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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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34 ウナ・パレムの終焉/エピローグ1

※主役三人は出てきません。(なのに10000字もありますスミマセン)



 医薬師ギルドの執務室で、地下道へ通じる隠し扉を守るように待機していたサイモンは、うつらうつらしていた深夜、突き上げるような衝撃で目を覚ました。


「な、何が起きたのだ?」


 長椅子から転げ落ちて腰を強打した。慌てて周囲を見まわすが、地震ではないようだった。執務机のペン立ても倒れてはいないし、書棚の本も微動だにしていない。衝撃の影響を受けたのが自分だけということは、この揺れは大きな魔術の余波に違いない。


「これは、塔が吹き飛ぶほどの威力だぞ」


 執務室から出たサイモンは、診療所の扉を開けた。

 朝まで街を照らす灯りが整然と並び、何も変わったようには見えない。

 外に出た彼は魔法使いギルドの方角を見た。


「な……、なんだ、これは」


 燃えているように見えた。

 炎ではない強い光によって、魔法使いギルドの塔が燃えるように輝きを放っていた。

 塔を包んだ光は天上高くへと続き、まるで炎の糸が空へと昇りあがっているようにも、あるいは天上から光の槍が降り刺さったかのようにも見えた。

 異変を感じ取った何人かが吸い寄せられるように家々から出てきた。塔に刺さった槍を茫然と見あげているさまから、彼らが魔術師であることがわかる。


「いったい何が起きているんだ」


 光の槍は大地の……塔から魔力を吸いあげているように見えた。

 侵入したアキラたちの仕業とは考えられなかった。これほどの大魔術は一人の魔術師がコントロールできるものではない。拮抗した能力を持つ複数の魔術師らが、準備を万端に整えたうえで合同で取り掛かるような、そんな規模の魔術だ。


「……塔に居た魔術師たちは無事だろうか」


 煌々と光る塔に気づきはじめた街の人々が、起き出して騒ぎはじめた。街兵が駆けつけ、騎士団へ伝達を走らせる。

 塔から立ちのぼる魔力の光は、炎のように揺らぎ踊って空へと昇っていった。

 光が静かに輝きを失い、塔に刺さっていた槍が霧散して消えたのは、東の空が明らみはじめた頃だった。


   +


 その夜の異変について、領主やフランクからは何も説明はなされなかったが、人々は「魔法使いギルドのことだから、また何かの実験で事故でも起きたのだろう」と気に留める者はほとんどいなかったし、町兵や役人もこの異変を調査することはなかった。捜査と言えば騎士が医薬師ギルドの家探しをしていったが、何も見つけられずに立ち去ったくらいだろうか。

 光の柱が立った翌日も魔法使いギルドは普段通りの姿を見せていた。下級魔術師たちは日常業務に従事し昨日となんら変わることはなかったが、上級の魔術師たちは顔色を変えて奔走していたようだった。それでも数日も経てば街も魔法使いギルドも平常に戻る。


「湖の北にある森に、ホブゴブリンの巣ができたらしいですよ」


 錬金薬を受け取りにきた冒険者ギルドの職員がそんな情報を持ってきたのは、異変の夜から十日後のことだった。


「ホブゴブリン? ゴブリンではないのかね?」


 ゴブリンの巣にある魔素が増えると、自然に上位種のホブゴブリンが生まれるというのがサイモンの知る知識だ。ホブゴブリンが下位種の存在なしに発生する例など聞いたことはない。


「ホブゴブリンなんです。湖に船を出していた漁師が、湖畔にホブゴブリン五体がいるのを目撃したんですよ」

「見間違いではないのかね?」


 漁師が冒険者以上に森の魔物に詳しいはずはない。サイモンがそうたずねると職員は力なく頭を振った。


「元冒険者の漁師なんです。それで調査隊を派遣したら、森の奥に巣があったんですよ、ホブゴブリンの巣が!」

「スタンピードか」

「いいえ、まだそこまでは成長していないようですが、放置はできませんからね」


 ゴブリンの討伐隊を組織する時ですら冒険者を厳選しなければならないくらいなのに、上位種の巣を壊滅させるためには、いったい腕利きを何人を集めればよいのか見当もつかないと、職員は深々と溜息をついた。


