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やたら長い人生のすごし方~隻眼、エルフ、あとケモ耳~  作者: HAL
3章 ウナ・パレムの終焉

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26 懊悩



 先に魔法使いギルドから出てきたのはコウメイに支えられたサイモンだった。


「顔色悪っ、大丈夫かよ?」

「……魔力が、枯渇寸前なだけだ。錬金薬を飲めば問題ない」


 真っ青な顔色でだらだらと脂汗をかく姿は、とても問題なしには見えない。弱っているはずのサイモンの手が、シュウの肩を思いのほか強く掴んだ。


「後から出てくる二人を頼む。契約は破棄できたが、王族が彼女をあきらめるとは思えない」

「そうだな、ヤバイ物も貰ってたし、荷造りを急ぐように言っといてくれ」


 サイモンの忠告にそう付け足したコウメイは、後で合流すると言って彼を抱えるようにして立ち去った。それほど待つこともなくマサユキとケイトはすぐに正面扉から出てきた。しっかりとつながれた二人の手から腕飾りが外されている、無事に奴隷契約から解放されたようだ。

 シュウは二人に近づこうとして、同じ歩調で歩く男に気づいた。見た目は冒険者風の男だが、目つきの高慢さは街に立つ騎士らと同種だ。感極まったように泣きながら抱き合うマサユキとケイトを、冷めた目で観察している。


「感動に浸らせてやりてーんだけどなぁ」


 サイモンの心配が現実のものになった今、のんびりと話し込むわけにはゆかない。道のど真ん中でいちゃつく顔見知りを、わざわざからかいにやってきた風を装って、笑顔でマサユキの肩を叩いた。


「お二人さん、大通りで見せつけてくれるねー」

「シュウっ」


 尾行の男から表情を隠し、声を潜めた。


「感動を分かち合ってるとこ悪いけど、時間がねーんだ。一緒に来てくれ」

「何かあったのか?」

「いや、多分何かが起きるのはこれからだろーな」


 シュウの低い声に、二人の表情が強張った。


   +++


 部屋に戻った二人は扉に鍵をかけるとほっと息を吐いた。


「送ってくれてありがとう」

「明日はサイモンさんにお礼に行かなくちゃね」


 彼が自分たちのために色々と提案してくれなかったら、無事に契約破棄できていたかどうかわからなかった。安堵する二人に、シュウはコウメイからの懸念を伝えた。


「そんな暇はなさそーだぜ。できるだけ早く街を出た方がいいらしい。荷造りは出来てるか?」

「早くって、どれくらい?」

「コウメイの感じだと、今晩か明日くらいじゃねーかと思う」

「早すぎるよっ」


 そんなに急ぐ必要があるのかと驚く二人に、シュウは「遅いくらいだ」と言った。


「マサユキさんたちを尾行してた奴がいたんだけど、気づいてねーだろ?」


 二人の後から魔法使いギルドを出てきた冒険者風の男が、マサユキたちと同じ歩調でついてきていた、と聞かされたケイトは顔色を変えた。


「偉い人たちとどんな話したのか知らねーけど、のんきに構えてる時間なさそーだと思わねー?」

「……荷物をまとめよう」


 マサユキは決断した。あの場の雰囲気や王子の様子から、危害を加えられる心配はないが、囲われ上手く利用されかねないという恐れは感じていた。簡単に解放されたのも、監視をつけていたからだろう。のんびりと解放の余韻に浸っている暇はないと、マサユキは両手で頬を叩いて気合を入れた。


「逃げる先について、相談できるかな?」

「コウメイが後でこっちに合流するって言ってたから、その時に聞いてみよーぜ」


 逃走ルートや手段は頭のいい奴に任せておけばいいと、シュウは二人の荷造りを手伝った。街を離れることを念頭に置いて生活してきた二人の荷物は、改めて選別する必要がないほど整理されていた。いらない物は処分済みだったし、ケイトの編み物は先日のバザールで売れてほとんど残っていない。ケイトは入手することが難しい物や、絶対に手放せない思い入れのある品を背負い袋へと詰め込んでいく。

