を操り、汚物をぬぐい取ってゆく。
「シュウ、扉を開けてくれ」
「りょーかい」
男の鼻先をかすめ、指先でつまみ持っていた汚れた上着を包み込み、最後に床を撫でるようにして動いた魔術の水は、シュウが開けた扉から店の外へと押し出される。
「まあ、掃除してくれたんですか。助かりました」
雑巾を持ってやってきたタラは、不快な異臭も汚物もない客席を見て嬉しそうに目を細めた。
「タラ、お代わりもらえるか?」
「まだ飲むんですか?」
「これからが本番だろ」
飲み比べを持ちかけられ、競うように杯を重ねたコウメイだが、まだまだ余裕がある。今夜の酒代をかけた勝負だったのだ、勝ったからにはトコトン飲まなければもったいないというコウメイに、タラは「今日のお酒は終わりました」と微笑んで返した。腕輪付きの彼らの借金が増えるのは流石に可哀想だ。
「力でも勝てない、酒でも勝てない、顔なんか最初から勝負にならねぇ……おまえら、本当に腹の立つ奴らだなっ」
そもそものはじまりは、島にやってきた生意気な新入りたちに、ガツンと一発いれてやろうと先住冒険者らが画策したのがきっかけだった。彼らの想定する「新入り」には今日やってきた四人だけでなく、コウメイとシュウも含まれていた。彼らは、島に来て早々にタラに取り入り、営業時間外にも金華亭に出入りするコウメイらへの嫉妬を隠そうともしていなかった。
雷蜥蜴程度で威張る二人には、真の冒険者の強さを見せつけてやろうと、筋肉自慢たちが腕相撲を挑んだのだが、結果はシュウの圧勝だった。机上の力勝負で冒険者の強さを決められてはたまらないと屁理屈を言い、強い男は酒にも強いはずだという売り言葉を言い値で買ったコウメイが、酒樽二つを空にしたところで、島一番の酒豪という二つ名の冒険者が酔い潰れた。
懲罰魔術で嫌というほどその凄さを思い知らされたアキラに対して、男たちはケンカを吹っかけることはなかったが、最後の魔術による掃除パフォーマンスによって、彼らの知る「魔術師」とは何か違う得体の知れない奴だぞという認識を改めて持ったようだった。
「お酒はなくなりましたし、お料理も終わりました。みなさん明日も討伐でしょう? 酔いを醒ましてゆっくり休んでくださいね」
二日酔いで手元が狂い負傷したなんて苦情は一切受け付けませんよ、という副音声とともに笑顔で店を追い出された男たちは、ふらつく足取りで宿舎の方へと歩いていく。
「……バートン、あなたの仲間はとっくに帰ったわよ」
最後まで粘っていた青年は、タラに出て行けと言われてコウメイたちを見た。
「彼らは?」
「後片付けを手伝ってもらうのよ」
「なら僕も手伝うよ」
媚びるような引きつった笑いを浮かべる彼に、タラは首を横に振って出口を指し示した。
「お客様を厨房に入れることはできないわ」
「そんな他人行儀な」
「他人でしょう?」
「……怒ってるんだね。僕は知らなかったんだよ」
「怒ってないわ。ただ、恨んでいるだけよ」
タラは椅子に座ったままの青年に冷たく言い放った。
「本日の営業は終わりました、出て行ってください」
「話を聞いてくれ、タラ」
「あなたこそちゃんと聞いてちょうだい。金華亭の営業は終わったのよ、店を閉めたいから出て行って」
「両親も申し訳なかったって言ってる、君が帰ってくるのを待ってるんだよ」
「店じまいです、出て行って……三回目よ」
三回目、の意味が分からないバートンは立ちあがってタラに手を伸ばした。
「熱っ」
その手がタラに触れる前に、契約魔術が発動した。
彼の左手が炎に包まれる。
「も、ももも、燃えてるーっ」
悲鳴をあげ、炎を消そうと乱暴に手を振り回す。
「水ぅ」
入り口にある手洗い桶に手を入れたが、炎は水の中でも燃え続けている。
消えない炎と増す痛みにバートンが泣きだした。
「助けてくれよ、タラ!」
「私には何もできないわ」
島の住人への迷惑行為に対する懲罰なのだ、止められるのは彼女ではない。
彼女の横に立ったアキラが、薄い笑みを浮かべていた。
「契約魔術がどういうものか理解いただけましたか? これに懲りて余計なことはせず、大人しく与えられた討伐に専念する方が身のためです」
「ぼ、僕は冒険者じゃないんだ、討伐なんてできませんよっ」
「おや、虚偽申請ということですね、契約違反になりますので、次の定期便で島を出てもらいましょう」
