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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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28 破壊命令


 いつもはふわりと結われている髪が、まるで彼女の決意そのもののように固くまとめられていた。怒りを押さえ込むように寄せられた眉は厳しく、強く重ねられた唇は白く色が変わっている。


『マジックバッグの設計書のすべてを処分なさい。アキラが書き写した物もよ、メモの一枚たりとも残してはいけません』

「ま、待ってください、ミシェル殿っ」


 サイモンがアキラを押しのけて水鏡の彼女に懇願した。


「考え直していただきたい。この設計書は素晴らしいものです。開発の経緯には問題もありましたが、完成した魔道具に罪はありません。不正と非道を行った者は処分すべきですが、多くの魔術師たちの研鑽と時間は評価されてしかるべきものです」


 強張っていた彼女の表情がかすかに緩んだが、それも一瞬の事だった。


『サイモン殿にはご協力いただき感謝いたします。このお礼は後日改めていたしますわ』

「ミシェル殿っ」

『どれだけ多くの者の時間と研鑽が積み重ねられていようとも、あれは世に出してはならないものなのですよ』

「なんですと?」


 権力者の軍事利用を懸念しているのなら、それをさせないための対策を施せばいいのだ。マジックバッグに制限をかけるなりすれば可能なはず。今は医薬師ギルドに在籍しているとはいえ、サイモンも魔術師の端くれだ。世に生まれ出た物を無かった事にされてしまうのは許しがたかった。


『あなたは魔武具と一万八千人の生活と、どちらを選びますか?』

「なんですと?」

『彼らに知られる前にすべてを処分してしまわなければ、ウナ・パレムの人々は再び住まう家を失いますよ……あの魔武具は、使われた魔術陣ゆえに存在すること自体が罪になるのです』


 再び。

 その冷たい響きが差す意味を悟ったサイモンは、声を出すことができなかった。


『アキラ、試作品もすべて燃やしなさい。失敗作も見逃さないで、アレにかかわる全ての痕跡を消すのよ。誰よりも先に、どのような手段を使っても構わないわ、いいわね?』

「……荷が重いですが、やってみます」

『頼んだわね……無事に戻りなさい』


 糸瓜の水の力を使い果たすと、ミシェルの姿は波紋とともに消えた。


   +


 アキラは法螺貝のアミュレットを回収して首に掛けなおすと、茫然自失のサイモンを振り返った。


「何故だ……道具に罪はないだろう。彼女は街の人々をどうするのだね?」


 街の人々を人質にとるように脅されては、サイモンは何も言えない。


「ミシェルさんが街の人々を害することはありません。彼女は街が犠牲になることを回避したくて、俺たちに破壊するように命令したんです」

「……意味が、分からんよ」


 唸るサイモンに同意するようにアキラは頷いた。彼だって全容を把握しているわけではない。だが自分の契約魔術が発動し、転移魔術陣の一部がマジックバッグに使われていた、それだけ分かればミシェルの焦りも怒りも理解できるのだ。

 ギリギリと歯を食いしばるサイモンを見て、アキラはいまだ怠さの残る左腕をゆっくりと掲げて見せた。


「マジックバッグの魔術陣の中に、私が関わってはならないと契約した魔術が使われていました。その魔術はルールに従って使用する場合には何も問題ありませんが、規定外の使用がされた場合には相応の罰が下されます」

「誰が、何のためにそんなことを決めたのだね? その魔術はいったいどんなものなんだ?」

「わかりません。そのルールの厄介なところは、そうと知らずに使ってしまった場合にも見逃してもらえないというところなんです」


 フランクがあの魔法の存在の意味を知らずにマジックバッグに取り込んだのか、理解していて使用したのか、どちらであっても罰を下す者たちにとっては関係ない、ルールを犯したという事実は変わらないからだ。


「ミシェルさんはウナ・パレムで開発されたマジックバッグが原因で罰が下されるのを回避したいからこそ、俺たちに処分するように命じたんだと思います」

「罰を下すのはミシェル殿だろう?」

「いいえ、彼女では……ないと思います」


 アキラの脳裏に浮かび上がったのは、黒い糸目のエルフだ。ミシェルは彼らからこの地を守るために動いているのだと確信した。このまま放置すれば街ごと彼らに滅ぼされかねない、その可能性を知るからこそ彼女は急いでいるのだ。彼らの存在を明言しないままサイモンを納得させるのは無理かもしれない。


