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6 試験


 昇級実技の試験会場は、ギルドのリビングに臨時に設置されていた。大きなテーブルの両端に、受験者の使用する調合の魔道具が並べられている。調合の様子が見える一辺には席が用意されており、それぞれの師匠たちが座っていた。マーゲイトの魔術師やコウメイたち見物客らは、その後ろから立ち見である。


「筆記試験の結果は出てるのか?」

「二人とも満点だったそうよ」

「アキラってペーパーテストとか得意そーだよな」

「まあ受験生だったし、試験範囲は得意の薬草知識だしな」

「灰級の昇級試験くらい満点とってもらわな困るがな。アキラは橙級やねんで」


 無試験で橙級を押し付けた諸悪の根源が「どうせやし青級の問題だしたったらええんや」と無茶を呟いた声は聞かなかったことにした。


「公開実技試験とか、緊張するよなー」

「どうだろ、アキは集中すると周りが気にならなくなるタイプだからな」

「んー? なんか練習ん時と道具が違ってねーか?」


 シュウが「俺の見間違いか」と呟いたのを耳にしたミシェルが、驚きの混じった笑みで振り返った。


「よく気づいたわね。確かにいくつか道具が抜かれているわ。灰級の試験にしては少しハードルを上げたみたいね」

「あの配置やと、白級を想定しとるようやな」

「付け焼き刃でどうにかなるのかねぇ」


 ミシェルはよほど弟子の初めての調合が楽しみなのか、にこにこと笑顔を振りまきながら説明した。灰色級の一つ上である白級では、道具の不足を補う応用力が求められるらしい。

 コウメイは調合台の前に立つアキラを心配そうに見つめた。


「これより薬魔術師の昇級試験を行う」


 手をあげて宣言したリンウッドが試験方法の説明を始めた。


「今回の試験はそれぞれの実力にふさわしい色級を判定するための試験である。制限時間内に調合する錬金薬は三種類、すべて己にできうる最高品質を目指してくれ。三種の出来を総合的に評価して色級を定めることとする」


 リンウッドに渡された薬草の袋を受け取った二人は、調合道具を挟んで睨みあっている。


「はじめ!」


 二人の魔術師は、同時に調合を開始した。

 アキラは袋から取り出した薬草一つ一つを丁寧に見極めて仕分けし、それぞれをナイフで刻んだ。調合道具に魔力を通し、その他の材料らを混ぜて火にかける。釜の炎は複雑に揺らぎ、鍋の薬草液を掻き混ぜるたびに液体がガラス管に吸いあげられ、クルクルと色の変化する不思議な液体が流れていった。青に緑に紫に黄色にと、鮮やかに変化するその色彩は見ていて飽きない。


「やっぱり何やってんのか分かんねーな」

「色の変化とか、見てると面白いけどな。ミシェルさんから見てアキの調合ってどうです?」

「悪くないわよ」


 錬金薬の調合の基本は、材料である薬草の配合にある。決められた品質の薬草を、決められた配分で混ぜ合わせ、糸瓜から採取した魔力水で煮て濃度を整える。最後に腐敗の術をかけて完成だ。試験ではこれらの作業を、間違いのない手順で、決められた魔道具を用い、効能の異なる錬金薬をすべて同じ品質に揃えることが求められていた。

 ミシェルの解説を聞いている間にも、シンシアが一つ目の錬金薬を完成させた。


「やっぱり慣れてるシンシアちゃんの方が早いな」

「あら、アキラも頑張ってるわよ。初めて調合をしたのが数日前なんでしょう?」


 その割に薬草の扱いは丁寧だし、魔道具や器具の使い方にも迷いがない。ゆったりとした曲を指揮するような柔らかな動きは、見ていて不安を感じないとミシェルが太鼓判を押すと、アレックスもうんうんと頷いて。


