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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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33 リベンジ、ミノタウロス



 光に対して敏感なミノタウロスは、音に対してもそこそこの反応を示した。コウメイたちの潜めた話し声や、足音には全く反応を示さなかったのに、採掘場で拾った鉄杭を横穴に打ち込む音は流石に聞き逃さない。ロープを固定する作業中に動きはじめたミノタウロスを見て、アキラが魔術灯を採掘場の天井近くまで高く打ち上げた。


「先に行くぜ」


 シュウが坑道から飛び降り、魔術灯を捕まえようとするミノタウロスへと向かった。

 牛頭の巨人は壁を拳で叩き、段差の床を蹴って土ぼこりと砕石をまき散らしながら移動している。


「マサユキさん、首を狙って撃てますか?」

「ダメだ、遠すぎるよ」

「ではもう少しこちらへ誘導します」


 アキラが手を動かすと魔術灯がふわふわとこちらへ進路を変えた。


「俺も行くぜ。ケイトさん、下りる時は皮手袋を忘れるなよ」


 そう言い残してコウメイはロープを掴んで落ちるような速さで降りると、シュウのカバーに入るべく駆け出した。

 壁を蹴って腰蓑にしがみつき、そこから背を登って後ろ首の毛を掴んだシュウは、振り落とそうと暴れるミノタウロスの首に剣を突き刺した。


「効いてねーな」


 今度は獣人族の力を剣に乗せて斬りつける。

 毛皮の表面が斬り割れたが、厚く硬い表層にかすり傷が入っただけで終わった。


「覇気が分散する感じだなー。やっぱナイフの方が込めやすいか」


 武器を持ち直す余裕はない。一度降りて出直すべく着地点を探していたシュウは、移動をはじめた魔術灯を追って頭を振ったミノタウロスの牛角に打たれていた。


「痛てぇっ」


 振り落とされかけ、咄嗟に剣を牛頭の背に刺したシュウは、硬い皮膚を斬りながら地面へと滑り降りた。


「錬金薬は必要か?」


 駆けつけたコウメイから受け取った治療薬を一気飲みして、シュウは長剣を捨てダガーナイフに持ち替えた。


「剣が刺さらねぇ」

「獣人力でも無理か?」

「ああ、体重乗せて押し当ててたのに、ひっかき傷だぜ」


 魔術灯を追って進むミノタウロスの背中には、猫の爪に引っ掛かれたようなうっすらとした線が残っていたが、ダメージはほとんど与えられていないようだ。


「こいつの皮膚、島のよりも硬てーぜ」

「日焼けしてねぇのに、理不尽だよな」


 二人はミノタウロスを追った。


「柔らかいところを狙うしかない。何処か一ヵ所でいいんだ、皮膚を破れればそこを広げていけばいいんだから」

「皮膚のやわらけーとこって、何処だよ?」

「喉とか脇の下とか、膝裏とか」

「コウメイ、踏み台を頼むぜ」


 助走の距離をとったシュウの狙いに気づき、コウメイは腰を落として両足を踏ん張った。

 膝の高さで組んだ手にシュウの足がかかると同時に、渾身の力で振り上げる。

 獣人の跳躍力にコウメイの力が加わり、高く跳びあがったシュウは、魔術灯を掴もうと手をあげたミノタウロスの脇下を斬りつけた。


「やっぱ硬てーっ」


 だが武器を変えたことが功を奏したのか、背中や脚ほど頑強ではなかったせいか、血が流れるほどの傷を負わせることができた。


「ウォーターランスっ!」


 シュウが斬りつけた位置に水の槍が三本連続で刺さり、ミノタウロスが初めて痛みに声をあげた。魔術灯から足元をウロチョロする存在に意識が向き、追い払おうと拳を叩きつける。