「……分からんよ、私には理解できない」


 サイモンは両手で額を覆った。アキラやミシェルの行動を許しがたいと思う自分がいる。だがそれ以上に、自分は何かとてつもなく大きな禍に巻き込まれる、その瀬戸際に立っているのだという事と、フランクが己の満足のためだけに、他のあらゆるものを犠牲にしても厭わないと考えていると思い知らされていた。


「ウェルタラントの悲劇を知りながら彼女を奴隷契約で縛ったのだ、フランクはこの街がどうなろうと構わないのだろうな……」


 古い知り合いである魔術師よりも、アキラの言葉の方が信じられる。それがとても辛く悲しくてならないとサイモンは深く項垂れた。


「アキ、時間がねぇぜ、急ごう」


 コウメイはあちこちに散らばった魔術陣のメモ書き全てを拾い集めていた。サイモンに渡した写し描きも回収して束ね、懐へとしまい込む。自分たちの住処にある物も回収して処分しなければならない。問題は魔法使いギルドに保管されている設計図や試作品だ。昼も夜も眠ることのない魔術師の塔に、どうやって忍び入り盗み出すか、あるいはその場で処分するか、作戦を練る時間も惜しい。


「サイモンさん、色々とお世話になりました」


 彼の協力が得られなければ、ウナ・パレムでの調査はもっと時間がかかっただろうし、今のような結果を得られなかっただろう。サイモンの治療魔術やその姿勢には学ぶことが沢山あって、彼との魔術談議は本当に楽しく充実していた。調査依頼中でなければ、もっと彼に教わりたいことはたくさんある。

 アキラは感謝と詫びを込めて別れを告げた。


「今夜起きるはずの騒動について問われたら、私たちのことなど知らないと証言していただけると助かります」

「ふん、私は君たちに信用されていなかったのだな」

「まさか! この街にあなた以上に信用できる人なんていません」


 自分のような若造が言うのもおこがましいが、彼ほど信用できる善良な魔術師は他にはいないだろう。だからこそ、彼には迷惑を押しつけたくはなかったし、話せないこともある。もどかしくてならないアキラの思いが伝わったのだろうか、サイモンの強張っていた頬が少しだけ柔らかくなった。


「準備には何がどのくらい必要なのだね?」


 ギルド長室を出て行こうとする二人を引き止めた。


「錬金薬なら私が作ろう。他所に購入記録が残らない方が良い」

「それは、助かりますが……」

「塔に侵入するのなら地下道を使いなさい、正面から押し入るよりは安全だろう」


 まさか秘密の地下道をすすめられるとは思ってもみなかったと驚くアキラに、サイモンは「一万八千人のためだ」と笑った。

 アキラとコウメイが装備を整えて戻ってくるまでの間に、サイモンは錬金薬の調合に勤しんだ。


「荷物はそれだけなのかね?」


 魔法使いギルドに侵入し、目的を果たせばそのまま街を出るという二人の荷物は、それぞれ腰のベルトにくくりつけた鞄ひとつだけだった。


「大切な物はシュウが先に持ち出していますから」

「これから泥棒に入ろうって時にでかい荷袋なんか背負ってらんねぇだろ」


 サイモンが開いた地下への入り口で、最初の一段に足をかけたアキラは、もう一度彼に感謝を伝えた。


「魔術の基礎講義はとても楽しく有意義でした、ありがとうございました」

「私も楽しかったよ、師匠の新しい魔武具に触れることができて満足だった……元気でな」

「はい、サイモンさんも」

「師匠によろしくと伝えてくれるかね?」


 そして落ち着いたら師匠の様子も伝えて欲しい。そう望んだサイモンに、アキラは「必ず」と約束し地下道へと降りた。


   +++


 入り口は細身の人が一人ようやく通り抜けられるくらいの幅しかなかったのに、階段を降りきった地下道は予想外に広く人工的な空間だった。アキラが両手を広げても届かないほど広い道幅に、コウメイが頭をかがめる必要のない天井高。爪先が不自然な溝に引っ掛かり、アキラは魔術の灯りをともして壁を探った。


「隠し引き戸かよ」

「閉めておこう。何かあった時にサイモンさんに迷惑がかかるとまずい」

「何かってなんだよ?」

「火事、とか?」

「燃やすのかよっ」


 ミシェルはどんな手段をつかってでもマジックバッグの設計書を破棄しろと言ったのだ。何処に保管されているのかも、何枚存在するのかもわからない物をいちいち探して破棄するよりは、まとめて燃やしてしまった方が早くて簡単だ。