「あいつホンマに魔術師むきやで。器用やし、思考に柔軟性もあるし、度胸もええ。頑固なところもや」


 コウメイを見あげ、アレックスはかなり本気で言った。


「その気になったら島に来い言うといてや。いつでも修業に付き合ったるで」

「コウメイ、伝言は伝えなくていいわよ。アレックスでは魔術の基礎は身につかないわ。ただでさえ応用ばかりを覚えて危なっかしいのに、これ以上はアキラのためにならないもの」

「ワシはアキラの実用主義なとこ評価しとるんやで」


 押しかけ師匠の二人が好き勝手言っている間にも、二人の調合は着々と進んでいた。時間にかなりの余裕を残して調合を終えたシンシアは、出来上がった錬金薬を前に満足げに息を吐いた。一方のアキラは、残り時間もわずかというのに焦る様子もなく、調合鍋からガラス容器に最後の錬金薬を注ぎ入れる。鍋をテーブルに置いたところで制限時間になった。


「それでは、判定に移る」


 観客に見える位置に錬金薬が並べ直された。


「右から順番に、解毒薬、回復薬、麻痺薬だ」


 ガラス容器に注ぎ入れられた錬金薬は、それぞれうっすらと色づいていた。解毒薬は薄い緑、回復薬は黄色、麻痺薬は橙だ。


「錬金薬ってあんな色だっけ?」

「飲んだことあるけど、色なんて覚えてねーよ」

「容器の色もあるから殆どの人は気づいていないものよ。今度購入した時に確認してみるといいわ」

「アキの方、色が濃いな」

「あー、ホントだ」


 どちらの錬金薬も透明度が高いが、アキラの作成した物の方は色が濃いにもかかわらず、液体越しに見える向こう側はよりはっきりと透き通って見えていた。


「では評価だ。この判定棒に錬金薬の品質が表示される。よく見ておけ」


 リンウッドはそれぞれのガラス容器に細く白い棒を入れた。錬金薬を吸いあげた棒が淡く薬液の色に染まる。棒の端まですべて染み込むと、その端先が変色しはじめた。


「色が変わったぜ?」

「薬の色と違うけどどーなってんの?」

「魔術師の階級色なのよ。その色にふさわしい品質だってこと」


 おお、と見学の魔術師たちからも感嘆の声があがった。


「黒級シンシア、解毒薬・灰、回復薬・白、麻痺薬・灰。灰級薬魔術師の資格を有することを認める」


 アーネストは弟子の昇級を大げさなほどの拍手で祝っていた。回復薬はもう一つ上の評価が得られたのだ、このまま研鑽を積めば白級への昇級もそう遠い事ではないと愛弟子を褒めた。だがシンシアは、アキラの判定棒の色を凝視ししたまま硬直し、師の誉め言葉など聞こえていないようだった。


「橙級アキラ、解毒薬・黄、回復薬・白、麻痺薬・黄。総合評価は黄級と言いたいところだが、基礎的な知識及び経験を考慮すれば、薬魔術に関しては白級というところだろう。不満か?」

「いいえ、全力を尽くしましたから、何の不満もありません」


 渋面で評価したリンウッドに、アキラは達成感でいっぱいの表情で頭を下げた。


「う、うそよっ」

「シンシア、落ち着きなさい」

「だって私は完璧だったのよ!」


 黒級の資格を得てから四年間、ひたすら薬草を扱い、調合を繰り返してきた。この試験でこれまでの研鑽のすべてを出し切ったというのに、たった九日前に初めて調合を経験した素人に、これほどの大差をつけられるなんて納得できない。シンシアの叫びはマーゲイトの魔術師たちの叫びでもあった。


 魔術師たちから反感のこもった厳しい視線を向けられたアキラは、煩わしいとばかりに無視を決めこんだ。


「不正は行われていません、判定は公平なものでしたわ。説明してあげてちょうだいな」


 弟子を庇うわけではないがと前置きし、ため息を飲み込んでゆっくりと立ち上がったミシェルは、判定官のリンウッドを視線で促した。面倒くさそうに息を吐いたリンウッドは、シンシアの錬金薬に指を入れて液体をぺろりと味見した。


