04 休暇とはもぎ取るものである
ナナクシャールは美しい島だ。
白い砂浜は誰にも汚されることなく、波が描く複雑で美しい波紋は、いつまででも見ていられる。
海は海底の色鮮やかな魚たちが見えるほどに透き通っており、美しい海底の様子は、波に身を任せいつまででも眺めていたくなる。
ゆらゆらと身体を揉む波はやさしく、浮かんだまま流されてもいいと思うほどだ。
太陽からの強い日差しは容赦ないが、ケイトに貰ったつばの広い麦わら帽子をかぶり、木陰で海風に肌を撫でられると、ついウトウトしてしまうほどに心地いい。
そんな理想のリゾートライフを過ごせる環境を横目に、男たちは勇ましく森に分け入っていた。
「……なー、俺ら休暇に来たんじゃなかったっけ?」
「遊んでるじゃねぇか」
一昨日は五頭大蛇、昨日は砂鮫を討伐した。標的を発見した途端、嬉々として飛び出そうとしていたのは誰だ、とコウメイは前を進むシュウの肩を叩いた。自分たちの役割を忘れ、誰よりも先に魔物に向かっていこうとするシュウを止めるのは至難の業だ。
「休暇ってのはさー、思う存分遊び倒すことだろー? なんだよ引率って、仕事じゃねーか」
「声がでけぇ、聞こえるぞ」
前方を進む二十五人の奴隷冒険者たちの動きを目で追いながら、二人はキラキラと眩しい白浜のビーチから遠ざかったのだった。
+++
島の初日は掃除と薬草採取、それに調教で終わった。二日目はのんびり休暇といきたかったが、入居後の片付けが終わっておらず、朝のうちは掃除と片付けに忙殺された。昼からは余裕ができたため、三人はアレックスのガラクタ部屋から引っ張り出したスライム布とロープを、風通しの良い砂浜にタープテントのように張ってのんびりと過ごした。
「泳ぎてー」
「泳げばいいだろ」
「刺されたら死ぬから無理だって」
「クラゲに刺されたくらいでは死なない。錬金薬ならすぐに作るから、安心して波と戯れてくればいい」
「クラゲじゃねーし。アキラさー、あれ見てみろよー」
タープの作った影で横たわり、アレ・テタルから持ってきた古代魔道言語の辞書を読んでいたアキラは、シュウに揺さぶられてやっと顔をあげた。彼の指さす方を振り返り、白く泡立つ波打ち際を見て絶句する。
「……なんだ、あれは」
「砂鮫だってさー」
白い砂浜から、巨大な針のようなものが大量に生えているのを見て、アキラは目をむいた。
存分に海水浴を楽しむつもりで波に踏み込んだ瞬間、足の下から危険を感じた。慌てて飛び退くと、シュウが踏んでいた砂から、太く長い角が突き出たのだ。
「海水を含んだ砂中に生息する魔魚らしいぜ」
「コウメイ……その銛はどうしたんだ?」
「アレックスのガラクタ部屋から発掘してきた。これで砂鮫を漁れるぜ」
持ち出した銛の一本をシュウに手渡し、もう一本を「使うか?」とアキラに差し出した。首を振った彼は「食えるのか?」とコウメイを見あげる。
「美味いらしいぜ」
海岸との往復の間に顔を合わせたタラから、三尾ほど融通してほしいと頼まれている。香草焼きにするのだそうだ。シュウはすでに波打ち際まで駆け寄って、砂から突き出す角をめがけて銛を打ち込んでは、しとめた砂鮫を海水の届かない遠くへと投げていた。
「漁りつくしそうな勢いだな」
「殲滅させて海水浴だーって張り切ってたからな」
「……環境を破壊しすぎないように、見張ってろよ」
「了解」
銛を手にシュウのもとへと駆けてゆくコウメイの背中から視線を戻したアキラは、再び読みかけの魔術書に没頭し、穏やかな午後の時間を過ごしたのだった。
+
「三尾でいいって言ったのに……」
シュウによって運び込まれた大量の砂鮫を見た彼女は、「そうだった、こういう人たちだった」と額をおさえた。