「そういうわけで治療薬が大量に必要になると思いますので、明後日までにいつもの三倍の納品をお願いしますね」

「作るのは構わんが、薬草は足りるのかね?」

「サイモンさんの方に伝手はありませんかね。ウチの方は当てにしていた凄腕が街を出てしまったおかげで、薬草冒険者を頼らなきゃならないくらいに人手が全く足りてないんです」

「ウチも頼りになる薬魔術師が街を去ってしまったんでな、診療所と錬金薬で手いっぱいだ、薬草の採取まではとても余裕はない」


 雑草や農作物と違い、薬草は冬でも枯れることなく新しい芽を成長させるが、五マールほども積もった雪の中に採取のために出かけたがる者は少ない。近年は魔法使いギルドの薬草園からの出荷量も減っており、冬場は錬金薬不足と価格高騰に悩まされていたが、今年の冬はより一層厳しくなりそうだ。


「私の方でも薬草の調達を考えますが、材料がなければ錬金薬は作れませんよ」

「……少し買取価格を上げるよう、上に交渉してみます」


 報酬を上げれば消極的な冒険者も雪を掘って薬草を採取する気になるかもしれないと職員は考えたようだが、錬金薬の単価を考えればギルド長が値上げを許可するとは思えなかった。


   +++


 十月も残り数日というその日、大陸に点在する魔法使いギルドの所長あてに、本部ギルド長からの緊急召喚状が届いた。


「臨時ギルド総会だと?」


 二年に一度の定期ギルド総会は今年の春に終えたばかりだ。魔法使いギルドの存亡にかかわるような問題が発生した場合にのみ、臨時総会が召集されるのだが、前回は九年前、当時の本部ギルド長の更迭が原因だった。


「……今回は何が起きたのかね」


 ギルドの存亡にかかわる事態がわずか九年をあけて二度目である。ヘル・ヘルタントのクリストフ所長は、長く豊かな白髭を撫でながら顔を曇らせた。この九年の間に各地のギルド所長は入れ替わっており、自分の他に当時を知る者はアレ・テタルのミシェルとウナ・パレムのフランクくらいだろう。


「ウナ・パレムに三日後……いったい何をやらかしたのだ、フランクは」


 クリストフは常々、上昇志向が強く野心に燃える錬金魔術師の危うさを懸念していた。だが彼も九年前のテレンスの末路を目にしてからは、なりふり構わぬ我欲をコントロールするようになっていたのだ。それなのに……とクリストフは重い息を吐き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「早めに入って、状況を把握せねばな」


 クリストフは弟子の一人に正装の荷造りを頼み、自身は転移魔術陣を開く準備に入った。ウナ・パレムの転移室が込み合う前に転移しておきたい。彼は執務室を出て副ギルド所長に数日不在にする旨を告げ、留守の間の守りを固めるようにと命じた。今回の緊急招集の原因となった事態が、ウナ・パレムだけで片付けられるものか、他のギルドにまで波及するのか、判断は己の目で見極めてからにするつもりだが、備えは早い方が良い。

 クリストフは連絡用の魔紙を余分に持つと、助手として弟子を一人連れて転移室に入った。

 魔術陣の中央に立ち、杖先を通して己の魔力で満たす。


『ウナ・パレム』


 今では転移魔術でしか使われなくなった古代魔術言語の発声が魔力とともに広がり、魔術陣が光を放つ。

 瞬きの次には、ウナ・パレムの転移室にいるはずだった。


「……師匠?」


 弟子が心配そうに師匠を仰ぎ見た。

 彼らはヘル・ヘルタントの転移室から一歩たりとも動いていなかった。


「何たることだっ!!」


 クリストフは激高し声をあげた。

 臨時総会の召喚理由を悟った彼の身は激しく打ち震えている。激しい怒りに支配されたまま、老人とは思えぬ矍鑠(かくしゃく)とした足取りで転移室を飛び出した。


「し、師匠っ?!」

「水鏡を開け、アレ・テタルのミシェル殿を呼び出すのだ」


 ウナ・パレムへと転移したはずのギルド所長が、鬼のような形相で通信室に飛び込んできた。急げと追い立てられながらアレ・テタルにつないだが、ミシェルは不在だという短い返事が返ってきただけだった。