「それは最終手段にしとけって、な?」

「やるとは言ってない」

「どうだか」


 二人がかりで壁から石戸を引き出し、サイモンの部屋へとつながる階段を隠し、魔法使いギルドを目指した。


「古いわりにしっかりしてるぜ」


 小さな灯りはすぐに分岐を照らした。左右に伸びる地下道はどちらも同じくらいの道幅だ。


「どっちに行く?」

「右手の法則を使う時間はない、探索する」


 そう言うとアキラは両手を石床について、魔力を薄く広範囲に放った。魔法使いギルドの塔にあるはずの転移魔術陣の場所を探る。


「おいっ、左手!」


 転移魔術陣に魔力がたどり着いた瞬間に、ピリッと痛みを感じた。

 光の鎖が浮かび上がり手首に絡みつこうとする。


「アキっ!!」


 コウメイがアキラの両手を強引に床から引きはがした。魔力の放出が途切れると光の鎖も消える。


「地面の下でぶっ倒れたらどうする気だ、ここを墓穴にする気かよ」

「地下迷路が墓なんて何処のホラーゲームだ」

「いや、さっきのぶっ倒れ見てたらあり得るからな!」

「大丈夫だ、もう道は分かった」


 そう言いながらアキラは左の地下道へと進んだ。突き当りに現れた階段を下り、少しすすんでは上りと、迷路というほど複雑ではないが、遠回りに歩かされているようなルートだった。最後の分岐を右折し一直線。


「行き止まりだぜ」


 突然天井が高くなった突き当りで足を止めた。三方向の石壁を調べたが隠し扉や抜け穴のようなものは見つからない。


「どっちだと思う?」

「そりゃ、上だろ」


 魔術灯を高く投げてみれば、天井高は三メートル近くありそうだった。コウメイに肩車されたアキラは両手で天井を探った。


「魔力は流すなよ」

「しつこい」


 床や壁に使われている石は標準的な煉瓦のような大きさだが、天井のそれは随分と大きな石で構成されていた。端から順番にアキラは一つ一つの石を探ってゆく。何枚目かの石を押し上げた時、重さや抵抗を感じなかった。ぐらつく石を揺するとわずかに凹みスライドした。


「あったぞ、縦穴だ」


 真上にまっすぐに伸びた穴へと魔術灯を送った。灯りの向こうは暗闇だ。どれほど長く縦に伸びているのだろうか。


「上がれるか?」

「大丈夫だ、足場がある」


 まるで煙突のような縦穴には、一定間隔で丁度掴めるくらいの突起があった。アキラはコウメイの肩の上に立ちあがり、一番下の突起を両手で掴んだ。ぐっと引き寄せて身体を持ち上げ、縦穴内に足をかけ、腰で突っ張りながらじりじりと上がってゆく。一つ目の突起に右足をかけ、二つ目の突起を手で掴んだところでやっと力を抜いた。


「ロープおろすぞ」


 腰の荷袋から取り出したロープの先に輪を作り、突起に引っかけて下へと垂らした。すぐにロープがぎしぎしと軋みながら揺れ、コウメイが縦穴に手をかける。


「狭いな。ここシュウだと通れなかったぜ」


 腕の力だけで上ってきたコウメイは、アキラの身体を押し上げた。この狭さではコウメイが前に出ることもできない、誰かに見つかる前にはやく縦穴から抜け出さなければとアキラを急かす。二人は目的地を目指して縦穴を登った。


「どれくらい登るんだよ」


 すでに三、四階くらいは上ってきたというのに、まだまだ縦穴は終わりそうにない。外に出られそうな隠し扉もあったが、アキラはそれらをスルーして上へ上へとのぼっている。重要書類や試作品の保管は最上階のギルド長室だろうからだ。時おり壁越しに人の気配や声が聞こえてきていた。縦穴を上りはじめた頃に十の鐘を聞いたのだが、魔法使いギルドは泊まり込みで研究に没頭する魔術師がたくさんいるようだ。


