24 アレン
十月四日、朝の空にはどんよりとした厚い雲が広がり、街は薄暗く底冷えしていた。街灯に照らされる道を、サイモンとアキラは魔法使いギルドに向かっていた。
「肩が凝る……」
着慣れない「正装」姿のサイモンが何度も首を回して襟元を気にしている。絶対に触るなと言われている飾り結びのスカーフに何度も手が伸びては、触れる寸前で引っ込んでいた。階級色のスカーフに白いシャツ、グレーの上着とズボンは上下揃いだ。その上から羽織るマントの裏地にもサイモンの階級色である黄色の布が使われている。
「ローブに杖でいいと思うんだがなぁ」
「同感です」
ため息交じりの呟きにしみじみと頷いたアキラは、深い煉瓦色の上着に濃紺のズボンを履き、生成り色のシャツの襟元には、サイモンと同じように灰色のスカーフが飾り結びされていた。コートの合わせを留めるのは銀の鎖、錬金術師の印章だった。
「こんな堅苦しい恰好ではいざというときに動ける気がしないね」
「全くです」
「魔術師の正装は階級色のローブと杖だというのに、どうしてこんな貴族みたいな服を着なければならないんだ」
「意味が分かりませんよね」
それはサイモンの考える正装と領主の求める正装の基準が乖離していたからだった。魔術師の正式な装束はローブと杖だ。階級色のローブを着用していれば、例えずるずると裾を引きずっていても、内に着ているシャツが破れ汚れていようとも、隠れて見えない靴に穴が空いていても、魔術師たちの間では立派な「正装」なのだ。
「王族が相手です、諦めましょう」
魔術師の正装がどんなものであるかを知ったコウメイが、大慌てで古着屋に駆け込み、それらしい服を調達してきたのだ。おかげで不敬罪で投獄される心配はなくなったのだが、どうにも納得しきれていない二人だ。
「ローブの方が色々と隠し持てるんですけどね」
「物騒だな……何を隠し持つつもりだったんだね?」
「まあ、色々と……」
アキラの手にあるのは黒檀の杖だ。狩猟に出る際に携帯している刀やナイフ、それにミノタウロスの杖はコウメイに預けてきた。使い勝手の良くないこの杖では色々と心許ないのだが、領主基準の正装では武器も魔術玉も隠し持てないのだ。
「今日は盗み見るだけだぞ、盗むなよ」
「もちろんです」
きっぱりとした返事を聞いても、サイモンの不安は拭いきれなかった。再び襟元に伸ばされた手は、寸前で目的地を変えた。どうやってこの頑固な弟子をコントロールしているのかミシェルに聞きたい、とでもいうように額に当てられた手は、緊張と不安に硬くなった眉間を揉むのだった。
+++
二人は裏口から魔法使いギルドに入った。ギルドの一階は魔石取引や魔術師への依頼窓口、魔道具販売所といったオープンスペースになっており、アキラも何度か利用したことがある。二階に上がる階段の前に見張りの職員が座っている。サイモンが領主の命令書を見せると、魔道具で誰かに連絡した後、二人の魔術師証を確認した。
「医薬師ギルド長サイモン殿と、灰級錬金魔術師のアレン、本人確認いたしますので紋章に魔力を流してください」
登録した魔力と証明書を持っている者の魔力が一致すれば紋章が光るが、偽造した物や他人の魔術師証だと光らないのだ。二人の紋章は階級の色に淡く光った。本人確認を済ませると職員に先導されて階段を登った。
「二階は職員の執務室だ、三階は奥が魔道具素材の保管庫で向いの扉は書庫だ。四階は上級魔術師たちの執務室、五階が……魔力納品室だ」
フロアを素通りするたびにサイモンが小声で教えるなか、案内されたのは研究階である六階の質素な小部屋だった。
「よく顔が出せたものだなサイモン。お前ごときが高貴なる方に治療を施すなど恐れ多いというのに」
この部屋で待っているように言われ、木の椅子に腰を掛けてすぐだった。隣室への扉が乱暴に開き、入ってきた濃紺のローブ姿の中年男が、サイモンの顔を見るなり罵りはじめたのだ。
「……領主殿の命令だ」
「命令されてのこのことやってくる事自体がおこがましいんだ。ふん、だがお前の出る幕などないだろうよ」
