31 合流
魔力による探査に虹魔石の義眼が反応し、雪崩に埋もれたコウメイを発見するのに、それほど時間はかからなかった。
「……遅いぜ、アキ」
「悪かった、ちょっと面倒なのが来てて追い払うのに時間がかかったんだ」
コウメイは全身が雪水に濡れ凍え衰弱していたが、意識ははっきりしていた。水中に潜るときのように水魔法でとっさに顔の周辺に膜を作り、エアポケットを確保したのが良かったらしい。呼吸は確保したが圧し掛かる雪崩の重さで身動きがとれず、アキラの救出を待っている間に全身が凍えてしまっていた。
「痛てぇ」
支えようと触れたアキラの体温が、チリチリと痛かった。凍傷寸前だ。濡れた服が外気に触れ余計に体温を奪ってゆき、ますます身体が冷えてゆく。
「廃坑口がある。そこに避難する」
コウメイの銀板で避難先を確かめたアキラは、自分の回復薬を飲ませると「少しだけ我慢してくれ」と断って肩を貸し起き上がらせた。
「足は動くか?」
「何とか、な」
コウメイはアキラの肩に身体を預け、半ば引きずられるようにして斜面を登った。辿り着いた廃坑入り口は鉄の扉で封じられていたが、アキラが強引に魔法で撃ち破って隙間を開けた。ほんのりとした温かさとカビ臭い空気の中に逃げ込み、魔術の灯りで坑道を照らす。まっすぐに奥へと伸びる一本道を、二人は壁を伝いながらゆっくりと進んだ。
「……ここは何の鉱山だったんだろうな」
「黒炎石じゃないのか?」
「いや、空気がさ、キレーだろ?」
坑道を奥へと進むにつれてカビ臭さが消えていた。坑道の奥から流れてくる澄んだ空気を求めるように先に進んだ二人は、白茶の壁に囲まれた開けた空間にたどり着いた。灯りを高く掲げても奥の方は暗くて見えない。
「随分と広いようだ」
「横穴がいくつもあるぜ、どうする?」
コウメイは凍傷寸前、アキラも魔力枯渇に近くとても横穴探索などできる状態ではない。
空洞は天井も壁も床も白茶色だが、特に白い部分は灯りを反射しキラキラと光っている。慎重に踏み出した足が小石を踏みつぶした。
「……脆いな」
意図して潰したわけではないのに、小石は粉々に砕けていた。洞窟の壁や床が均されていないのは、それが難しい鉱石層なのが理由のようだ。まるで落とし穴だらけのようなデコボコとした床面を見たアキラは、深めの穴までコウメイを引きずってゆくと「ここで休憩しよう」と荷物とともに降ろすと、その襟元に手を伸ばした。
水を吸って重くなったコートを脱がせ、剣を預かり、荷袋を取りあげる。上着のボタンを外し、毛糸のベストを脱がせ、靴を脱がせてズボンを引きずり下ろそうと腰ひもに手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待て、なんで脱がす!?」
「濡れた服を着ていたら身体を温められないだろう」
アキラの手を遮るように伸ばされた手はガチガチと震えているし、触れた指は氷のように冷たい。流石にコウメイも限界を感じはじめていた。指や足の末端に感じていた痺れが消え、今はアキラの手の体温や感覚すらわからなくなっている。一刻も早く体温を取り戻さなければならないのだ。
「だったら先に火を焚いてくれよ」
「燃やせるものがない」
魔力を使い切って昏倒すれば、二人そろって凍死だ。魔力を燃やすことはできない。
「全部を引っぺがしている時間はないな」
手足の感覚がないといったコウメイの言葉に慌てたアキラは、すぐ脇の穴に向けて水魔法を行使した。
「ぬるま湯!」
深さが一メートルもない穴が水で満たされた。
「温まれ」
「は?」
予想と違う、とでも言うような間の抜けた顔のコウメイを突き飛ばした。かすかに湯気のたつ水たまりで派手なしぶきがあがった。
「ぶ……はぁっ」
水たまりに浮かびあがったコウメイは、全身に染みる湯の熱に呻き声をあげた。皮膚をくすぐり刺すような痛みに耐えていると、次第に皮膚の感覚が戻ってくる。思うように指先が動くようになると、今度は湯がぬるく感じられるようになった。
「どうだ、感覚は戻ってきたか?」