「ウナ・パレムに向かわれたとのことですが……どうされますか?」


 ミシェルはウナ・パレムにいる。ならば何としても向かうしかあるまい。クリストフはウナ・パレム以外の魔法使いギルドを呼び出せと指示した。多数の地点と同時につなげるのは、魔力的負担は大きいが、今は出し渋っている場合ではない。


「クリストフ殿、この水鏡はウナ・パレムへの緊急招集のことですか?」


 最初に応じたのはマナルカト国のノエルだった。ギルド所長らの中で最も若く、今も現役で国内の魔物討伐に出ているだけあって、緊急時の危機管理はずば抜けていた。


「ああ、ノエル殿は転移を試したかね?」

「いやまだです。だが緊急の臨時総会の意味は理解しています。転移魔術陣がどうかしたのですか?」


 その問いに答える前に、旧クルセイア国のマルグリットが割り込んだ。


「ウナ・パレムに転移できないわ、どうなってるのよ?」

「リウ・リマウトも転移不能ということは、ウチのボロ屋が原因ではなかったようですね」


 サンステン国のアーネストが、水鏡の向こうで胸を撫で下ろしている。


「アレ・テタルに問い合わせましたか?」


 オルステイン国のドミニクがギルド長(ミシェル)の意見を聞きたがったが、「既にウナ・パレムへ向かったそうだ」と答えると「転移できないのにどうやって?」「そもそも何が原因で転移魔術が使えなくなるのだ?」「三日後にウナ・パレムなんて無理だわ!」と騒然としはじめた。


「落ち着きたまえ!」


 クリストフの一喝にギルド所長らは即座に口を閉じた。自分の娘息子らのような年齢の彼らの顔を確かめ、安心するようにと頷いて見せた。


「おそらく転移できないのはウナ・パレムだけだ。ドミニク」

「はい、クリストフ殿」

「トレ・マテルからウナ・パレムまでの移動にどれくらいの時間を要する?」


 すうっと目を細めた細身の彼は、素早く計算し「昼夜を問わず走らせて二日」と答えた。


「思っていたよりも早いな」

「普通の馬車では馬を変えても五日はかかりますが、師匠に人形をお貸しいただければ二日で到着してみせます」

「良かろう、駿馬人形を持ってトレ・マテルへ向かう。各自魔石を持参し四の鐘までに集合だ」

「皆さま、事態は一刻を争います、今回は従者や助手の同行は遠慮ください。クリストフ師匠にはご不便をおかけするのですが……」

「儂の心配をしとる暇はないぞ、急ぎたまえ」


 申し訳なさそうな弟子を一喝して水鏡を閉じたクリストフは、副ギルド長に評価三以上の魔石を五つ用意するように命じると、駿馬人形を取りに自分の作品庫に向かった。魔武具師である彼の作った駿馬人形は、眠らず食わず傷を負わずに走り続ける戦馬だ。騎士団がこの人形を遣うようになってからのヘル・ヘルタント国は、戦では負け知らずだ。