アキラたちはホイホイと簡単に出入りしているが、本来この島は秘匿され、人の出入りを厳しく制限されている場所なのだ。島に渡るためにはその身分と目的を明らかにし、認められた者しか立ち入りを許されていない。しかも契約魔術で生涯を縛る徹底ぶりだ。当然バートンにも守秘義務の契約が刻み込まれているため、この島で見聞きしたことは何ひとつとして外では漏らすことができない。
「ウェルシュタント国ガイソン町のバートン、強制送還されるまでの一週間、己の責任において自由に生活していただいて結構ですが、魔法使いギルドはあなたを保護しません。無事に生き延びてくださることを願います」
そう言ってアキラが杖を振ると、水の中で燃えていた炎が消えた。じくじくとした痛みが残る手を庇うように胸に押し当てたバートンは、腰が抜けているらしく、這いずるようにして金華亭を出て行った。
「……手間をかけさせてごめんなさい。少しお話ししたいけど、いいかしら?」
扉を閉めた彼女は、遠慮しようとする三人に席をすすめた。
「無理に話さなくてもいいんだぜ?」
「プライバシーだ、詮索するつもりはない」
「そりゃー気になるけど、タラにだって隠しときたいことはあるだろー?」
「ありがとう。でも、話したいんです……島を出たら誰にも話せませんし、十三年ぶりにバートンの顔を見たら色々と思い出して、吐き出したくなりました」
この島で見聞きしたことは、島の外では口外できない。だからこそ聞いて欲しいのだとタラは寂しそうに微笑んだ。
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「バートンは父方の従兄です」
食器を洗い、テーブルを拭き、片づけを終わらせてから奥の席に着いた四人は、酒と白芋の酢漬けを囲んでいた。琥珀色の蒸留酒を舐めながら、タラはポツリ、ポツリと語りはじめた。
「私が奴隷になったのは両親の借金を相続したからですが、両親の借金は、もとはと言えば伯父夫婦のものなんです」
「それはおかしくはないか? 確か相続は親子間でしか成立しないはずだろう?」
こちらの世界では、兄弟間には相続権がないはずだ。そう問うたアキラに、タラは「相続ではなかった」と答えた。
「両親は伯父夫婦とともに商売をしていました。あまりうまく行ってなかったようで、商業ギルドからの借り入れが膨らんでいたようです」
商品の仕入れや販路拡大のために使われた金だというのに、店の利益ではなく両親の個人資産からの返済を求められ、店の名前ではなく両親の個人名で多額の金が借りられていることが判明した。同時に、半分を持っていた店の権利も、いつの間にか伯父夫婦のものに書き換えられており、両親は借金を理由に店を解雇されてしまったのだ。
「ひでーな」
「ハメられたのか」
「その書類は残っていないのか?」
偽造ならば今から訴え出ることもできるというアキラに、タラは力なく首を振った。
「伯父夫婦の持っていた書類は、何処に出しても文句のない完璧なものでした。お人好しの両親を騙してサインさせるのは簡単だったでしょうね」
家も、家具も、わずかな蓄えも、すべての所有権が伯父夫婦にあった。彼女の両親は借金奴隷となり、九歳のタラは孤児院に入れられた。
『少しの間よ、あなたが成人するまでに借金を返し終えてみせるわ』
『待っていてくれよタラ、必ず迎えにくる』
孤児院の玄関で二人に抱きしめられたのが、両親の体温を感じた最後だった。タラは両親の言葉を信じなかった。九歳なのだ、奴隷落ちするほどの借金をわずか三年で返せるはずがないとわかっていた。それでも笑顔で両親に手を振ったのは、最後の記憶に残る自分の顔を、泣き顔や不安な姿にしたくなかったからだ。タラも両親の笑顔を覚えていたかった。
「私が十一歳の時、両親の死が知らされました。私は借金を相続し、この島にきたんです」
あまりにも過酷な幼少期に、三人は言葉が出なかった。
「奴隷の環境としては、この島はとても快適ですよ」
居住区は安全が確保されているし、冒険者たちからは契約魔術によって守られている。花街に買い取られ、娼館にしばられるよりもずっと健全に暮らすことができている。
「あいつ、タラを迎えにきたって言ってたよな?」
「知らなかったっての、ホントかよー」
「嘘です。彼は十二歳だったもの、店の跡取りとして仕事をしていたのよ、伯父夫婦が隠していたとしても、察していたはずだわ」
なのにバートンは己の親を咎めることもなく、タラに注意を促すこともしなかった。
「……彼は、今さら迎えにきて何をするつもりなんだ?」