神経質そうな細い線はサイモンとも似ているが、他者を見下し蔑むような眼と、皮肉と嫌味と自慢しか吐き出さない口の作るその表情からは、卑しさしか感じられなかった。
「正装で身を整えることも出来ないお前が、高貴なる方の側に控えることになるとは、魔術師の恥さらしめが」
「フランク殿、今日は私に意見をぶつけている暇はないはずだ。助手たちが呼んでいるようだぞ」
隣室が研究室なのだろう、何人かの魔術師がフランクにどうやって声をかけたものかという顔で様子をうかがっていた。王族の視察を控え、わずかな失敗も許されない調整がまだ残っている事を思い出した彼は、サイモンの相手をする時間がもったいないと吐き捨てて研究室に戻っていった。
「彼がフランクさんですか……組織のトップに向いてないように思いますが」
「感情を抑えられないようでは魔術師たちの支持は得られんだろうな」
彼との間に何か禍根めいたものがありそうだが、サイモンは話すつもりはなさそうだった。
「お待たせしました、サイモンさん、アキラさん」
「今日は『アレン』と呼んでください」
「アレン、さんですか?」
二人を呼びに来たマサユキに偽名で呼ぶようにと頼み、アキラは研究室へと踏み込んだ。
魔道具や物が多く雑多な印象のある研究室だが、この日のために掃除しつくされたようで、埃一つないし床もピカピカに磨かれていた。扉の両側には騎士らが立ち、魔術師たちの動きを見張っている。部屋の半分にはひと目で高級品だとわかるテーブルセットが置かれており、色とりどりの生花が活けられていた。お前たちの場所はそのテーブルの後ろだと指示され、位置を確認して待機する。魔術師たちが研究机の向こう側に並び、フランクとその弟子と思われる数人が扉の前に立った。
無言での待機時間はどのくらいだったろうか。
「控えよ!」
カツンと騎士たちが踵を鳴らし姿勢を正した。
立っていた魔術師たちが一斉に膝をつき頭を垂れる。
アキラも皆に倣って膝をついた。
勿体ぶるようにゆっくりと扉が開く。
第三王子夫妻の登場だ。
+
「私はここでは名乗るつもりはない。そう心得よ」
若々しく、だが堂々として自信に満ちた声だった。身分を明かさないお忍びであることを知らしめ、決して口外するなと命じた彼は、部屋をゆったりと見渡して言った。
「アレンという魔術師はどれだ?」
そんな者はいないとは答えられず冷や汗をかくギルド所長の代わりに、王子の脇に控えていた領主が「医薬師ギルド長の弟子でございます」とこちらを見た。
「近くへ」と命じられ、アキラはことさらゆっくりと歩み寄り、護衛騎士が反応しそうになる寸前で膝をついた。
「お前がわが妻が見初めた魔術師か、なるほどその美貌で誑し込んだか」
物騒な言葉のわりに王子の声はからりと快活だった。彼はアキラに魔術職と階級を問い、護衛騎士に身体を検めさせた。
「灰級ごときが専属に召し上げられることはない、思いあがるなよ」
弁えていると意思表示をするようにアキラは深く頭を下げた。
「では俺が検分している間、妻の退屈をまぎらわせよ」
「旦那様、わたくし新しい魔道具を楽しみにしていましたのよ」
見せていただけないのですか? と甘える妻に、王子はその手を優しく撫でて宥めた。
「安全を確かめてからだ、それまであちらでその美貌を鑑賞しながら暇をつぶしていてくれ」
「お待ちしていますわね」
フランクに案内されて実験テーブルへと向かう王子を見送ったコーデリアは、側に控えたアキラに椅子をすすめた。護衛騎士らが同席などとんでもないと咎める中、彼女は「ここにいるのはただの夫人です」とにっこり微笑んでアキラを促した。
「旦那様があなたに厳しいのは焼きもちですわ、許してくださいませね」
「……とんでもございません」
「そんなに畏まらないでちょうだい。少しだけ懐かしい気分を味わいたいのです。あなたには不快かもしれませんが、今だけわがままに付き合ってくださいな」
口元を隠して上品に笑む王子妃の瞳には、確かに幼いころの無邪気で奔放な輝きが見え隠れしていた。護衛騎士が仕方ないと頷くのを確かめて、アキラはコーデリアの隣の椅子に座った。壁背際に近い場所に置かれた席から、対端の魔術師たちの集団が良く見えた。
