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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
4章 ナナクシャールの休日

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03 金華亭の夜


 シュウが悲鳴をあげながら飛び出していった後、物置状態の素材部屋からベッドを運び出して寝床を整え、埃をかぶっていた台所の掃除を終えたコウメイは、食材を求めて家を出た。目指すは金華亭だ。島の住人らの胃袋を支える飯屋ならば、備蓄の食材があるはず。肉類ならば倍量にして返すことを約束すれば少し分けてもらえるだろう。そう期待して金華亭の扉を叩いた。


「夕食の営業はまだですよ」


 鍵のかけられた扉の向こうから、警戒したような尖った声が返った。マーシャの声ではない、若い女性のものだ。


「そういやマーシャとリロイは島を離れたって言ってたな」


 ではこの声はタラなのだろう。コウメイの記憶にある少女は、こちらの世界での成人年齢くらいだった。あれから十年ということは二十二、三歳だ。若い娘さんがひとり細腕で切り盛りしているとしたら、冒険者たちが大人しくできないのも分かる気がする。コウメイはもう一度扉を叩いた。


「仕込みで忙しいところ申し訳ないが、肉をわけてもらえないか。明日狩って返すと約束する」

「……どちら様でしょうか」

「今日島にきた冒険者だ」

「……船が着くのは明後日のはずですが?」


 名乗るのを躊躇ったせいでよけいに怪しまれてしまったようだ。


「ああ、船じゃなくて魔法使いギルドに運んでもらったんだ」

「ギルドの……アレックスさんの代理の方ですか?」

「いや、俺は代理(アキ)の連れだよ」

「まさか……コウメイさん、ですか?」


 ガタガタと扉が震え、ゆっくりと動いた。そのわずかな隙間からのぞいた青い瞳と、たしかに目が合った。


「よお」


 目線の位置が随分と高い。成長に驚き微笑むコウメイの眼前で、勢いよく引き扉が開いた。

 黒く艶のある髪は首の後ろでひとまとめにされている。眉の上で切り揃えた前髪の作る影が思慮深い表情を支えていた。感情の色の薄かった青い瞳は、さまざまな思いが浮かぶようになっていて、彼女の苦労が読み取れた。小さく開いた唇が、年齢相応の色気を醸し出していて、なんだかくすぐったい。


「タラか? 久しぶりだな。ずいぶんキレイになったなぁ」


 頭のてっぺんからつま先まで、彼女の視線が何度も往復した後、納得したように小さなため息をついた。


「……アレックスさんの関係者ですから、当然でしたね」


 驚きを飲み込んだ彼女は、少女のころには見られなかった自然な笑顔を向けた。


「おひさしぶりです、コウメイさん。とても若いですね、私の方が年上に見えてしまいそうです」


 あれの関係者扱いは遠慮したいのだが、変わらない理由づけには最も有効な言い訳なのは間違いなかった。苦笑いのコウメイは彼女に店の中に招き入れられ、がらんとした室内を見渡して目を見開いた。


「営業してねぇのか?」


 以前はテーブルと椅子が詰めぎみに並んでいたのに、招き入れられたそこにはテーブル席がなくなっていた。


「ちゃんと食事は提供していますよ。ただ、テーブルや椅子の修繕が間に合わなくて」

「ハロルドさんが冒険者どもの素行を嘆いてたが、こりゃひでぇな」


 タラによればマーシャとリロイが島を出てからは、ロビンが鍛冶屋の片手間に大工仕事も請け負ってくれていた。だが本業を優先すると、どうしても家具の修繕は後回しになっているのだそうだ。この状況では身の危険への恐れが優先され、今は決まった時間に料理の販売だけをしているらしい。


