01 騙された
ほのぼのした南の島での休暇の日々をお届けする、予定でした。
時系列としては、ウナ・パレムの終焉のエピローグ2の直後です。
ナナクシャール島の転移室で手ぐすね引いて待ち構えていたのは、白級魔道具師のハロルドだった。
「遅いですよ、みなさん!」
転移直後に血走った眼と疲労困憊の様子で詰め寄られたアキラは、そのままアレ・テタルに戻ってしまいたい衝動に駆られた。反射的に杖を構えそうになった手は、意図を読んで先回りしたハロルドにしっかりと掴まれ、止められている。
「遅いかぁー?」
「ミシェルさんから話聞いたのは昨日だぜ」
「遅いといわれても困ります」
「赴任が遅いと言っているのですよ! 仕事は山積みだというのに、一日遅れるだけであなたの執務量が増えるのですが、フォローする我々も困るのです、どうしてもっと早く就任してくれなかったのですか!?」
「……就、任?」
何にだ、と嫌な予感をひしひしと感じながらも、なんとか笑顔を張りつけて問うたアキラに、ハロルドは無情にも突きつけたのである。
「ナナクシャール出張所の所長に決まってます」
「……話が違います!」
そんな話は聞いてない。
のんびりリゾートライフ、気分転換にギルドの仕事をたまに手伝う程度のつもりでいたアキラは「騙したな!」とミシェルを罵ったがもう遅かった。
「ああもう、とにかく仕事です、仕事!」
アキラは白級魔術師に転移室を引っ張り出され、受付カウンターの席に強引に座らされた。ハロルドらでは手をつけることができない残務が、どんと目の前に積み上げられる。まずは緊急性の高い案件からです、と差し出されたのは入島手続き時の魔術契約書の束だった。
「契約魔術の仕上げを頼みます。私では完成させられないので、契約が中途半端になったままなのですよ」
島で冒険者として活動するために必要な入島手続きだが、契約魔術を使える職員が不在なため、冒険者らから署名を取り付けてはいたが契約は完成しておらず、今のナナクシャール島は半無法地帯と化しているとのことだった。
「もしかして契約魔術が使えるのって」
「黄級以上の魔術師です」
現在島にいる魔術師は、白級のハロルドと黒級のカートの二人のみ。アレックスが行方不明になってからは、暴挙に出る冒険者を戒めるすべがなくなっているのだそうだ。
「このままでは金華亭の営業が中止されてしまいかねません」
マーシャが島を去った現在、タラの細腕ひとつで金華亭を切り盛りしているのだが、彼女に手を出そうとする冒険者たちのせいで、島唯一の飲食店が営業危機の状態にあるらしかった。
「タラちゃんかー、今いくつだっけ?」
「二十歳過ぎてるんじゃねぇか?」
「あー、そりゃ野郎どもが迷惑かけてそーだよなー」
鍛冶屋のロビンが目を光らせているが、四六時中見張っているわけにもゆかない。若い女性の安全と島の食生活と風紀を守るために大至急と言われては拒否できない。
アレックスが不在の間に島に上陸した冒険者の数は三十八名。そのうちの半数以上が酔っぱらって金華亭の備品を破壊し、大半がタラに不埒なことをしようと手を伸ばしたらしい。
「契約魔術は完結していませんが、まったくの無効ではないですよね……いま完成させたら、これまでの罰則が即座に発動しますが、いいのでしょうか?」
「いいんじゃないですか」と一呼吸もあけずに返してよこしたハロルドの表情は厳しい。
「入島時に、契約魔術が完成したあかつきには、島を出ていてもペナルティからは逃れられないと説明してありますし、納得してサインしてますからね。自業自得ですよ」
「なるほど」
魔術契約書にはその者が犯した罪状が自動的に記録されるのだが、それらに目を通したアキラは、確かに遠慮する必要はさそうだと判断した。カウンターに並べきれなかった契約書をロビーの床に拡げ、アキラは杖を構えて一気に魔力を注ぎ込み契約魔術を完成させた。
「うおっ、なんか、いっぱい飛んでいったぜー?」
「契約の紋証と罪を焼く炎だ。森が火事にならなければいいが……」
「懲罰の炎が焼くのは罪だけですよ。森の心配は不要です」
ハロルドの声は冷たい。多くの魔術契約書から完成と同時に魔術が放出されたので、今ごろはどこかで彼らの罪を焼いていることだろう。
「切羽詰まっていた案件はこれで全部です……到着早々、急かしてすみませんでした」
「いえ、罪状を読めばハロルドさんの焦るお気持ちも理解できましたから」
約十年ぶりに会う白級魔道具師は、頬や目尻のしわが以前よりも深くなり、少しばかり腹回りに貫禄が出ていた。確かマッチョな魔道具師とともに結界外灯のメンテナンスを担当していたはずだが、他の魔術師たちはどうしたのだろうか。