「旦那様が何をしているのか、解説してくださるかしら?」
「……遠目ですので、見てわかる範囲になりますがよろしいでしょうか?」
「結構よ」
妻を安全な場所に置きたいという王子の命令なのだろう、実験場所として整えられているのは彼女から見て正面だが遠い。アルフォンス王子は自らも騎士なだけあって立派な身体つきをしており、周囲のひょろりとした魔術師たちに囲まれるとその逞しさが一層引き立って見えた。彼はフランクに手渡された布鞄を、中をのぞき込んだり口を引っ張ったり手を突っ込んだりして確かめていた。
「見た目は素朴な布袋のようですわね」
「試作品と聞いております」
「刺繍をほどこして、もう少し小さくかわいらしい鞄にならないのかしら」
「……奥様は魔道具の鞄をご所望ですか?」
「ええ、あの魔道具はたくさんの品を収めることができて、重さを感じないほど軽く持ち運べるのでしょう? 完成したら一つおねだりしようと考えていますわ」
王子から試作品を返されたフランクは、控えていた魔術師を呼ぶ。マサユキが前に進み出てマジックバッグを受け取った。青ローブの合図で運び込まれた大樽の横で、対端のコーデリアにも見えるように立ったマサユキが、鞄の口を大きく開いて構えた。
「あれは何をしているのかしら?」
「鞄に水を入れるのだと思います」
「漏れるのではなくて?」
黒ローブの女性が樽の栓を抜いた。トプトプと流れ出す水をマジックバッグが受け止める。
「まあ、漏れないわ。それに袋は膨らんでいないように見えるわ」
「一つ目の樽が空になったようですね」
運び込まれている樽の大きさは、アキラたちが湯船として使っている樽と同じ大きさだ。
「あんな小さな袋に樽一つの水が……とても軽々と持って、素晴らしいわ」
マジックバッグを持つマサユキは全く重さを感じていない様子だ。二つ目の樽が空になり、三つ目、四つ目と樽が空くたびに、コーデリアが小さく歓声を上げた。実験を目の当たりにしているアルフォンスの表情も明るく鋭い。五つ目の樽を空にしたところで、フランクが実験を止めた。王子がそれを咎めたが、領主らとともに話をして意見を受け入れたのか、彼はマサユキからマジックバックを奪い取った。
「わたくしも触ってみたいわ」
王子は樽五つ分の水が入れられた思えない布袋を、実験前と同じように触れのぞき込み、逆さにした。
「まあ、濡れてしまいますわ」
袋の口を下に向けた途端に水が流れ出した。王子の足元が濡れ、護衛騎士たちは慌て殺気立ち、領主やフランクらは青ざめて身を震わせている。だがアルフォンスは愉快そうに声をあげて笑うと、袋の口を上向けて水を止めた。
「何をお話しされているのかしら?」
水浸しの床を掃除する脇で、王子は熱心にギルド所長に話しかけているのだが、コーデリアの耳には届かない。だがアキラの耳は彼らの声を聞きとっていた。王子は容量の上限と、本当に水が腐ることなく保存できるのかと問うていた。フランクは試作品では樽五つ以上の水を入れると魔術が破られ鞄が崩壊すること、物質を腐敗させずに保存する魔術は成功しておらず、水は数日で腐ってしまうと答えた。腐らない物や常温で長期保存できる物であれば、樽五つの容量までは収納できるということだ。大量物資の運搬だけならこの性能でも十分に実用化できる、よくやったと王子がギルド所長を褒めた。そして水を収納したままのマジックバッグを持ってこちらに歩いてくる。
アキラは慌てて席を立ち、二歩下がって膝をついた。機嫌の良いアルフォンスは妻の隣に座るとマジックバッグを差し出した。
「粗末な布袋だが、面白いぞ」
「まあ、お水が入っているとは思えない軽さですわね」
コーデリアは花瓶に向けて袋の口をソロリソロリと傾けた。ちょろちょろと流れ出た水を見て目を丸くすると、素晴らしいですわと感嘆の息を吐いた。
「まだまだ完成までは研究が必要らしいが、実に良い魔道具だろう」
「ねえ旦那様、この布袋をこちらの者にも見せてあげてよろしいかしら?」