「お酒は瓶で、料理はシクの葉に包んで宿に持ち帰ってもらっています。その方が今は色々と安全ですから」


 席の残っているカウンターで食事を許されているのは、酔って暴挙に出ない魔法使いギルドの職員と、飲んでも酔わない鍛冶屋のロビンだけなのだそうだ。


「アレックスさんの留守で、こんなに大変になるなんて誰も思っていませんでしたよ」

「あいつの不在の間はアキが所長代理を務めることになったから、今夜からは荒くれどももおとなしくなるだろうぜ」


 コウメイはタラの仕込みの手伝いに入った。この島で起きた知り合いたちの話題を懐かしく聞く。


「タラはまだ借金が返せてねぇのか?」

「いいえ、二年前に腕輪からは解放されましたよ」


 ほら、と腕をまくって見せられ、借金奴隷の証である鉄の輪がないことを確かめてホッとした。


「返済終わったのにまだ島に残ってるのかよ」


 家族のもとに帰ればと言いそうになって、彼女が奴隷落ちした原因がその家族であったことを思い出した。


「……この島を出て何処でも自由にくらせるし、好きなこともできるだろ」

「外で暮らすのにはお金がかかるんですよ」


 返済が終わり奴隷からは解放されたが、資産はゼロだ。大陸に戻って生活基盤を整えるために、しばらくはこの島で稼ぐのだと微笑んだ彼女に影はなかった。


「皆さんでこの島に来ているのですか?」


 彼女が期待しているのはコズエやサツキだろう。この島にいる若い女性はタラひとりだ、友人もなかなか作れない環境では寂しさもひとしおだ。


「悪いな、俺とアキとシュウの三人だけなんだ。他の三人はダッタザートで店を開いてるよ」

「まあ、お店を?」

「ヒロが宿屋で、コズエちゃんが服屋、サツキちゃんは菓子屋だ」

「コズエさんの作る服、好きだったんです。サツキさんのお菓子も珍しくて美味しくて……懐かしいわ」

「島を出てダッタザートに行く機会があれば、訪ねてみるといいぜ」


 その言葉は、自分たちが近づけなくなったかわりに、とタラには聞こえた。肉に香草を揉みこんでいた手を止めて、タラは遠くに目をやるコウメイを見あげた。彼らと彼女たちの生きる時間が異なってしまったのは、何がきっかけなのだろうか。聞いてみたくなったが、彼女は口を閉じて視線を肉に戻した。彼らはアレックスと同じ種類の存在だ、深くかかわればかかわるほどに多くのものを失う。


「どうした?」

「ダッタザートならギルド経由で注文が出せますから、次の船便でコズエさんの服とサツキさんのお菓子を頼みますね」

「へぇ、定期船経由で買えるのか」

「遠いですから倍の時間がかかりますけど」


 いいことを聞いたとでもいうようにコウメイが唇の端をほころばせた。


「ところでタラ、食材を少し分けてもらえねぇかな?」


 当初の目的であった食材調達を改めて切り出したコウメイは、肉は倍量にして返すと申し出た。


「明後日には食材も届きますから、必要なものがあれば好きなだけどうぞ。でも今夜の食事はみなさんで食べに来てください、歓迎のご馳走を作りますね」


 気を使う必要はないと言いたかったが、タラがあまりにも楽しそうなので断り切れず、コウメイは招待を受けた。


   +


 島の生活で鐘の音に縛られるのは、ギルドの業務くらいだ。八の鐘が鳴って少しして戻ってきたアキラとシュウは、ぐったりと疲れ切った様子だった。


「……脳筋ばかりだ」

「すげーよ、俺よりバカばっかだったぜ……」


 荒くれどもを契約魔術と錬金薬を盾に脅し躾けることに成功したアキラは、心を入れ替えたらしき筋肉たちに取り囲まれて、サボるにサボれなかったらしい。着任初日で本性をぶちまけることもできず、たくさんの猫を被って脳筋たちを懐柔してなんとか一日を終えたらしい。


「表情が硬いぜ」

「……もとに戻らないんだ」


 笑顔を張りつけ過ぎた影響で、硬直したままの頬を両手で揉みながら、アキラは「腹が減った」と呟いた。シュウの腹もぐるぐると大きな音を出して空腹を主張している。


「あー、実はタラに招待されててな」

「金華亭はテイクアウトしかやっていないと聞いているが?」

「それはバカどもを近づけないためらしいぜ。ギルドの職員とロビンは店内飲食可だってさ」


 もちろん旧知である三人も大丈夫だとタラに言われている。


「そのバカな連中、がっつりお仕置きされてたぜ。もう店で暴れることもねーよ」


 アキラによって調教される一部始終を見物していたシュウは、思い出したのか腹を抱えて笑い出した。


「すげーんだよ、ホント。女王様と下僕っつー感じでさー」

「人を変態みたいな言い方するな」

「いやだってよー、あの連中、アキラの足の裏舐めそうな勢いだったじゃん」

「何やってんだよアキ」

「……島の規律を叩きこんだだけだ」


 流刑の島にやってくるような連中は、ある意味まともでない者ばかりだが、基本は単純だ。その単純な冒険者たちは、これまで見たこともない美貌から放たれる冷淡な笑顔と厳しい声、そして裏腹に与えられる癒しの薬というつり橋効果もあいまってか、彼らはいろいろと偏った性癖やら嗜好やらを目覚めさせてしまったらしい。


