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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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27 契約魔術の発動



 マサユキたちが街を脱出した三日後、北から吹き込む寒風から逃れるように、豪奢な箱馬車がウナ・パレムの街を去った。同時に下街で睨みをきかせていた騎士たちは貴族街へと戻り、人々は狩猟帰りの汚れた靴でも大通りを闊歩できるようになった。


「西街道に盗賊が出たらしいぜ」


 冒険者ギルドの掲示板に情報を求める板紙が張り出されたのは、王族が街を離れて二日後の事だった。


「盗賊ねぇ」

「王都に向かっていた貴族の馬車が襲われたそうだ。こっち方面に逃走したらしい」


 たった一人の盗賊が馬車を襲撃し、強奪した宝とともに逃走した。盗賊が魔術を使っていたことから、ウナ・パレムに逃げ込む可能性が高いため目撃情報を求める、とあった。手配書は街門や各職ギルドにも張り出されている。草原モグラの査定待ちにその掲示を読んだコウメイとアキラは、タイミングから考えて王子夫妻の馬車が襲われたのだろうと思った。が、二人が目を止めたのは盗賊の人相の方だった。


「盗賊の特徴がアレなんだが、どうする?」

「金髪の若い男で、言葉に奇妙な訛りがある……」


 追い払ったはずの金髪エルフ(暫定)が戻ってこようとしているのに間違いなさそうだ。いったい何を考えて王族の馬車を襲ったのか……偶然だよな? 手配書を凝視し考え込んでいたアキラは、にっこりと微笑んで振り返った。


「アレはコウメイに任せた」

「はぁ? なんで俺だよ、アレ(暫定エルフ)はアキの管轄だろ」

「残念ながら俺は金髪のアレ(暫定エルフ)と面識がない。酒を酌み交わして親しくなったんだろう? コウメイが対応するほうが平和的でいいに決まってる」

「決まってねぇし、親しくねぇ! 紹介してやるから相手はアキがしろよ」


 エルフの相手はエルフがやれ、飲み友達の責任は自分でとれ、と互いに厄介事を押し付け合っているうちに「ホウレンソウさ~ん」と呼ばれた。本日の受け取り報酬は三百三十ダル。


 そんな風にコウメイとアキラはいつもと変わらない日々を送っていた。朝はやくから森に出かけては一つ二つの魔獣を狩り、昼過ぎに街に戻り、魔石を売るついでに魔法使いギルドの様子をうかがう。その後医薬師ギルドに立ち寄って錬金薬を作ったり、いまだに獣人族からの報復の不安を拭いきれないサイモンを慰めたり、マリィに押し切られて窓際で薬草茶を飲んで集客に貢献させられていたりしていた。

  

   +


「ミシェル殿からの連絡はないのかね?」

「ええ、まだ何もありません」


 薬草茶で腹を満たし、錬金薬の調合ノルマを済ませたアキラは、ギルド長室でサイモンの雑務を手伝っていた。挨拶代わりになってしまったサイモンのセリフに答える言葉も毎日変わることはない。


「解析に時間がかかっているのか、判断に迷っているのか、私には分かりません」

「上が決めてくれなきゃ下っ端は動けねぇよな」


 二人が書類仕事を片付けているのを眺めながら、コウメイはソファで一人寛いでいる。マリィに貰った薬草茶の余りを飲んで、微妙な味わいに眉をしかめた。サイモンが診療記録の書き出しを終えてアキラに真正面から問う。


「本当にマジックバッグの調査で終わりなのかね?」

「それはウナ・パレムの魔法使いギルド次第だと思いますが……何か知りませんかサイモンさん」

「私は医薬師ギルド長だぞ、魔法使いギルドの内情など知るはずが無かろう」


 先日からサイモンは「私は医薬師ギルド長だ」と頻繁に口にするようになった。魔法使いギルドのゴタゴタとは無関係だと主張しているのだろう。気持ちはわからないではない……分かり過ぎるくらいよくわかるアキラだが、申し訳ないと思いつつもキッパリと笑顔で否定し続けている。自分たちの仕事が終わるとわかるまではサイモンに無関係でいてもらっては困るのだ。アキラは彼の興味を引きそうな話題を振ってみた。