「その色男にかね?」
王子は頭を垂れるアキラに鋭い視線を向けた。
「この美貌をよほど気に入ったとみえる」
「まあ、誤解ですわ旦那様。わたくし、あの者には借りがございますの」
「借りだと? あなたが平民に借りを作るなどあり得んだろう」
「わたくしが嫁いでくる前のことですわ」
いったい何を言い出すのかと慌てたが、止めに入ることも逃げ出すこともできない。アキラはひっそりと杖を握りしめ、王子夫妻の会話に耳を傾けていた。
「わたくし小さな頃はとてもお転婆でしたの。護衛騎士をまいて森に入り魔物に襲われたことがございましたわ。その時に私の命を救ってくださったのがこの者のお兄様です」
「以前に聞いたことのある冒険者のことか?」
ええそうですわと彼女は頷いて続けた。
「本来ならば褒美を与えねばならないというのに、わたくしの配慮が足らず、その冒険者を死に至らしめてしまったのです」
「なるほど確かに『借り』だな」
「ええ、ですから亡くなってしまった本人に代わり、この者に借りを返したいのです」
「この袋を見せることが借りを返すことになるのか?」
褒美なら金が分かりやすいのではと言う夫に向けて、彼女は目を細めて小さく笑った。
「冒険者なら金貨を望むでしょうけれど、この者は魔術師ですわ。旦那様が実験に立ち会っておられる様子をとても羨ましそうに見ておりましたもの。この魔道具はまだ世に出ていない貴重なものなのでしょう? それを手に取って確かめられるなんて、魔術師冥利に尽きるのではないかしら?」
実物を手に取って確かめるチャンスが転がり込んできたのだ、アキラは作り物でない笑顔でコーデリアに感謝を述べた。大事な試作品が、よりにもよってサイモンの弟子の手に渡るのかと、フランクは強張り無理に作った笑顔でこちらを睨みつけていたが、王族を止めることはできない。アキラは護衛騎士の手を経て渡された布袋を手に取り、施された魔術式を読んでいった。
「これは、私の知らない魔術式ばかりのようです」
「であろうな。濃紺級の魔術師が何年もかかって作り上げたものだ、灰級ごときが簡単に読み解けるものではない」
アキラに対する王子の言葉に刺があるのは、妻が関心を寄せた相手に対する嫉妬だろうか。彼が言葉を返すことなく頭を垂れ恭順を示すと、王子の関心はすぐに逸れた。
返却を求められる前にアキラは刻み込まれた魔術言語を目に焼き付けた。複雑な魔術式を多重に配した美しい図形は、この場で読み解ける簡単なものではない。図形として覚え、後で書き写すしかない。ギルド所長がしびれを切らして「機密情報がもれては困ります」と願い出て取り戻すまで、アキラはじっくりとマジックバッグを調べたのだった。
「カザルタス伯爵、フランク所長、この魔道具の権利について確認しておきたいのだが」
王子のその言葉で試用実験は終了を迎えた。王族らは七階のギルド長室へと移動し、サイモンとアキラはさっさと帰れとばかりに研究室を追い出された。ちょうど六の鐘が鳴った直後だった
+++
医薬師ギルドに戻るなり、アキラは紙と筆記用具を借りて記憶した魔術式を書き写しはじめた。王族とどんな話をしていたのかと問うサイモンの声も、昼食の出前にきていたコウメイの声も聞こえていない。
「一夜漬けしたテストのときみてーだ」
頭の中に残っているものを忘れてしまう前にすべて書き出さなくてはならない、その緊迫感は身に覚えのあるシュウだ。
「サイモンさん、腹減ってるでしょ、食ってください」
「ああ……」
アキラが描く魔術式に見入っているサイモンは、空返事をよこすだけで料理を見向きもしない。何枚かを書き損じ、ようやく完成した魔術式は、美しく繊細な幾何学模様の絵のように見えた。そのまま額装して飾りたいほどに美しい。
「魔術式らしくない、美しすぎる設計図だな」
野菜のキッシュを食べながらサイモンが何度目かの感嘆の声をあげ、すぐに落胆の息を吐く。この美しい魔術式を読み解けないのが悔しいと繰り返していた。
「サイモンさんでもわかりませんか?」