 ミノタウロスの拳は採掘場の岩盤に凹みをいくつも作った。

 その腕を足場に再び頭部に駆け上がったシュウが、頸部に剣先を突きこんだ。


「うおぉぉぉぉーっ」


 腹の底にある熱い力をダガーナイフに乗せ、くぐっと押し込んでゆく。


「避けろ!」


 コウメイの声で飛び去ろうとしたシュウが、皮膚を刺す虫を追い払うかのように、ミノタウロスの手によって叩き払われた。


「風膜っ」


 岩盤に叩きつけられる直前に風のクッションで守られたシュウだが、ミノタウロスの平手のダメージは大きかった。


「か、かけるわよっ」


 頭を庇ったシュウの左腕は、何か所も折れ曲がり血だらけになっていた。

 ケイトは震える手で治療薬を患部に振りかける。

 シュウが刺し斬った頸部に向け、ウォーターランスが連続して撃ち込まれる。


「足を潰すぞ!」


 戦線離脱したシュウから遠ざけるように、コウメイがミノタウロスの腱を連続して攻撃する。斬っては後ずさり、風刃の追攻撃を数えて再び重ねて斬るを繰り返し、とうとう硬い皮膚が裂けた。


 ギュオゥォォォォォ――っ!


 それは傷みへの絶叫か、それとも攻撃の咆哮か。


「伏せろ!」


 ミノタウロスから発せられた衝撃波が坑道口を襲った。

 反応の遅れたマサユキを押し倒すようにしてアキラが伏せる。

 崩れ落ちた岩盤の破片が二人の上に降り積もる。

 止まらぬ咆哮は壁を破壊せしめた。

 坑道の床がぐらりと傾き、アキラとマサユキは崩れ落ちる岩盤ごと落下していた。


「だめーっ!!」


 宙に放り出されたマサユキめがけケイトが走った。

 ミノタウロスの拳をすり抜け落下地点に駆けつけた彼女は、床に落下する寸前にふわりと浮き上がったマサユキをしっかりと抱きとめていた。


「間に合ったぁ――っ!」

「し、死ぬかと、おもった……っ」


 互いにしがみついて喜び合う二人の横にふんわりと着地したアキラは、特大の風刃をミノタウロスの喉に向けて撃ち放った。

 足元からえぐるようにして斬りつけられた喉に一筋の線が入る。

 治療薬が効き戦線復帰したシュウが、再びコウメイを足場にして跳び上がり風刃の跡に刃先を突きいれた。

 アキラはマサユキにできるだけ遠くに退避するように指示して走り出すと、連続して魔法を繰り出した。


「風膜、風刃、風膜、風刃、風刃」


 喉を突いて即座に飛び退いたシュウを風のクッションで受け止め、ミノタウロスが身をかわす前に風刃を喉に打ち込む。喉を守るように手をあげたミノタウロスの脇の傷を狙ったコウメイが、斬りつけると同時に振り払われたのを風膜で守り、目につく傷跡を狙って風刃を連射する。


「光に慣れやがったぜ、どうする?」

「二人は足を潰してくれ、俺が引きつける」


 段差のある床を駆けあがり、ミノタウロスの目線の高さにまで上がったアキラは、限界まで熱を高め凝縮した炎の弾を顔面向けて投げつけた。

 魔術灯を目にしても苦痛を感じなくなっていたミノタウロスは、ハエを払うように顔の前に来た炎弾を手で払った。

 ギャウォォォォォ――っ!

 ミノタウロスの皮膚は硬く傷を負わせることは難しいが、感覚はあるのだ。殴打される衝撃や斬りつけられる痛みは知っていても、皮膚を焼く灼熱ははじめてだったようだ。悲鳴を上げると焼けただれた手のひらを背に隠し、アキラめがけて咆哮を放った。