コウメイのマントや上着から水気をとりながら、アキラが心配そうにのぞき込んでくる。
「ああ、ちょっと湯がぬるくなってきたぜ。もうちょっと温度上げられねぇか?」
まるで天然の岩風呂を堪能している湯治客のようだ。コウメイの調子のいい要求に、アキラはムッとしつつも応じた。ほわほわと白い湯気が立ちのぼる洞窟風呂に浸かったまま、コウメイはシャツとズボンを脱いだ。小さなボタンを外しズボンの紐をほどく指の動きはスムーズで、凍傷の心配はなさそうだった。
「はー、極楽、極楽~」
鼻歌を歌い岩風呂を堪能しはじめたコウメイを横目で睨みながら、アキラは自分たちの荷物を検めた。コウメイのエプロンバッグに入っていた錬金薬は半分ほどの容器が割れていた。残っていたのは治療薬が二本に体力回復薬が一本、魔力回復薬は全滅だった。アキラの持っていた錬金薬も似たようなもので、無事なのは魔力回復薬が二本だけ。この洞窟を脱出してシュウたちと合流するまでの物資としては心許ない。
食料も不足しそうだったウナ・パレムを脱出した後は、立ち寄った村や町で食糧を調達する予定だったのだ。
「コウメイのクッキーバーはダメだな」
びしょ濡れになったおかげでふやけている。食べられないことはないが、保存食としては諦めるしかないだろう。アキラの荷袋の干し肉とクッキーバーで何日保つだろうか。外に出て狩りをする必要に迫られそうだが、この雪山で獲物を見つけられるか不安だ。近くの街に下りて旅支度を整えてからシュウを追うのが一番良さそうだ、そんなことを考えていたアキラに水しぶきが飛んできた。
「……何だ」
「この服も乾かしてくれ」
硬く絞ったシャツとズボンを渡されたアキラは、コートや上着と同じように岩壁にある出っ張りにそれらを引っ掻けた。
「あとアキも温まれよ、顔色悪いぜ」
「まだ安全が確保できてない」
「エディは追い払ったんだろ? あいつもかなり消耗してたし、いくらエルフでも不眠不休で暴れまわれねぇだろ。今夜は戻ってこねぇって」
「……アレックスはどうする」
「放っとけ」
アレックスについては味方ではなくとも敵ではないのだから、戻ってきたらその時に対処すればいい。
「身体温めて、飯食って、そのザンバラな髪整えて、ゆっくり休まないと身体がもたねぇよ」
考えてみれば、たった一日の間に色々なことが起き過ぎた。ミシェルからの指示がないと愚痴っていた昼下がりが、一転して好奇心に対する魔力強奪ペナルティでアキラが死にかけ、溺れるほどの錬金薬で回復させられたかと思えば、休む間もなくミシェルから即刻の破壊命令だ。秘密の地下道から忍び入った魔法使いギルドでは、コウメイはエディに義眼をえぐり取られかけ、アキラはマジックバッグ関連の品を焼却して走り、最後は魔力勝負の一騎打ち。そこで魔術が暴走したかと思えば何故か雪山に飛ばされ、最後は雪崩だ。
「波乱万丈だな」
指折りながら数えて片手の指では足りなくなった時点で、アキラは考えるのをやめた。
「けどこれで任務は完了だろ。しばらくはのんびりしてぇよ」
「それは安全圏に逃げおおせてからの話だ」
「逃走する気力と体力を回復させるためにも、しっぽり温まろうぜ?」
何かが起きるとしても今の疲労困憊の状態では対処できない。汚れと疲れを落として休もうぜとコウメイはもう一度アキラを誘った。
「お互い死にそうな目にあったんだ、風呂でまったりするくらいのご褒美はあってもいいだろ?」
「……そうだな」
魔力は足りないし疲労による重怠さで全身が悲鳴を上げている。ほかほかと立ちのぼる湯気を見ていると眠気が湧いてきた。アキラは結界魔石で荷物とお湯だまりを囲むと、素早く服を脱いで岩風呂に飛び込んだ。冷えていた指先がじんじんと痛痒くなる。
「ふぅ……気持ちいいな」
「だろ?」
「このまま寝てしまいそうだ」
「溺れるから寝るなよ」
「……ぐぅ」
「早いなおいっ」
怒涛のような一日の最後を洞窟の岩風呂で締めくくった二人は、湿気ったクッキーバーで腹ごしらえをした後、翌朝に備えて身を寄せ合い横になったのだった。