「悪いな、シュウが張り切り過ぎたんだ。捨てるのはもったいねぇだろ」
食材をむざむざ捨てる者には天罰が下ると信じるタラだが、食べきれないで無駄にするのもまた同じくらいの罪だと思っている。腐らせる前に全部を料理できるだろうかと心配する彼女に、コウメイが手伝いを申し出た。
「ちょっと作ってみたいものがあるんだ」
調理場に入って包丁を握ったコウメイは、砂鮫をさばいてボウルに入れ、アキラを呼んだ。
「フードプロセッサー、出番だぜ。粘りが出るまで攪拌してくれ」
「何を作るのですか?」
「カマボコだ。冒険者どもに、携帯食として売りつけてやれるぜ?」
初耳の料理名に興味津々のタラは、コウメイに指示されボウネと紫ギネを刻んでゆく。アキラがつぶし練った鮫のすり身に刻み野菜を入れ、混ぜてから形成してフライパンで焼く。
「弾力があって、不思議な噛みごこち……でも、美味しいわ」
「冷めても美味いから、材料と時間のある時にまとめて作っておけばいい。酒のツマミにもいいんだ」
タラの手の平よりも少し小ぶりの大きさに整えられたすり身が、次々と焼き上がってゆく。シクの葉で包めば立派な携帯食だと、彼女は新しいレシピを覚えられて嬉しそうだ。大量の砂鮫はコウメイの手によって、焼き、蒸し、茹で、揚げられた。同じ材料でこれだけ風味の異なる携帯食が作れるのかと、タラは感動に瞳を潤ませている。
「営業再開の目途はたってるのか?」
「テーブルと椅子の修繕が終わらない事には難しいですね」
「ロビンのおっさんに頼んでるんだろ?」
「本業の鍛冶の方が忙しいのに、急かせませんよ」
荒っぽい冒険者たちは武器の扱いもぞんざいらしく、毎日のように刃こぼれさせた剣が持ち込まれているらしい。一匹でも多く魔物を討伐して借金を返さなければという焦りが、武器にまで気を回せなくなっているのだろう。
「持ち帰りじゃ売り上げは伸びねぇよなぁ」
「それなら一つ案があるぞ」
最後の鮫肉をすり潰し終えたアキラが、ボウルを差し出しながら言った。
「昨日、島にいる冒険者の経歴書に目を通したんだが、大工経験のある者が三人いた。彼らに修繕させればいいんじゃないか?」
「大工仕事より討伐がいいって言うんじゃねぇか?」
「そこは交渉だ。その汁物をふるまって、持ち帰りでは提供できない料理だと言えばいい」
コウメイは大鍋のつみれ汁の味付けにかかろうとしていた。ゴロゴロと大きく切った赤芋と白芋にボウネのたっぷりと入った汁物は、それ一品だけでも満腹になりそうなボリュームだ。
「それは良さそうですね。持ち帰りの料理はシクの葉で包めるものばかりなので、みなさん煮込みやスープに飢えているはずです」
テーブルと椅子の修繕が終わらなければ食べられないとわかれば、他の連中も邪魔はしないだろう。早速夕食販売の時に冒険者たちに提案してみましょうとタラは張り切りはじめた。
「コウメイさんたちは奥の席で、見せびらかすように食べててくださいね」
「タラも容赦ねぇな」
「それだけ迷惑かけられていますからね」
今夜のメニューは砂鮫三昧だ。香草をまぶしバターでソテーし、茹で丸芋を添えたメインに、どんぶりにたっぷりのつみれ汁。酒とともに食事を楽しむ様子を見せつけられた男たちは、何故あれを食えないのだと怒りに身体を震わせていた。タラが「テーブルと椅子の修繕が終われば皆さんにもお出しできますよ」と話を向け、こっそりとウェイドに視線を送ると、彼はタラの思惑を察して、冒険者たちに命じた。
「オランド、ウィル、セオ。お前たち元大工だろ、明日は討伐を休んで修繕に当たれ」