「嬢ちゃんの調合技術に文句はねぇ。仕上がりの差は、薬草の配合量だ」

「私が分量を間違えたっていうの?」

「分量じゃねぇよ、薬草に含まれている薬効成分の量だ」

「……分量でしょ、何が違うのよ」


 言葉遊びで不正を誤魔化そうとするなんて不愉快だと睨みつけるシンシアの後ろで、アーネストがはっとしたように顔をあげた。黄級の治療魔術師はリンウッドの言葉の意味に気づいたようだ。


「嬢ちゃんは薬草の分量を正確に量って配合した。アキラは薬効成分の濃度を量って、正確な分量で配合した。結果はその違いだ」


 そう言ってアキラの錬金薬も同じように味見したリンウッドは、間違いないと頷いた。

 配合が完璧でも、調合の工程に少しでも雑な所があれば、出来上がった錬金薬の品質は下がっていたかもしれない。だが調合経験の不足を補うように、アキラはギリギリまで時間を使って丁寧に錬金薬を作りあげた。だからこそこの結果が出た。


「そ、そんなこと、できっこないわよっ」


 シンシアはリンウッドの解説を受け入れることができず、顔を真っ赤にして叫んでいる。


「もしかしてアキラって、結構すげー難しいことやってんの?」

「上級の治療術師なら普通にやっていることよ。同じ薬草でも株や葉によって薬効濃度は微妙に違うから、上質な錬金薬を作るときは濃度を基準に量って配合するの。でも……」


 アキラの作った錬金薬のビーカーを手に取り、ミシェルは腑に落ちないとばかりに顔をしかめている。


「わたくし成分濃度の測量方法は教えた覚えはないわよ。アレックス、あなたなの?」

「ワシがそない細かいこと教えるわけないやろ」


 じゃあどうやって身につけたのかしら、と首を傾げるミシェルに、答えを教えたのは思い出し笑いを堪えるコウメイだった。


「アキは腹が減ったら薬草食う奴だからな。討伐の休憩ん時にいろんな薬草食って、これは効くとか、ここのは薄いとかやってたぜ。それが活きてんじゃねぇかな?」

「そーそー、筋肉痛の痛み止め代わりに薬草食ってたし、あんな不味いのよく食えるよなー」


 二人の説明を聞いたミシェルの表情が歪み引きつった。アーネストらも理解できないものを見る目でアキラを見つめている。


「舌がしびれるような薬草も、平気でパクパク食ってたよな」

「毒草食ってるの見た時はさー、俺はアキラドM説を確信したねー」


 なるほど、そういう経験を積んでいるなら、成分濃度を量るのも慣れたものだろうと納得したミシェルだ。


「そのドMのおかげで窮地を救われたことがあったはずだが、覚えていないとは言わせないぞ」

「いだだだだっ」

「づめがーっ」


 調合台から皆のもとへと移動していたアキラが、二人の頬を容赦なくつねっていた。伸び気味だった爪が、しっかりと頬に食い込んでいる。


「そんなのって、そんなのって」


 激情を押さえきれないシンシアの身体が、硬く握りしめた拳が、ブルブルと震えていた。


「うそよぉ――っ」


 うわーん、とまるで赤ん坊のような声をあげて鳴き声をあげたシンシアは、ボロボロと涙をこぼしながら床に蹲ったのだった。


   +


 シンシアは頑張った。だが相手が悪かった、悪すぎた。

 ヒック、ヒックとしゃっくりのような嗚咽をあげるシンシアの姿を、魔術師たちは必死に慰めているが、彼女にはその言葉が伝わっていないようだった。泣きじゃくる彼女をうっとうしそうに見おろしていたアキラは、すうっと息を吸って口を開いた。


「公正な評価に異を唱えるなんて、自分の評価も否定することだとどうして気づかないんでしょうね。勝負は勝負です、結果は受け止、っ、ふぐっ」


 少女に向かって残酷にも勝利宣言を突きつけようとしたアキラの口が、大きな手で覆い塞がれた。


「じゃ、俺らは小屋に戻るぜ」

「お疲れさんでしたーっ」

「ん――っ、んーっ!」


 背後に回り込んだコウメイが羽交い絞めにしてアキラの口を塞ぎ、シュウが腰を担ぎ上げる。絶妙のコンビネーションでアキラを抱えた二人は、ふがふがともがき暴れる魔術師を試験場から運び出したのだった。