 九の鐘が鳴る頃に、コウメイが雪花亭の出前料理を持ってやってきた。


「コウメイ、外に見張りとかいなかったか?」

「いや、それらしいのは見なかったぜ」

「そっか、じゃあ諦めたのかね?」

「それはねぇな」


 コウメイは眼帯を外すと、ケイトに「王子に貰った指輪を見せてくれ」と手を出した。ギルド長室では前髪で隠していた右目が初めて露わになり、天然ではない不気味な虹色の瞳を見て、二人は複雑そうに眉を寄せた。転移の時にオッドアイのオプション設定なんてあっただろうか? 戸惑うケイトに高性能オプション付きの義眼だと短く説明したコウメイは、渡された指輪を視た。


「やっぱりな。どういう物かはわからねぇが、これ魔道具だぜ」

「やだっ!」


 魔道具と聞いてケイトの身体がビクッと跳ねた。契約魔術のおかげで苦しんだ者に、魔術を仕込んだ指輪を押し付けるなんて悪趣味すぎる。何かしらの意図があるとしか思えないと、ケイトは紋章入りの金の指輪の向こうにいる王子を睨みつけた。


「後でアキに調べてもらうけど、これは手放した方がよさそうだぜ」

「怪しげな魔道具とかはもうコリゴリだよ、売って旅費にしちゃおうよ」

「金の指輪だろ、高く売れるんじゃねーの?」

「けど王家の紋章入りなんて買ってもらえるのかな?」


 何故持っているのか、どうして売るのかと余計な詮索されそうだし、下手をしたら換金するなんて不敬だと兵士に囲まれかねない。捨ててしまうのが一番面倒くさくなさそうだ。


「こんな物を渡されたとなると、やっぱりできるだけ早く街を出た方がよさそうだね」

「でもウナ・パレムを出てどこに行けばいいの?」


 転移仲間は何処にいるか分からないし、ヒトシが移り住んだ村はカザルタス領内、敵陣である。困り切っている二人にコウメイが確認を取った。


「二人ともニーベルメア国を出ても問題は?」


 他の転移仲間と二度と会うことができなくなるかもしれない、心残りはないかと問うコウメイに、二人は即座に「問題ない」と返した。


「ジェフリーさんとメリルさんにはちゃんと挨拶したいけど」

「うん、凄くお世話になったし。それとサイモンさんにもお礼を言いたいけど……時間ないのよね?」


 閉門後に裏技を使って街を出ると門兵の印象に残ってしまう。人目を避けるなら明日の開門と同時に出発するべきだろう。


「手紙を書くわ、雪花亭と医薬師ギルドに届けてもらえる?」


 もちろんだと引き受けたコウメイは、地図を開いてウナ・パレムからの逃走ルートを提案した。


「国外に出るにはいくつかある。船に乗るのが一番楽だが、東の港町は多分押さえられてると思っていい」


 コウメイたちがウナ・パレムにやってきたルートで港町に向かえれば一番簡単だが、獣人族を囲い込みたい王族が港を見張らないはずはない。船に乗れなければアウトだ。


「南東に下ってオルステインに入るという手もあるが、あの国はゴタついてるから避けた方が無難だ。西街道は王都行きだからこれもバツ」


 となると残っているのは北街道なのだが。


「雪が降りはじめている時期に北はキツくない?」


 ニーベルメアの最北地は一年の半分以上を雪と氷に支配された土地だ。冬の長い暮らしには慣れていても、豪雪地帯に逃げ込むのは流石にためらいを感じてしまう。


「けど追っ手の事を考えるなら、まっすぐ北に上がってこの廃坑を抜けるのが、一番確実で安全なんだぜ」


 ニーベルメアには多くの鉱山があるが、北部は資源の枯渇した廃坑がいくつかあり、雪山を越えなくとも鉱山経由で西に抜けられるのだ。地元の人々が洞窟街道と呼んでいるルートだが、縦横無尽にめぐらされた採掘穴は、迷路のように入り組んでいる。案内人商売が成り立つくらいには複雑な洞窟道だが、だからこそ抜け道も多く秘かに山を越えたい者にとっては絶好のルートだ。


「登山とかしたことないんだけど、大丈夫かな……」

「迷っちゃうんじゃない?」

「俺が荷物持ちについていくから心配するな」

「え、シュウが?」


 その驚きはどういう意味でだろうか。


「任せていいか?」

「最初っからその予定だったろ」


 コウメイたちは、二手に分かれる事態になれば、シュウが護衛としてマサユキらと行動すると打ち合わせてあった。


「最終の目的地はミシェルさんところだろ?」

「俺らも洞窟ルートを追うから、途中で合流できそうなら様子を見ながら臨機応変に」

「りょーかい」

「え?」

「あの、いいのかい?」


 マサユキが止める間もなく「荷造りしてくる」とシュウは部屋を飛び出していった。安全な場所まで送り届けるのではなく、最終目的地まで同行するつもりだと知って流石に慌てた。確かにシュウが一緒なら心強いが、アキラたちは三人で厄介な依頼にあたっている最中だ。そんな時に最大戦力を引き抜くなんて、流石に申し訳ないとマサユキはコウメイに詫びた。