「じごーじとくだって、なー?」

「……アレックスを恨めばいいんじゃねぇかな?」


 彼が無断で職場を放棄しなければアキラが島にやってくることもなかったのだし、契約魔術を完成させて冒険者たちに怒鳴りこまれることも、治療薬を使って彼らを懐柔する事態にもならなかったのだ。


「戻ってきたらどうしてくれよう」

「それはその時に考えるとして、今晩の飯は金華亭だ。タラ、料理の腕上げてたぜ」

「彼女はまだ島にいるのか……」


 借金奴隷の身分から解放されていないのかとアキラは表情を曇らせ、シュウは青春が脳筋バカに囲まれて終わるのはかわいそうだよなと唸った。


「借金からは解放されてるってよ。今は大陸で生活するための資金稼ぎのために島に残っているらしい」

「彼女に怪しまれたりはなかったのかよー」

「アレックスの同類なら変化がねぇのも当然だろうって受け止めてたぜ」

「あれと同類扱いは複雑だが、言い訳にはなるか」


 彼女も契約魔術から逃れられないことは知っているだろうし、島で長くすごしているのだ、ここが大陸とは異なる特別な場所だと理解しているに違いない。


「なーなー、タラ、美人になってたか?」

「黒髪がサラサラで、瞳がこぼれそうなくらいに大きくて、表情が前よりやわらかくなってたな」


 一般的な美人とは言えないが、ミステリアスな雰囲気の漂う、印象的な大人の女性になっていたというコウメイの言葉を聞いて、シュウの鼻の下が伸びた。


「余計なことをするなよシュウ」

「えー、信用しろよなー」


 シュウは彼女の髪の色に、王都で捨ててしまった小さな子供の姿を重ねていた。年の離れた妹を思うようなそれは、釘を刺されるような感情ではないし、島で遊ぶつもりもないとシュウは唇を尖らせる。

 三人は身支度を済ませてからそろって金華亭を訪ねた。テイクアウト用の料理を受け渡しするテーブルの奥で、豪華な料理と酒が並べられているのを羨ましげに見ている男たちの視線の間をすり抜け、先に着席しているハロルドやロビンと合流した。


「変わらねぇな」

「おっさんもな」


 ドワーフの血をひくというロビンは、コウメイらと同じく十年前から全く齢をとっていないようだった。昼間の続きとばかりに荒くれどもを見張るシュウは、タラの手伝いを張り切っている。


「野郎に給仕されても嬉しくねぇ!!」

「タラに渡してもらいてぇんだよっ」

「引っ込んでろ鉢巻」

「うるせー、俺はタラの笑顔を守るぜ!」


 テイクアウトに切り替えた後も、手渡しのどさくさにまぎれた接触に辟易としていたタラは、シュウの接客を代わるとの申し出に、涙を流さんばかりに喜んだ。


「お酒は今も苦手ですか? でしたら肉料理を一品サービスしますね」


 決してお肉につられたわけではない。

 なんとかして奥の酒宴に紛れ込もうと粘る野郎どもを店から追い出し、音を立てて扉を閉め施錠したタラは、少女の頃に戻ったような屈託のない笑顔で招待客を振り返った。


「お待たせしました、お料理が冷めてしまいましたね。お酒は行き届いていますか?」

「いいから座れよ、働きっぱなしで疲れただろ」

「大丈夫ですよ。シュウさんのおかげで、いつもより早く店じまいができましたから」


 タラは皆のカップに酒を注いでいく。コウメイとアキラには強めの蒸留酒をストレートで、シュウには果汁にほんの数滴を落として混ぜたものを出した。十年ぶりだというのに酒の好みを覚えてもらっていたのは、素直に嬉しかった。