「普通の魔術式でないことは分かるが、どの線がどの要素を構成しているのか、専門外の私にはとても読み取れる代物ではないよ」
開発者は腐っても濃紺級だ、フランクの錬金魔術師としての実力が大陸トップクラスであることは間違いない。
「わかるか?」
「分かるわけねーだろ」
自動翻訳に頼りっぱなしのシュウに魔術言語が読み解けるはずがない。
「普通の魔術式じゃねぇっていうのはどういう意味なんだ?」
「そうだな……一般的な魔術式は、目的を一つの式の中にまとめるんだ」
アキラが書き損じの紙の裏に一つの丸を描いた。
「大通りに設置されている街灯の魔道具には、暗さを感知する要素と灯りを点す要素の、二つの魔術式が使われている。こんな風に、一つの魔術式の中に書くんだ」
そう言ってアキラは最初の丸の内に三角と四角を書き加えた。なるほど視覚で説明されるとわかりやすい。するとサイモンがその横に同じように円を描くと、四角と三角を書いた。
「アキラのと違うぜー?」
「魔術式の書き方は一つではないのだよ。研究者によって個性がでるものだし、同じ要素を埋め込んでいても、書き方で効果に差も出る。だから魔術師は最も効率よく最大限の効果を発する魔術式を常に研究しているんだ」
「じゃあこのマジックバッグの魔術式はもの凄く大量の要素やら式がぎゅうぎゅう詰めになってるんだな」
「多分、な」
本職でないサイモンや、錬金魔術をかじった程度のアキラには到底解読できない代物だ。解読可能なのは設計者以外だとミシェルくらいしかいないだろう。
「今晩中に魔紙に清書して送ってしまえば一区切りがつくだろうな」
「雪に閉じ込められる前に撤収してーよな」
「それにはマサユキさんたちの方もなんとかしなきゃならないが、見つかったのか?」
「……六階にはなかったと思う」
「探してねぇのかよ」
魔術師たちが部屋中をうろうろとする中を、騎士らに見張られ、王族の目を盗んで探し物などできる状況ではなかった。だがおおよその目星はつけたとアキラが言った。
「保管場所は七階のギルド長室だろう。権利関係の話し合いに王族たちと移動したからな、おそらく契約魔術を使うはずだ」
いくら相手が王族であってもこれまでの研究成果をタダで献上はできないだろう。領主もかなりの大金を投資している。それを王族が取りあげれば貴族たちが黙っていない。王族と言えども絶対権力を持っているわけではないのだから。話し合いの結果は契約魔術で残すはずだ。
「七階くれーなら忍び込むのは難しくねーけど、どーする?」
「やるなら王族が街からいなくなってからだな」
頭を突き合わせて侵入計画を練る三人を見てサイモンが慌てた。
「あの道は使わせんぞ」
「あの道って?」
地下道を泥棒のために使わせてはなるものかと割って入ったサイモンに、シュウは首を傾げ、コウメイは素知らぬふりをし、アキラはにっこりと笑顔を返した。
「大丈夫ですよ、侵入する方法はいくらでもありますから」
地下道を使わなくても、窓を破るなり鍵をこじ開けるなり方法はあるのだ。魔術的防御があったとしても、いざとなれば魔力で押しきればどうにかなる。それを聞いたサイモンは頭を抱えた。
「シュウなら塔の壁を登れるだろ?」
「マストみてーにツルツルしてねーし、余裕だぜ」
「ならタイミングを見計らって決行しよう。それまでコウメイも壁のぼりの練習をしておいてくれ」
「わかった」
「りょーかいっ」
「君たちっ!」
バーン、と。
着々と計画が練られてゆくのを黙って聞いていられないサイモンが両手で机を叩いた。
「サイモンさんにはご迷惑はおかけしませんからご安心ください」
「だったらこの部屋で犯罪計画を立てるのはやめなさい!!」
止めても無駄なことは分かっているし他に方法がないとも思う。だがサイモンの立場では見て見ぬふりはできないのだ。見えないところでこっそりやれと叱られた三人は、詳細は家に帰ってからと医薬師ギルドを辞そうとした、その時だった。
「医薬師ギルド長、高貴なる方のお呼びだ、今すぐ同行してもらう」
アルフォンスの護衛騎士の一人が、サイモンを連れに現れたのだった。