「師匠、お一人で大丈夫ですか?」

「正念場だ、耄碌(もうろく)している暇はなさそうだぞ」


 そう言うとクリストフは荷物と一頭の駿馬人形とともにオルステイン国のトレ・マテル魔法使いギルドへと転移したのだった。


   +++


 無料診療に並んだ人々を治療し続け、昼過ぎにようやく閉めて一息ついたところだった。


「あんさんがギルド長のサイモンはんか?」


 疲労回復の薬草茶を貰おうと薬局に入った途端、黒髪の男に声をかけられた。


「……君は、誰だね?」

「アレックスや。サイモンはんにギルド長から伝言持ってきたんや。奥の部屋借りてかめへんやろか?」


 細い目で笑っているからなのか、表情から男の真意は掴み取れない。彼は魔術師証をかかげて見せた。濃紺のアレ・テタルの紋章を見たサイモンは、先日の魔法使いギルドに起きた異変調査だろうかと、警戒気味に彼を執務室へ招き入れた。

 室内に入るなりアレックスは細い目で壁や天井を眺めて頷くと、「ちょお手ぇ貸して」と手招きし、ソファやテーブル、執務机を部屋の隅に押しやって床を確保した。


「何をするのかね?」

「塔のが使えんようになったやろ、かわりにこっちにつなぐんや」

「塔とは、魔法使いギルドの塔かね? つなぐというのはどういう……」

「あ、そこのいて、足が邪魔や」


 アレックスはサイモンに隅に退き待てと命じ、鞄から取り出した一枚の大きな布を床に広げた。繊細で複雑な美しい模様が描かれているのだが、それはまるで。


「これは魔術陣のようだが」


 何に使うのかと問う前に、アレックスが杖で魔術陣を叩いた。

 術式が魔力に反応して一瞬だけ光って消えたその直後、今度は膝丈ほどの高さにまで光が立った。眩しさに思わず瞬きをした次の瞬間、そこに一人の女性が立っていた。

 紫色に銀糸で刺繍を施したローブを、まるでドレスのように着こなした彼女は、驚きに顎が外れそうになっているサイモンを見て、ふんわりとした笑みを見せた。


「ご無沙汰ですわね、サイモン殿。少し場所をお借りします」

「ミ、ミシェル殿……これはいったい」


 いつから転移魔術陣を持ち運べるようになったのかと、疑問と好奇心と驚愕に翻弄される彼の手を取った彼女は、感謝をこめ強く握った。


「サイモン殿には大変お世話になりました。アキラに助力くださったこと、感謝いたします。おかげで何とか()()()()()()で事態を治めることができそうですわ」

「あ、兄弟子としても、役職者としての責任からも、当然のことをしたまでです」


 本部ギルド長の使命を受けた人物に協力するのも、弟弟子の身を案じ助力するのも彼にとっては当たり前のことだった。


「それよりも……ミシェル殿がわざわざ足を運ばれたのです、何か重要なお話があるのではありませんか?」

「理解が早くて助かります。サイモン殿には一連の不可思議な事態の説明と、今後のウナ・パレムについてご相談がありますの」


 おっとりとした表情が組織トップの顔に変わった。


「立ち話も何やし、茶ぁでもしばきながらにせえへん?」

「そうね、長くて複雑な話になります、あちらのソファをお借りしますわね」


 魔術陣の布を畳んで片付けたアレックスが、喉が渇いたと図々しくも茶を要求する。サイモンが茶器とポットを持って戻ると、二人が壁際のソファとテーブルをもとの位置に戻していた。疲労回復の薬草茶の香りを珍しそうに嗅いで楽しんだミシェルは、小さな菓子箱を置いてサイモンにすすめた。戸惑いながら茶を供し、甘い菓子で寛いだサイモンは、改めて説明を求めたのだった。


   +


 ミシェルが内偵をはじめたのは、ウナ・パレムからの魔石の上納が滞ったことがきっかけだったと語った。


「ギルド運営に関しては各地の自主性に任せていますから、わたくしが口を出す筋合いではありませんが、上納協定だけは守っていただかなくてはなりません。何度か問い合わせましたが回答はいつも『魔石の集まりが悪く自塔の維持にまわしている』でしたわ。これが五年も続けば流石に調査せざるを得ないでしょう?」


 息のかかった冒険者から情報を集めれば、ウナ・パレムでは魔法使いギルドの横暴が年々ひどくなり、魔石の独占に至っては市井の人々の生活に支障が出るほどだとの報告が入った。