「問題ねぇよ。アキの仕事も今日のでほとんど終わったようなものだ。後始末がすめば俺らもすぐに街を出る」


 気にするなと繰り返した後、コウメイは旅慣れていない二人にアドバイスしながら荷造りを手伝った。


   +


 翌朝の早朝、三人は開門の二の鐘が鳴る少し前に部屋を出た。王族や領主が何か行動を起こした時のためにと、泊っていったコウメイは、二人を守るようにして北門を目指す。

 夜の間に降った雪が石畳に厚く積り、ギュギュと雪を踏みしめる音が静かな街に響く。門前にはすでに開門を待つ人の列ができていた。列の後ろについた二人に、一人分とは思えない大荷物を背負ったシュウが合流した。


「こいつらの荷物も入ってんだよ。持ち出せるものは先に持ち出しとけって、寝ないで荷造りしてたんだぜ」という割にはすっきりツヤツヤとした顔色をしている。見送りに来ているアキラの方が、睡眠不足らしい疲れた顔をしていた。 


「餞別です、役に立ちますから持っていってください」


 疲労の濃い顔で微笑んだアキラは膨らんだ巾着袋をマサユキに渡した。


「魔術玉といって、様々な魔術を封じ込めた魔武具です。使い方はシュウが知っています」


 ついでにと結界魔石まで渡され、マサユキは何度も礼を繰り返した。


「アキラさんたちには本当にお世話になりました」


 この街にアキラたちがやってこなかったら、ギルドで彼の名前に引っかかって声をかけなければ、自分たちは死ぬまで契約魔術に縛られていただろう。脱出する最後の最後まで世話になりっぱなしだ。彼らを手伝って少しでも恩返ししたかったが、自分たちが街に居続けることで彼らの邪魔をするわけにはゆかない。


「合流するまで、無事で」

「頼んだぜシュウ」

「任せとけって」


 二の鐘が鳴り重厚な木扉がゆっくりと開く。

 街を出ていく人たちに紛れるようにして、三人は北門をくぐった。


   +


 最北の街を目指す三人を見送ったコウメイとアキラは裏道を抜けて家に戻った。


「ミシェルさんから返事はきたか?」

「いや、流石にまだ読んでないと思う」


 アキラが寝不足なのは、シュウの荷造りの監督ではなく、ミシェルへの報告書の作成と設計書の清書が原因だった。魔紙にマジックバッグの設計書を書き写し、報告書とともに送り出したのは一の鐘が鳴った直後だった。流石にこの時間ではミシェルが読んでいるはずはない。


「数日内には指示が来るんじゃないか?」

「じゃあ俺らも撤収準備だな」


 マサユキ達が住んでいた部屋の解約手続きや、雪花亭の老夫婦への説明、サイモンにも礼と詫びに行かなくてはならない。美味い弁当をたっぷり作って差し入れよう。


「ただでさえ細身だったのに、アキが入り浸るようになってからサイモンさん痩せたよな。あれ絶対にストレスだろ」

「俺を諸悪(ストレス)の根源のように言うな」

「外堀埋めて断れねぇように持って行ったじゃねぇか」

「……」


 師匠そっくりになってきたぜと指摘されて、アキラは蛇蝎視するように顔を歪めた。昨日から怒涛の如く事態が急転を繰り返し、お互い睡眠不足でイライラしている。この状態で詫びやお礼に行くのはダメだろう。二人は鐘二つ分ほど仮眠をとってから、サイモンには昼前に差し入れを持って報告と事情説明に、雪花亭には昼飯を食べに行くついでにマサユキたちから託された手紙を渡しに行こうと決めた。

 疲労と睡眠不足でふらふらする重い頭を枕に預けた二人は、すぐに意識を手放したのだった。


   +++


 夜の間に積もった雪は気温のあがった昼頃に溶けはじめ、石の敷かれていない路地はあちこちがぬかるみはじめていた。


「うお、危ねぇ」


 コウメイは角を曲がった途端に出現したぬかるみを、はまる寸前に跳んで回避した。靴が泥で汚れたら気持ち悪いのはもちろんだが、大通りに出る際に見張りの騎士に注意されてしまう。二人はそろりそろりと乾いた地面を選びながら路地を進み、医薬師ギルドの裏口扉をひっそりと叩いた。王族が街を去るまでは診療所は休診、そのせいか薬局にも客は少なく静かだ。