+
ゆっくりと意識が浮上し目が覚めた。危険を察知し無理やり目覚めたのではない、身体が休息に満足した結果の目覚めは至極満ち足りている。
「アキ、起きろ。灯りを頼む」
隣で丸くなっているアキラを揺すって起こし、はてさてどのくらい寝ていたのだろうかと考える。こういう時に時計がないのは不便でならない。
「……灯火」
「まだ寝る気かよ」
マントの下から手だけを出して灯りをともしたアキラは、即座に二度寝に戻ろうとした。コウメイが肩を揺らしマントを剥ぎ取ってやっと渋々に起きてくる。
「火が焚ければ干し肉出汁のスープが作れるんだがなぁ」
点火できても燃やす物がなければ煮炊きは不可能だ。朝食をドライフルーツと干し肉で済ませた二人は、これからの逃走計画を話し合った。
「シュウはまだ廃坑街道には入ってないようだぜ」
銀板に表示されているシュウの赤い印は、山のふもとにある町の中にあった。シュウらがウナ・パレムを脱出してから八日、積雪具合を考えても速いスピードで移動しているのだが、転移魔術陣の暴走によってコウメイとアキラはそれに追いついていた。
「廃坑街道に入る前に合流してぇな」
「だがこの天候だ」
廃坑の外は猛吹雪で、昼か夜かを判断することも難しいありさまだ。せめて雪が止まなければ下山もできない。二人は天候回復を待つことに決めた。廃坑の中は気温が一定で居心地は悪くないのだが、問題は食糧だ。この廃坑は出入り口が完全に閉じられていたせいで、動物らが隠れ住んでいる様子もない。
「銀板の地図だと山の反対側の出口につながってるみたいだが、なんで出入りを封じてるんだろうな?」
「この山の向こうはオルステインとの国境が近い、封鎖するのも当然だな」
ふもとの町から入る廃坑街道は兵士や役人によって通行人が管理されており、こっそり通過することは不可能に近い。シュウらと違って二人は逃走の身だ、できればこちらの廃坑を使ってニーベルメアを脱出したかった。
「ここが銀板の地図通りなのか調べてみるか」
二人は広場の壁に開いた横穴を手前から順番に調べていった。出口にもっとも近い横穴は、天井が低く狭い穴で、頭をかがめながら歩くとすぐに突き当たる。戻って手前の分岐で折れ、そのまま進むともとの広場に戻ってくるのは地図通りだ。三番目の横穴は緩いカーブの先が瘤のような広く膨らんだ空間になっていて、瘤状に広くなった場所から中規模の採掘場につながっているはずなのだが、実際には石と土で塗り固められた壁があるだけだった。
「なんで埋められてんだ?」
「地図ではここが中採掘場への入り口で、奥にこの鉱山で最も大きな特大の採掘場があるはずだ」
そして山向こうの出口へつながる坑道があると銀板には表示されている。
「廃坑を理由に封鎖するってだけなら入り口だけでいいはずだ……嫌な感じだ」
「何かを封印してるみてぇだよな。ボス部屋かな?」
厳重に蓋をして、いったい何を封じているのか、好奇心を押さえられない様子のコウメイが壁を拳で叩いた。
「やめておけ」
「まだ何もしてねぇぜ?」
「止めなかったら突破する気だろう?」
「向こう側の出口にたどり着こうと思ったらここしかねぇんだぜ?」
「銀板に間違いがあるとわかったんだ、残った小採掘場から出口につながっている可能性もあるんだぞ」
まずは調べられるところを全て調べ終わってからだと言って、アキラはコウメイを引っ張って先へと進んだ。埋められた横穴口を通り過ぎてしばらく行くと、小規模な採掘場に出た。拠点にしている広場の二、三倍ほど広いが、銀板地図によれば、ここはこの鉱山で最も小さい採掘場所だった。そこにあった三本の横穴を歩いて確認したが、すべて起点の広場につながるもので、出口への大採掘場へのルートは見つけられなかった。
「このルートで国境に向かうなら、やっぱりあの壁を破るしかなさそうだ」
「ボスが守る脱出口か、らしくなってきたじゃねぇか」
「ボスはコウメイの願望だからな?」