「はじめは魔石を貴族に横流しし、私腹を肥やしているのかとも思いましたが、フランクが金銭にあかして贅沢しているといった報告はありませんでしたし、カザルタス領主以外に接触を持った貴族もいないようでしたから、様子を見ておりました」


 領内からかき集めた魔石を何に使っているのか判明しなければ、そしてそれが魔法使いギルドにとって禁忌でなければ、ミシェルにフランクを断罪する権利はない。


「……フランクの罪状は、獣人族を奴隷契約で縛ったことですか?」

「へぇ、あのサルそないな事もやっとったんか。ええ土産話ができたわ」


 アレックスは嫌な感じに含み笑いをこぼし、ミシェルは嫌悪感も露わに目を細めた。


「それは彼個人の罪であり、組織が処罰を下すほどのものではないわね」


 獣人族から相当の報復があるだろうけれど、それは魔法使いギルドが関与することではないし、組織の存亡に影響はない。


「ギルドの存亡とは、事が大きすぎませんか?」

「それだけのことをしでかしたのよ、彼……アキラに破壊を命じたのも、この地の管理者に知られる前に証拠隠滅したかったからなのですが、少し遅かったようですわ」


 サイモンはズキズキと痛みはじめた額を揉み解し、小さく息を吐いた。管理者とは何者だ? 何を管理しているのだ? そしてフランクは何をしでかしたのだ。アキラが破壊しに向かったのはマジックバッグではなかったのか。あれの設計図はサイモンも目にしている。では自分も処分の対象なのだろうか。


「サイモン殿はご存じかしら、魔法使いギルドが存在する理由を」

「古き友であるエルフ族の残した転移魔術陣を守るために作られた、と学びましたが……」

「表向きは、そうですわね」


 ミシェルは苦々しそうに溜息をついた。


「転移魔術陣は、旧七大国時代に人族の魔術師たちによって覆刻されたものなのです。エルフたちと決別するまでは、大陸には人命を脅かすほど凶暴な魔物は存在せず、スタンピードが起きることもなかった。それは魔核の発生をエルフ族の魔法によって封じ込めていたからなの。大陸中に魔核の発生を封じる魔術陣が設置されていたわ。けれど人族は、彼らを侮辱し、害し、決別は決定的となった。彼らはこの世界を立ち去る際に、封印の魔術陣をすべて破壊してしまったの」


 サイモンはミシェルの語りをまるで作り話のように聞いていた。彼が学んできた魔術の歴史書には、そのような事実は記されていなかったし、師匠や今はこの世にはいない多くの老魔術師たちからも聞いた覚えはない。だが彼女の真剣な語り口からも、先日の塔に落ちた雷の記憶も新しい彼には、それを虚構だと聞き流すことはできなかった。


「当時の魔術師たちは封印の覆刻に尽力をつくし、ようやく旧七大国の王都に設置されていた魔術陣を蘇らせることができたのだけれど……時間が経ちすぎたわ、その他の魔術陣はすでに痕跡すらも残っておらず、覆刻させることはできなかった」


 その後を続けたのはアレックスだった。


「封印の魔術陣が蘇ったんを察知したエルフ族は、今度は覆刻でけへんくらい徹底的に壊そうと戻ったんや。けど、当時の王どもがそろって懇願しよってなぁ、面倒やからて条件つけて盟約を結んだんや。魔術陣の維持管理は人族の好きにしたらええ。けど魔術陣に手ぇ加えたり、新たに増設するんは禁止や、てな」


 菓子箱のクッキーを次々と口に放り込む彼の姿は、語る内容の深刻さとは正反対に、緊張感が全く感じられない。


「人族の信用は地の底に落ちていましたからね、彼らは魔術陣に管理者を置いて、盟約が守られるかを見守り続けているのですよ。そして我々魔法使いギルドは、エルフたちが盟約を交わした王らの代理人として、魔術陣と封印を守るために存在しているのです」