「サイモンさんはマジックバッグの魔術陣をどう読み解きますか?」


 彼は治療魔術が専門だが、魔道具開発にも傾倒していたリンウッドの薫陶を受けているせいで、魔道具に魔武具、錬金薬と興味の対象は広範囲だ。アキラが譲った魔術玉にも感銘を受けたようで、攻撃魔術ではなく治療魔術を込めることはできないものかと研究をはじめているらしい。当然マジックバッグにも興味はあるようだった。


「魔術言語だけではない、知らぬ言語が使われていることは分かったが、それ以上はさっぱりだ」


 アキラから譲ってもらった設計書の写しを取り出したサイモンは、その美しく繊細な模様を、目を細め眺めてはため息をついている。


「魔力を流してみましたか? 魔力で探れば術式を重ねた順番くらいは、分かりそうな気がするんですが」

「無茶を言うな。私がこれに魔力を満たそうと思ったら、樽いっぱいの錬金薬があっても足りんわ」


 サイモンは悔しそうに頭を振った。診療所を閉めた後に試してはみたのだが、彼は術式の表面を魔力で満たすこともかなわず、途中で断念していた。これは並の魔力量ではとても全貌を読み取ることはできそうにない。だがアキラなら可能ではないかと、サイモンは期待の目で問うた。


「アキラは試してないのかね?」

「少し身辺の片づけに忙しかったので、まだですね」


 これを解析しようとすれば、安全な環境下を確保する必要があると考えていたアキラは、ふと気づいてサイモンとコウメイを見た。


「丁度いいですね、やってみましょう」


 魔力による探索や解析中のアキラは無防備になる。そのため物理的な攻撃から身を守れる盾と、魔力的な不測の事態に対処できるだけの備蓄が整わなければ、魔術陣の解析をする気になれなかった。だがここは医薬師ギルドだ、錬金薬の備蓄もあるし、何かあればサイモンの治療魔術を期待できる。物理的なアクシデントはコウメイがいれば任せることができるのだ、今この時この場所は魔術陣の解析環境としてはベストではないだろうか。


「魔紙を一枚譲ってもらえますか?」

「何をする気だね?」

「魔力の節約です」


 板紙や植物紙に普通のインクで描いただけの魔術陣でも解析することは可能だが、どれだけ魔力を吸い取られるのかわからないのだから、少しでも省魔力化できるところはしておきたい。羊皮紙を魔力で染め上げた特殊紙に魔力インクを使って描けば、術式を魔力に染める工程が省けるとアキラが説明すると、サイモンは自分の保有する最高品質の魔紙を譲ってくれた。


「よくまぁそんな複雑な線画をすらすら書けるもんだな」

「何度も描いたからな、覚えた」


 だがこの魔術陣が正しく描き写せているかどうか、アキラに自信はなかった。わずかな時間に記憶し描き出したこれを検証するためにも、魔力を通して探ってみたい。アキラは念のためにすぐ手に取れる場所に魔力回復薬を置くと、描き終わった魔術陣の端に指を置き、ゆっくりと微量の魔力を流してみた。


「どうだね?」


 サイモンは好奇心を押さえきれないという顔でのぞきこんでくる。


「……紙とペンを、お願いします」


 アキラは左手で魔術陣に魔力を注ぎ込みながら、片方では読み取った魔術式を描き出していた。


「複雑ですね、それに層が多い……」


 魔力が自然に流れる場所とそうでない場所がある。流れがスムーズでない個所はアキラが書き間違えている部分だろう。つながっているはずの線に魔力が通せないのは、おそらく階層が異なるからだ。複数の魔術式を重ね合わせていると思っていたが、三つや四つどころではない。アキラは階層ごとの魔術式を描き出しながら、自分の魔力の届く先へと意識を飛ばした。


「何が書いてあるのかさっぱりわからねぇな」

「素人に簡単に読み解かれてはかなわんよ」


 そう言いながらもサイモンはアキラが書き散らす魔術式の紙に熱心に見入っていた。謎の記号にしか見えない魔術言語に、大量の数字で構成された図形、ちらりと横目で見たコウメイは「俺には無理だ」と早々に諦めた。