「それでは、臨時代行ギルド所長の着任を歓迎して、カンパイ!」

「カンパーイ!!」


 ハロルドの歓迎の一言ではじまった酒宴は、自然と懐かしい日々の話題が中心となっていた。そのせいか、二年前に島に赴任した若い魔道具師は居心地が悪そうだ。


「紹介しておこう、私の弟子のカートだ。結界の街灯のメンテナンスを任せている。まだ黒級だが器用で細かな調整の得意な、将来有望な魔道具師だよ」


 純朴そうな青年は、師匠に褒められてソバカスの散る顔を赤く染めた。


「代理ですが、しばらくお世話になります」

「アキラはアレックスの弟子で、複数の魔術職を修めたやり手だ。彼の魔術をよく観察して、盗めるところはどんどん盗みなさい」

「あ、アレックスさんの弟子ぃ……っ!」


 師匠の言葉を聞いたカートの声が裏返った。それは純粋な感嘆から生じたものなのか、脅えや恐れや反発や警戒からくるものなのか、はっきりしなかったが、どちらにしてもアレの弟子という肩書はあまり歓迎できるものではない。


「一般的な師弟関係とは少し違いますし、弟子とはいえないと思いますよ」

「いやアレックスに気に入られ、まっとうに魔術師を続けられているのは立派だよ、弟子を名乗るべきだね」


 だから名乗りたくないというのに。

 魔術師の師弟コンビはそれほど酒に強くないようで、一杯目のエル酒を飲み干す頃には、アキラに絡みはじめた。


「あなたたち三人が来てくれて、ほほんとおに、助かりましたよぅ」


 アレックス不在時の苦労を繰り返し愚痴るハロルドは、陰気な絡み酒だ。これまでの鬱憤をここぞとばかりに晴らしにきていた。


「あの枚数の契約魔術を、同時に完成させたんですか? アレックスさんのお弟子さんは凄いです、凄すぎます……どうせ僕なんか、僕なんか……ううぅ」


 そして弟子のカートは卑屈な泣き上戸だ。師匠の語るアキラの偉業を知り、僕なんかと落ち込み涙を浮かべてテーブルの傷を指でなぞっている。


「そいつらはその辺に転がしとけ、今日は随分と酔いのまわりが早いようだ」

「ずっと緊張の日々が続いていましたから、やっとゆっくりできそうですね」


 ロビンとタラも大変だったが、島を管理している彼らの方が、居住している自分たちよりもずっと大変だったのだと言った。


「それもこれもアレックスの奴が無断で島を飛び出したのが原因だ」

「一度戻ってきましたけど、すぐにまたどこかに行ってしまいましたからね」


 酔いつぶれた師弟をカウンター席に移して寝かせたタラが、アキラに「師匠の行方は知らないのですか?」とたずねた。


「……アレックスとは師弟関係にはありませんので」


 視線を逸らしつつ否定するアキラを、二人は懐疑的な目で見据えた。


「弟子のために杖を作るからと、ワシから貴重な素材を強奪していったんだがな」

「意匠の相談をされて、魔物の手を模すのはやめた方がいいと忠告しましたよ」

「…………」

「往生際が悪ぃぜアキ」

「そーそー、もうきっぱり認めちまえってー」


 それまで料理を堪能していた隻眼とケモ耳が、笑いながらアキラの肩を叩いた。


「俺らから見ても、よく似た師弟だと思うぜ」

「笑顔でエゲツねー作戦考えつくところとか、そーっくりだろ」


 笑顔を張り付けたまま無言で二人の足を蹴ろうとしたが、いつまでもやられっぱなしではないとでもいうように、先にアキラの爪先が踏まれ固定されていた。


「ところでアレックスが島からいなくなったのって、いつ頃の事なんだ?」

「昨年の九月の終わりくらいでしたよ」

「十一月の末に戻ってきたが、三日も落ち着いてなかったぜ」


 ウナ・パレムにいたアキラたちが、金髪のエルフと遭遇した時期と重なる。ミシェルが後始末に連れまわしていたというのは聞いたが、その後に忽然と消息を絶ったらしい。


「あいつは昼行灯だが、いなければこれほど島が荒れるとは思ってもみなかったぜ」

「いてくれるだけで存在感がありましたし、彼は冒険者たちに容赦しませんでしたから」


 どうやらギルド職員の二人だけでは、色々な意味で島の治安を維持するには力不足らしい。カートはまだまだ経験も足らず、一人前の仕事はこなせていない。ハロルドは事務仕事に魔石の査定、島の魔力調整にと重要な責務を抱え込み過ぎていた。昼行灯でもいないよりはマシ、いや居てくれるだけで、得体の知れなさから牽制の役割を果たせていた。酔いつぶれた二人の分の期待もこめられた目で見られ、アキラは居心地悪そうに身じろぎする。