休憩と情報の整理をしたのちもう一度外の様子を見に行くと、吹雪は止み西の空に太陽が見えていた。
「この感じだと七の鐘ってとこだな」
「ふもとに下りるか?」
逃走の身とはいえ人間の追手が二人に追いつくまでの猶予はある。廃坑が封じられた理由を調べ、他の安全なルートを探す時間的余裕はあるのだ。
「いや、ここで待ってようぜ。シュウがこっちに移動してきてる」
シュウを示す赤い印は、町ではなく二人のいる山の中腹あたりにあった。動くスピードが遅いので、マサユキやケイトも一緒なのだろう。こちらから迎えに行っても合流する頃には日が暮れている。雪山での野宿は凍死確実だ。
「合流して廃坑でもう一泊だな」
「食糧が足りない」
「この辺で狩りでもするか」
あたりを観察すると、真っ白な雪に獣のものと思われる足跡がいくつか見つかった。根気よく探せば、穴兎くらいは狩れるかもしれない。二人は獣の足跡を追って積雪に踏み込んだのだった。
+++
「心配して駆けつけたってーのに、のんきに遊んでんじゃねーよっ!!」
シュウは足元の雪を掴んで丸めると、腹立ちとともに全力で二人の顔めがけて投げつけた。
大量の荷物を背負い、マサユキとケイトのペースに合わせて早朝から雪山を登り、半日がかりでやっとたどり着いたそこでは、八日前に遠くの街で分かれた友人二人が、まるで子供のように雪遊びに興じているのだ、怒鳴りたくもなるのも、その顔面に雪玉をぶつけてやりたくなっても無理はない。
魔鹿の血抜きをする傍らで、無邪気に雪合戦に興じていた二人に割り込んだシュウは、額に青筋を浮かべてコウメイの胸ぐらをつかむと激しく揺さぶった。
「ゆ、雪を見ると童心に帰るっていうから、な?」
「逃亡中じゃなかったら私も雪合戦したいわよ?」
これだけの積雪があれば、大きな雪だるまも作れるし、カマクラだって余裕で作れる。雪が降ってもすぐに溶ける地方に住んでいたのなら、雪遊びの誘惑に抗うのは難しいだろうからとマサユキとケイトがシュウを宥めた。
「いや、血抜きが終わるまで暇だったし、寒いから身体動かそうかな……って?」
「寒いなら焚火にでもあたってろ!」
「燃やす物がねぇんだよ」
「枯れ木は雪で濡れているしな」
「あなたたち、火に油を注がないでよっ!!」
山の日暮れは早いしそれが冬ならばなおさらで、あたりは見る見る間に暗くなっていった。風が出て雪雲が北の空から近づいてきている。寒空の下で楽しそうにケンカをするなら勝手にやってろ、私たちは温かい場所で休みたいんだとケイトが切れた。
八日ぶりの再会を果たした五人は廃坑洞窟に落ち着いたのだった。
+
「ずっと魔術の灯りを保つのは大変でしょ?」
そう言ってケイトは巾着袋を荷袋から引っ張り出し、黒く光る小さな石を摘まみ出して皆に見せた。
「これが、黒炎石よ」
燃焼時間が二十四時間以上もある高純度の黒炎石は、すべて輸出用に厳重に管理されているが、燃焼時間の短いクズ石はふもとの町で日常的に使われているらしかった。
「魔石とはちょっと違う感じだな」
「石炭でもねぇし。高かったんじゃないのか?」
「クズ石の燃焼時間は三、四時間くらいだから、それほどでもなかったよ」
野営での煮炊きや暖を取るのに使えそうだと少しまとめて買ったのだそうだ。ケイトが地面に置いたそれに、アキラが魔法で点火した。
「石ころ一個でこれだけ燃えるなら上等だな」
「ああ、この火力が三時間続くのなら、持ってて損はねぇよ」
コウメイはシュウに預けていた荷から五徳を取り出して組み立て、早速鍋を置いて料理にかかった。三人は町を引き払ってきていた。
「俺たちの様子を確かめるだけなら、シュウがひとっ走りで良かったんじゃねぇか?」
「最初はそのつもりだったんだけどさー、状況が悪化したからこっちに来るしかなかったんだよ」
乾燥野菜と干し肉で出汁をとり、水と塩で練ったハギ粉の団子を入れたスープをすすりながら、五人は互いの知らない八日間の情報を交換しはじめた。
+