「他の者たちはみな配置換えで島を出ました。今は私が結界の保守管理の責任者を務めていますよ。アキラさんたちは全くお変わりありませんね」
ハロルドの言葉に、そういえば前回島を訪れた時から、まだ十年しかたっていないのだと思い出した。十年は長いようで短く、アキラたちが別人だと言い張るのは難しい時間しかたっていない。色々な意味でミシェルの誘いに乗ったのは間違いだったかとのアキラの焦りを、ハロルドは「大丈夫だ」と笑い飛ばした。
「ここは謎の孤島ですからね。昔からここに集まる住人は、普通ではない人たちばかりです」
その筆頭がアレックスですよ、と彼は苦笑いだ。
「……彼は、どれくらいこの島にいるのですか?」
「私が赴任した十五年前にはもういましたよ。あの時から何ひとつ変化ないですからね、彼」
他にもドワーフ族の血をひくロビンはもっと古くからこの島にいるらしいが、やはり初対面からずっと五十歳の髭もじゃから変わっていないそうだ。
「大陸では十数年に一度遭遇するかどうかの獣人族も頻繁に出入りしていますし、この島に住む人族は、世界の深淵には近づいてはならないと知っています」
だからそんなに気負う必要はないと言うハロルドの言葉に、三人はほっと息をついていた。
+
現在島にいる冒険者パーティーは五組、その全部が早朝に森に入ったので、日暮れまではギルドが混むことはないそうだ。
「住む場所はどうします? 今、島には貸し出せる家がないのですが」
「全部貸し出されてるのか?」
「いえ、貸家は修繕不能で廃棄されまして」
「じゃあ他の冒険者たちは何処に住んでるんだよ?」
「実は六年前に宿屋を作ったんです」
ハロルドに連れられ、金華亭の隣にできた三階建ての大きな建物にやってきた三人は、魔物の島には似つかわしくない立派な構えの建築物を見あげ……唖然とするしかなかった。
「なんだよ、このキンキラ眩しい建物は……」
「うわー、すっごく期待したくなる派手さなんだけどー?」
「……この島に女性はタラ一人と言っていませんでしたか?」
各地の街々で見かけたり、主にシュウがお世話になってきた娼館のようなたたずまいの建物だ。まさか借金奴隷である彼女にここで身売りさせているのかと、アキラから怒りの冷気が噴き出しかけた。
「とんでもない。ここが冒険者たちの宿なんです」
「……どう見ても娼館だが」
「……アレックスが悪いんです、あの昼行燈が」
六年前に島にある家が廃墟になってしまった時に、アレックスが大陸から大工を呼び寄せて宿屋を作らせたのだそうだ。
「その時にアレ・テタルの街で気に入った建物があるので、それと同じものをと発注してできあがったのがこれです……」
あの腹黒が何を気に入って娼館の建物を再現したのかは理解しがたい。これでは冒険者たちは黙っていなかっただろうとコウメイが苦笑いで指摘すると、ハロルドは当時の騒ぎを思い出したくもないと頭を激しく振った。
「そもそも、どうして島の家々が廃墟になったのですか?」
「メンテナンスはきっちりやってたよな?」
大工兼何でも屋のリロイが雨漏りなどはキチンと修繕していたはずだ。
「リロイとマーシャが結婚して島を出たんです」
「あの二人、そーいう関係だったのかよー」
二十数年待ったリロイの粘り勝ちだと聞き、全然気づかなかったぞと驚いた。
「島に送られてくるような冒険者は、一軒家を壊さずに住むことなんてできないんですよ」
三人が去った後の島は、なかなかに波乱万丈だったらしい。
そもそも冒険者というのは荒っぽい人種なのだが、この島に送られてくるような戦闘狂はさらに厄介な連中ばかりだ。スキンヘッドの筋肉を自慢する魔術師がいる間は、彼が睨みを効かせていたので冒険者らもおとなしかった。だが、彼が刑期を終えて島を出てしまうと、力で押さえつける存在がいなくなった。
「私のような攻撃魔術を苦手とする魔術師は、冒険者たちに舐められておりまして……」
彼らはハロルドら魔術師がいくら注意し咎めても聞き流してしまう。大陸よりも強く凶暴な魔物と戦い興奮した冒険者は、討伐での悔しさを晴らそうと酒を飲む。彼らに貸し出した家は、酔っぱらったあげくの喧嘩で壁に穴が空き、雨漏りする天井を修理するどころか、剣先で突いて被害を拡大させた。リロイが島を去ってからは修繕する者もおらず、廃墟が増えていったのだそうだ。
「俺らもこの恥ずかしい宿に住まなきゃならねぇのかよ」