「ところでよ、コウメイ」


 ロビンがコウメイのカップに蒸留酒を注ぎ足しながら問うた。


「お前、島を出る時までは人間だったよな?」


 いったいどうやって時間を止めたのだと、タラも好奇心の浮かんだ目で見つめている。コウメイは音を立ててカップを置き、薄く笑みを浮かべてドワーフの血をひく男を威圧した。


「おっさん、この島では他人の秘密には干渉しねぇ決まりだろ?」

「っ……、そうだったな。すまん」


 何故この島にドワーフの血をひく男が住みついているのか、コウメイは詮索したことはない。どんな理由であれ、ナナクシャール島に流れ着くのは訳アリの人間ばかりだ。知られても構わないことは喋るが、言わない部分を探ろうとする者は、この島でも外でも長生きできない。


「アキラさんがギルドのお仕事をしている間、お二人は何をするんですか?」


 張りつめた空気を宥めるように、ことさら明るい声を作ったタラが話題を変えた。


「俺はのんびりするつもりだぜ。泳いだり、魚釣ったり。あとは久しぶりに海鮮料理に腕を振るいてぇな」


 大陸でも滞在する土地によっては魚料理も楽しめたが、ナナクシャール島ほど豊かな漁場はない。おばけ貝の刺身にバター焼き、ヒレの甘辛煮はここでしか食べられない。


「遊んでばかりいると身体が鈍るぞ」

「その辺は考えてるって。シュウはどうせ討伐三昧なんだろうから、腕が鈍らない程度に付き合うつもりだ」

「おー、さすが親友、よくわかってるじゃねーか」


 コウメイの背中を平手で何度も叩くシュウは、いい感じに酔っているようで、力加減を忘れている。平手攻撃から身をよじって逃れたコウメイは、その手首を掴んでテーブルの上に押しつけた。


「むしろ島でシュウが他にすることを探す方が難しいと思うが」

「毎日森に突っ込んでいって、大物を解体もせずに引きずって帰ってきそうだよなぁ」

「シュウさん、持ち帰るのは食べられる獲物だけでお願いしますね?」


 島の居住エリアは狭いのだ。消費できない魔物の死骸を埋めるような場所はない。


「えー、勝利の証は見てもらいてーのに」


 シュウにとっての休暇は、強敵との戦いを楽しむことだ。幸いにもこの島には伝説級の魔物がうじゃうじゃいる。


「魔石と腐らない素材以外は捨ててきなさい」

「後始末が面倒だろ」

「海に捨てればいいだろー」

「……それはやめてくれ」


 ロビンが額に手をあてて唸るように言った。


「海の魔物にとって、陸の魔物は滅多に食えない美味い餌なんだ。餌付けはやめてくれ」


 定期船が島に近づけなくなるし、なによりおばけ貝を漁るための潜水も難しくなるぞと脅されて、コウメイがシュウに宣言した。


「シュウ、食えない獲物持ち帰ったら、飯抜きな。コイツが飯食いにきたら追い返してくれよ、タラ」

「わかりました」

「ひでーよ!」


 鈍らない程度にとはいってられなくなりそうだと、コウメイは討伐三昧に付き合う覚悟を決めた。この島には自分とアキラ以外にシュウのリードを握れる存在はいない。アキラはギルドの仕事に縛られているのだ、自分がやるしかないだろう。コウメイは芳醇な木の香りのする蒸留酒を、吐き出そうとしたため息ごと飲み干した。


「腐らねーやつ……ミノタウロスの角、とかか?」

「どうせなら剣竜の背びれを狙ったらどうだ?」

「あれはいい素材だよなぁ。剣竜素材持ち込んだら、切れ味のいいやつ作ってもらえるか?」


 タラもロビンも、上限を超えた驚きにスプーンを取り落とし、酒をテーブルへと注いでいた。複数パーティーで討伐隊を組んで立ち向かう魔獣を相手に、彼らは単体で挑んで、しかも持ち帰る前提で話をしているのだ。


「ロビンのおっさん、どうなんだよ?」


 剣竜の素材は扱えるのかと繰り返し問われて我に返った彼は、言葉が喉に引っ掛かりながらも、なんとか「できる」と答えたのだった。


「楽しそうですねぇ皆さん、何のお話ですか?」


 酔いつぶれていたハロルドが、ぼんやりとした表情でこちらを見ていた。半分眠っているようで、瞼が重くとろりと怠そうだ。


「シュウが討伐三昧になりそうだって話だよ」

「ハロルドさんも眠そうですし、遅くまで居座ってはタラに迷惑が掛かります。そろそろお開きにしましょうか?」


 テーブルの料理はほとんど食べ尽くされていたし、それぞれの酒もちょうど空になったところだ。ロビンによれば、魔術師の師弟はギルドにほど近い一軒家に住んでいるらしい。歩けそうにない二人を運ぶようにシュウに頼み、コウメイとアキラは手早く食器や汚れ物を片付けていく。