「このバカっ。泣いてる女の子にとどめ刺そうとするな!」

「ホント、もー、アキラもコウメイを笑えねーぜ。女心ぜんっぜん分かってねーよ」


 寝泊まりする小屋に連れ戻されたアキラは、正座で友人二人からの小言を黙って聞くしかなかった


「……女心は関係ないだろう」


 理不尽だと内心モヤモヤしながら反論したアキラだったが、お説教が何倍にもなって返ってきただけだった。


「とても面白かったわ。若さって眩しいわね」

「こないおもろい試験は初めてやわ。次の昇級試験ときもワシ呼んでえな、頼むで?」

「陸の孤島でも女難か……苦労してるな」


 ギルド所長の夕食の招待を、弟子たちと久しぶりに親睦を深めたいという建前で断った三人は、コウメイの手料理に舌鼓をうちながら、説教されるアキラを微笑ましく見物していた。


   +++


「「「「「「乾杯っ!」」」」」」


 ペイトンの町でコウメイが仕入れた酒は、少し辛口のさらりとした味わいだった。リンウッドが土産として持参したのは、重厚でほんのり甘く舌に残る酒だ。それぞれが好みの酒をカップに注ぎ、アレックスの土産であるおばけ貝を使った料理を囲んで盃を打ち合わせた。


「一仕事終えた後の一杯は最高だな」

「この貝柱と芋の香草バター、流石やわ」

「羽蜥蜴のえびちりふうの味もいいわね」

「おい、シュウは飲むなよ」

「分かってるって、肉団子お代わりなー」


 それぞれに好きな料理をつまみ、思い思いに飲んで楽しんだ夕食が終わる。空になった料理の皿は順番に片付けられ、目の前に白芋と赤芋の酢漬けと酒だけが残ったところで、アキラが結界の魔石を取り出した。


「おい、それはアレか、隠匿結界」


 専門であるリンウッドが目ざとく気づき、部屋の四方に設置しようとしたアキラから魔石を取りあげた。


「……ふん、隠匿と排除の魔術陣か。素人にしてはまあまあの出来だが」

「出力不足ですか?」

「いいや、術式が浅い。どこかで使われてた魔術陣を写し取ったんだろうが、要素がいくつか抜けてるな」


 それなりの効果はあるが、完璧は望めないぞ。そう言ってチラリと窓へ視線を流したリンウッドは、懐から針のようなものを取り出した。


「こんなものを持ち出したということは、外の奴に聞かれたくない内容なんだろ。魔物相手ならこれでもいいが、魔術師相手じゃ効果はあってないようなものだ。補強しといてやるよ」と手早く魔石の魔術陣に手を加えてアキラに返した。


 部屋の四隅に魔石結界が置かれ、魔術が効いているのを確認したミシェルは、酒のカップをもてあそびながらコウメイたち三人をゆっくりと見渡した。


「さて、なかなかに面白い方法で私たちを呼びつけてくれたようだけれど、結界を作ってまでの用件はなんなのかしら?」


 ミシェルは少しばかりうんざりしたように唇の端を引き上げ、アレックスは細い目をさらに細めて笑い、リンウッドは我関せずを決め込むように顔を背けた。


「アレックスからエルズワースさんに打診してほしいことがあります」

「あ、ワシなん?」


 自分で説明しろ、とコウメイに背中を突かれたシュウが、緊張でぎこちなくなった表情でミシェルとアレックスを見た。


「俺みてーなはぐれ獣人っていうか、転移獣人の保護って頼めないですか?」



なんか、父兄参観日みたいな回だったな…


魔術師の色級については、新しい人生のはじめ方/第3部の登場人物・まとめ のラストにあります。

参考までにどうぞ。

(設定として別でまとめた方がいいのかな…)

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