「行きどまりだ」


 縦穴の最高地点にたどり着いた二人は、どこかに隠し扉が無いかと壁を探ったが、どの石も動いたり外れたりしない。


「アキ、天井はどうだ?」


 縦穴の入り口が地下道の天井だったのだ、出口も同じ可能性もある。アキラはグッと背伸びをして天井を押す。カチッと錠のようなものが外れる音が聞こえた。


「当たりだ」


 アキラは慎重に天井を押し上げた。その細い隙間から暖かな空気が流れ込んでくるが、光りは見えない。誰もいないようだと確認し、大きく開けて部屋に滑り入った。


「物置のようだな」

「人の気配はねぇな」


 狭い部屋には雑多なガラクタが無造作に置き並べられていた。室内を調べ、マジックバッグ関連のものが置かれていないと確かめると、コウメイは扉横の壁に張りついた。扉の下のわずかな隙間から細く光りが漏れている。そっと扉を開けて隣室をのぞき込んだ。コウメイには見覚えがある場所だった。契約魔術の解除のため召喚されたサイモンに同行し、招き入れられたフランクの執務室だ。


「……妙だ」


 魔道ランプは部屋の隅々までを煌々と照らしているのに、人の気配がしない。そして床に散らばる何枚もの紙と、蹴り倒されたかのように転がっている椅子。目を凝らすと執務机の影に人の手のようなものが見えた。


「誰かが倒れているぜ。どうする?」

「……行こう」


 室内に飛び込んだコウメイは出入り口の扉を施錠し、室内を振り返った。執務机の脇の床に膝をついたアキラが、濃紺ローブの中年男性の容態を確認していた。


「見える範囲に外傷はない、気絶しているようだ」


 ギルド所長が死んでいないことを確かめたアキラは、そこかしこに散らばる紙を拾い集めては内容を確認していった。


「強盗にでも入られたのかね」

「どこから入ったんだ?」


 この部屋に窓はないし、隠し通路は自分たちよりも先に使われた痕跡はなかった。だが侵入者がいたのは間違いないようだ。フランクの執務机を中心に荒らされた形跡があり、床に散らばっているのは様々な魔道具の設計書のようだった。


「魔武具の設計書ばかりだ」

「マジックバッグのはあったか?」

「いや、見あたらない……どうやら侵入者の目的は俺たちと同じようだぞ」


 魔武具の設計書には通し番号がふられていたが、最新のマジックバッグに振られた番号の束だけがすっぽりと抜けていた。


「先を越されたか」

「アレなら何処からでも侵入できるからな」


 どうする、と二人は顔を見合わせた。ミシェルからは「誰よりも先に」と命じられているが、追うにしても何処を探せばいいのか手がかりはない。いったん引き上げて仕切りなおすかと話し合っていた時だった。


 ズドン、と。

 足元から突き上げるような振動を感じた。

 二人よりも先に侵入した誰かが、階下の研究室を荒らしているに違いない。

 執務室を飛び出した二人は階段を駆け降りた。


   +


「こないなとこ隠してもむだや、ワイはぜーんぶわかるんやで」


 開け放たれた扉の向こう、破壊された実験用テーブルや器具が散乱する室内に、金髪のエルフが立っていた。焼け焦げた壁にはめ込まれた鉄の板を叩き、強引にはがして手を突っ込んだ。


「大当たり~」


 壁をくりぬいて作られたらしい隠し金庫から、紙の束を取り出した。パラパラと中身を確認した金髪エルフはニンマリと笑う。


「お、土産もあるやん、貰うてこ」


 設計書の束を近くにあったテーブルに無造作に置くと、再び隠し金庫に手を突っ込んでは、収められていた布鞄を次々と引っ張り出した。大小素材違いで五つの鞄が、設計書の横に投げ置かれる。


「これで全部やろか?」


 取りこぼしはないだろうかと金髪が隠し金庫に頭を入れた時だった。

 ゴオッ、と、彼の背後で炎柱が上がった。


「な、なんやのっ?」


 突如あらわれた炎が、テーブルごとマジックバッグの試作品と設計書を包み込んでいた。

 魔術の炎に焼かれ、込められた魔力をパチパチと弾けさせながらマジックバッグは灰になった。防護魔術が働いていた設計書も、絡みつく炎に抵抗しきれず端の方から少しずつ黒く焦げてゆく。


「ギリギリ、セーフか?」

「いや、遅かったかもしれない」


 振り返った金髪は、炎越しに覚えのある男を見ると、むっとして唇を尖らせた。


「コウメイやん。どないつもりやねん、ワイの仕事邪魔しくさってからに」



この縦穴と地下道、サイモンさんも通ったんですよね……すごいな、サイモンさん。

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