「わかりませんが、おそらく彼にとって私が戻ると都合が良いことがあるのでしょうね」
ずっと心配していたという言葉に惑わされるほど、タラは世間知らずでも甘くもない。本当に案じていたのなら孤児院に問い合わせたり、奴隷でいた間に連絡を寄こしても良いはずだ。解放されてからずいぶん経って訪ねてくるなんて、なにか企んでいるに違いない。
「タラはさ、もう奴隷じゃねぇんだろ。島を出ることになったらどこに行きたいんだ?」
「わかりません。でも、彼らのいる町にだけは帰りたくありません」
できればこの島にいる間も顔を合わせたくはないが、金華亭の主人という立場では、客を断ることはできない。
「しばらくの我慢だ、来週の定期便で島から出す。コウメイ、タラを手伝う口実でしばらく護衛を頼む」
「任せろ」
「シュウ、バートンの監視を頼む。生きて島から追い出せるように、危険が近づいたらこっそり守れ」
「うえー、めんどくせー」
放っておけば魔物が始末してくれるんじゃないかというシュウに、アキラは難しい顔で。
「契約魔術があるとはいえ、巧妙な詐欺行為を働く親族がいるんだ、どんな面倒になるかもわからない。そういう輩は生きて返したほうが後々楽なんだ、頼む」
「しゃーねぇ」
「ご迷惑をおかけします」
深々と頭を下げられ、シュウは慌てた。
「タラが謝ることじゃねーだろ」
「遠慮はするな、俺らが好きでやってることだからさ」
「臨時とはいえギルドを任されたんだ、職務はまっとうするから安心しなさい」
幼い頃から知っている三人にとって、タラは、今は堂々と会うことのできない妹の代わりであり、見捨ててしまった少女の面影を重ねてもいた。
「……ありがとうございます」
タラは目尻に溜まった涙をこらえて微笑んだ。
+++
バートンとともに島に上陸した冒険者三人はアキラに問い詰められ、彼に金を掴まされて一時的に仲間に入れたのだと白状した。彼らがナナクシャール島に渡ると知ったバートンから話を持ちかけてきたのだそうだ。
「規約違反ですので島から退去していただきます」
次の定期船で島を出て行けと通告された三人は抵抗したが、契約魔術が発動するのを目の当たりにしておとなしくなった。定期船に乗るまでは稼いでもかまわないと聞き、彼らはバートンを放置して連日森に通い詰めている。
見放されたバートンは一人で討伐に出ることはなく、金華亭の周囲をうろついたり、食事のたびにタラに話しかけようとした。だが店ではコウメイが、外ではシュウやカートが目を光らせていたため、料理の注文でしかタラの声を聞くことはできなかった。
一週間ぶりに定期船が着岸した桟橋では、バートンが最後の抵抗とばかりにカートの手を振り払い、仕入れ食材の検品をするタラに駆け寄って叫んだ。
「なんで僕の話を聞いてくれないんだ?」
「聞いても無駄だし、不快になるだけだからよ」
「酷いよ、僕はタラが大好きなのにっ。結婚の約束はどうなるんだよ?」
幼い頃、将来は結婚して一緒に店を継ごうと約束したじゃないか、と。借金奴隷でなくなったのなら、結婚の約束を果たせるのに、どうして帰ってこないのだ、と。
彼の叫びによって、桟橋から波以外の音が消えた。
タラが何と答えるのかと、みなが固唾を呑んで二人を見ている。
丸芋の袋を置いて立ち上がった彼女は、目を細めて幼馴染みを見据えた。
「……変わってないのね」
短慮と鈍感は幼い頃ならば笑って許せたが、二十五を過ぎた大人では醜悪なだけだ。
「私はあなたが大嫌いなの。絶対にあなたと結婚なんてしないし、二度と顔を見たくないの」
「タラっ!?」
彼女の言葉を信じられない、と縋りつこうとしたバートンは、ニヤニヤと笑う男たちに引き戻された。彼を手引きしたために島から立ち去らねばならない三人は、溜飲が下がったと満足し、バートンを引きずるようにして船に乗り込んだ。
+
「返品?」
「未使用品なんだから、何とかしてくれ」
箱の封がほどかれていないのは確かなのだ、腐るものでもないし、品質に問題はない。
「クーリングオフなんてできんのかよ。まあここに置きっぱなしなのも困るし、送り返すけどよ。全額返金は無理だと思うぜ?」
「あいつらの借金がこれ以上増えなければ、それでいい」
コウメイが差し出した返品伝票にサインをしたウェイドは、箱が船に積み込まれたのを確認して安堵の息を吐いた。
「横暴だぞ!」
「俺らのキャロラインちゃんをーっ」
「せめて顔だけでもっ」
数人の腕輪付きの男たちが、動き出す船を追いかけ、桟橋から落ちた。