「今だ、潰せ!」


 風の守りを盾に耐えるアキラは、ミノタウロスが自分に集中している間に脚を潰せと叫んだ。

 シュウが左足にしがみつき踏ん張って固めた。その背についたケイトが力を貸すように支えて耐える。コウメイが腱を斬りつけ、マサユキがウォーターランスを重ねた。


 ようやく太くて硬い腱が斬れると、ミノタウロスは姿勢を崩して左膝をついた。

 首の傷が狙える位置まで下りてきた。絶好のチャンスだと構えたコウメイは、魔力を剣にまとわせて切れ味を高めると、シュウの背中を踏み台に後ろ首めがけて跳んだ。


 水の刃によって切れ味を高めた剣は、ミノタウロスの強固な皮膚を一刀で切り裂いた。

 剣先は肉を斬り裂いたが、水魔法をまとった剣でも骨までは足りなかった。

 噴き出た血を避けて飛び退いたコウメイと入れ違いに、再び長剣を持ったシュウが跳び、振りかぶって叩きつける。

 キィン、と硬質な音が響き、シュウの剣が折れた。

 大きく開いた傷から脛骨が見える。


 グゥガ――ァァァァァァ。


 咆哮が悲鳴に代わり、ミノタウロスは首を守るように手で覆った。

 その手を狙いアキラが灼熱の弾を撃つ。

 肉塊と骨を焼き溶かして貫き、ミノタウロスの脛骨に埋まった。


「ウォーターランスっ!!」


 高熱に焼かれて色を変える脛骨に向けて、マサユキの魔術が飛んだ。

 水の槍が刺さるたびに爆発するような勢いで水蒸気が噴き出す。

 三本目の水槍が刺さった瞬間に、硬く太い脛骨の割れる音がした。


「落ちるぞっ」


 脛骨の折れたミノタウロスの頭は、残る半分の皮膚と肉でかろうじてぶら下がっていた。

 まだ生きているのか、それとも死んだのかもわからない。

 指先が焼け落ちた腕を床にたたきつけ、腱の切れた脚は歩こうと足掻いている。

 退避した五人は、ミノタウロスが沈みゆく姿を眺めていた。


「……風刃」


 苦しみを長引かせまいと、アキラが特大の風の刃を放った。

 勢いよく肉皮を断ち斬った風刃は、採掘場の天井に刺さって消えた。ごろりと落ち転がったミノタウロスの頭部の横に、天井の岩石が落ちて撥ねる。

 床が揺れるほどの振動を残し、ミノタウロスの身体は息絶えた。


   +


 

 シュウとマサユキはアキラの治療魔術で細かな傷を癒やし休憩に入った。コウメイとアキラがミノタウロスの解体作業をはじめると、錬金薬のバッグを置いてケイトが手伝いたいとやってきた。


「無理すんなよ、顔色悪いぜ」

「ミノタウロスの構造は人間に酷似していますから、かなりキツイですよ」


 彼女は覚悟していると真剣な顔で頷き、解体用のナイフを取り出した。


「手伝わせてよ。私、戦闘ではほとんど役に立たなかったもの。せめて解体でちゃんと仕事しないと、魔石を譲ってほしいって頼めなくなるわ」


 ミノタウロスから取る素材は、角と魔石だ。アキラの杖の材料でもある角は希少なものだし、魔石も含有魔力量や大きさ的にも相当な値段になるものだ。強固な皮も防具素材としては希少なのだが、扱える職人が存在しなくなったため捨てるしかないと聞いている。

 コウメイたちと狩りに出た時の報酬配分はいつも人数での均等割りだった。だが流石にこのミノタウロス戦でほとんど役に立っていない自分が、他の四人と同じだけのものを受け取ることはできない。せめて解体仕事をきちんとこなさなければとケイトはナイフを強く握りしめている。


「では、角の採取をお願いします。コウメイ」

「はいよ、ちょっと力のいる作業だけど大丈夫か?」

「私はマサユキよりも力持ちよ」

「なら十分だぜ」


 シュウにはかなわないが、獣人の彼女の身体は引き締まっていて筋肉もバネも発達している。恋人を担ぎ上げての全力疾走も余裕だ。二人が転がっている頭部に向かうと、アキラはうつ伏せに倒れた胴体を見てため息をついた。魔石は心臓部分にあるのだが、この状態では肋骨が邪魔だ。これをひっくり返せそうなシュウに視線をやると、非常食の干し肉をワイルドに噛み切って食っていた。