「何故ここにこの数字が? この文字は何を意味するのだね? この繰り返しは何のためだ?」


 分解された魔術式でさえ簡単には読み解けないようで、サイモンは唸りながら紙を睨んでいる。


「それ、そんなに難しいのかよ。アキは理解してんのかね?」

「……してない」


 聞こえていないとばかり思っていたアキラから返事が返った。


「判別できたものを書き写すので精いっぱいだ」


 それらはアキラの知らない魔術式ばかりだった。ミシェルやリンウッドに叩きこまれてそれなりに読める自信はあったのだが、やはり基礎を丸々飛ばした自分にとって、これは難易度が高すぎた。この仕事から解放されたら腰を据えて学び直したい、そんなことを考えながら重ねられた魔術式の層を下へ下へと潜っていた時だった。


「……これは」


 それまですらすらと動いていたペンを持つ手が止まった。


「どうしたアキ?」

「何かあったのかね?」

「見覚えが、ある……」


 最下層に敷かれている魔術式に魔力を走らせたアキラは、既視感を覚えていた。

 同じものではない、だがよく似たものを自分は何処かで描いた事があるような気がする。


「……擦れていて、よく見えない」


 眉間に寄ったシワをいっそう深くしたアキラが、錬金薬を手に取った。注ぎ込む魔力量を増やして探ろうというのだろう。彼の魔力量を知るコウメイは、この程度で使うのかと目を見張った、その時だった。


「あぁっ!!」


 魔術陣が雷のような光を放ち、板紙やインク、錬金薬の容器、卓上にあったもの全てが弾き飛ばされた。


「大丈夫か?!」


 魔術陣の光はすぐに消えた。

 だがそれと入れ替わるように、アキラの左手首に光の鎖が絡みついた。


「アキ!」

「鎖……まさか」


 サイモンの喘ぐような悲鳴がこぼれた。

 光の鎖はまるで脈動するかのように光り膨らむ。

 鎖を引きちぎろうとしたコウメイの手に、サイモンがしがみついて止めた。


「やめなさいっ、契約魔術の発動を妨害してはならん」

「けどっ」


 光の鎖によって雁字搦めに縛られた左腕を茫然と見るアキラの顔から、見る見る間に血の気が失せる。膝が震え、身体が(かし)いだ。

 崩れ落ちる寸前に抱え止めたコウメイは、その冷たさに驚いた。


「アキ! 見えてるか? 息をしろ、アキっ!!」


 叩いた頬は体温が感じられず、大きく見開いた眼は虚ろで眼前のコウメイも見えていない。酸素を求めるように大きく開けたその唇が震えていた。


「いかん、枯渇しかかっている!」


 アキラの状態を一目見た瞬間、サイモンは部屋を飛び出していった。

 コウメイは自分の魔力回復薬をアキラの口に流し込んだ。普段なら飲めばすぐに回復するはずなのに、アキラの身体は冷たいままだ。


「これを飲ませるんだ」


 戻ってきたサイモンが抱えていたのは錬金薬の樽だった。栓を抜くのももどかしいとばかりに蓋を叩き割ると、そのままアキラの口に流し込もうとする。


「待てって、溺れ死ぬだろっ」

「その前に枯渇で死ぬぞ!」


 サイモンは樽を傾けると、惜しげもなく錬金薬をアキラの口に注ぎ込んだ。


「なんで錬金薬が効かねぇんだ?」

「その光の鎖のせいだ、それがアキラから魔力を奪っている」


 だから補充しても追いつかないのだとサイモンは唇を噛んだ。


「だが何故だ……アキラのこれは契約魔術に反した罰だろう? どのような契約なのかは知らんが、死に至りかねぬほどの呪罰を課すなどあり得ないことだぞ」

「……ペナルティは、ギリギリまで魔力を没収するつってたな」

「ギリギリどころではないよこれは。どう見ても限界以上ではないかっ」

「限界、か」


 コウメイはサイモンの言葉で気づいた。人族のアキラの限界は越えてしまっている。だがエルフのアキラの限界はまだ残っているのだ、と。彼が結んだ契約魔術は、エルフのアキラを基準にしたものだったとしたら?