 あまりにも壮大で、古く重い、重すぎる魔法使いギルドの存在意味に、サイモンは眩暈を感じた。魔術師であり現役の研究者でもある彼は、新たな知識を得ることに貪欲だ。だがこの真実には、知る喜びよりも、それをはるかに上回る重圧と恐怖しか感じなかった。すべての謎を明かしたいと思う反面、これ以上かかわっては引くに引けない立場に引きずり出されかねない。分かっていても問わずにはいられなかった。


「……ギルドの役割は、ミシェル殿だけが?」

「いいえ、フランクには知らされているわ。わたくしはエルフ族との交渉窓口ではあるけれど、魔術陣の維持と管理は各地のギルド所長に託されていますもの。当然クリストフをはじめ、すべてのギルド所長は承知していますわ」


 魔術契約に同意して初めて得られるその情報は、在職中はもちろん退任後も決して口外出来ないようになっている。


「ちょっと待ってください、私はっ」


 そんな国の命運を背負うような重大情報を聞かされた自分は、一体どのような契約を結ばされるのかとサイモンの顔が青ざめた。


「大丈夫よ、この程度の情報は契約魔術で縛るほどではないわ。サイモン殿は信用のおける方ですもの、口外はなさらないでしょう?」


 それはもちろんですとも! とうわずった声で即座に返事をしていた。


「そ……それでは、フランクの罪とは、まさか」

「マジックバッグを構成する魔術式に、転移魔術陣を組み込んでいたのよ」


 塔の魔術陣に組み込まれた転移魔術陣は、各地の封印を管理するために設置されたものだ。これを私利私欲で流用し、いにしえの王たちがエルフ族との間に結んだ盟約を破ったのだ。それでは処罰は免れないだろう。


「フランクは、彼にはどのような罰が下されるのですか?」


 塔を支えるために命のある限り魔力を奪われ続けるのか、あるいはその命で償わされるのか。道を違えたとはいえ旧知の者であり、かつては切磋琢磨した友だ、その処遇は無視できない。


「罰はもう下っとるで」

「わたくしは罰を下しにきたのではありませんわ。警告にきたのです……先日、ウナ・パレムの塔に雷が落ちたのはご存じでしょう?」

「ええ、アキラたちがギルドに乗り込んだ日の深夜に、この世のものとは思えないほど美しくて神々しく恐ろしい光の槍が……まさか」


 サイモンは愕然とした。雷は塔から魔力を吸い取っているように見えたのは、あれは自分の見間違いではなかったのだと。


「ええ、この地の管理者は盟約を違えたと判断し、封印の魔術陣を破壊しました。塔はすでに本来の役割を果たせない、ただの石塔でしかなくなってしまいましたわ」


 つい先日、冒険者ギルドの職員がホブゴブリンの討伐に頭を悩ませている話を聞いたばかりだった。


「近頃、近隣で常にない上位の魔物が発生しているのですが、まさか」

「封じ込められとった魔核が活性化しとるんやろなぁ。反動は大きいよって、しばらくはこの周辺で頻繁にスタンピードが起きるやろ、覚悟しとき」

「そんなっ」

「わたくしはそれを忠告しに来たのです」


 フランクに進退の希望を聞き、国王に対策を立てるよう告げる。そして招集したギルド所長らに警告を発する。そのためにミシェルは動いていた。


「三日後にウナ・パレムで臨時のギルド総会を開きます。今頃は各地に召喚状が届いているでしょう。転移できないとわかればここで何が起きたのか察するはずです」


 転移魔術陣が使えなければ、ほとんどのギルド所長が間に合わないのではないかと思うのだが、ミシェルは「事の重大さを理解しているのなら、間に合わせるはずですわ」と淡々としていた。


「ギルド所長たちとの打ち合わせに場所をお借りしてもよろしいかしら?」


 ここの執務室は魔力的な均衡がとれており、謀をするにはもってこいなのだそうだ。褒められたのか貶されたのか釘を刺されたのか、判断のつかないサイモンは引きつった笑みを張り付けて了承するしかなかった。