「シュウ、動けそうなら頼む」

「おー、エネルギー補給してからな」


 干し肉を三枚、クッキーバーを一本、水筒の水を飲み干してからシュウは腰をあげた。


「持ち上げて隙間つくるから、ひっくり返すのはアキラがやってくれよー」

「え、アキラさんがこのデカいのを動かすんですか?」


 細身で非力なアキラにそんなことができるのかと驚くマサユキだ。


「シュウじゃあるまいし、俺の腕力じゃ無理ですよ。風魔法を使うんです」


 そう言うと、シュウがどっこいしょと胴体を持ち上げて床との間に作った一メートルほどの隙間に向けて、風の魔法を連続して打ち込んだ。空気の膜に押し上げられた胴体は、追加される風に押し上げられてシュウの手を離れた。伏せていたミノタウロスの身体が横に起き上がった瞬間、助走をつけて跳んだシュウが巨体を蹴った。

 どっすーん。


「きゃあっ」


 寝返りを打つようにひっくり返された拍子に、腕が頭部で作業中の二人の側に落ちたらしい。ケイトが悲鳴を上げて飛び退き、コウメイは角にぶら下がって笑っている。


「あの、アキラさん、今……杖を使わずに魔術を使いましたよね?」


 ミノタウロスとの戦闘中は自分の役割を果たすのに精いっぱいで気付けなかったが、そういえば巨大な風刃や周囲が歪んで見えるほどの熱量の炎弾も杖を使わずに放っていた。


「黒炭の杖では耐え切れそうになかったので、今回は杖なしでやってみました」

「ええと、魔術って杖がなくても使えるんですか?」

「使えますよ。ただし、杖を使うときの倍ほどの魔力を消費しますけど」

「倍……ですか」

「錬金薬を多飲しなくてはならないので、非効率ですからおすすめしません」


 さらりと恐ろしい言葉を聞いたマサユキは引きつった笑いを浮かべた。ミノタウロスに向けられた攻撃魔術は、マサユキがウォーターランスに消費した何十倍もの魔力が込められていた。自分なら一発で魔力枯渇で即死しそうな魔術を連続して放ち平然としているアキラは、いったいどれほどの魔力量を持つのだろう。想像するのも恐ろしいとマサユキは頭を振って思考を切り替えた。


「そしたら新しい杖を作る必要があるよね。やっぱりミノタウロスの角でつくるのかな?」

「多分そうなると思います。他にも魔力負けしない素材を調達しないといけませんし、しばらくは既製品でしのぐしかないですね」

「……今回の取り分だけど、俺の分はケイトが欲しがるものを多めに分けることにしてくれないかな」

「そういえば先ほど魔石が欲しいと言っていましたが」

「シュウにサークレットの製作者を紹介してもらうことになってるんだ。真夏に暑苦しい帽子は大変だし、周りの人にも怪しまれるからさ」


 ケモ耳と尻尾を人目から隠すことのできる魔道具を何としても手に入れたいと二人で話し合っていたのだと言った。


「あれは、高いですよ」


 シュウは素材を持ち込んだうえで大金を払わされていた。ミシェルはどれだけぼったくる気なのだろうか。ケイトたちが製作を依頼するときには自分も紹介者として口添えした方がよさそうだと思った。


「ミノタウロスの角も魔石も、普通のギルドでは買い取ってもらえない素材です、配分についてはアレ・テタルについてから決めましょう」


 買いたがるのは魔法使いギルドくらいだと聞いて、マサユキは「行くしかないのか」とため息をついた。


 廃坑洞窟で一晩過ごした時に、アキラたちの目的地がアレ・テタルだと聞いて怯んでいたマサユキは、途中で三人と別れることを真剣に検討したのだ。彼にとって魔法使いギルドは敵でしかなく、その本部ともなれば敵陣の本丸だ。安全圏まで逃れたらアキラたちとは別れたいと思っていたのだが、ケイトが欲しがっている魔道具を作れるのはアレ・テタルの高位魔術師と聞き、ミノタウロスの素材の売却先が魔法使いギルドしかないと聞けば覚悟を決めるしかなかった。


   +


 横穴に置き忘れていた荷物を回収し、ミノタウロスの角と魔石を梱包して背負子にくくりつけた。実は力持ちだと判明したケイトが自分の体重よりも重い角を背負って余裕で歩くさまを見たマサユキは、なけなしの男の矜持にいくつもの深傷が入ったが必死に堪えて平静を装っていた。