指名された三人は「稼ぎがなくなるのは嫌だ」と拒否しようとしたが、金華亭の営業再開は、テーブルと椅子が揃うまでお預けだと聞かされた冒険者らによって、否の言葉は封じられた。
「冷めた飯はもう嫌なんだよ」
「あ、冷めてても美味いよ、タラ。けど温かいスープが飲みてえし」
「そうだよ、俺はとろっとろの煮込みが食いたいんだ」
「腹一杯食いたい……これっぽっちじゃ、腹が鳴って夜中に目が覚めるんだよ」
彼らは懲罰の炎に焼かれるまでもなく、自分たちのしでかした暴挙を後悔していたのだ。孤島では胃袋を掴んだ者が勝者なのである。
+
三日目の島の朝。
コウメイはおばけ貝を漁ろうと、シュウは海水浴を楽しむつもりで、少し早くアキラとともにギルドにやってきた。待ち構えていたハロルドに嬉しそうに迎え入れられ、三人の間に不穏な空気が漂う。
「良かった、呼びに行こうかと思っていたんです」
「予定では四の鐘からでしたよね?」
「それがですね、本部から緊急の依頼が入ってまして」
本部とは魔法使いギルドの本部だ。連絡板を渡されたアキラは、その指示文書を読むと、桟橋の方へ歩いて行こうとする二人を呼び止めた。
「コウメイとシュウにだ」
「はぁー?」
「俺らはギルドにゃ関係ねぇだろ」
「そうもいかないようだぞ、ミシェルさんからの素材調達依頼だ」
明後日までに、雷蜥蜴の皮を三十匹分送れ、との事だった。
「島の居住エリアに滞在する対価に、依頼を請けると約束していただろう?」
「そういやそんな約束したが、まだ三日目だぜ?」
魔術師相手に白紙委任状を渡すような約束をしたほうが悪いと、アキラの反応は冷たいものだった。依頼の回数、素材の種類や分量、必要経費の分担といった詳細を、まったく詰めないまま島にきていた。これは島の滞在期間に、あちらの都合にあわせこき使われるということに他ならない。
「まさかそんな落とし穴があるとか思わねーよ。知ってたんなら注意くらいしてくれてもいーだろ!」
「……あのオバサン、糸目と親しいだけあるよなぁ」
「ギルド長からの依頼ですから、報酬は確約されていますよ」
この島で稼ごうと思えば、大量の魔物を討伐して魔石を集めるか、魔法使いギルドが求める素材を調達するかのどちらかしかない。
「金には困ってねぇんだが」
「だったらその依頼は俺がやろう」
奴隷冒険者を引き連れたウェイドが、いつの間にかギルドにやってきていたらしい。彼らの話を聞いて、魔石以外に稼ぐ手段があるのならばと乗り気になっている。アキラは彼と冒険者たちを見比べてたずねた。
「ウェイドさんが率いる連中の中に、解体の上手な者はいますか?」
「どうだったかな」
「それではお任せできかねますね」とアキラは首を振った。ミシェルは雷蜥蜴の皮で、魔術への抵抗力の高い防具を作る依頼を請けているらしい。納品を求める皮への品質指定はかなり細かなものだ。
「背の硬い部分に傷のある皮は査定基準を満たしません。できるだけ同じ面積の皮を三十枚ですが、できますか?」
出発はまだかと退屈そうにしている腕輪付きを一瞥したウェイドは、ニッコリと笑い「ちょっと難しいな」と短く答えた。
「この島にきてからは、屠って魔石を奪う事しかしてないんだ、解体の腕はずいぶんと鈍ってるだろうぜ」
ゴミにしかならない魔物の素材を持ち帰られても迷惑なだけだ。アキラは本日の予定に向かいたそうにしている二人を振り返った。
「コウメイ、シュウ、頼む」
「えーっ、がっつり泳ぎたかったのによー」
「おばけ貝のカルパッチョはどうするんだよ」
「彼らが失敗したらどうせ行かされるんだぞ。だったら最初から引き請けておいた方がいい」
二度手間は確かに面倒だが、休暇だと浮かれ切っていた気持ちに水を差されたのだ、コウメイもシュウも不貞腐れたように道連れを確保した。