コウメイは嫌そうに目を細めた。遊ぶために足を踏み入れるのと、そこに住むのとでは、心構えというか、妙に気持ちが落ち着かない。アキラも気乗りしないのかむすっとしている。
「そうですね、アキラさんなら弾かれないでしょうから」と呟いたハロルドは、三人が以前住んでいた家の方角へと歩き出した。
「あなたたちが以前住んでいた家は空いてますよ」
「廃墟にならなかったのかよ」
「実はアレックスがあなたたちの後に入居して使っていたのです。だから魔術で完璧に保全されていますよ」
研究道具やら実験材料やら、冒険者から買い取った素材やらの置き場に困っていた彼が、部屋数が多く最も丁寧に使われていて清潔だったあの家を、自分用として占拠したらしい。魔術による鍵をつけ、暴れる冒険者に壊されないように防犯の魔術を施した一軒家は、魔術錠を開けられる者しか立ち入れなくなってしまったらしい。
「どうぞ、開けてください」
玄関でハロルドがアキラに場所を譲った。彼の説明通り、建物全体が強力な魔力で覆われており、不用意に触れれば雷が落とされるようになっていた。
ざっと魔術錠の状態を見たアキラは、小さく「解錠」と唱えて魔力を押し込んだ。
途端に家を覆っていた防御魔法が霧散する。
「さすが、アレックスの弟子ですね」と全く褒められた気のしない言葉は聞かなかったことにして、アキラたちは懐かしい家の中に入った。
「うわー、すげーな」
「凄いというより、酷いだな」
保全の魔術がかかっているせいで埃もなくきれいな状態だが、とにかく物が多くて足の踏み場がない。
「廊下に階段まで物積んでるじゃねぇか」
「獣道ができてるな」
「うわ、これ引っかけずにどうやって歩くんだよー」
「多少壊したところでわかりませんよ」と乱暴なことを言いながらハロルドは獣道をどんどん先に進んでいく。大股に歩くせいで、足が引っかけたがらくたが土砂崩れを起こしたがまったく気にしていない。
「一番広い部屋を寝室として使っていたはずです」
そこは十年前にコズエとサツキが使っていた部屋だ。扉を開けて中に入ると、確かにベッド以外に何もなかった。
「ベッドひとつしかねーんだけど」
「他の部屋に詰め込んでいますから、引っ張り出してきてください」
「素材置き場になってるんじゃねぇの?」
コウメイらが使っていた部屋はベッドの下と上に大量の魔物素材が積まれていた。ここからベッドを取り出すのはかなり大変な仕事になりそうだ。
「どうせ何がどれだけあるのか把握してないのですから、必要なものがあれば自由に使っていいと思いますよ」
アキラの黒檀の杖を見たハロルドは、作り直すのならばここから素材を探せばいいと言った。流石に持ち主の了解も得ずにそれはできかねる。ためらうアキラに「弟子が必要な物資を支援するのも師匠の役目です」と彼は笑顔でいった。
「弟子らしく甘えてやったほうが、アレックスも機嫌がよくなると思いますね」
アキラは嫌そうに口の端を引きつらせた。弟子ではないし、相手が腹黒陰険細目だと思うと、とても甘える気になどなれない。
とにかく今夜寝る場所を作ろうと、コウメイとシュウが素材の山からベッドを発掘すべく作業に取り掛かった。二人の作業を手伝おうとしたアキラは、「あなたにはギルドの仕事があります」とハロルドに腕を拘束される。
「そろそろ早いパーティーは森から戻ってきそうですし、魔石の査定に人手が必要です」
ハロルドひとりではとてもさばききれないのだそうだ。
「それに契約魔術が発動しましたから、皆負傷して戻ってきます。錬金治療薬を高く売りつけてやりたいのですが、あいにく島には薬魔術師が不在でして」
錬金薬は定期船便で仕入れていたが、それではコストがかかり過ぎるし欠品が続くこともある。
「錬金薬を作ればいいんですね?」
「薬草の採取もお願いします……島の脳筋に薬草を採取させると、半分以上が雑草か毒草ですから」
アレックスがいる間は、彼がふらりと薬草を求めて森に入り調合していたらしい。昼行燈にしか見えないが、あれでも何でもできる器用で高位の魔術師だ。いなくなってはじめてそのありがたさがわかったと悔しそうに吐き出すハロルドに同意しつつ、アキラは内心でため息をついていた。
休暇の合間にちょっと手伝うつもりが、この様子では人員不足かつ荒くれの集まった島でがっつり働かされそうだ。
「……旨い話には裏がある」
ウナ・パレムでの大仕事を終え気が抜けていたとはいえ、迂闊にも程があるだろうと己を責めたアキラは、契約魔術の炎によって負傷した冒険者らに治療薬を高く売りつけてやろうと、八つ当たりの矛先を変えたのだった。