「みなさんはこれがお好きでしたよね」


 金華亭を辞する際に、タラから魔猪の肉塊の包みと、蒸留酒の大瓶を渡された。シュウは弱いとはいえ以前より酒量は増えていたし、コウメイとアキラも飲み足りないだろうと見抜かれていたようだった。


「剣竜の素材は三十年ぶりだ、期待しているぞ」


 衝撃から覚めたロビンは、久しぶりの希少素材を楽しみだと言って、金華亭の前で三人と別れた。

 アキラが肉塊と酒瓶を持ち、コウメイはカートを背負った。


「このおっさん、結構重いぜー」


 ひ弱な中年魔術師を背負ったつもりのシュウは、ハロルドが見た目よりもがっしりと硬い筋肉をつけており、予想外に重いと驚く。


「重くはありませんよ。アレックスの代行を務めるのに比べたら、軽いものです」

「ぐぅ、くるじいって、絞めんなおっさん」


 両腕でシュウの首にしがみついたハロルドは、ほろほろと涙をこぼしながら鬱憤を吐き出した。


「私はね、逃げ遅れたんですよ……アレックスがいなくなった時に、任務を放り出して故郷に戻ってればよかったんです」


 後任に引継ぎしなければという責任を放棄できなかったハロルドは、気づけばギルドの仕事のすべてを抱え込んでしまい、逃げるに逃げられなくなっていたとため息をついた。


「他の魔術師たちはどーしたんだよ?」

「任期終了と同時に、後任がやってくるのを待たずに島を去りました」


 彼の人の好さにつけ込んで引継ぎを押しつけたのだろう。ハロルドは魔術師としては珍しい、善良で癖のないタイプらしい。


「皆さんには期待してますよ、是非ともあの野蛮猿どもをコテンパンにして、冒険者としての力量の違いを見せつけてやってくださいね!」


 中途半端な腕前を自慢し、暴挙を繰り返すバカどもの鼻っ柱を折ってくれと頼まれたシュウは、助けを求めるようにアキラを振り返った。


「俺がやると反則っぽいけど、いいのかよー?」

「いいんじゃないか?」


 契約魔術で縛っているが、人の悪癖や性格はそれほど容易に矯正できるものではない。きっと懲罰の炎にもすぐに慣れて、もとの荒くれに戻るだろう。


「常軌を逸しない程度にシュウの強さを見せつけて、島の冒険者たちの頂点に立ち続けてください」

「難しーこと言うなよなー」

「加減は俺が調整するから」

「彼らが契約魔術に慣れて恐れなくなってしまえば、タラが被害にあうんですよ」

「わかった、俺がこの島のてっぺんとってやるよ!」


 かわいい妹分を野蛮猿どもから守るのだと、シュウは俄然張り切りだした。

 魔術師の宿舎は小さな平屋だった。


「今日は到着早々に大任をお任せしてすみませんでした」


 シュウの背から降り、玄関扉の鍵を開ける頃には酔いの醒めていたハロルドは、送り届けたことへの礼と、強引に契約魔術を押しつけたことをわびた。


「喫緊の案件は片付きましたから、明日はゆっくりと休んでください」


 明後日の四の鐘から、任務の引継ぎをするとアキラと打ち合わせたハロルドは、熟睡した弟子を抱えて家の中によろけるように入って行った。


「酒もあるし、魔道コンロの調整も終わってる。飲み直すか?」


 アキラから酒瓶と肉塊を受け取ったコウメイは、肴はすぐに作るぜと二人を誘う。


「スパイシーなやつ、頼むぜー」

「リバースしない程度にしておけよ」

「大丈夫だって、自分の酒量は把握してるしー」


 飲みすぎそうなら止めてくれとシュウは二人に頼んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 因縁の地へ帰還しましたね。 年月を匂わせる会話好きです。
[良い点] 更新おつかれさまです [一言] リードを握る…。そうか、駄犬だから手綱じゃなくてリードなのか
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