「ウェイドさんよ、荷物運びくらいはやってくれるんだろうな?」
「おう、力しか自慢するところのない連中ばかりだ、いくらでも担がせてやれ」
そうしてコウメイとシュウは三日目の朝から、脳筋集団を引き連れて森に入ることになったのである。
+++
ハロルドとの打ち合わせは簡単に終わった。アキラはアレックスのしていた業務だけを引き受けると契約して島にきていた。
「私が把握している彼の業務はこのあたりですね」
アキラの前に置かれた業務説明の板紙は、わずか数枚だった。入島者への契約魔術とその管理、本部との定時連絡、魔石の査定、半月に一回の報告書の提出。これならばのんびりと休暇を楽しめそうだと安堵したアキラだったが、「それから」と最後に差し出された魔術書を見て、嫌な予感に頬を引きつらせた。
「この表題は……」
「古代魔術言語ですよね? 私には読めませんが。これはアレックスだけが閲覧できる本です。こちらには私たちに知らされていない、ギルドの重要任務が書かれているそうですよ」
伝聞形なのは、ハロルドが本を開いても文字が読めないからだ。アレックスが島を出て行くときに、臨時の後任にこれを渡せと預かったが、好奇心に負け本を開いてみた彼の目には、白紙にしか映らなかった。
「アレックスはああ見えても元濃紺級ですし、ギルド中枢の極秘案件なんかも引き受けていたようなんですよ」
ハロルドたちに黙ってギルドを数日不在にしたり、森に籠ってよくわからないことをしていた。あまりにも不可解なことが多く、何をしているのかとたずねたこともあったが、いつもあの細目でへらりと笑いながら「死にとうなったら教えたるで?」と脅されてからは、彼の行動について口を挟むのはやめたのだという。
「……私が読めるという、その根拠は何ですか?」
「むしろ読めない方が不思議ですよ」
表題を読み理解したからこそ顔色を変えたのでしょう? と断言され、アキラは眉間を揉んだ。ハロルドは業務マニュアルか引継書のような本だと考えているようだが、タイトルを見たアキラは絶対に違うと断言できた。
『秘密日記』
表紙に書かれたその文字を見た瞬間に、焼き捨てるか、海に投げ捨ててしまいたくなった。陰険腹黒細目のプライバシーなんて絶対に読みたくない。だが、嫌で嫌で仕方なくても、ハロルドが知らない何かしらの業務が記されているというのなら、自分は読むしかないのだ。ミシェルとは「アレックスのしていた仕事だけを代行する」と契約している。
「……詰めが甘かったのは俺もか」
久々の休暇だと気持ちが浮かれていたのが原因だと、アキラは注意力が散漫だった己を反省した。いくら目の前に妹のクッキーがあっても、腹黒い魔術師を前に決して気を緩めてはならないのだ。
「読まないんですか?」
本を前に硬直しているアキラを、ハロルドは期待と好奇心をうかべた目で見つめていた。作り笑いで彼を振り返り、「……後でゆっくりと読むことにします」と誤魔化して、アキラはアレックスの日記を引き出しにしまい込んだのだった。
+++
「こらーっ、そこのヒゲ! 背中を攻撃すんなつってんだろー!」
「おい赤ズボン、沼に引きずり込まれてる奴を助けてやれよ」
雷蜥蜴の沼は、相変わらず芋洗い状態だった。これなら簡単だと後先考えずに駆け出した腕輪付きどもは、ことごとく雷蜥蜴の電気(?)攻撃を浴びて倒れた。全身が軽く痺れる程度なのですぐに痺れから解放されるが、運の悪い者は痺れている間に雷蜥蜴に噛みつかれ、そのまま沼地へと引きずり込まれそうになっている。
「ウェイドさんよ、あいつらどうにかならねぇか?」
「俺の命令なんか聞くわけない、諦めろ」