「ええい、まだ足りんというのかっ」


 樽が空になったというのにアキラは回復の兆候を見せないし、光の鎖もまだ彼の腕を捉えたままだ。医薬師ギルドにある魔力回復薬の在庫はこれですべてだ、調合することは可能だが間に合うだろうか。サイモンは空になった樽を怒りをぶつけるように投げ捨てた。


「……仕方ねぇ」


 死ぬよりはましだ、とコウメイの指がアキラの耳飾りへと伸びた。

 これを取り外せばアキラは楽になるはず。

 銀の金具を摘まむその指に、冷たく震える手が重なった。


「アキ?」

「これは、ダメ、だ」

「戻ってきたか?」

「なんと、か」


 魔力回復薬に濡れた唇をぺろりと舐めたアキラは、コウメイの手を引き離して息をつくと、ゆっくりと左手の契約魔術に視線をやった。


「ギリギリ、足りたようだ……」


 手首に巻き付いていた光の鎖は消えていた。

 コウメイはアキラの手を取り、体温を感じ取ってほっと息を吐く。

 熱が蘇って顔色を取り戻したアキラを見て、サイモンは安堵と同時に怒りを感じた。


「このような非道な契約魔術を、いったい誰と結んだのだね?」


 口添えをするからギルド本部に訴えて解除を願いなさいと、自分のために怒ってくれているサイモンには、契約の相手がミシェルだとは言えない。曖昧に笑ってごまかしたアキラは、コウメイの手を借りてゆっくりと身体を起こすと、床に落ちたマジックバッグの魔術陣を見た。


「この魔術陣のベースになっている物がわかりました」


 自分の契約魔術が発効したのはこれのせいだ。そしてミシェルが調査を進めるようにと繰り返していた理由も、破壊もありうると言っていた理由も、だ。


「間違いなく、破壊の指示が来ます」

「やっぱりそうなるか」


 もったいねぇなぁとコウメイは前髪をかきあげた。


「何を言っているのだね、君たちは?」


 詰め寄ろうとしたサイモンの眼前に、何処からともなく魔紙が現れた。ミシェルからの指示書だろうと思い手を伸ばしたアキラだが、魔紙はふわりとそれを避け、宙を泳いでサイモンの手に納まった。


「手紙……ミシェル殿?」


 驚きつつも素早く文面に目を通したサイモンは、アキラを振り返って問うた。


「ミシェル殿から預かったアミュレットは持っているか?」

「あ、ああ、持っていますが」


 錬金薬で濡れた服の上から法螺貝のアミュレットに触れた。肌身離さず身に付けていろと言われているものだ。それが何だと問い返す前に、サイモンはコウメイに「手伝え」と命じた。


「二階の倉庫から鏡を運んできてくれ。確か奥の方にこのくらいの姿見があったはずだ」

「鏡なんて何に使うんだよ?」

「急ぎたまえ、時間がない」


 サイモンの質問に答えてこなかった報復とでもいうように、彼はミシェルからの手紙の内容には一切触れなかった。アキラには「そこで休んでいなさい」とソファを指さし、コウメイには「早くしろ」とその背を押す。彼自身も準備しなければならないものがあるのか、薬局と調合室を何度か往復してからギルド長室に戻ってきた。


「鏡って、これでいいのか?」


 コウメイが運んできた額装された鏡は埃だらけだ。せめて鏡面だけでもと拭いて渡すと、サイモンは水を張った桶の中に鏡を沈めた。


「何だよこの水」

「糸瓜の水ですか?」

「そうだ、アミュレットをここに入れたまえ」


 さあ早くと視線で促され、アキラは鎖を引っ張って服の中からアミュレットを取り出すと、桶の水に沈めた。水面が波打ち、法螺貝がぷくぷくと気泡を出して沈む。サイモンの杖が水面に触れると、彼の魔力に反応して糸瓜の水が薄黄色く染まった。


「なんか出てきたぜ」

「ミシェル、さん?」


 水に沈められた鏡に映し出されたのは、アキラでもコウメイでも、サイモンでもなかった。


『……今日中に、マジックバッグの設計書を全て、一枚残らず処分しなさい』


 挨拶も前置きもなしに、水鏡に映った厳しい表情のミシェルが命じていた。


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