 これから街を見て回るというミシェルに、サイモンは恐るおそるにたずねた。


「……エルフ族は、実在するのですね?」


 彼女の言った「管理者」とは、やはり。


「滅んだなんてだあれも言うとらせんやろ」

「いや、しかし……」


 獣人族と違い、エルフ族が大陸に現れたという噂は聞いたことがない。見張っているというならば、少なくとも街にやってきて魔法使いギルドに出入りしたことがあるはずで、エルフが訪問すれば魔術師たちが黙っていられるはずがないのに。


「エルフ族がそのままの姿で現れるわけがありませんわよ。獣人族ですら油断していれば罠にかけられ、奴隷契約を結ばされてしまうのですもの。彼らはもっと狡猾で大胆ですわ」

「せやなぁ、人族にバレへんよう変装くらいはしとる思うで」


 まるで特定の誰かを思い描いているような、そんな口調だった。


「ほな、またあとでな」


 ミシェルとともに部屋を出て行く男の耳元で、キラリと赤い魔石が揺れた。それに既視感を覚えたサイモンは、同時に言いようのない不安と恐怖に襲われたのだった。


   +++


 湖の北に発生したホブゴブリンの巣は、冒険者ギルドの予想を上回る勢いで成長し、数日の間に三十を超える巣に成長していた。冒険者だけで殲滅するのは難しいと判断した冒険者ギルド長ルーカスは、攻撃魔術師派遣の要請のため魔法使いギルドを訪れていた。近年の派遣渋りの傾向から、今回も交渉に時間と金がかかるかと覚悟を決めていたのだが。


「志願者が揃いましたので、すぐに討伐に向かいましょう」


 要請に訪れたその場で派遣が決定してしまった。まさか即座に人員が揃うとは想定していなかったルーカスは慌てた。一鐘分の猶予を貰い、大慌てで腕利きの冒険者を招集する。人員と物資を揃えて予定時刻に北門に駆けつけた彼は、そこに勢揃いした見覚えのない魔術師たちに戦々恐々とした。

「討伐に出るのは何十年ぶりかのう」と白ひげを蓄えたご老人が杖を手に先頭に立ち、その脇に立つ大きな荷物を背負った中年魔術師は「私の荷箱には触れないでください、腕が千切れますよ」と物騒な笑みを浮かべている。「年増が無理するんじゃねぇ」「ガキが粋がってるんじゃないわよ」と喧嘩腰な会話を続けている中年男女二人の後ろでは、気の弱そうな小太りの男が「怪我の治療はお任せください。あ、千切れた脚や腕はちゃんと回収してきてくださいね」と物騒な言葉を冒険者らにかけている。


「おいローレン、こいつら大丈夫なのか?」


 ルーカスは魔術師グループの中にいた顔見知りに不安を訴えた。ホブゴブリンは一体に数人がかりで向かわねばならないような魔物なのだ。その巣の討伐に現役を引退したような連中を出すとは、何を考えているのかと怒りが湧いた。


「心配するな。彼らは魔法使いギルドでもトップクラスの方々だ、全て任せておけば大丈夫だ」


 急なギルド所長交代により就任したばかりのローレンまでが討伐に参加していた。ホブゴブリンといい、魔法使いギルドの異変といい、なにかとんでもないことが起きているのではないだろうか。ルーカスは両手で己の頬を叩いて気合を入れ、かき集めた冒険者たちに「生きて帰るぞ」と発破をかけたのだった。


   +


 新聖暦六百五十七年十二月一日。

 ニーベルメア国王は新たな二つの勅命を発布した。

 冒険者ギルド経由で支払われる魔物の討伐報酬への補助金予算が倍増され、これまでは防護壁の設置義務のなかった村にまで、早急に壁を作るようにと領主へ命令が下された。また同時にカザルタス領は王家直轄となり、第三王子が降下し公爵位にて領地を治めることとなった。



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