「あんた監督者なんだろ」
「他人の忠告や注意を聞けるやつは腕輪付きに落ちたりしない」
「開き直んなーっ」
電気攻撃を何度も受けた男たちは、痺れ動けない時間が短くなっていった。ピリピリ攻撃に耐性がついて来たのだろう。そうなると彼らはその筋肉を存分に行使し暴れはじめるのだ。
「あーもう、せっかくひっくり返したのに、お前ら反応が遅せーよ」
「体重かけたら貫通するぜ。それじゃあ皮の商品価値がなくなるじゃねぇか」
コウメイとシュウは雷蜥蜴の皮を求めてこの沼地までやってきたのだ。便乗しおこぼれにあずかろうとする、話を聞かない二十五人の冒険者たちは、はっきり言って邪魔だ。
「シュウ、やっちまえ」
「いーのかよ?」
「脳筋を抑えられるのは脳筋だけだ」
「バカにしてんのかよ?」
「あいつらがタラに悪さしねぇように、力を見せつけてやるつってただろ。今が絶好の機会だ、思う存分やってこい」
そういうことならと剣を納めたシュウは、素手で男たちの前に立ちはだかった。
「雷蜥蜴を狩りたきゃ、俺を倒してからにしろ!」
そう叫んで雷蜥蜴に無謀な戦いを挑む男たちを捕まえては投げ飛ばし、泥に引きずり込まれた身体を引っ張り上げ、商品価値を下げようとするバカを羽交い絞めにして説教した。
「説明しただろ、ちゃんと話聞けよなー。雷蜥蜴の皮に傷をつけるなって言っただろ! てめーらが攻撃した雷蜥蜴じゃギルドは買い取ってくれねーんだよ。一枚八十ダルだ、タラの飯一食分だぞ、それ捨ててるのが分からねーのかよ!?」
説教と防衛はシュウに任せ、コウメイは腐葉土が厚く積み重なった沼縁に移動し、長剣の鞘で雷蜥蜴をひっくり返しては、短剣で顎から腹を切り裂き屠っていった。解体は後でまとめてやることにして、まずは予備もふくめ三十五体ほどをしとめる。
「コウメイを見てると簡単そうなんだがな」
「難しくはねぇだろ。ひっくり返して素早く殺りゃいいんだ」
言うほど簡単ではないと、ウェイドは苦笑いで雷蜥蜴とコウメイを見比べている。雷蜥蜴をひっくり返すのは確かに簡単だ。だが見た目と違いこの魔物の動きは速い。ひっくり返されると起き上がるのに時間のかかる魔亀と違い、雷蜥蜴は太くて長い尻尾を使って一瞬で元に戻るのだ。複数人で役割を分担しているならまだしも、ひとりで楽々と三十匹以上を狩るのは普通ではない。
「今度の所長代行も凄いと思ったが、あんたらも凄いよ、常識外れだ」
「慣れれば簡単なんだけどなぁ」
腕力押しの討伐しか経験がなければ難しいかもしれない。だがコウメイが三十数匹を狩る様子を、コツを掴もうとするかのように見続けていたウェイドなら、数匹も練習すれば大丈夫だろう。そう励まされ、ウェイドは沼縁で誘うように尻尾を動かしている雷蜥蜴に狙いを定めた。
「いてっ」
何度かピリッと痺れたようだが、ひっくり返ってからの雷蜥蜴の動きのパターンを掴んだ後は、それほど苦労することなく一人で狩れるようになった。
「シュウ、解体手伝ってくれ」
気絶した男たちが転がる沼辺は、異種格闘技バトルロイヤルがそろそろ終わりそうだった。最後の一人を掴んで投げ飛ばしたシュウは、いい運動だったとご機嫌で解体作業の補佐に入る。
「二十五人を一度に相手して無傷とはな」
「あいつらが手加減してくれたから、まーこんなもんだろ」
「ん? 手加減していたのはシュウじゃないのか?」
首を傾げるウェイドに、シュウは呵々と笑って言った。
「俺が素手だからって、あいつらも武器を抜かなかったんだぜ。こっちは剣で斬りかかられても負けねー自信はあるけど、そーいうのは卑怯だっつってさ」
「へぇ、腕輪付きに落ちてても、ギリギリ踏みとどまってるってとこか」