ミシェルからの指示で魔法使いギルドに侵入したところからはじまり、雪山対決の末に雪崩に巻き込まれ、この廃坑洞窟に逃げ込んだ現在までの説明をすると「地下道!」「魔法大決戦!!」「謎テレポート!」とシュウの感嘆とキラキラした目が鬱陶しかったが、すべてを話し終えると「それが原因か!」と合点がいったとばかりに頷いた。
「昨日の夜に、すっげー雷が落ちたんだよ」
「雷?」
「ドーンて爆発みたいな音がして揺れたんだけど、気づかなかった?」
あれに気づかないわけないでしょとケイトが眉をしかめていたが、疲労困憊で熟睡していた二人には聞こえなかったのも事実だ。洞窟の中にいた事が原因かもしれない。
「雪崩の音じゃないのか?」
「違うわ、雷よ。ものすごく大きな稲妻が見えたもの」
シュウたちは昨日の夕方にふもとの町にたどり着き、宿屋に落ち着いてこれからどうするかと話し合っていたのだそうだ。できるだけ早くニーベルメアを脱出したいケイトとマサユキの希望を優先し、廃坑街道の通行料金を払って翌朝の開門と同時に国境を越える予定だった。準備万端、あとはゆっくり休んで朝を待つだけだと、それぞれが部屋に戻って熟睡していた深夜だった。突然雷鳴が響き、大地を震わせたのだ。
「宿が吹っ飛ぶんじゃないかってくらい、すごく大きな音と振動がして飛び起きたんだよ」
思わず「地震だーっ」と叫んで起きてしまったマサユキは、裸足のまま部屋を飛び出しかけたのだ。同じように飛び起きた宿泊客が廊下で騒いでおり、マサユキは窓を開けて外の様子をうかがった。
「そしたら、まだ夜なのに空が明るくてびっくりしたよ」
「南の方の町が燃えてるのかと思ったわ」
ちょうどウナ・パレムの方角だ。
「それ、稲妻だったんだよなー」
シュウの目には、空から降ってきた光の槍が、南の地上に突き刺さっているように見えていた。
「雷って光ったらすぐに消えるものなのに、その時見たやつは三十分くらい消えなかったんだよ」
大地を揺るがすほどの雷鳴のあと、南の空が燃えるように明るくなったことで町は騒ぎになった。厄災の前兆だと泣き叫ぶ声や、恐怖から暴れ出す者も出て、町兵が沈静化に駆け回り、いつまでたっても消えない不気味な稲妻に、役人が召集され深夜に早馬が出された。
「何かヤバそうだぞって慌てて荷造りして開門を待ってたら、廃坑街道が封鎖されちまったんだよ」
早朝に戻ってきた早馬は、ウナ・パレムの街に雷が落ちたらしいという情報を持ち帰った。被害状況は不明だが、魔法使いギルドに反乱の可能性が考えられるので、当面は国境を封鎖するとのことだった。
「ウナ・パレムと魔法使いギルドって聞いて、お前らが無関係なわけねーって思ってさ、銀板で何処にいるのか確かめたら、こっちの山の中に反応があるじゃねーか、わけわかんねーよ」
追い抜かれたはずはない、だがコウメイの反応は間違いなく山の中にある。この状況でどうすればいいのかを二人に相談し、町で街道封鎖が解かれるのを待つよりもコウメイたちと合流しようとの結論に達したのだ。そして銀板の表示は間違いかもしれないと半信半疑に山を登ってきた三人は、雪合戦で転げまわるコウメイとアキラを目の当たりにしたのである。
「アキラの話を聞いて納得したわ。こっちに吹っ飛ばされたのが特大雷だったんだなー」
「いや、時間を考えると違うんじゃねぇかな」
アキラたちがエディとエンカウントしたのが、だいたい九の鐘の頃だった。シュウたちが雷鳴で起こされたのは町が寝静まった深夜だったというなら、十一の鐘の前後あたりだろう。
「はっきりと断言はできないが、おそらく虹魔石を手に入れた金髪エルフが、何かしらの大きな魔法を使ったんだと思うが……」
それがウナ・パレムに何をもたらす魔法なのか、アキラには見当がつかなかった。
「それで、これからどーする?」
マサユキとケイトはふもとの町には戻りたくないと言った。雷騒動のおかげで町の兵士たちがピリピリしており、監視の目も厳しくなっている。封鎖解除を待って長居している間に、獣人であることがバレてしまうかもしれないと不安がっていた。
「となると山越えか洞窟抜けになるんだが」