「だって、命がかかってたもの。かわい子ぶってたらマサユキが死んじゃうじゃない」


 ケイトは見た目は細く華奢だが、獣人族の身体はマサユキの身体を背負って全力疾走もできるし、本気で力をこめればレギル(りんご)だって粉砕できるだろう。恋人よりも腕力と持久力と跳躍力があるとはとても言えなかったのだ。だが女心を最優先して隠してきても、命がけの時には女心よりも恋人の命を取るのは当然だ。


「……怪力女は、嫌?」


 肩を落とし悲しそうに眉を寄せ、上目遣いの目尻にはうっすらと滲むものがあった。


「嫌じゃないよ、すっごく頼りになってカッコイイじゃないか! むしろ俺の方がひ弱で情けなくて恥ずかしいよ……ケイトは俺みたいな貧弱でカッコ悪い男は嫌にならないか?」

「私が罠にかかって捕まった時に、一番頑張ってくれたのはマサユキだよ。厄介だからって見捨てずに最後まで私を守ってくれたマサユキは誰よりもカッコいいんだからね!!」


 大好きっ! と抱き合ってイチャイチャする二人から視線を逸らせたコウメイとアキラは、うんざりしたように息を吐くシュウの肩を叩いた。


「……あの二人さー、旅の間ずっとあーんな感じでイチャイチャしてんだよ」

「独り身には辛いな」

「居たたまれない」

「早めに二人と合流できてほんっとーに、良かったぜ、すっげー助かったわー」


 最悪の場合は、アレ・テタルまでの長旅をこの恋人たちと続けなければならないのかと暗澹たる思いに打ちのめされていたのだ。


 恋人たちがイチャイチャに満足し三人の存在を思い出して冷静になったところで、やっと廃坑洞窟からの脱出がはじまった。

 採掘場に残されたミノタウロスの死骸はその場に放置するしかなかった。封じられた廃坑ならば誰からも文句は出ないだろうし、周囲への影響もないだろう。

 銀板の地図を頼りに出口への坑道を見つけ、五人はゆっくりと出口を目指した。どうやら出口は平地に近い場所にあるらしく、なだらかな下り坂はすぐに急勾配にかわり、段差が膝高ほどもある階段が現れる頃にはアキラとマサユキの膝が笑いはじめていた。


「下りの方が膝に負担大きいっていうしな」

「休憩しよーぜ、喉乾いた」


 背負った荷を下ろし階段に座ってドライフルーツの甘みを噛みしめながらケイトがたずねた。


「ここを出たらどのルートでアレ・テタルに向かうの?」

「しばらくは街道を外して西に向かう。陸路で海岸線をなぞるように進んで、湖と山脈を越えたら街道に戻るつもりだ」

「流石に……徒歩じゃないよね?」


 追手に手がかりを与えないためには、できるだけ乗合馬車や船は使わない方がいいとは理解していたが、洞窟を抜けるだけでこの体たらくなのだ、この大荷物を背負って徒歩の旅をする自信はないとマサユキは及び腰だ。アキラも徒歩は流石に考えていないと笑った。


「馬車を買うか借りるかしようかと考えています」

「馬車ってレンタルできるの?」

「出来ますよ、冒険者ギルドで馬車と馬を借りて旅をしたことがあります。幌付きの馬車なら荷物も運べるし、雨露もしのげて野営も楽ですよ」

「でも返す時はどうするの?」

「到着地の冒険者ギルドに返却するんです。乗り捨てできるので意外に便利なんですよ」


 まさかこの世界に乗り捨てレンタカーシステムがあるなんてとマサユキたちは驚いていた。あちこちを旅しているだけあって移動手段に詳しいコウメイたちは、そろそろレンタルではなく購入してもいいかもしれないと考えはじめていた。