「一対多数は卑怯じゃないのか?」
「それは俺が『全員でかかってこい』って挑発したから、卑怯じゃねーよ」
力で押しつける者がいなければ羽目を外してバカをするが、基本的には無害で単純な連中ばかりだ。だからこそ冒険者ギルドは国からの委託を受けたのだろうし、冒険者に復帰してギルドを発展させてほしいという思惑もあるに違いない。コウメイが考察を述べると、ウェイドは考えたこともなかったと驚いた顔を見せた。
「あんたも大概、脳筋なんだな」
「うるさい」
「腹減ったし、飯にしよーぜ」
幸い食材ならたっぷりとある。コウメイは雷蜥蜴の肉をぶつ切りにし、木の枝を削って作った串に刺していく。シュウが火を起こして肉を焼きはじめると、倒れていた男たちがひとりふたりと起きてきた。腹を鳴らし恨めしそうに視線を向ける彼らに、焚火と串は自分たちで作れと指示して、自分たちでは食べきれない雷蜥蜴の肉をわけてやった。
「うめぇ!」
「プリプリだ」
「けど、物足りねぇぜ」
味付けしていないのだから当然だ。特製のスパイスソルトを振りかけるコウメイの手元を羨ましげに見ていたが、「自分の調味料は自分で用意するもんだろ」と突き放されて思い出したようだった。
「……そういや腕輪をはめられる前は、粒塩を持ち歩いていたよなぁ」
「俺は岩塩を持ってたぜ。野営で削って使うんだ」
最低限の食が保障される環境になれてしまった彼らは、冒険者の醍醐味や小さな楽しみをすっかり忘れてしまっていた。獲物を食う楽しみ、強い魔物との戦う興奮、報酬で花を買う悦び。シュウとの乱闘で戦いの興奮と愉しみを、狩った獲物を食べることで魔獣肉の美味さと達成感を思い出した彼らの表情は、朝、嫌そうにウェイドに連れられて森に踏み込んだ時から、がらりと変わっていた。
「せめて塩を持てるくらいになりてぇなぁ」
「あー、俺、鈴花亭のジーナに会いたくなった」
「俺は釣鐘屋のエミリだな」
「イリーナさん、身請けされちまったんだろうなぁ」
腹が膨れた男たちは、懐かしく恋しい女性たちを思い決意する。美味い飯を食い、恋しい女性に再び会いにゆくのだ、と。
「……あんたたち、凄いな」
わずか半日で腕輪付きたちに前を向くことを思い出させた二人を、ウェイドは驚きと尊敬の目で見た。
「別に凄かねーよ、なぁ?」
「無理やり働かせて効率が落ちるのは誰でも同じだ。怠惰に活入れて、その後腹一杯食わせりゃ、単純な奴ほどすぐに正気に返る」
あとは彼らのやる気を削がないようにうまくコントロールすればいいだけだ。
「……それが難しいんだよ」とウェイドは頭を抱えている。
「あんた、指揮官タイプじゃねぇだろ」
図星だったのか、彼はムッとしてコウメイを睨んだのだった。
+++
ミシェルからの依頼品を集め終えたコウメイとシュウは、ウェイドらと別れて早々に町へと戻ってきた。
「一日で品質も数もぴったりにそろえるとは……ギルド長が喜びます」
雷蜥蜴の皮を検品したハロルドは、早速送ってしまおうと、転移室へ向かおうと立ちあがった。
「送るのは明後日にしてください」
アキラに引き止められ振り返った彼は、三人が揃って「明後日」と繰り返すのを怪訝に思った。
「明日と明後日のんびりするために頑張ったんだぜ」
「あまり早く納品しては、次の依頼の期日が早まりかねません」
ミシェルならそうするだろうと確信のこもった声を、ハロルドは否定できなかった。
「俺らは休暇に来てるんだぜー、休暇!」
「明日こそおばけ貝を漁りにいくぜ」
「がーっつり泳ぐ!」
「そういうわけですので、転送は明後日の夕刻にお願いします」
それまでは所長権限で転移室の鍵を閉めておきますね、と微笑んだアキラだった。