「昨日は色々とありがとうございました」

「これ、マサユキさんから預かってきた手紙です」


 最近胸の辺りを押さえるようになったサイモンのために、コウメイは胃にやさしい手料理弁当とともに託された手紙を差し出した。


「無事に逃れられたのかね?」

「ええ、早朝に街を出ました。シュウが同行しているので、追っ手がいても心配ありませんよ」


 マサユキからの手紙を読んだ彼は、眉間を指で揉みほぐしながら深々と息を吐いた。


「……君たちは、知っていたのかね?」


 何を、と首を傾げるアキラに向かって、結界魔石を使ってくれと頼んだ。


「彼女が……ケイトが獣人族ということを、君たちはいつから知っていたんだね?」

「知り合ってから割とすぐだったか?」

「確信したのは合同で狩りに出た時ですね」

「何故そんな重要なことを隠していたんだねっ!!」


 魔力は回復しているはずなのに、サイモンの顔色は昨日よりも悪く表情は険しい。よく眠れなかったのだろう、濃いクマと額に垂れかかる前髪の影が悲壮感を倍増させている。


「不用意に話せることではありませんし、彼女からはっきりと告げられたのはつい最近の事ですから」


 他人の秘密を吹聴する趣味はない。それに獣人族に対する人々の反応を知っている二人は、契約魔術のことがなければサイモンにも隠し通すつもりだった。


「……彼女は、本当に自分の一族に告げることはないのだろうね?」


 魔術契約解除の場でサイモンが王子を説得した台詞は、コウメイに指示されたものだった。獣人族を守るために自らの言葉として発したが、その真偽についてはいまだ半信半疑だ。


「何を心配してるんだ? 彼女は獣人族に告げ口はしねぇから安心しろよ」

「何故それを信じられるのかね」


 ダンッ! と机をたたいたサイモンの興奮と焦燥に、二人は驚いて顔を合わせた。彼はこれほどまでに何を恐れているのだろうかと。


「サイモンさん、あんた寝てねぇだろ。これ飲んでちょっと休めよ、な?」


 コウメイは差し入れに持ってきた黒芋のポタージュスープの器を、興奮と不安に震える彼の手に渡した。スープの温かさに気持ちがほぐれたのか、サイモンは飲み干して息をついた。


「君たちはウェルタラントの悲劇、あるいは教訓について、どの程度を知っている?」


 サイモンが王子を説得する台詞の中にそんな言葉があった。コウメイは「知ってるか?」と振り返り、アキラは「その名前が獣人族を人体実験に使った魔術師のものという程度なら」と答えた。


「彼は古い魔術師ですしその研究も抹消されています、彼の残した書物も禁書となっているはずですが?」


 何故知っているのかとたずねたアキラに、サイモンは苦々しい笑みを浮かべて言った。


「他所では隠蔽できても、ここでは隠しきれるものではないよ……彼は、ウナ・パレムから出た魔術師だ」


 ウェルタラントの悲劇は、この国の為政者や上位の魔術師であれば誰でも知っている、いや知っていなければならない過去だった。


   +


 今から約二百六十年ほどの昔、ウナ・パレムに天才的な魔術師があらわれた。


「当時はまだ街に獣人たちが頻繁にやってきていた時代だったそうだよ」


 猫に狼に熊、鱗族に羽族の獣人たちが、ふらりと人里に現れては友好的に交流していた時代だった。ある時、その魔術師はとある獣人に魅了された。惚れた相手を知りたい、詳しくなりたいという思いは恋情だが、彼は研究熱心な魔術師でもあった。全てを知りたいとの想いに取りつかれた彼は、獣人族の尊厳を踏みにじり非道な実験を繰り返した。彼の研究に協力する魔術師らとともに、次々に獣人を捕えて研究に利用した。