「山越えは無理だよっ」
悲鳴のような声をあげてマサユキは両腕でバツを作って首を振った。ここまで雪山を登ってくるだけで精一杯だったのだ、本格的な冬に入った北部ニーベルメアで素人が雪山越境なんて自殺行為だと主張する。
「俺も何回も雪崩に飲み込まれるのは嫌だしな」
コウメイとアキラにも最初から雪山登山の選択肢は無かった、だがこの廃坑洞窟にも不安要素はある。
「不安よーそ?」
「地図だと迷路ってほど複雑でもないし、魔物も住みついてないみたいだからそんなに難しくないでしょ?」
ケイトは自分の銀板の地図を指でなぞって、迷いようのない単純なルートだと示した。コウメイとアキラは顔を見合わせ揃って首を振ると、現実はその銀板地図通りではないと重い声で言った。
「何かを封印するみてぇに、入り口が塞がれてるんだよ」
「封印って、何を封印してんだ?」
「それはまだ調べてねぇよ。一度町に降りて、この廃坑洞窟のことを調べようかと思ってたんだが、様子を聞く限りじゃ行かねぇ方がよさそうだよな」
状況的にウナ・パレムの魔法使いギルドと全く無関係とはいいがたいコウメイとアキラが、このタイミングで封印された廃坑の情報を嗅ぎまわるのはまずい。
「……迷宮に封じ込められた魔物っていうとさ、アレかな?」
「マサユキさんが想像してるのって、牛頭のモンスターか?」
「そう、それだよ!」
心なしかマサユキがそわそわと落ち着かなげに身じろぎした。ギリシャ神話寄りのファンタジー大好きな彼は、封じられた迷宮と聞くと胸が高鳴るらしい。迷宮に封じた魔物=ミノタウロスはコウメイとアキラも連想した。だが流石にそれは出来すぎだろうと思っている。
「封印の仕方が蟻一つ通さねえぜって感じだったし、食糧を送り込めそうな出入り口もなかったしな」
「ミノタウロスの食糧って生贄のことでしょ、怖いこと言わないで!」
「ごめんごめん。廃坑への入り口は鉄の扉で隠されてて使われてた形跡はなかったし、横穴のサイズもミノタウロスが入り込めるような大きさじゃないから、そういうのは大丈夫だよ」
何かが封じられているのは間違いないので、ここは慎重に行動すべきだろうと話し合った五人は、マサユキが登山の疲労から回復し次第、封印の先へと進むと決めた。
「天然の岩風呂って、何やってたのよアキラくんたち……」
「何というか、エンジョイしてるよね」
「お前らずりーぜ!」
疲労回復なら風呂がいいぞとすすめるコウメイに案内された岩風呂を見て、ケイトは呆れ、マサユキは感心し、シュウは腹を立てたが、もちろん三人とも入浴を希望している。寒さで凍えた身体を温めるには湯船につかるのが一番だ。
「マントは二枚あれば十分だな」
「ロープをもっとピンと張ってくれ」
「ケイトさん、こんな感じでいいかな?」
結界魔石があればのぞきはできないけれど、視界を遮蔽する者がないと気持ちが落ち着かないというケイトの気持ちは理解できる。唯一の女性の希望を優先した四人は、壁際の穴に女性用の風呂場を用意し、岩壁に釘を打ち込んでロープで結び、マントを引っかけて簡単な目隠しを設置した。
「はぁ~、堪能したわ、ありがとう!」
風呂上がりの彼女は満面の笑みで白と黒の猫耳を堂々と晒して現れた。どうせバレているのだし、洞窟の中は自分たちしかいないので隠す必要はない。男四人も交代で風呂に入った後、黒炎石の火の回りに集まって作戦会議の続きだ。
「シュウ、魔物を見つけたら戦わずに一旦戻れよ」
彼は夜目も利くし五人の中で最も身体能力が高く足も速い、斥候役にはシュウがふさわしいだろう。
「戦闘の基本はコウメイとシュウが前衛、ケイトさんは遊撃、俺とマサユキさんは後衛で魔術攻撃。錬金薬の管理はマサユキさんに任せますので、前衛二人の負傷にも気を配ってください」
「が、頑張るよ」
戦略的に魔物と戦った経験のない二人は、慣れた様子の三人に少々戸惑っているようだった。
【受け付け終了しました・通販予約のお申し込み】
たくさんの方にお申し込みいただきました。
ありがとうございました。