「流石に今回は国境越えの長旅になるし、馬車は購入した方がよさそうだな」

「馬はどーする?」

「ペットはなぁ、あんまり気がすすまねぇが」


 できるだけ若くて頑強な馬を購入し、アレ・テタルに着いたら農耕馬を必要とする村に譲ることにした。


「それで俺たちの設定なんだが、旅の商人とその護衛ってのでいこうと思う」

「なにそれ、設定?」

「君たち、何か変なところ凝るよねぇ」

「こーいうのは決めといた方がいざって時に便利なんだぜ」


 手配書に記載されるのは特徴的な部分がほとんどだ。ウナ・パレムの領主が手配をかけるならば、マサユキが魔術師であることは隠さなくてはならないし、ケイトが獣人族であることも、大きく膨らんだ帽子をかぶっていることも特徴としては目立っている、男二人女一人の人数も手掛かりになるだろう。


「幸い人数も増えたし、魔術師であることはしばらく隠してれば手配されても引っ掛かることはないだろう」

「マサユキさんとケイトさんが見習い商人の若夫婦で、行商をしながら商人としての経験を積んでいるってのでどうだ?」

「用心棒があなたたちってこと?」

「見習い商人にそんな経済力はあるかな」

「目的地が同じだったから、馬車に乗せてもらう代わりに用心棒をする契約を結んだってことならおかしくねぇだろ」

「見習い商人らしく、ちゃんと商売をしてもらいますよ。行商をしている実績がなければ疑われますからね」


 商売をしろと言われても、何をどうすればとケイトは眉をしかめた。


「移動中にケイトさんが編み物をして、それを立ち寄った村で売ればいいんじゃねーか?」

「村が求めている品をリサーチして、町で仕入れて次の村で売る、それを繰り返せば体裁は整いますね」


 アキラは、利益が出るように頑張ればアレ・テタルに着く頃には資金が溜まっているかもしれませんよとケイトを焚きつけた。何せ幻影の魔武具の値段は下手な中古の家一軒以上の値段である。ミノタウロスの素材の売却価格も不明なのだから一ダルでも貯金を増やしたいケイトは三人の口車に乗せられていた。


「……君たち、いい性格してるよね」


 恋人が乗り気なら仕方がない、頑張って商人の勉強をするかとマサユキは苦笑いだ。


「そんなに深刻に構えなくてもいいぜ。水戸黄門だって越後の縮緬問屋の隠居設定で旅してただろ。逃亡生活で神経すり減らすよりは、楽しんだ方がいいって、なあ?」

「コウメイもシュウも遊びすぎてると思うけどな」

「アキだってノリノリでお貴族様のフリしてたじゃねぇか」

「あー、そうだよ、あの時は偉そーに命令してこき使ってくれたよな!」

「貴族の子息が護衛相手に下手に出る方が不自然だろうが」

「だからってアレはねーよ。俺は護衛役だったんだ、召使じゃねーって」


 アキラとシュウの口論を、何がはじまったのかと驚いて見ている二人に、コウメイが以前に貴族の子息が目付け役(じいや)とケンカして屋敷を飛び出し、田舎町にやってきたという設定で行動していたことがあったのだと説明した。


「君たちが人生を楽しんでるのはよくわかったよ」


 マサユキは水筒の中に魔法で水を満たして、それをゆっくりと飲んだ。


   +


 何度かの休憩を挟んで急勾配の坑道を歩き終えた五人は、最後の扉である石壁を前に感慨にふけっていた。


「もう一生分の洞窟を探検した気分だわ」

「暗闇はもういいよ、モグラ気分は嫌というほど味わった」

「腹減ったー。携帯食はもう食いたくねー」


 早く外に出たいシュウが、閉鎖空間での鬱憤を晴らしたいと壁破りを買って出た。石壁の前に立ち、硬く拳を握りしめて腰を落とす。

「破ぁーっ」と気合のこもった声と同時に打ち出した拳が、脆くなった粘土を砕いた。

 ポロポロと崩れて落ちた隙間から、光が差し込んでくる。

 石壁にあけた穴から外に出た五人は、数日振りの雪雲のない澄んだ空を見上げたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] リベンジ達成!地力が上がっているのがよく分かる戦いでした。
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