「結果、獣人族らの逆鱗に触れ研究ごと抹消されたと聞いています」

「本部にはそのように伝わっておるのかね」

「違うのですか?」


 彼らの怒りが加害者と研究にだけ向かっていれば、後世でこれほど獣人族が恐れられることも憎まれることもなかっただろう、とサイモンは目を伏せた。


「だけ、じゃすまなかったのか?」


 驚くコウメイにサイモンは沈んだ顔で頷いた。

 行方の知れなくなった仲間を探してやってきた獣人たちは、同胞の無残な遺体を発見して激しく怒った。それこそ地面が震え空が裂けるような咆哮で同族を呼び寄せると、そのまま街を破壊しはじめたのだ。囚われている獣人を生死問わずに救い出し、当時の王都を隅から隅まで破壊しつくした。


「王都?」

「当時のニーベルメア国の王都は、ここウナ・パレムだったのだよ」


 獣人族らは魔獣を従えて王都を蹂躙した。街壁や建物は粉々に破壊され、街兵や冒険者も軽々と打ち払われ、魔術師たちの攻撃は不思議な守りによって跳ね返された。騎士が守りを固める貴族街も王城も、あっけなく墜ちた。破壊の限りを尽くした獣人たちは、囚われていた同胞やその亡骸を救い出すと姿を消した。それがきっかけになり、大陸中から獣人族の姿が消えたのだそうだ。


「王都で破壊されずに残っていた建物は、魔法使いギルドの塔だけだったそうだ」


 獣人族との戦いで生き延びた人々が都の復旧を諦めるほどに、王都には塔の他には何も残っていなかった。王族はウナ・パレムを忌み地とし、王都を東へと移した。遷都に合わせて街の人々も新たな王都へと移り住んだが、魔法使いギルドだけは移らずこの街に残った。


「ウナ・パレムに残された魔法使いギルドが中心となって、街の復興がすすめられた」


 そして長い年月をかけて魔術都市として名をあげ、かつての街と同じかそれ以上に発展してのけた。


「ギルド所長はウェルタラントの悲劇ってのを知らなかったのかよ?」

「知らぬはずがなかろう。知っていながら彼女を奴隷として縛ったのだぞ、これが彼女の故郷に知れればこの街はお終いだ」


 なるほど、フランクが暴挙に出たのは、塔の中にいれば安全だと知っていたからかとアキラは推察した。二百六十年前にギルドの塔だけが破壊をまぬがれた理由を、サイモンは知らないが、フランクは知っている。アキラにも心当たりがあった。転移魔法陣だ。あれがあったから獣人たちは塔の破壊を避けたのだろうし、魔法使いギルドはそれを残して王都に移ることはできなかったのだ。


「最悪の事態にはなりませんから、そんなに気に病まないでください」

「気休めはやめてくれ」


 獣人族の報復はありえないのだ、ケイトは助けを求める一族()を持っていないのだから。だがそれをサイモンに説明することもはできない。アキラは悩みぬいた末に、ミシェルにはすべて報告済みだし、彼女は獣人族と連絡を取る手段を持っている、悪いようにはしないはずだとサイモンを慰めたのだった。


   +


 昼の営業の終わりごろにたずねた雪花亭で定食を食べ、他の客が全て去ったのを見計らってからコウメイはマサユキたちの手紙を渡した。


「まあ、そんな大変な事になっていたのね」

「まったく、謝ってばかりの手紙など嬉しくないわっ」


 二人からの手紙に目を通した老夫婦は、謝罪と感謝ばかりの文面にそれぞれ泣き笑いのような顔で「彼らが自由になれたのは喜ばしいが、会えなくなるのは寂しい」とこぼした。


「急いでたから挨拶する時間も取れなかった、すまねぇ」


 別れの挨拶をする時間はあったのだ。深夜にこっそりとたずねることもできただろうし、早朝の仕込みの時間に顔を出す余裕もあった。だが監視の存在を思えば、老夫婦を危険にさらすわけにはゆかなかったのだ。


「いや、身の安全が最優先だ。ワシらにかまっている間にもっと上位の権力者に囲われては、せっかく解放されたのに意味がなくなる」

「そうですよ、少しでも早く安全な場所へ逃げなくてどうするのですか」


 自分たちも近々街を離れマサユキたちとの合流を目指す事を伝えると、老夫婦は「落ち着いたら手紙を書くように伝えてくれ」とコウメイに頼んだ。


「必ず伝えます」


 コウメイはジェフリーのシワだらけの手を強く握った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 獣人の報復が予想以上に激しくて驚きました。その報復をうけた王族が、指輪あげたのはケイトがちょろそうだったからかな。高貴なる傲慢さで王族らしかったです。 あとサブキャラでは、始めハリーたちや…
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